お便り118 東日本大震災と弁膜症を乗り越えて

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東日本大震災が発生したとき、私(米田正始)は新幹IMG_1535b線名古屋駅のホームの上に立っていました。

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ショルダーバッグが飛び跳ねて体に当たるので変だなと思い、周囲を見るといろんなものが揺れているのでこれは地震だとわかりました。

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まもなくそれは大震災とわかり、そしてあの津波をテレビで見て眼を疑いました。

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こんな恐ろしいことが起こるのかと。

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何かできることをしようと義援金を何度も送ったり、友人の中には支援のために現地に行ってくれた方もありました。

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病院は東北地方の方々を積極的に受け入れていました。遠方のためその人数は少なかったのですが、できるだけお役に立ちたく思ってのことでした。

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東北支援に行くまえに持病の弁膜症を治してからと、急ぎ心臓手術を受けられた方もありましたが、震災のために予定の手術ができないとのことで来院くださったかたもありました。

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下記はそうした患者さんのおひとりです。

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手術では僧帽弁のPCと呼ばれる部分が瘤化し逸脱していました。これを修復し弁の逆流は消えました。これを傷跡が小さく見えにくいMICSにて行いました。

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手術のあとまもなくお元気に帰郷され、仕事に復帰されたのを私たちもうれしく思っていました。

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あれから4年、まだまだ復興は進行中のようですが、お便りを下さいました。

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お元気でご活躍ください。ハーフマラソン楽しみですね。また時間ができましたら元気なお顔を見せてください。

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**********患者さんからのお便り**********

10月に診察予約を入れております、宮城の****です。
ご無沙汰をしております。

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(中略)

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最近は、手術後から始めたジョギングやスポーツジムで運動の成果で、お便り118
毎日体調良く過ごしており、11月には妻とハーフマラソンに出場予定です。

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 (体重は71kg前後を維持しております。)

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手術後のリハビリの時は、病院のフロアを100メートル歩くのにも息切れしてい
たのですが、嘘のようです。
次はフルマラソンの完走を目指しております。

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早いもので名古屋ハートセンターでの手術から9月で4年になりました。
あの節は本当にお世話になりました。

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2011年は東日本大震災が発生し、私の周りでは津波で甚大な被害があり、ライフラインが遮断され、

普通に生活が出来ない状態が続き混乱していた中での病気の発覚でした。

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震災のこともあり、この病気とどのように向き合えば良いのか分からずにいた時に、

インターネットで 先生のこちらのサイトを見つける事ができ、

心臓手術や病気について何度もサイ トを拝見して思い切って先生に病気の相談させていただいたのを覚えています。

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正直なところ名古屋と宮城と距離は遠くて大丈夫なのか不安だらけでの診察でしたが、

本当に不安でいる私や家族が安心できるようなアドバイスをいただき、

すぐに手術の日程を決めていただきました。

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先生の診察を受ける前は手術への不安が大きかったのですが、

診察後は不安を解消する事ができて安心した気持ちで手術に臨むことが出来ました。

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先生が仁泉会病院に移られるとは知らず、6月末頃高の原中央病院に診察予約の電話をしたところ、本日で退職されると伺いました。

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昨年診察にお伺いした時に先生から「非常に優秀なスタッフを集めた医療体制を構築しています。」とお伺いしていたので、退職される伺った時は驚いたのですが、その後こちらのサイト等を拝見し事情を理解することができました。

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私は入院中、米田先生の患者さんを第一に考えていただく姿勢には、本当に安心する事が出来ました。

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正直な気持ち、はじめ心臓手術と聞いた時は不安な気持ちしかありませんでした。

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しかし先生から手術の説明を伺った後は、私も家族も「米田先生なら安心してお願い出来る」としか思えませんでした。

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今も家族も含めて本当に感謝しております。

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名古屋ハートセンターで入院中も私も含めて全国から多くの患者さんが先生の手術を受けに来られていたのを覚えています。

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これからも米田先生が目指される医療体制の実現と、心臓の病気で苦しんでいる皆さんが、

少しでも体調が回復できますようにご尽力されてください。

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米田先生の益々のご活躍を祈念いたします。

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