名古屋市立大学病院

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名古屋市立大学病院は70年以上の伝統を誇る名古屋市立大学の付属病院です。

中京エリアでは名古屋大学にならぶ歴史をもつ伝統校として医学や地域医療の発展に貢献して来られました。

地元では患者さんや医師からも「めいしだい」と呼ばれて親しまれ頼りにされています。

 

Doctor02bたまたま著者(米田正始)の母校と名古屋市立大学とは以前から人事交流があったおかげか、著者が京都大学心臓血管外科にて勤務していたころは、名古屋市立大学卒業の熱い先生が何名も入局してくださり、また活躍してくれたことをうれしく思ったものです。

 

昨年10月に縁あって名古屋の地に名古屋ハートセンターをスタートさせて頂いてからも、名古屋市立大学やその卒業生の先生方にも大変お世話になっており感謝しています。

私たち心臓血管外科チームにも名市大出身の先生がおられ、活躍してくれていることをうれしく思っています。

同大学の関連病院の一つでもある名古屋東市民病院の皆さまには近隣ということもあって消化器、泌尿器や循環器はじめさまざまな領域でお世話になっています。

心臓血管の専門病院であるハートセンターと総合病院である名古屋東市民病院は得意種目が違うため協力しやすい関係にあるのが幸いです。

今夏同病院に心臓血管外科が開設されて、いわばライバル科となった後も同病院との協力関係に変わりはありません。

 

新しい研修制度がスタートしてすでに数年が経ちました。

大学医局はかつて人材を派遣することで地域医療を支えたのですが、新しい研修制度のために医局が使えるマンパワーが減り、地域医療の危機が現実のものになっています。

この問題を学会やシンポジウムその他で考え議論しているうちに、著者なりにひとつの考えを持つようになりました。

それを名古屋市立大学病院や名古屋東市民病院と関連して述べてみます。

 

それは医療の展開を阻む障壁の存在が医療の周囲(外側)にも多くの病院内(内側)にも多々あるにも拘わらず、大学間あるいは医局間の競争に目が向いてしまう構造の中で、医師や医療者が大変劣悪な仕事環境に置かれてきたのではないかという考えです。

若い熱心な医師をどう集め育てるか、これから日本の医療の正念場です僻地医療を例にあげれば、医局が将来の身分保障をそれとなく示しつつ若手を僻地へ派遣してきました。

医局や教授に任せておけば大丈夫という発想が現地の病院に生まれ、医師の環境や待遇はあまり改善されませんでした。

若い医師にしてみれば、こどもの教育や自分の研修などにしばしば犠牲を払っての僻地赴任であったにも拘わらず、報酬は必ずしも恵まれないレベルのものでした。

つまり若手を育て立派に展開させる責務を担うはずの医局制度が、若手医師の待遇悪化に手を貸すような皮肉な結果になっていたわけです。

もちろんそれは医局の本意ではなく、他医局に後れをとらぬよう「ジッツ」(ポスト)確保に力をいれ、それは医局の若手の将来のための努力であったはずでした。

 

こうしたことを原点に立ち返って考えれば、医師という厳しくとも尊いプロフェッションを守る闘い(たとえばこれまでの医療費削減政策や道路公共事業優先策などへの対抗策や一部組合の政治的闘争などへの解決努力)が、ある意味で医局間・大学間の抗争にすりかわっていて、

その結果、医師への評価や待遇が悪化し、新研修制度で医局の力が低下したとたんに地域医療が成り立たなくなり、忙しく厳しい科に人が来なくなるという、医療崩壊を招く一因になった、と言えるのではないでしょうか。

 

名古屋エリアの公立病院を見ているとそれを感じることがあります。

大学や医局を守るために公立病院でセンター化を図ることで、結果的に現場の若手は公立病院の多大な雑用と低い報酬という二重苦を味あわねばならなくなるのです。

このことはかつて医局の人事を任されていた経験から、若手が嫌がる病院の筆頭は国公立総合病院であり、若手が好む病院の代表例が私立専門病院であったことからも、実感があります。

公立病院で医師というプロフェッションを守り育てるのはよほど潤沢な予算がつけられる一部施設や、病院指導者が特段の力と見識をもつ施設に限られていたきらいがあります。

 

霞が関界隈では厚生労働省のお役人は文部科学省のお役人よりかなり優秀と聞きます。

そうだとすれば、新研修制度は厚生労働省が大学(つまり文部科学省)に勝利した象徴であり、今後低落傾向が予想される、大学や医局単位での繁栄や幸福よりももっと大きなパラダイムの繁栄を医師は目指すべきではないかとも思えるのです。

そう考えると長年にわたり多数の優れた人材を輩出して来た名古屋市立大学は従来のパラダイムにこだわらぬ視点ならばもっと新しい展開が期待できるように個人的には思えてなりません。

その中でハートセンターのような無国籍・独立独歩の患者ニーズに合わせる足腰をもつ施設は医師や大学にもお役に立てるように思えるのです。

いつでも患者さんのニーズに応えることができるというのは、とくに心臓手術では民間病院が有利というのはよく知られたことですから。

 

いささか我田引水のような議論をしてしまいましたが、ある県の知事さんが思わず言われた言葉が脳裏を離れないためこうした議論になってしまうのです。

それは「県立病院医師の待遇は県庁職員と同じで良い」という言葉である。

人の真意を推し量るには、その言葉よりも行動で、という考えからは、その知事さんの言葉はおそらく本音がもれたのでしょう。

それはそれでひとつの立派な考えかも知れませんが、それでは医師は県庁職員のように、朝9時から午後5時までの勤務しかしなくなって行くでしょう。

これからの若者にはかつてのような滅私奉公などあまり期待できないと思います。

たとえ一部の奇特な若手医師が奉仕精神で頑張ってくれたとしても、現代はその配偶者が許さないのです。

そして離婚されてまで滅私奉公を続けよと誰も命令はできません。

あるいは医師をもっと雇い入れて3交代制にすれば真の24時間体制ができますが、現在の医療制度ではそれで経営が成立することは難しく、それ以上に、そういう体制では若い医師が十分な経験や実力をつけられないのです。

 

名古屋地区での病院間・医局間の競争状態を見ているとそうした問題を感じます。

しかも過当競争と言われながら救急患者のたらい回しなども存在するのです。

医局の力比べよりも医療を支える良心的医師・医療者のアイデンティティを守る戦いのほうが患者にとっても社会にとっても有意義ではないかと思うのです。

欧米ではこうした考えは常識なのです。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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