大動脈解離とマルファン症候群について―― 備えあれば憂いなし

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20年以上前、石原裕次郎さんという国民的大スターが急性大動脈解離になった当時の死亡率は20~30%はありましたので、無事元気に生還したということで話題になりました。

最近では、加藤茶さん。作家の方もおられました。やはり、頻度が増えているのですね。

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左がA型解離、右がB型解離.

いろいろな 思い出があります。

マルファン症候群の患者さんで、下行大動脈の手術を別の病院で受けられて、ちょっとしたご縁で私の外来に来られて、術後の状態で安定して いるから、でも今後の備えのためにフォローアップしましょうかとしていた方です。

検査などでは何も問題がなかったのですが、急性大動脈解離(A型、上図の左側です)に突然なられて。

ただ、いつ かそうなるかもしれないよという事で、その時はこうしてこうやってと打ち合わせを日ごろ患者さんとしていましたので、

患者さんが「先生、解離になりました」と電話をくださいました。

「じゃ、予定通りどこそこの病院に行って。私も今から行くから」と.

すぐ緊急手術し救命できました。

当時、私は大学病院にいて、そこでは緊急手術がなかなか思うようにでき なかったのでまえもってそれができる病院を相談していたのです。

そのくらいの心の準備ができていると、わりとスムーズにオペでき、

元気になって退院されました。

 

B型解離(上図の右側です)は、一般には薬、特に血圧 のコントロールと、手足への流れ方、内臓をしっかり守っていけば、むしろ手術しないほうがいいというデータが出ています。

ですから解離の範囲によっては、ま ずA型解離をB型解離にまで治すというか変換する術式が良いわけです。

そうすることで熟練したチームなら比較的短時間で終わりますし、オペ自体は成功率が高く、ほとんどの場合うまくいけるというところまで来ています。

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しかし、一部にいろんな条件が重なって、術前から、解離して脳梗塞を起こしているというという場合などは、 まだ課題があります。

B型大動脈解離でも、時間とともに解離した大動脈が大きくなったり破れる恐れがでてくればオペします。

下降大動脈や胸腹部大動脈が直径60mmを超えれば手術適応です。

でないと破裂して命にかかわるからです。

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マルファン症候群の患者さんの場合は組織の弱さを考えて、一歩早目にやります。

ヨーロッパのガイドラインなどでは胸部大動脈・バルサルバ洞とも直径50mmになったり年5%以上の急激な拡張があれば、

破裂や解離の心配が 高まるため外科手術を推奨しています。

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●質問:大動脈解離を起こして、しばらく座っていたり、動かなかったら治まりますか?

お答え:昨日の晩は痛かったけれ ど、今朝からはもう痛くない。

だから家で様子をみているという方がたまにおられます。

それは盲点で、ずっと痛いという方もおられるのですが、確かに解離が進んでいる最中は激痛が走ります。

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いったんそれがとりあえず落ち着いて、解離した所はそのままであっても新しいものは起こっていないという状況で、ちょっと痛みがとれる時があります。

それは良くなったというわけではないので、何かする必要があります。

特に上行大動脈に解離があれば、

まもなく破れたり、心臓が止まる可能性が非常に高いので、「これで家でゆっくり様子をみよう」というのは危険なのです。

手術によってのみ救命できます。

一回強い痛みがあったら病院に来て もらうのは非常に大事です。

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家庭の医学書などでは、『強い胸の痛みや、背中の痛みがあったら、病院へ』と書いてあってそれは全くその通りなのですが、

いっ たん痛みが和らいで楽になったら、その時どうしたらよいかというところまでは、あまり書かれていないと思いますので、そこは注意してください。

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解離が起 こっている間が激痛ですけど、いったん広がりが一時的にでも止まったら、痛みが消える場合がある。これは盲点です。

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B型大動脈解離であれば、治まって安定させていけばいいということはよくあるのですが、

それでも、やはり血圧が高いと更に進んでいったり破けたりということがB型解離といえどもあるのです。

まずは心当たりの病院に連絡してもらって、

病院では血圧を徹底的に下げて(例えば80とか90くらいのレベルで)、

もちろん命が充分安全な範囲で思いっき り下げて、まずは大動脈を早く安定させます。

ですから、解離が起きてしばらくして治まったからそれでいいということではないのです。

十分注意してくださ い。

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●質問:大動脈解離の場合、腹部、心臓基部で痛む場所は違いますか?

お答え:腹部ならお腹か背中。

下行大動脈なら背中が多いです。

上行大動脈の場合は胸です。

みな普通の痛みではないです。

患者さんの話をお聞きすると、やはり強烈な痛みと言います。

 

解離とは違いますが、腹部大動脈瘤破裂で来られた場合、背中側で破裂した場合、背骨があるのでそこで止まるんです。

外来に来られて、今日は腰が痛くて痛くてと。触ってみると腹部大動脈瘤がある。

検査しようかと思うと、道端に車を置いていて気になるのでちょっとそれを動かしますとなって、車を動かしてから検査したら破れていた。

手術で元気になりましたけど危なかった。そういうこともありました。

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何もしていないのに急に下肢が痛むときはご用心を解離の症状でもう1点。解離すると大動脈からいっぱい枝が出ていて、そこがぎゅっと抑えられて、

そこの大動脈の枝の血管に、血液が流れなくなるための症状 (虚血)いわゆる酸欠になることがあります。

例えば、大動脈が解離して左足に行く血管が抑えられたら、左足が痛いという格好で出てくることがあります。

左足が痛い、右足が痛い、左手が痛いとか。

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心臓に行く冠動脈がぎゅっと抑えられて、心筋梗塞とそっくりな状況で胸が痛いと来られて、パッ診て「この人心筋梗塞だ!」と一所懸命カテーテルで治そうとして、でもおかしいなと。

全然よくならないなと、もう一回CTを見たら「あ!これは大動脈解離だ」と。

そういうエピソー ドが全国的にけっこうあるんですね。

そこで、医者によく言っていることなのですが、

大動脈解離の症状は、大動脈が剥がれる時の痛みや、大動脈の枝(どの枝であっ ても)が閉塞する時の症状があるということです。

みなさんの観点から言えば、日ごろないような痛み、特に胸、背中が多いですけど、

そういうものがあれば、これはおかしいと思ってすぐ病院に行っていただくのがいいですね。

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●質問:ギックリ腰と、どう区別するのでしょうか?

お答え:腰の向きや姿勢とかで痛みが変化する場合は腰の可能性が大です。

どの向きでも痛むとなったら血管でしょう。

しかしひどい痛みがあったらとにかく病院へ行って調べてもらってください。

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●質問:大動脈解離かもしれない人に心臓マッサージやAEDはしてもいいのでしょうか?

お答え:心臓が止まってしまったら、やはりやらざるを得ません。

しかし原因、たとえばタンポナーデ(大動脈が破れて血液が心臓の周りに貯まり、心臓を圧迫します)が取れない限りマッサージもAEDも効きづらいでしょう。

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●質問:どうせ解離するのだから病院へは行かないというのは、どう思われますか?


お答え:それは逆です。やっぱりわかったら向き合うことは大切です。

目を反らすのは大マイナスです。

すぐ治療すれば解離は治せる病気だからです。

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●質問:頚動脈に解離が残っている場合、何もしなくてよいのですか?


お答え:症状もなくてそれほどの場合でもなくて残る場合はあります。

実害がなかったら定期検診していくのがよいです。

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手術について

●質問:解離して、弓部大動脈の手前まで手術しています。腹部大動脈はどのくらい大変な手術なのでしょうか?難しい手術ですか?

お答え:大動脈基部や弓部周辺の変化や手術後の方の場合でも、お腹は必ず調べます。

中にはだんだんお腹の大動脈も膨らんで来る場合もあります。

それはちゃんと定期検診している場合ですので、それは割と安全なのです。

もちろん小さい場合は手術しなくていいです。

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腹部大動脈を替えるのは、胸部よりもはるかに簡単です。

図1上行大動脈は、ただ遮断したら死にます。

頭に行く血管もありますし、内臓に行く血管もありますから。

腹部は、足に行く血管だけなので。足は10分20分遮断しても問題はありません。

腹部大動脈瘤の手術死亡率は1%よりもだいぶ下です。

下半身麻痺のリスク もほとんどありません。

ただし胸腹部の解離で脊髄への血流が腹部大動脈の枝から送られている場合は腹部大動脈の手術で麻痺がおこることがあり注意が必要で す。

リスクは前もってある程度以上予測ができます。

弓部は、頭や内臓心臓手などが関与するため、1%よりは手術死亡率のリスクは高いです。

年齢や状態などにもよりますが、経験豊かなチームなら5%以内というところでしょう。

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●質問:一番大変な手術は何ですか?基部、次に弓部ということになるのでしょうか?

お答え:基部弓部を両方いっぺんに替える場合は、それだけ大きな手術になりますので、それだけリスクも若干上がります。

若い人であれば体力的な面では大丈夫です が、年齢の高い方は体力に問題が出てきます。

このあたりは、手術チームの慣れも重要ですね。

基部、弓部ともやや大きな手術となるため丁寧に行います。

一発 で出血がきちんと止まれば、比較的短時間で手術終了できます。

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●質問:人工血管置換後に現れる症状にはどのような症状がありますか?血圧上昇やめまい等は必ず現れるのでしょうか?


お答え:胸部大動脈でも腹部大動脈でも人工血管に置換したあと、とくに症状はありません。

血圧上昇やめまいは人工血管のせいではありません。

血圧上昇はもっと端々の 細い動脈の収縮や心臓が多量の血液を送るために起こります。

めまいは脳神経や頸動脈、三半器官、心臓その他の異常によって起こります。

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●質問:ある病院ではまだ手術適応ではなく、別の病院では同じ径の太さで手術を勧められるということを聞きます。患者はどうしたらいいのでしょうか。

お答え:手術するにも多少の幅があります。

絶対やらなければいけないというまでの間に破れる率もあります。

そこまでを考え、確実に治せる、かなりの確率で治せるとい うのならケースバイケースです。

ガイドラインはあって、何ミリになったらやりましょうということはあります。

例えば、腹部大動脈瘤は普通5センチで手術し ますが、5センチまでで絶対破れないかというと結構破れるんです。

4.5センチくらいで破れたというケースを知っていますし報告もあります。

とはいえ比較的少ないので、5センチで手術というのが標準ですが、形が破れそうだとか、マルファンでは5センチより小さくても手術します。

(セカンドオピニオンでは) 「どこどこで、○センチで手術するといわれた」と言っていただいてよいと思います。

下行大動脈瘤で、これはいくら何でもまだ手術はいらないでしょ うと定期検診をしていたら、他の病院でステントグラフトをやることになりましたと患者さんが言います。

ステントグラフトだから簡単だから早くするというこ とになったのかなあとは思いますが、

まだやらなくて良いうちに手術したのではとも思いました。

やはり疑問があれば相談をされるのがよいと思います。

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●質問:緊急手術と、計画(待機)手術の違いはどういうところでしょうか?

お答え:弁置換でも大動脈弁だけ取り替える手術では、

慣れていない人で、心臓を止めている時間で70分から90分ほどかかりますが、

慣れている人ではその半分くらい でいけます。

弁を一つ替えるのに心臓を止める時間が80分でも40分でも、

結果は何も変わらないんです。

患者さんは元気になります。

ところが、もうちょっ と大きな手術になって、

慣れている人でも3時間心臓を止める手術になれば、

慣れていない人では6時間か、6時間では済まない場合もあります。

そうすると、 これは生きるか死ぬかの差が出ます。

大きい手術の場合は、その差が顕著になります。

あるいは、再手術とか。あるいは何か難しいことがあるような場合。

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それ があるので、施設集約ということが大事なのです。

あまり手術をやっていない病院を山ほど作るよりは、しっかりやっているところを少数に。

特に大きな手術ではものすごくそれがあります。

アクセスから言うと、患者さんは、私の町の心臓血管外科があるほうが便利なのですが、

それは非常に熟練度が必要で、スポーツ と一緒なんです。

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野球のピッチャーが中1週間で登板するのが多いですが、

それが中2カ月くらいで登板したらどうなるかと言ったら、

それは試合にならない、 そう言ったところがあるのです。

チーム全体として1年通して慣れている、熟練していることが大事なのです。

大きい手術になればなるほどリスクは上がって行 きますから。

医者は自分が手術する場合、病院を選びます。

近くにあるから便利という選び方は、私もしません。

大きな手術であればあるほど選ぶことが大事で すね。

ただ、緊急の場合は選んでいる暇はありません。

緊急手術は胸が痛い、苦しい、何とかしてほしい…。

CTを撮ってああこれは解離だ!今から手術だ!そうした場合です。

いろんな準備ができなくて省略があります。

また、緊急手術ですと体の状態がすでに悪いことがあって、手術前から腎不全などがあ り、このままでは死んでしまうので手術しようと。

それで緊急手術は待機手術より成績が悪いのです。

破けてからでも救命したことはありますが、

やはり破けてからでは、病院に来る前に血圧がよくても40、50くらいとかで、

非常に危ない姿になってからになります。、

破けるまでに余裕をもった計画的な手術であれば、翌日くらいには歩いたりできるようになります。
それで日ごろからの工夫ですね。

マルファン症候群の方で、「今は症状がないけれども、将来いつの日か緊急手術を受けないといけないような気がするので、

一回 顔つなぎに来ました。」という方が時々おられます。

それは非常に賢明な事です。

そうしておくと、どんな方か、どういう状況かわかっていますので、

仮に1年後に急に倒れて意識のない状況で来られても、

この人はこういう病気をもった人だということがわかり、安全性が高くなります。

家族の中でも、あるいは、かかりつけの中でも、日ごろからちょっと備えをしておくと、いざというときに強いですね。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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