事例: 標準的なポートアクセス法の僧帽弁形成術

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ポートアクセス法はまだまだ普及するには至っていませんが、一部のエキスパートのいる病院では安全な標準手術の位置を確保しつつあります。

私たちも十分な準備のもと、2010年からポートアクセスを開始し、現在は日本でも一番積極的な施設のひとつになっています。

ここまでこのポートアクセス法での死亡例などはありませんし、これによる大きな問題もありません。

より高い安全性と手術としての質の高さをもとめて、内外の専門施設と協力して日々改良を加えています。

 

術前胸部X線さてここでお示しする患者さんは61歳男性です。

5年前から僧帽弁閉鎖不全症を指摘されていましたが、

7か月まえに失神発作を起こされ、併せて不整脈を指摘されました。

心臓手術相談のため米田外来に来院されました。

前立腺がんを3か月まえに指摘され、ホルモン療法を受けておられました。

そこでもとの病院のがんの主治医の先生と相談し、ホルモン療法が一段落したところで心臓手術するというタイミングがベストという結論に達し、数か月後に手術予定となりました。

手術前の胸部X線(右上写真)では心臓とくに左房の軽い拡張がありました。

術前エコーとドップラー心エコーでは僧帽弁前尖の逸脱と強い逆流(僧帽弁閉鎖不全症)が確認されました(左写真)。

写真の左上の左室長軸像では前尖の逸脱(左房側に落ち込むこと)がみられます。

写真中下の長軸ドップラーでは後ろ向きの逆流ジェットが見られ前尖逸脱に合致します。また吸い込み血流からも逆流の強さがわかります。

写真右上の4室像ドップラーでは僧帽弁の逆流ジェットが後ろ側へ飛び、左房後壁で跳ね返って前方までもどってきている、強い逆流所見が見られます。

左房、左室も拡張していました。

症状がある、高度の僧帽弁閉鎖不全症のため、日本循環器学会のガイドラインでクラスI適応つまり手術を強くお勧めできる根拠がある状態でした。

術中写真冠動脈CTなど、他検査でとくに問題なく、CTでも肋骨や心臓の位置がポートアクセス法の手術に支障ないことを確認しました。

手術ではまず第4肋間を小さく開けて、右肺をていねいに横へよけて、心臓に達しました(写真右)。

手術写真では小さい穴から僧帽弁を形成する様子がうかがえます。

 

心膜を、横隔神経から距離をおいて切開し、上行大動脈や上大静脈まで操作ができる視野を確保しました。

大腿動脈と静脈、右内頚静脈にエコーのガイドで管を入れて体外循環を開始しました。

僧帽弁は前尖がバサッと逸脱つまり左房側へ落ち込む状態でした。

弁尖が壊れていればそれ自体にも形成を加えるのですが、それは不要な所見でした。

そこでゴアテックス人工腱索を4本立ててA2(前尖中央部)を本来の位置にまでもどし修復する僧帽弁形成術を施行しました。

手術写真の右下ではゴアテックス人工腱索が取り付けられつつあるところが見えます。

術中逆流テストできれいな弁のかみ合わせと逆流ゼロを確認し、左房を閉じて手術を終えました。

術後3日目の創部写真なお手術中に、肋間神経ブロックを行い、術後の創の痛みが少なくなるようにしました。

手術翌朝には集中治療室を退室され、一般病棟へ戻られました。

術後3日目の写真を左に示します。

創も小さく、痛みも小さいことがうかがえます。

安全のために術後しばらくドレーンと呼ばれる管(くだ)を残しておくのですが、それが抜けたあとはバンドエイドが貼ってあるのが見えます。

術後エコーとドップラー術後1週間の心エコー(写真右)では逆流や弁逸脱はきれいに取れ、心臓もすでにかなり小さくなって順調な経過です。

術後エコー写真で左上の左室長軸像では前尖と後尖が逸脱なくきれいにかみあっていることがわかります。

写真中下の長軸ドップラーでは僧帽弁の逆流がほぼゼロになっていることを示します。

写真右上の4室像ドップラーでも僧帽弁の逆流はほとんどありません。

このポートアクセス法では骨を切らすにすみ、かつ痛みの神経(肋間神経)をブロックするため、ほとんどの患者さんで術後の痛みも軽く、短期間ですみますし、仕事復帰や社会復帰も早いです。

クルマの運転や、荷物の持ち上げ、棚まで乗せるなどの作業も、通常の胸骨正中切開の患者さんより数段早いです。

もちろん創が小さいため美容上の効果も優れています。

女性の患者さんはもとより、男性の患者さんたちにも喜ばれています。

この患者さんの場合は、がん治療が一段落し、がんが実質消えた状態にもちこんでからの計画手術でした。

その場合でも、早く元気な生活に戻れるとがんの再発予防のために役立つ可能性があります。体力がすぐに戻ればがん免疫も早くもどりやすいからです。

患者さんの他の病気や仕事・生活、心の創まで考えた医療としてポートアクセス法は役立つと思います。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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