スタートに出遅れた君へ―――学士入学から輝く心臓外科医へ

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以前から私のところへは全国から若い学生諸君や修練医の先生らが遊びに来て下さいますが、心臓外科に関心があるひとは現代では貴重な資質を持っていることを感じます。

Ilm12_ab01041-sそれは心臓外科医が忙しいのを知って(日本では給料は同年代で皆同じ)、なおやりがいをもとめて志望しておられるからです。イージーな生き方が主流になりつつある医学生というより若者のなかで、甲子園球児やオリンピックに半生を捧げるひとたちと同じ質のすばらしいものを感じます。

なかでもすごいと感嘆するのは学士入学や、何らかの理由で20歳を大きく超えてから医学部に入り、そして心臓外科を目指しているひとたちです。

私自身、いろいろあって大学に行くまえに2年も浪人し、どんくさい生き方を自認しているため一層気持ちがわかります。

心臓外科は他科とくらべて一人前になるのに時間がかかります。早い話が、初期研修のあと、腹部一般外科をある程度こなすことが必須で、これだけでも他科より時間がかかるのです。手術もより高度で精密さと迅速さの両方を求められるため、教えるにも学ぶにもやや時間がかかります。そうした状況であえて一見不利と思える心臓外科をすでに20歳を超えてから志望する姿勢に、強い意思、熱い情熱、硬い決意を感じずにはおれません。ちなみに北米では学士入学が正規のルートですから、国際的にも正しい姿勢と言えるでしょう。

Ilm18_ad03023-s過ぎ去った時間は二度ともどりません。しかし時間より速く進むことで、結果的に取り戻すことは可能です。しかし世の中、皆、それなりに一生懸命頑張っているなかで、自分だけが特段のスピードで進歩するためには、相応の努力が必要です。

私などは自分のどんくささをよく把握していたため、「自分のような者が一流になるためには、人と同じ姿勢ではダメだ。人が楽しんだり遊んだりしているときに、黙々と仕事や勉強する以外に道はない。自分には楽しみも遊びも要らない、全部放棄しても構わない」とまで思っていました。

現実には周囲の皆様のおかげで、けっこう楽しく遊びもしながらここまで来れましたが、あの楽しみを放棄する決意は自分には役立ったと思います。自分より能力に勝る人たちにも十分ついて行けるという変な自信が得られたからです。また仕事や勉強三昧のときにその生活を苦痛と思わなくなったからです。

さて学士入学組に代表される、スタート出遅れグループの医学生や医師が心臓外科で大きく展開するにはどうすれば良いか、私の考えを述べてみます。

 

1.まず無駄を省くこと Lpsd2102c-sは必要。

といっても無駄と思えることが人生で、仕事の上でさえ役立つことはままあります。

何でも経験というのも一理あります。

それらを踏まえたうえでものを考えましょう

 

2.学生時代には医学のみならず英語を徹底して鍛える。

TOEFLで高得点が取れるように鍛える。なかでも聴く力と話す力は日本人の共通弱点 Sst019-sですから力を入れる。

私は学生時代の初めごろ、下手の横好きでバレーボールをやっていたのですが、臨床留学の重要性をあるとき悟り、自分の英語力では全然足りないことを知ってから、涙を呑んでバレー部を辞め、ESSで徹底的に鍛えて頂きました。

それが後日どれほど役立ったか筆舌に尽くせません。

もう少し能力があればバレーとESSを両立させられたものと思いますが、自分にはそれは無理と知ったうえでの決断でした。


この決断が役立ったとい Jab110-sう一例を挙げます。

カナダで英語の試験に通るために通常2年の準備期間が必要と言われます。

私が留学したときからこの英語試験が突然、必須になりました。

しかし私は学生時代の鍛錬のおかげでTOEFLもTSE(話す試験、現在はTOEFLに含まれる)も1か月の準備期間で一撃合格し、そこで失った時間はほとんどありませんでした。

バレーボールを放棄してまで取り組んだESSのおかげで浪人分のロスは取り返したわけです。

 

3.学位つまり医学博士は持つに越したことはない。とくにその論理の進め方、ものの考え方、統計ソフトやエクセル・パワーポイントの使い方、論文の書き方、どれも大切です。

しかし一般にはその学位を得 Ilm09_af10021-sるために、大学院へ進学し、4年間が必要。

学士入学のひとにはこれは致命的に近いほどの打撃になるでしょう。

4年で済めばまだしも、そのあとに大学などでさらに何年か雑用係りをさせられればもはや昇天です。

 

そこで修練時代や留学時代にしっかり学会発表し、そこで得た知識や考え方で論文を海外のジャーナルに載せる、少なくとも1本、できれば数本。

オリジナルな何かが欲しい。これによって論文博士という学位が得られます。

今後論文博士という制度は無くなるという噂もあり、時代に即した対応が必要ですが、近年できた社会人大学院制度では第一線病院で臨床をやりながら学位が取れるため、これなども使えます。

ただ授業に出るために多大な時間を取られたり、授業料がかさんだり、苦痛は多いため、論文博士が勧められます。

ちなみに私はこの論文博士で学位を取りました。

ここで4年間以上の時間を稼いだことはその後の展開に大きく役立ちました。ただこうした作業にはしかるべき指導者が必須です。蛇足ながら私の施設では私が指導しますから医学博士号はそう大変ではありません。何事も工夫です。

 

1134.(腹部一般)外科研修は施設の格差が大きい。用心されたし。

ある有名大学の外科教授が、外科専門医を取るには5年かかると言われました。

学士入学の君が外科研修に5年も失えば、もはやタイムアップ、時間切れでしょう。

そうすると心臓外科など辞めて外科へ入局したまえ、となるわけで、思う壺状態ですね。

私の知る範囲で、症例数が多く、良心的な教育をしてくれる病院なら、外科専門医になるために必要な症例数は9か月で得られます。

5年と9か月、この差は大きいですね。学士入学の方には心臓外科医としての生死を分けるほどの差がでます。

 

5.後期修練あるいは専門研修はひとりあたりの症例数が多いところが良い。

全体の症例数がまずまず多くても、それ以 Ilm09_ag04005-s上に心臓外科医の数が多ければ、研修内容は主に第二助手と術前・術後管理で終わります。

手術手技としては主に見学か簡単な操作に終始するでしょう。

ちなみに私の病院では年間250例以上の開心術を私を含めて4名の心臓外科医でこなしています。

雑用が比較的少なくペイがやや良い民間病院の特徴を活かしています。

 

1人当たりの症例数が多いところでは自分しかいないという状況が生まれやすく、それはそのまま執刀や半執刀などのチャンスにつながります。

毎日手術に入って何かができる、これは効きます。

 

6.40歳までに一応独り立ちできる、つまり標準的手術は部下と二人で自信をもってや れる、状態になることが必須です。

これをもとに考えれば上記の戦略は納得できると思 Gum11_sy01045-sいます。

 

たとえば30歳からスタートして、初期研修2年、腹部外科9か月で後期研修に入りまもなく33歳。

そこから一人当たりの例数が多い施設で心臓外科医として多忙な毎日を送れば4年間で標準手術が一応できるレベルには達します。

その時点で37歳。

まえもって準備しておいて海外臨床留学で3年間、数百例を見て、数百例を執刀すれば、より自信や安定感がでるでしょう。

40歳のデッドラインに間に合いました(40歳という年齢にこだわるわけではありません。要は次のステップがやりやすくなるという意味です)。

 

7.そこから先の就職先選びが大切です。これは上記の留学までに下交渉をやっておくのが有利です。

Ilm2007_02_0190-s一流施設へ就職できれば結構なことですが、そこには多数の上司がいるでしょう。チャンスはなかなか来ません。

一流施設でなくとも、手術ができる施設で、そこで自らとチームを育てるほうが速いこともあります。

とくに民間施設では成績が上がれば長期的にはいくらでも手術できることが多いので展開が期待できます。

 

現代の心臓外科市場は極度の人手不足、正確には若手不足のため若い間は売り手市場です。

これを活かさない手はありません。民間のアウトサイダーから教授や大手有名病院のチーフになるというケースが近年増えました。

また苦労に苦労をかさねて一流施設の長になるというのも人生ですが、その近隣の二流施設に就職し、これを育て上げて一流にしてしまうというのも人生です。

いったん実力がついたひとには後者の方が楽なことも多いです。

 

Ilm18_ba04006-s8.どの世界でもそうですが、愛嬌があるというのは大切です。同じ努力するなら笑顔でやりましょう。

とくに学士入学などで年齢が少し高い場合、周囲の仲間は年下です。

彼らに対してもいつも笑顔で接することは極めて重要です。

 

中には人生の先輩を先輩とも思わぬ不遜の輩もいるでしょう。

しかし腕を上げ、立派になればいつかはわかってくれるはずです。

たとえわかってもらえなくても、他人の弱みにつけこんで偉そうにするタイプの人は、いずれ破たんしますので、気にしないことです。

 

以上、学士入学の君が心臓外科医として成り立つ道についての私見を述べました。

 

さまざまなバリエーションがあるでしょうし、そもそも大学や大学院は本来は素晴らしいものです。

時間が確保できればそうしたところで活躍するという道も検討すると良いでしょう。

実際、海外で腕を挙げて、乞われて大学にもどり、そこで腕を振るってさらに大きな展開を遂げた先生は近年めずらしくありません。

大学ももはや、実力を無視できなくなっているのです。良い傾向です。

 

ただ私は大学病院や一部公的病院で若い医師が労働組合の圧力のために雑用係りになっている現状を残念に思うのです。

学士入学の方々の場合は、持ち時間が少ないためその雑用が致命傷になりかねないので打開策を示したわけです。

 

Isn479-sれらを参考に自らも学び考えて、自らが心臓外科医として大成する戦略を練って下さい。必要時には相談に乗りますので遠慮なくご連絡下さい。

 

最後にものをいうのは「夢」や「感動」あるいはそれにもとづく「決意」でしょうか。これも私見ですが。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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