拡張型心筋症と左室形成術、、患者さんの想い出

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Aさんは60代男性で岐阜県から当時米田正始 Sick_29が勤務していた京大病院へ来られました。

ことの起こりはその娘さんがメールでご連絡下さったところからです。先生、私の父を助けて下さい、あと1週間のいのちと言われました、と。

さっそく電話等で連絡し、主治医の先生とも相談しました。拡張型心筋症の末期状態で、とても搬送できる状態ではない、しかしご家族とご本人さまがどうしてもと言われるのであれば、協力します、とのことでした。

相談の結果、ヘリコプターで岐阜の病院 ILM09_CF02003から京大病院(ヘリポートがないため例によって近くの賀茂川の三角州を代用)へ搬送戴きました。

診察の結果、確かにあと1週間の拡張型心筋症と言われるのはよく理解できる状態でした。駆出率も10%台で心臓はほとんど動かず、危篤状態でした。

それからまもなく心臓手術となりました。

手術では左室形成術で左室のとくに悪い部分を小さくし、あとは左心室の形を整え、ベストの大きさに造りかえるという作業をしました。

同時に僧帽弁形成術なども行い万全を期しました。

165772220術後経過は当時のことですから、さすがに大変でした。ICUで1週間以上かけてじっくりと心不全を治し(当時の看護師さんたち、ありがとうございました)、

それ以後は着実に体力をつけて状態が改善して行きました。

今ならもっと短い期間でICUを出ることができると思いますが、当時としては左室形成術を受けた最重症の患者さんはそれぐらいはかかることがよくありました。

入院期間も長く、1か月以上かかりましたが、最後は歩いて笑顔で帰宅して行かれました。来院時はヘリでしたが、退院時は自家用車で、印象的でした。

患者さんの娘さんには、あなたの勇気ある Ilm08_cf05003-s行動のおかげでお父さんが助かったんですよ、立派です、とお礼を申しました。娘さんはただじっと聴いてくれました。

半年後、ご家族からの年賀状を頂きました。昨年までのお正月は(心不全で)息苦しく、病院の救急外来に急いでいくこともよくありましたが、今年は久しぶりに穏やかで平和なお正月を皆で楽しんでいます、と。

ご家族の温かい団らんが眼に見えるような年賀状でした。

194304509それから数年経ちました。その病院の先生とお話しする機会があり、8年経った現在もお元気にしておられるとのこと。本当にうれしく、皆の努力が報われた想いでした。拡張型心筋症の末期の患者さんが移植なしでこれほど長くそれもお元気に暮らしておられることは珍しいと思います。

この喜びを当時の京大病院で一緒に苦労してくれた医師や看護師の皆さんと分かち合えればと思いました。患者さんがICUで苦しそうに闘病しておられた姿しか知らない看護師さんたちに、この幸せな姿を知って頂ければ、心臓外科での努力の意義を実感して頂けると思いました。

ともあれ患者さんのこうしたお姿を見るにつけ、あきらめてはいけない、可能性がある限り全力を尽くさねばならない、あらためてそう思うのです。

追伸:2018年に大学病院でも手術を断られた患者さんが金沢から来られました。その方の手術も大変でしたが、結局お元気に退院されました。その時にご家族(医師)が上記の患者さんが現在もお元気に暮らしておられることを友人医師から聞きましたと教えて下さいました。手術から10数年経った後の感動でした。

 

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執筆:米田 正始
医誠会病院スーパーバイザー 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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