最終更新日 2021年1月2日
1. 臨床医は勉強し反省検討し、患者さんの治療内容を改良していく責務がある
心臓外科医というよりすべての臨床医は常に勉強し反省検討し、患者さんの治療内容を改良していく責務があります。
それは医療安全にも治療成績にも、そして患者さんたちの満足度にも貢献します。
その努力の結果として新しい術式を考案・開発することはある意味自然なことですし、医学や患者さん・社会のためにお役に立てるという意味で光栄であり大きな喜びでもあります。
私は恩師デービッド先生(Tirone E. David、トロント大学)(左写真)が毎年のように新しい手術に挑戦し、開発改良する姿を見てそのことを学びました。
トロント大学やスタンフォード大学、メルボルン大学、そして帰国後の京都大学、豊橋ハートセンターと名古屋ハートセンター、高の原中央病院かんさいハートセンター、野崎徳洲会病院、そして医誠会病院などにて一貫してこうした努力をしてまいりました。
それらの業績をたまたま発表させていただく機会を得ました。
2. 第11回アカデミック外科医養成研究会
第11回アカデミック外科医養成研究会(Developing Academic Surgeons)(当番世話人・川副浩平先生)が第42回日本心臓血管外科学会総会(会長・山本文雄先生)の会期中に開催され、川副先生が日本発の新しい心臓手術をまとめて公開する企画を実現されたのです。(心臓外科医のブログをご参照ください)
これらの仕事は患者さんたちはもちろんのこと、多くの先生方(心臓外科だけでなく外科、麻酔科、内科、その他の科、基礎医学系、薬学部、工学部、理学部、他大学や研究所なども)やコメディカル、事務はじめとした皆様のご協力のもと、大変な努力の末にできたものです。まさに汗と涙の結晶です。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
研究会では今は引退された大先輩に交じって私もその心臓手術にまつわるエピソードを紹介させていただきました。なるべく若い先生方の参考になるように、というスタンスでお話ししました。
会場は満席で、かつて指導させて頂いた若い先生方や友人・仲間や先輩たちを含めて多くの方々のご参加があり、そうした方々にご報告と御礼ができたことはこのうえないことでした。
写真左にお示しするのはそのときのポスターです。なおご参考までに関係する論文を順次追加してさらに役立つように改訂する所存です。
こうしたものがきっかけとなって、若手諸君が新たな心臓手術を開発し、大きく成長展開して下されば、そしてより多くの患者さんたちに恩恵が届けば、これ以上のよろこびはありません。
研究会のときに私が若手心臓外科医へのメッセージとして述べたアドバイスは次のとおりです。
1.努力の甲斐なく患者さんが亡くなったとき、それが新たな研究の始まりです。
つまり助けられなかった原因を徹底追及し勉強し反省検討して、患者さんの敵討ちを将来の患者さんの治療で行うわけです。
悔しさをばねに頑張る、ともいえましょう。
2.先人の立派なお仕事に敬意を払い、学ぶ。
医学の進歩は多くの医師研究者の仕事の蓄積の上にたつものであり、先人のことばに耳を傾けるのは最小限の礼儀であり、かつ進歩への最短コースです。
日本の医師は先人の研究を引用しないという悪癖があると昔から指摘されています。
引用することで引用されたひとも、した人も、評価が高まるのです。
それも単に医師とか科学者としてだけでなく、人間としての評価や信頼度が上がるのです。
3.臨床での仕事や努力と、研究室での実験研究を有機的に結び付けて役立てる。
患者さんの病気にそっくりな動物モデルを創り、それをもちいて新たな心臓手術をトライし改良を加えるわけです。
これは科学的根拠なしには患者さんに実験的な治療をしない、というヒューマンな姿勢に直結します。
私自身、これからも反省と検討、研究を重ねながらさらなる進化を目指したく思いますが、同時に若い先生方のこれからの頑張りに期待します。
これら日本発の心臓手術が後日1冊の本になったものです。
3. 米田正始が日本にて考案・開発した新しい心臓手術
(1)拡張型心筋症にたいする心尖部温存式バチスタ手術。
心尖部を温存することでバチスタ手術の術後心機能を向上させました。手術の死亡率もゼロに近づきました。
(2)虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する腱索転位法translocationの開発。
前後乳頭筋を前方へ吊り上げます。当初は二次腱索切断とセットにしていました。この前方吊り上げによって従来の二次腱索を切断するだけの術式よりも術後心機能が改善し患者の心不全が軽減しました。
この術式は次の(3)に発展していきました。
(3)機能性僧帽弁閉鎖不全症とくに後尖テント化に対するBileaflet Optimization法
現在はこの道の専門家のご意見をいただき Papillary Heads Optimization法(PHO法)と呼んでいます。
現在、前尖だけでなく後尖のテント化をも治せる一番有効な方法とのご評価を戴いております。アジアや欧米でも使ってくれる先生がでてきました。2015年のアジア心臓血管胸部外科学会(ASCVTS)で最優秀演題賞のファイナリストに選ばれ、2017年のアメリカ胸部外科学会(AATS)でも発表機会を頂きました。狭い術野で細かい操作が必要なため、技術的に少し慣れが必要で、これから啓蒙活動したく考えています。
(4)心房縮小するメイズ手術。
これにより従来のメイズ手術で治らなかった重症心房細動が治るようになりました。カテーテルアブレーションでも薬でも治らなかった患者さんにももちろん役に立っています。心房細動が治せて初めて、僧帽弁形成術や生体弁置換術の真価が発揮されるのです。つまりワーファリンを切ることができるのです。これが心房縮小手術が重要かつ有用であるゆえんです。
また近年話題の心房性機能性MRに対する弁形成術でも威力を発揮します。
(6)bFGF蛋白の徐放を用いた胸骨再生。
これによりバイパス手術後の胸骨壊死が激減し、社会復帰も早まる可能性が高くなりました。
(7)重症下肢虚血に対するbFGF徐放治療
。
従来の治療では治らなかった患者が治癒し社会復帰するようになりました。京大病院で成果を上げましたが、米田正始が大学を去ってからはプロジェクトが止まっていました。しかし2010年ごろからその価値が再評価され、プロジェクトが再開されまた一グループの患者さんで臨床試験が行われ成果を上げました。
このbFGF徐放治療を行うべく、現在準備中です。下肢切断を免れる、あるいは下肢の皮膚潰瘍(本当に痛いです)が治る、これは患者さんにとって光になることでしょう。
(8)心筋梗塞後の心室中隔穿孔に対するDavid-Komeda術式とその改良。
トロント時代に開発した穿孔部除外 exclusion法とそれをさらに有効に使うための心拍動下VSP評価法。さらなる成績の向上を目指して、この改良型を開発しJTCVSというトップジャーナルで発表いたしました。若手中堅の先生方にも自信をもってやって頂けるように改良したのです。この不治の病が治る病気になるよう努力しています。
(9)大動脈基部の部分拡張に対する再建手術
大動脈基部再建のためのデービッド手術を部分的に応用する術式です。
重症例や複合手術例では時間が短縮でき、患者さんの安全に貢献します。
(11)僧帽弁前尖の逆L字型変形にたいする形成術
従来には弁形成不可能とされたケースの中に、形成可能なものが含まれている可能性と、手術法を示しました
(12)左室緻密密化障害に対する左室形成術
世界初の手術を行い、報告しました。より多くの患者さんたちに役に立てば幸いです。
左室緻密化障害は現在のところ難病ですが、将来この病気は治せる病気になるものと信じて治療法を改良しています。
(13)オフポンプバイパス時に心筋埋没冠動脈を露出切開する方法
オフポンプ冠動脈バイパス手術のときに禁忌(やってはいけない)と言われる心筋埋没冠動脈へのバイパスが安全にやれるようになりました。同時に吻合部の術中評価にも役立ち、バイパス手術の質や安全性が向上しました。
開発から10年、ぼつぼつ日本でもこの方法が使われるようになり始めています。
(15)ブローアウト型を含む左室破裂に対する左室修復術epi-endocardial patch repair法
これまでのグル―(生体糊)では止血困難と言われたブローアウト型左室破裂が安全に修復できるようになりました。
上記の発表の後もさらに新たな心臓手術を考案工夫しています。
(16)一方向性ドール手術
これはセーブ手術のジオメトリー特性(つまり左室をきれいな形にする)とドール手術の簡便性を併せ持つ左室形成術です。結果的に侵襲が低くなり、これまですべての患者さんを救命できています。
(17)大動脈弁閉鎖不全症にともなう機能性僧帽弁閉鎖不全症に対するpapillary heads optimization(PHO)手術
これは(3)の応用ですが、多くの場合、左房を開けることなく、大動脈弁手術の時間で2弁を併せ治すことができ、重症例では大きな貢献ができます。
(18)ミックス手術にて副次創(サテライト創)
ミックス手術にて副次創(サテライト創)を最小限とし、疼痛や胸壁出血を減らし美容効果を高めるLSH法(Less satellite hole法)。世界でも賛同する方が増えています。
(20) MICSでできるというメリットも得られました。
肥厚型閉塞性心筋症 HOCMの、心室中部閉塞 Mid-Ventricular Obstructionに対するモロー手術変法。左室を切開せずに閉塞を安全に解除でき、しかもMICSでできるというメリットも得られました。
(21)虚血性心筋症や拡張型心筋症に対する Frozen Apex SVR (心尖部凍結型左室形成術)
虚血性心筋症や拡張型心筋症に対する Frozen Apex SVR (心尖部凍結型左室形成術)。これは杭ノ瀬先生の螺旋型左室縫縮を生理学研究をもとに改良したものです。これまでよりはるかに短時間で左室の調整・改善が図れ、成績も良いため、今後広めていきたく思います。
(22) 重症例でも弁形成ができ、かつ心機能がより改善するようになりました。
上記(3)PHO法と(21)Frozen Apex SVR(心尖部凍結型左室形成術)を組み合わせたDual Repair(デュアル形成)。これまでのMAP(僧帽弁輪形成)やPHO法でも形成できなかった重症例でも弁形成ができ、かつ心機能がより改善するようになりました。
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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