世界一の防潮堤

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  東日本大震災は津波や原子力発電所の事故も含めて筆舌に尽くしがたいほど大きな打撃を多くの人たちに与えました。被災者やその関係の皆様には心からお見舞い申し上げます。

釜石港の外側に世界最深、最大の防潮堤が築かれ、あのギネスブックにも登録され、多くの方々の期待をになっていたことはまだ記憶に新しいところです。まだわずか1年あまり前のIlm22_aa01060-sことでした。地震や津波で何度も涙を呑みながら、対策を練ってきた日本ならではの素晴らしい事業でした。

ところが想定外の超大型地震と津波によってその防潮堤はあっけなく突破され、大変な被害を出してしまったことを皆さんよくご存じのとおりです。その後の調査では防潮堤はよく頑張り、大津波の高さをある程度下げることはできたようですが、津波のあまりのパワーに土台を削られて倒壊してしまったそうです。海外の報道は「もっとも準備され、もっとも訓練された国を史上最大の地震と津波が襲ってしまった」と報じていました。その報道には平素の努力に対する敬意や、その努力をも上回る天災という不運を残念に思う気持ちが込められていたように感じました。

その後の報道によれば、この世界一の防潮堤があるため、心にわずかな油断が生じて避難が遅れたケースがあったといいます。
まさかこのような大津波が今来るとはだれも想像できなかったでしょうし、仮にそうした一瞬の油断があったとしても、何人もそれを批判することはできないと思います。
しかし結果は悲惨なものでした。これからは単に想定外だからとあきらめるのではなく、想定レベルや想定精度をさらに上げることも必要なのでしょう。

ひるがえって自分自身の問題・課題として考えてみれば、こうしたことはどの分野・領域でもあり得るものと思います。医療も同様でしょう。
これこれの病気や治療にはこうしておけば安全確保と考えて日頃から検討を重ねマニュアルを作っていても、新たな治療法や診断法、新たな概念が出てくれば、それまで鉄壁と思っていたような安全策も新たな状況に即応したものに改良していく必要があるように思います。

Ilm09_ag04005-s 心臓手術を例にとれば、技術・道具・材料や理論の進歩によってこれまで手術ができなかったようなケースもかなり安全に治せるようになりました。しかしそれによって、一層重症な、これまでは手が出せなかったような難しいケースにも治療ができるようになることで、これまで想定できなかった新たな合併症や問題が起こり得るのです。難しいケースから逃げる、つまりその患者さんを見捨てることで「医療安全」を得るという傾向が世の中に見られますが、そうではなく、難しい病気の患者さんを救命しつつ新たな問題をできる限り予防し、問題が多少でも起こればそれを早期の警戒とチーム検討によって解決することが大切と思います。これが真の医療安全につながると考えます。

問題とくに新たな問題はいつどこから来るかわからないという、慎重というより小心なほどの用心深さで日々治療を行い安全性の向上に努める必要がある、崩れてしまった世界一の防潮堤はそんなことをあらためて教えてくれたような気がします。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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