恒例の日本心臓血管外科学会に行って参りました。
今回は名古屋大学血管外科の古森公浩先生が会長を務められ、同先生のお人柄と名古屋の良さが感じられる学会総会でした。
今回のテーマは「アカデミックサージャンを目指して」というもので、研究マインドを常に持って血管外科を極めてこられた古森先生らしいものでした。
シンポジウム「近未来のCABGはどうあるべきか」ではここまで磨き上げられたCABGとくにオフポンプやスケルトン化された動脈グラフト、左小開胸のMICSなどを軸とした、より完成度の高いCABGと、薬や再生医療の併用などが発表されました。
20年ほど前にトロントで学んだCABGと比べてここまで進化したかという感慨がありましたが、同時に、カテーテルによるPCI治療の躍進ぶりと比較すると小さい進歩の積み重ねを超えず、もっと革新的なブレイクスルーが必要とも感じました。
もっともハートチームとして最良最適な心臓病治療を行うという意味では患者さんがお元気になり、ハートチームの個々のメンバーが張り切って仕事できておればそれで良く、その中で心臓外科医が新たな活躍の道を開拓して行けばという気もしました。
その後に講演されたKappetein先生(EACTS、ヨーロッパ心臓胸部外科の重鎮)の内容も同じ方向性であると感じました。
冠動脈の複雑病変例については新型ステントと比較してもまだまだCABGの優位性は続き心臓外科の貢献度が急に揺らぐことはなさそうですが、ハートチームとしての医療をより充実させていくことが大切なようです。
特別講演はノーベル賞受賞の赤崎勇先生の「青色発光ダイオード(LED)はいかに創られたか」でした。
世界のほとんどの研究者がギブアップしたこの研究を初志貫徹して成功された、その経過の一部を拝見し感動しました。
お話の中で「我ひとり荒野を行く」というくだりがありました。これこそパイオニアの心意気と感じ入っていたところ、口の悪い友人に「お前にそっくりや」と言われて光栄というよりお恥ずかしい限りで、今日頂いたエネルギーを患者さんの治療に向けることでもっと貢献したく思いました。
近年の医療事故の中で大動脈手術時の脳神経系合併症と心臓手術全般における心筋保護の知識の欠如が指摘されている中、この解決へ向けてのセッションがいくつかありました。
特別企画2 心大血管手術の中枢神経保護戦略はその一つで、大変有用なセッションでした。弓部全置換術での脳保護は低体温循環停止+逆行性脳灌流から選択的順行性脳灌流へと変遷し、ある程度の成績改善を見ましたがLeukoaraiosisやシャギー大動脈例などまだまだ課題は残ります。大動脈解離への外科治療も昔と比べれば長足の進歩を遂げた領域ですが、脳の灌流不全はまだ問題で、早期に脳灌流を確保することで一層の改善が見込まれます。rSO2などのモニターで覚醒遅延パタンをより詳細に調べればここでも成績の改善が可能でしょう。胸腹部大動脈の手術で最大の問題ともいえる脊髄対麻痺への対策はこれまで知られている多数の方法、たとえばAK動脈同定と保護、脳脊髄液ドレナージ、MEP、低体温、再建順序とストラテジー、肋間動脈再建や灌流、至適血圧の維持、良好な血行動態の維持などをさらに磨く必要があります。ただ脳脊髄液ドレナージひとつをとっても合併症がゼロではなく、さまざまな注意が必要です。MEPモニター所見に応じて麻酔薬プロポフォールの量を調整すること、MEPが良くても血圧が低いと脊髄麻痺が起こり得ること、脊髄灌流のStealを減らす努力、左心バイパス時に血圧コントロールが容易な閉鎖回路の利点、脳脊髄液ドレナージの押しどころと引きどころ、麻薬の適切な使い方、などなど盛りだくさんの内容でした。
もう一つの問題である心筋保護については、上田裕一先生の理事長講演でも解説がなされ、同先生をはじめ心臓血管外科学会で編集した心筋保護法の教科書が紹介されました。
脳保護にせよ、心筋保護にせよ私たちの世代は多大な時間とエネルギーを割いて研究し勉強したのですが、最近はそうした過去の大切な遺産を知ることなく、合併症を起こすという残念な事例が増えているようで、若い心臓外科医の先生方にはぜひこうした人類の英知を学んで頂きたく思いました。
最近のトピックスのひとつである大動脈弁形成術についてパリのLansac先生が概説されました。STJとAVJがらみのeHの調整、シェーファーバンドなど弁形成おたくの間ではすでに常識化している内容でしたが、完成度をますます上げられているようで、興味深く拝聴しました。
森之宮病院の加藤先生のスタンフォードB型大動脈解離に対するTEVARのお話は大変明快でわかりやすく参考になりました。野崎徳洲会病院でも積極的にTEVARや外科治療を多数行っている領域だけに興味をもって拝聴しました。かつてはB型解離は保存治療と教えられたものですが、その長期成績は悪く、もっと積極的な治療が必要と思って来ました。偽腔が拡大するパタンを知り、早期治療で治してしまえば多くの患者さんたちに福音になると確信しました。
夕方の不整脈外科研究会では名古屋大学の碓氷先生の当番世話人で大動脈弁手術時の心房細動治療について議論が交わされました。
不整脈外科研究会は前半のみ参加させて頂き、後半は自己心膜等による大動脈弁再建術シンポジウムに参加しました。東邦大学大森病院の尾崎重之先生が開発された自己心膜大動脈弁再建法の報告を拝聴し参考になりました。
学会2日目には僧帽弁形成術の正中切開VS MICSのセッションがあり、経験の着実な蓄積を感じました。
弓部大動脈瘤のセッションでは川崎幸病院の多数の外科治療の経験が印象的でした。同時にZone 0や1でのハイブリッド治療の進歩も報告があり、Totalデブランチから部分デブランチまでさまざまなデブランチとTEVAR治療を組み合わせている私たちには大変興味深いセッションでした。なお弓部大動脈手術での低体温の安全性と有用性の発表もあり、昨今の安易な常温虚血への警鐘として良かったと思います。
大動脈弁形成術のUpdateというセッションでも上記Lansac先生のお話と同様、着実な進歩と蓄積が感じられました。大動脈弁輪形成リングもうまく使えば有用と思うのですが、現状ではシェーファーバンドが確実という印象を受けました。しかしリングも使い方や適応によっては利点があり、今後の展開を期待したく思いました。
ニューヨークのDavid Adams先生が僧帽弁形成術の講演をされました。これまで何度もお聴きしていますが、いつも何か得るものがあり今回も拝聴しました。
僧帽弁尖の強度を考えて、交連部のマジックSutureには心膜フェルトを使うべき、というくだりはきめ細かい提示で感心しました。逸脱部の隣の、どちらかと言えば低形成部の処理などもこれまで同様の経験がありなるほどと思いました。
近年の運動負荷エコーの進歩を受けて、ひとつ質問しました。従来の安静時エコーでは問題ない僧帽弁が運動エコーでは狭窄っぽくなるという報告があったため、今後は運動負荷エコーで術後評価し、それに合わせて弁形成も改訂すべきだろうかということをお聴きしました。するとこれは自分だけでは答えられないと、エコーの大家Martin Roberts先生にバトンを渡され、同先生はExcellent Questionと持ち上げながら、症状改善している普通のケースにはそう神経質になる必要はない旨のお答えでした。確かに運動能力の必要度に応じた対応で、アスリートのような患者さんなどに運動負荷エコーを行うので十分なのかも知れません。
私自身の発表は3日目に2つの会長要望演題の中で行いました。
ひとつは低心機能を伴う成人先天性心疾患のセッションで、肥大型閉塞性心筋症HOCM、修正大血管転位症cTGAに伴う三尖弁閉鎖不全症TR、左室緻密化障害、冠動脈ろうについて、ここまでの経験を報告しました。いずれも比較的稀な病態で経験の蓄積が少ない施設が多く、興味をもって聴いていただけたようです。最適なタイミングで手術をし、アフターケアも充実させ、心機能を低下させずに長期予後を改善するという努力を今後も続けたく思いました。
また有益なご質問をいただき、ありがたがく思いました。
今一つは午後の「虚血性心筋症+僧帽弁閉鎖不全症に対するMVPでは弁下組織への手術介入は必要か」のセッションでの発表でした。
私が開発したPHO(乳頭筋最適術)による僧帽弁形成術は生理的で、前尖のみならず後尖のテザリングも改善し、心機能も改善することをデータでお示ししました。
同じ患者さんで乳頭筋の吊り上げ前と後で弁のテザリングが取れ、弁逆流が消えることをお示しし、その意義を見て戴きました。座長の荒井先生も最近は理解が進んで議論がかみ合うようになりましたね、と語っておられたのが印象的でした。
PHOを採用して下さる施設が徐々に増え、世の中に広く貢献できればこれほどうれしいことはありません。そのために確実で効果的なやり方を発信し続けて行ければと思いました。
さまざまなセッションの他に懐かしいあるいは仲良しの先生方と語る機会がいくつもあり、楽しい学会でした。
同時に若手と接する機会をより大切にして皆さんの展開に役立つような努力も続けて行こうと思いました。
会長の古森先生、立派な学会をありがとうございました。
2016年2月20日
米田正始
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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