雑誌さわやか高の原から ――米田正始のごあいさつ

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夢に終わりはありません――かんさいハートセンター、まず心臓血管外科開設へ

高の原中央病院かんさいハートセンター 
特任院長・センター長・心臓血管外科部長 米田正始

IMG_0118b皆さんこんにちは。
私は奈良県生まれ奈良県育ちの心臓外科医です。ご縁あって郷里にハートセンターを立ち上げる機会をいただき、光栄に存じております。

心臓外科医ですので心臓を手術で治すのが仕事です。肩書きのうち、特任院長というのはおもに手術だけする院長という気持ちです。実際には他にもやることが多々あるのですが、患者さんを治すことに一番関心を持っているという意味です。

◆気持ちは甲子園球児?

仕事といっても給料をいただいてその分仕方なく義務だけは果たすというのは性に合いません。それでは心臓病の患者さんを助けることはできないからです。少なくとも重症のひとたちは助けられません。熱いこころと患者さんを全人的に診る視点、そして高い技術をもったチームで初めてお役に立てると思っています。おのずと生き方は職人や甲子園球児のようになってしまいます。ただ目の前にある目標に向かってひたすら努力する、俗事は忘れて、厳しいわりにはハッピーで居られる、年甲斐もなく元気に、といったところでしょうか。
といってもチームを守り育てるという立場になって、俗事も大切で、誰か頑張りすぎて消耗していないか、頑張ったひとが報われているか、チーム員の家庭は平和か、若手新人がいきいきと力をつけているか、食わず嫌いのひとにもっと仕事を楽しんでもらえないか、などなど考えることは山ほどあります。

◆若いころ

高校時代は陸上部で長距離を楽しんでいました。よく春日奥山の山頂まで一気に駆け上り、山頂から見る奈良盆地の景色は絶景でした。今は昔ほど体力はありませんが、仕事でも何でも延々と走り続けるのが特技と思っています。
部活に熱中したおかげで大学に入る前に道草を食ってしまいました。ただしそこで、プロの教師と出会うことができ、実力と実績だけで生きておられる野武士のような先生方、いわば教育者の真髄に触れられたことは一生の宝になりました。

大学では気楽に好きなスポーツや勉強などしてすごしました。怠惰な生活だったと反省していますが、友人に勧められて身障者の方々の家庭を訪問してボランティア活動をしながら、将来どんな貢献ができるかを考える機会があったのは幸運でした。それと本ちゃんのESSで全学の友人たちと英語道を少しはかじれたのもラッキーでした。学生時代の最後の2年間は病院実習と称して全国の病院を歩いていました。

大学を卒業してから医局には属さず、天理よろづ相談所病院で6年間研修を受けました。当時はまだ珍しかった総合病棟で総合診療を勉強していました。総合診療ですから内科も麻酔科も外科も救急も含まれ、問題解決能力をつけようという合言葉で学びました。どこまでマスターしたかはともかく、今なお心臓手術対象以外の疾患にも関心があるのはこの研修のおかげでありがたく思っています。それからカナダのトロント大学、アメリカのスタンフォード大学、オーストラリアのメルボルン大学で合計11年間修業を積みました。いずれも風光明媚な、住むだけでも楽しいところで、貧乏でも趣味と実益を兼ねた留学生活でした。先進国の指導者のなかにはすごい人がいます。生涯のロールモデルを得たのも幸運でした。

◆帰国してから

IMG_0119b海外での生活を終えてから京大病院で約10年間勤務しました。その頃大勢の学生や若手を指導する機会を得たのは幸いでした。現在の心臓外科チームもそのころの財産の一部で、教育のありがたさを噛みしめております。頼まれたら断れない性格のためか重症の患者さんをどんどん受け入れ、その多くは元気に退院して戴きましたが、治療の限界を感じることもあり、そこから現在の低侵襲手術、より効率的手術へと改良を加えて行きました。同時にさまざまな制約から公的病院での限界を感じ、民間で真の医療を推進しようと考えるに至りました。

そうした経緯ののち名古屋で2008年10月にハートセンターを新規立ち上げ、志を同じくする仲間たちと楽しい汗を流すことができました。私にとっては見知らぬ地でのスタートでしたが、チーム諸君の奮闘と地域の先生方のご支援を頂けたおかげで名古屋ハートセン

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