大和成和病院

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大和成和病院は以前からある地域貢献型の病院で、現理事長の金公一先生が着実に育て南淵先生てこられたと聞くが、現在の本格的循環器病院としては1996年に南淵明宏先生(現院長)が着任され、金先生―南淵先生の体制が確立してから大きな発展を遂げたようである。

大和成和病院それからの大和成和病院の展開ぶりは目を見張るものがあり、年々心臓手術数を増やし、2008年、ついに冠動脈バイパス手術で日本一の座についた。南淵先生の実力やそれを支えた倉田篤先生の貢献、あるいは小坂眞一先生・藤崎浩行先生・武藤康司先生、深津より子看護師長をはじめとしたコメディカルや事務をはじめとしたチームの力量によるところが大きい。同時に大和成和病院の発展・展開は日本の心臓血管外科医療をとりまく環境の構造的変化と軌を一にしているように思える。

かつて心臓血管外科は大学病院やいわゆる基幹病院と言われるその地域を代表する総合 病院でスタートしたケースが多かった。1960年代から1970年代にかけてのことである。しかしこれらの施設は小回りが効かず、患者救命のためにはminute countつまり一刻を争う心臓血管外科には不利な面を内包していた。とくに大学病院のなかには労働組合と公務員制度の両方に遠慮してその後もこの問題を解決できずにいる施設が少なくない。若い医師は患者さんを治す実力をつける勉強をすべきです。しかし病院によっては雑用係にされてしまっているという現実があります

いわく、

手術日以外は手術できない、

手術日でも一日一例に限る、

一日に規定数を超えて入院はさせない、

午後5時になれば手術中でもナースが帰宅する、

緊急手術ができる場合でも待機手術一例を延期せよ、

夜間の薬局への使い走りやポータブルレントゲン撮影などの雑用は若手医師がやらねばならない、

手術が続けば麻酔医やナースが疲労して辞めてしまう、

他の科も我慢しているのに心臓外科だけ我慢が足りない、、などの逸話がよく聞かれた。

患者中心とは名ばかりで、本質は勤労者中心であるわけである。ちなみに1980年代に大きく成長した徳洲会が循環器内科と心臓血管外科を医療改革のターゲット領域としたのは、大学病院や基幹病院が最も苦手とする領域であったからと言われる。

医療を問い直す、新しい動きがでてきましたそうした旧制度から脱皮できない施設群を横目に、自由度の高い私的病院が心臓血管外科領域では1980年代から1990年代にかけて大きな展開を遂げた。

新東京病院、北海道大野病院、岸和田徳洲会病院、湘南鎌倉病院―葉山ハートセンター、豊橋ハートセンター、新葛飾病院、川崎幸病院そして大和成和病院などの新しい施設群である。

1970年代あたりまでは人工心肺装置が高価で、モニター類、人工呼吸器等も同様であったためサイズの小さい私的病院には重荷であったようだが、その後それらは比較的コストダウンできるようになり、むしろいつでも手術できるという小回りの良さと患者さん・紹介医の高い満足度、組合や公務員制度の制約が少なく、天下りがなく無用な出費が不要という効率の良さがキーになる時代に私的病院が展開したともいえよう。

著者は縁あって大和成和病院に2007年春から約1年間、半常勤ながら仕事をさせて頂いた。現在もスーパーバイザーとして関与させて戴いているが、その経験から大和成和病院を少し論じてみたい。

まず南淵先生をはじめとした心臓外科医の手術成績が良く、コメディカルの意識や熟練度も患者さんを治す、この一点に集中した努力ができるのは民間専門病院の良さです 優れている。そして病院職員の患者さんへの対応が温かい。さらに医療を行う立場からは仕事がしやすい。医学的に必要な手術はいつでもできる。麻酔科もナース・コメディカルも心臓治療にいのちをかけたプロの集まりであり、必要な手術を邪魔する人はいない。もちろん使えるリソースは有限であるため、ときに相談し、調整することもあるが、原則として患者中心が貫けるのである。

また適正サイズのため、院内のコミュニケーションが図りやすい。医師も看護師も技師も熟練度が高く、循環器診療に精通しており、普段からインテリジェントターミナルのように的確に動いてくれる。

著者(米田正始)の印象に残っているエピソードをひとつ紹介したい。

2007年の年末に術前左室駆出率 手術前は心臓がほとんど動きませんでした。でも患者さんやご家族、そしてチーム全員で頑張りました0%(シンプソン法での精密計算上、本当にゼロだった)の虚血性心筋症の若者(写真左、左室がほとんど動いていないのが見える)に新しい左室形成術を施行させて頂いた。

関東の一流施設でも手術を断られた患者だったが幸い治療戦略が功を奏し、チーム医療が有効に作用し、術後経過順調で左室駆出率も40%まで回復していた。不整脈もほとんどなく安定していた。

ところが術後しばらくして患者が面会の友人たちと病棟談話室で談笑中に前ぶれなく突然VF(心室細動、3分以内に解決しないと命にかかわる)になった。その瞬間、著者は仕事を終えて新幹線にて京都に帰りつつあるところだった。VF発症のあとの大和成和病院チームの迅速的確な治療ぶりはまさに循環器病院の名にふさわしい見事なものであった。

著者が翌朝一番で大和成和にもどった時にはすでに患者は危機を脱し回復途上にあった。このチーム力のお陰で患者はなんらの後遺症も残さず、元気に退院して行った。現在も元気に暮らしている。こうしたことがチーム熟練度の低いタイプの大学病院や基幹病院でどれだけできるだろうか、とも思った。

 

このように大和成和病院は現代の心臓血管外科医療を行うにはもっとも適した環境のひとつであり、冠動脈バイパス手術の例数が昨年日本一に輝いたのはうなづけることである。著者はその後名古屋ハートセンターの開設のため仕事場のほとんどを名古屋に移すことになったが、現在も大和成和病院のシステムを大いに参考にさせて頂いている。この優れた病院が今後も立派な手術・治療を展開し、この国の循環器医療の進歩に貢献して頂ければ幸いである。

2009.10.記

 

その後、大和成和病院では人事異動があり、南淵先生は東京ハートセンターへ移られ、代わって小坂先生が院長としてカムバックし、倉田先生が中心の手術チームが編成された。順天堂大学から若くとも手術のうまい菊地先生が入られ、若手が若干名参入し、新たなチームができあがった。益々の展開を期待したい。

 

 

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