2010年2月16日 日本心臓血管外科学会の感想

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今回も医師・医療者向けの内容になりそうです。すみません。ただ、一般の読者でも医学・医療に関心のおありの方には熱い医師や学会の努力や本音の一部を知って頂くことはできると思います。

この2月15日から17日まで神戸ポートアイランドにある神戸国際会議場と神戸国際展示場にて行われた第40回日本心臓血管外科学会の集まりに行って参りました。畏友大北裕・神戸大学心臓血管外科教授が会長をされることもあって以前から楽しみにしていた会でした。

 

歴史と伝統のある立派な学会ですので、会長といえどもなかなか好きなようにはできないものですが、大北先生のご努力と工夫のあとが見られる面白い集会でした。

まずプログラムを一べつしてすぐ気がついたのは、海外からの招請講演つまり海外の有名な海外との交流は医学医療の発展のために重要です。学会がその場を提供することも多いため工夫は有意義です。 スター外科医の講演の司会をすべて大北先生がされていることです。慣例ではこうした司会役は名誉教授の偉い先生や重鎮の教授の先生方がされることが多いのですが、考えあって会長がすべてを自ら担われました。

人づてにお聞きしたところではこれまでお世話になった海外の実力派の先生方に敬意を表するため、自らお世話をしたいとのことでした。これまでの方法でも、司会の先生によっては豊富なご経験を活かした内容とユーモアのある、良いものが見られたと思うのですが、中には空気の停滞を感じさせるミスマッチのケースもあったように思います。すでに引退されモチベーションが落ちてしまった老先生のようなケースですね。これを一新されたことは内容ある学会を造るための斬新な一歩になったと思います。ただしまだまだ貢献が多い元気派の老先生には何らかの活躍の場があるとより理想的とも思いました。ちょっと注文付けすぎかも知れませんが。

こうした学術集会では会長や理事長が講演をされることが多く、この日本心臓血管外科学会でも講演がありました。高本眞一理事長と大北裕会長の講演はいずれも日本の心臓血管外科学会や心臓血管外科医の現状を客観的データをもとに正確に踏まえ、今後の進むべき道を示す、優れたものだったと感じました。これまでの日本の学会では会長や教室(つまり大学)の名誉のためにその実績を披露するという傾向が指摘されるケースもあり、この点が大所高所から学会あるいは国全体の医学医療の進むべき道を堂々と論じるアメリカなどの学会より遅れていました。今回の学術集会での理事長講演や会長講演は日本も欧米水準に近づいたと思ったのは私だけではなかったようです。

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日々の研鑚が必要なのは音楽もスポーツも心臓外科手術も同じです。

 若い先生方へのメッセージ”Practice, practice, practice”(練習、もちろん患者さん対象ではなくそれ以外の方法で)はスポーツと同じ姿勢で、これまで仲間で努力して来たことを言葉にして戴き感銘を受けました。同時に外科手術、心臓手術は治療のためとは言え、患者さんの体に傷を付ける唯一の合法的行為であることをいつも認識し、襟を正して日々精進すべきことなども大変共感しました。

上記の講演の中で外科系へ進む若手医師が減少している話しもありました。ただ現状をよく見てみますと、ハートセンターのように雑用が比較的少なく、患者さんのケアや治療とくに手術に全力を注げる民間専門病院へは若手からの採用希望が多く、やはり大学病院とくに国立大学病院の構造的問題が影を落としていることを感じました。周囲にいた先生方と話ししていても、やはり大学病院の雑用の多さと手術や治療のやりづらさ、週80時間以上仕事している一方での待遇の貧相さ、そしてそれらを解決不可能とギブアップしている一部病院指導者(彼らもまた構造的問題の犠牲者ではありますが)の問題は根が深いと感じました。

また今回の学術集会ではディベートセッションということで、現代の心臓血管外科が直面している医学的科学的問題や課題を実に27件もPro(賛成派)とCon(反対派)の形で熱く論じられ、多くの聴衆とくに若い先生方にはポイントを絞った、良い勉強になったのではないかと思いました。

このディベートセッションでは、個人的にはProであっても偶々Conの役割を与えられて当惑しておられた先生もあったようですが、そこはProとConの熱い討論によってよりよいものを造るという趣旨からご自分の意見とは別に心を鬼にして一つの観点たとえばProの立場から遠慮なく議論を進めておられたのが印象的でした。

かくいう私も左室形成術という心不全の患者さんのための手術に関連したディベートを仰せつ治療法の検討には科学的データにもとづく議論が大切です。重症の患者さんの協力やデータを集めるのが難しいのはわかりますが、だからと言って軽症の患者さんだけのデータで正しい結論は出せません。 かり、皆さんに喜んで戴けるだけの内容をというプレッシャーを受けていました。私の担当はPro セーブ手術で、相方は北海道大学心臓血管外科教授の松居喜郎先生で、松居先生の担当はPro オーバーラップ手術でした。ちょっと専門的にはなりますが、セーブ手術はパッチと呼ばれる布を使って左心室を良いサイズと形に整える手術で、オーバーラップ手術はこのパッチを使わず心臓の余った壁を折りたたんで形成する手術です。お互い敬意を持っている友人なのでそれぞれの手術法の特徴をある程度浮き彫りにできたとすればうれしいことです。司会を務めて下さった長年の友、堀井泰浩先生(香川大学教授)に御礼申し上げます。

その直前にStichトライアル(スティッチトライアル、Stichはいくつかの単語の頭文字等でトライアルは臨床検討という意味です)に関するディベートがありました。須磨久善先生(心臓血管研究所)の司会で小林順二郎先生(国立循環器病センター)がPro、磯村正先生(葉山ハートセンター)がConで面白い議論がなされました。このStichトライアルというのは心筋こうそくなどのために心機能が落ちた患者さんに手術を行うときに、普通の冠動脈バイパス手術だけを行うか、左室を治す左室形成術を加えるべきかということを欧米の多施設でデータを集めて研究されたものです。その結果、左室形成術はメリットがないという結論となり、左室形成術で多数の患者さんを救命した心臓外科医から猛反発を食らっているいわくつきの研究です。

磯村先生はこのStichトライアルでは左室形成術の効果があまりでない軽症の患者さんを多数あつかい、しかも手術前の左室の状態を正確に把握していないこと等を論拠を挙げて説明されました。確かに私たちがこれまで苦労して重症でも救命し、長期生存それも元気に暮らして戴いている患者さんたちよりずっと軽症で、ほとんど左室形成術不要と思えるほどの患者さんをStichトライアルでは扱っているため、このトライアルの変な結論は患者さんにとって迷惑千万と確信しました。小林先生はStichをディベートの中で擁護する役割をたまたま与えられたため、慎重に謙虚に話しするしかなく、ちょっとお気の毒でした。しかしこの結果を真摯に捉えて外科手術をより良くしようというメッセージは立派だったと思います。ともあれこれらの先生方皆さんのご努力で、今後もっと正確で患者さんの実情に合った、患者さんに本当に役立つトライアルをやろうということで多くの先生方は納得されたと思います。

個人的に少しうれしかったのは虚血性僧帽弁閉鎖不全症のディベートセッションでした。京都府立医科大学の夜久均先生と神戸中央市民病院の那須通寛先生がそれぞれ乳頭筋前方移動と二次腱索切断を支持する立場で話しされました。私はこの乳頭筋前方移動を 7年前に開発し6年前から患者さんに役立て、二次腱索切断とセットで使う方法として発表して来ました。最初は難しすぎると言うことであまり相手にされなかっただけに、今、世の中のお役に立てて光栄と思いました。司会の坂田隆造先生(京都大学心臓血管外科教授)もこれに言及戴き、うれしく思いました。(本HPの英語文献187、193、225、236をご参照下さい)。この2つの方法は相反するものではなく、状況によって使い分けたり私の方法のように併用することで患者さんの長期の安定に役立つことをお話しました。

学術集会では最近のトレンドを受けて、カテーテルを用いた大動脈のステントグラフト治療や、今後の大動脈弁置換術などの話題を主に欧米の先生方から報告戴きました。国内では大阪大学心臓血管外科の澤芳樹教授のチームからカテーテル人工弁の報告があり、今後の方向性が示唆されました。心臓血管外科医といえども今後はなるべく患者さんの皮膚を切らずに病気を治せるように、しかしいたずらに美容に走って真の安全性を損ねることのないように皆で検証しながら発展していくことが重要と再認識しました。

それ以外にも面白いトピックスや企画は多々あったのですが、それはまたの機会にご紹介したく思います。会長の大北先生御苦労さまでした。

米田正始 拝

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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