最終更新日 2025年9月11日
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要約(患者さん向けのポイント)
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虚血性僧帽弁閉鎖不全症(虚血性MR)は「弁の病気に見えて、左室の形のゆがみが本質」の病気です。
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症例に合えば**僧帽弁形成術(修復)**で人工弁を使わずに改善できることが多く、**左室の再建(左室形成術)**と組み合わせると再発を減らせます。
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当院は**腱索転位(Translocation)とPHO(Papillary Head Optimization:乳頭筋前方吊り上げ適正化術)**を含む外科的最適化を行い、機能改善と再入院の抑制をめざしています。
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1. 虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは
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心筋梗塞や虚
血で左室が拡大・変形し、僧帽弁の土台(乳頭筋・腱索)が後方へ引かれて弁が閉じきらず**逆流(MR)**が生じます。
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症状:息切れ、むくみ、動悸、運動耐容能の低下。重症化すると入退院を繰り返します。
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本質は左室リモデリングにあり、弁だけでなく左室をどう直すかが成否を分けます。
2. “難しい理由”と治療の考え方
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冠動脈バイパス手術(CABG)だけで回復する例もありますが、左室の形が戻らないケースではMRが持続しやすく再入院の原因になります。
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基本戦略(概略)
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CABGで血流回復 → 改善見込みが高ければ僧帽弁形成術追加
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左室の拡大・瘤・強いテザリングがありCABG+弁形成だけでは不十分な時 → **左室形成術(SVR)**を併用
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左室形成術が不利な条件では、**乳頭筋・腱索・弁尖を“前方へ適正化”**する発想で再建
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3. 私たちの外科的工夫と開発の歩み
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腱索転位(Translocation)
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乳頭筋‐腱索‐弁尖の幾何学を前方へ再配置し、弁が閉じやすい位置関係に再構築。
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PHO:Papillary Head Optimization(乳頭筋前方吊り上げ適正化術)
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前尖のみならず後尖の“テント化”を抑制するよう前後の乳頭筋ヘッドを連結し、前方に最適化。
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弁逆流の是正+左室ポンプ機能の回復をめざす点が特徴です。
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これらは国内外学会(AATS/EACTS など)で報告・論文化され、症例適合性が高いと再発を抑制し得ることを示しました。
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4. カテーテル治療(MitraClip等)との位置付け
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経皮的エッジトゥエッジ修復(いわゆるMクリップ)は低侵襲で、全身状態が不良な方の橋渡しや対症的軽快に有用です。
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ただし左室のジオメトリーそのものは変えにくいため、左室リモデリングが本体の虚血性MRでは、外科的最適化(弁+乳頭筋+必要ならSVR)が根本改善に寄与する場合があります。
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どちらが“上”ではなく、病態・リスク・患者さんの希望で最適を選ぶのが現代標準です。
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5. よくある質問(Q&A)
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Q. 人工弁を入れずに治せますか?
A. 多くの症例で弁形成(修復)が可能です。左室の条件が悪い場合はPHOや腱索転位、左室形成術を組み合わせ再発を抑えます。
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Q. 再発は多いのですか?
A. 左室テザリングが強い症例で弁輪縫縮のみだと再発しやすい傾向があります。乳頭筋・腱索の前方最適化やSVRの併用で改善が期待できます。
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Q. 高齢でも手術できますか?
A. 全身状態や虚血・腎機能などを評価し、低侵襲アプローチや段階的治療を含めて検討します。個別にご相談ください。
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6. 成績と限界、今後の展望
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当院では、CABG+僧帽弁形成を基本に、PHOや**左室形成術(SVR)**を適切に組み合わせ、息切れの改善・再入院予防・社会復帰を目標に治療しています。
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**Frozen-Apex SVR(心尖部凍結式左室形成術)**など新しいSVRの併用で、より低侵襲に左室形態を整える取り組みも進行中です。
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ただし、重篤な全身衰弱や多臓器不全では適応が限られるため、体力が保てる時期の受診・相談が重要です。
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7. 受診の目安(早めの相談が大切)
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運動時の息切れや浮腫が増えてきた
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退院と再入院を繰り返している
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「弁の逆流はあるが年齢的に手術は難しい」と言われた
→ 選択肢は1つではありません。弁形成、乳頭筋・腱索最適化、SVR、カテーテル治療を個別最適化します。まずはご相談ください。
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まとめ
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虚血性MRは左室リモデリングが本質。
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弁形成+乳頭筋・腱索の前方最適化(PHO)、必要時はSVRを組み合わせることで機能改善と再発抑制を図ります。
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**患者さん一人ひとりに合わせた“総合的再建”**が鍵です。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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