アジア心臓血管胸部外科での雑感

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この3月9日から11日までインドネシアはバリ島で開催されたアジア心臓血管胸部外科学会(ASCVTS)に参加して来ました。

正確にはその前日、3月8日のMitral Conclaveという僧帽弁手術おたくの集まりから参加し、最終日の11日日曜日を待たずに10日夜に帰国の途につきました。何しろ12日月曜日には駆出率17%(つまり正常の4分の1のパワー)の重症患者さんが心臓手術を待ってくれていますので。

今回は畏友・Hakim先生(インドネシア国立循環器センター)が会長で、以前から楽しみにしていたものでした。その前日のMitral ConclaveもあのDavid Adams先生とHakim先生のふたりで、アジアとアメリカのそれぞれの胸部外科学会が共同で開催する、なかなかのものでした。

Mitral Conclaveでは最近の弁膜症ブームの中で昨年も同じ趣旨の会がAdams先生を中心にアメリカで行われたばかりで、それほど目新しいものはありませんでした。しかし随所に着実な進歩がみられたこと、またアジアとの共催を意識して、アジアに多いリウマチ性僧帽弁膜症に対する僧帽弁形成術が主要トピックスのひとつになっていたのはアジアの一員としてうれしいことでした。

タイの畏友Taweesak先生が相変わらず元気に僧帽弁形成術のビデオを披露し、楽しく議論できました。この道の大先輩、インドのKumar先生の僧帽弁をきれいに削る技はさすがでした。ベトナムの友人Phan先生は大御所であるパリのCarpentier先生譲りの弁形成を発表しておられ、リウマチ性の弁形成では世界のトップという貫禄を感じました。あとで楽しく密談し勉強できました。名古屋でもリウマチ性弁形成が増えてきたことを話すると喜んでくれました。

かつて弁形成がきわめて難しかったリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症や僧帽弁狭窄症がさまざまな手法を駆使して形成できるようになったのは数年前からですが、その長期成績が次第に安定し始めており、まだまだ多いリウマチ性僧帽弁膜症の患者さんにとって朗報です。

さらにそうした技術がその他の僧帽弁膜症たとえば、僧帽弁形成術後の弁膜症再発に対する再手術のときに役立っています。実際、これまで人工弁を入れていたようなケースや、どこかで弁形成がうまく行かなかったというやり直しのケースでも弁形成が完遂できることが増え、自分でもこの数年間の進歩、以前との大きな差を実感しています。

数年前に弁置換した患者さんに対して、当時としては先端的な手術をしていたとはいえ、申し訳なく思うほどです。

このConclaveでは低侵襲心臓手術MICS(ポートアクセス法など)も話題として取り上げられました。四津良平先生がライフワークであるポートアクセスでの経験を、ライプチヒのMohr先生のループ法とともに紹介されました。MICS好きの私としてはもっと時間をとっていろいろ議論したかったのですが、それは後のコーヒータイムまでおあずけでした。

しかしこうした複雑弁形成をMICSで行っている施設はまだあまりないようで、安全第一の観点からはそれで良いのですが、それぞれのノウハウの蓄積とレベルの向上で、いずれMICSでの複雑弁形成が専門施設ではルーチンになるものと感じました。

このMitral Conclaveと並行して、看護師さんの研究会が一日行われており、大変良いことと思いました。医師だけでなく、看護師さんも国際交流して自分たちの弱点を知り逆に貢献もするよろこびを知って頂くと面白い展開になると思いました。

 

翌日の3月9日からアジア心臓血管胸部外科学会ASCVTSが始まりました。

Hakim先生から朝7時までにおいでと勧められたので、睡眠不足の中を6時起きして開会式に参加しました。

インドネシアの厚生大臣が開会宣言のドラを鳴らしているところです

この厚生大臣は学会の最初のセッション、心臓血管胸部外科の将来やそれを担う教育の話をきちんと聴いてから挨拶をして退席されたのは立派でした。

アジア心臓血管胸部外科学会そのものは、例年どおり、成人心臓、先天性つまりこどもの心臓、そして肺などの外科の3部門が平行で行われました。肺移植の伊達洋至先生とも再会できてうれしく思いました。

この学会全体を通じて感じたことは、弁膜症に対する関心がさらに強まったこと、とくに弁形成が学会の主要なトピックスになっていること、低侵襲心臓手術MICS(ポートアクセス法など)がさらに進化しつつあること、カテーテルによる大動脈弁置換術いわゆるTAVIがさらに入りつつあること、大動脈外科でもその流れのなかでEVAR・TEVARつまりステントグラフトが一層洗練されつつあること、冠動脈バイパス手術は数を減らしながらも、その特長を示し、ハートチームで適切な選択をしようとする流れがさらに強まっていること、つまり内科外科の連携をもっと強化しようという動きなどなどを感じました

アメリカのMichel Mack先生やCraig Smith先生の心臓外科の展望、Bavaria先生のハイブリッド手術室の解説、Damiano先生のメイズ手術の展開なども参考になりました。

中国でダビンチ・ロボットが心臓外科でも多用されつつあることをGao先生の講演で知り、刺激を受けました。

私は一日目の僧帽弁形成術のシンポジウムで、機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する新しい手術(Bileaflet Optimization、両弁尖形成術)を発表しました。昨年のフィラデルフィアでのMitral Conclaveで発表したころより数も増え、その応用範囲も広がり、皆さんからありがたいコメントを頂きました。来年のシンポジウムへ招待してくれた先生も複数あり、うれしいことでした。京大病院時代から皆の協力で進めて来た術式がかなり完成度を上げて、いまやケースによっては左房を開けず、僧帽弁輪形成術MAPさえ無しでできるとか、乳頭筋吊り上げの糸で行う左室形成術という視点が受けました。大変光栄なことであるとともに、現在の仲間や京大時代に仲間に感謝する一日でした。

二日目には大動脈のシンポジウムで恩師デービッド先生のデービッド手術つまり自己弁を温存する大動脈基部再建手術の難症例をいくつかビデオで示し、その対策を披露しました。同時に大動脈炎に対するデービッド手術が患者さんに福音となる可能性を論じました。この領域の世界的権威であるペンシルバニアのBavaria先生がこれは良い手術だやるべきだ!と言ってくれたのは光栄な限りでした。ちなみに現在は天理病院の院長となられた上田裕一先生とスペインのMestres先生らが座長で、シンポジストには大北裕先生もおられ、私にはアットホームな雰囲気でした。あとで良いコメントを頂き、感謝の塊になっていました。

バリ島と言えば、美しい夕陽や見事な棚田、寺院その他さまざまな魅力があり、しかも素晴らしいゴルフ場もありますが、今回は私の要領が悪く、そのいずれも参加できず残念でした。

まあたまには勉強三昧も良いかとわかったようなことを思いながら、皆と楽しく過ごせた4日間でした。

お世話になった会長のHakim先生と奥様に深謝と学会成功のお祝いを申し上げます。

 

平成24年3月11日

帰国直後、大震災の被災者の方々に黙とうをささげつつ

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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