事例:「末期」心臓腫瘍に手術で立ち向かい2年間立派に生きられた患者さん

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心臓の悪性腫瘍つまり肉腫やがんは稀な病気ですが、いったんこれにかかると予後は不良です。

臓器の性質上、全摘除したくてもできないからです。

心移植できれば話は別ですが、日本ではそううまくは行きません。

下記の患者さんは約80歳の男性で、来院1年前から空咳がでるようになりました。

PreopXP近くのかかりつけ医院で心拡大と言われ、病院でエコーとMRI検査を受けた結果、心臓腫瘍と言われました。

すでに臓器のかなりの部分を侵しており、手術不能と言われ、心不全症状が急速に悪化して、あと1週間のいのち、と言われて米田正始の外来へ来られました。

右図は来院時の胸部X線写真です。

心拡大が著明です。

高度の心不全で息がつまりそうなぐらい苦しくなっておられました。

PreopCT調べますと、右室から主肺動脈さらに左室までを浸潤(しみこむように侵していく)する腫瘍で、その形と性状から悪性であることは確実でした。

左図は造影CT所見です。

さしあたり主肺動脈と肺動脈弁を閉塞すれば血圧がでなくなって突然死する恐れが高いため、救命措置として手術することにしました。

というのは、このタイプの心臓腫瘍の中には、ゆっくり増殖するタイプがあり、それなら当分は生きられる可能性があるからです。

さらに手術で腫瘍の標本が得られれば、それを精密検査することで、抗がん剤や放射線治療がある程度効くことがわかれば、さらに予後を良くする可能性もあったからです。

Tumor1手術ではまず主肺動脈を開け、右室流出路まで切開延長しました。

予想どおりこの部分は腫瘍で満杯状態となっていたため、これを徹底切除しました。

右図は腫瘍を摘除しているところです。スプーンで持ち上げているたまごのような形の赤黒いものが腫瘍です。

このとき肺動脈弁は腫瘍とともに切除しました。

左室に浸潤している部分だけは、いのちを守るために最小限切除にとどめました。

手作りの肺動脈弁をつけたパッチで切開部の天井を造るように閉鎖しました。

PostopXP将来腫瘍が再度増えて水などがたまっても困らないように、右胸とお腹に水抜きの窓を開けました。

こうして手術は無事終わりました。

術後経過は順調で、術翌日にICUを退室され、術後2日目には歩行を開始されました。

術後エコーやCTでも腫瘍はほとんど取れ、肺動脈弁はじめ心臓は良い状態となりました。

左図は術後の胸部X線写真です。術前よりうんと改善しました。

手術で切除した腫瘍の顕微鏡所見では肉腫つまりある種のがんであること以上は不明ということでした。心臓腫瘍ではしばしばこうしたことがあります。まだまだ不明な病気なのです。

術後ゆっくりとリハビリなどで体力回復していただき、3週間で退院されました。

その後、ご自宅でまずまず楽しく暮らしておられましたが、4か月後に心臓腫瘍が背骨に転移したことが判明、その治療をがんセンターで受けていただき、軽快しました。

痛みもペインクリニックの先生のおかげで和らぎました。

術後1年が経過し、患者さんはまずまずの状態で食欲もあり、家の中で運動し楽しみをもって暮らしておられました。

この時点でエコーではいったん再発気味だった腫瘍がまた小さくなり、ProBNP(心臓ホルモン)も2200から460まで改善するなど、奇跡に近い状態でした。

術後1年半たち、背中の痛みが次第に強くなりました。転移した腫瘍が神経を圧迫している所見でした。

さらに左眼が見えにくくなり、検査の結果、左眼の奥の部分への腫瘍転移と判明しました。

しかし患者さん・ご家族がよく頑張って下さり、放射線治療にて転移した腫瘍は治まり、視力さえ回復しました。これは皆安堵するだけでなくすごい!と感心しました。

術後1年8か月ごろに次第に動けなくなり近くの病院やご自宅で過ごされることが増えました。

1年9か月の時点で呼吸不全となり全身衰弱が進みご家族が見守られる中で息を引き取られました。

あと1週間ほどのいのち、と医師から宣告されてから2年近く、最後まで意欲をもち、弱音を吐くこともなく、前向きに頑張られました。その間、何度も家族団らんの楽しいひと時をもち、ご自宅だけでなく外出を楽しみ、がんの転移による危機を何度も乗り切るなかで、最後の最後まで人間としての尊厳を保ちつつ逝かれたこと、誇らしく思います。またそれを支えて下さった奥様はじめご家族の皆様に敬意を表したく思います。

この患者さんは見事にその人生をまっとうされただけではありません。

この患者さんのお話を聴いて、「自分も頑張ってみよう」と仰り、実際頑張って下さっている患者さんが何人もおられます。

心臓悪性腫瘍が稀な病気であることを考えると、数名の患者さんが年単位で生活できていることは、予想より高い確率で頑張れるともいえ、これは大きなことです。

心臓腫瘍とくに悪性、がん、肉腫と言われて生きる元気がなくりそうな方、まずはご相談下さい。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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原発性心臓悪性腫瘍【2020年最新版】

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最終更新日 2020年3月27日

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◼️原発性の心臓悪性腫瘍とは

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心臓から発生した悪性腫瘍(がんあるいは肉腫)です。
Ccbo024-s大変稀で2000人に一人の頻度という報告もあります。

悪性中皮腫、肉腫たとえば血管肉腫、悪性リンパ腫などが代表的です。

さまざまなタイプがあり、またその発生部位や患者さんの年齢体力などに応じたキメ細かい対応が必要です。

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多くの場合、薬や放射線が効きづらく、手術が治療の中心となります。

しかしその一方、悪性リンパ腫の一部など、薬や放射線が効くものもあり、しっかり調べることが大切です。

悪性腫瘍の原則は心臓原発の悪性腫瘍にも当てはまります。

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◼️完全切Ilm14_bf01002-s除できる場合は、

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しっかり切除して、手術後の心臓機能が維持できるよう、再建を行います。

そのため多くの場合、体外循環(人工心肺)をもちいて、徹底的に切除します。

この場合、私たちの方針は、

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①腫瘍が冠動脈を巻き込んでおれば、冠動脈ごと腫瘍を全摘除し、その末梢側の冠動脈にバイパスをつける、

②左室や右室などパワーをだす必要がある部位は切除に限度を設けてあとの心不全が悪化しすぎないようにする、

③洞結節は必要があれば腫瘍とともに切除し、その分、ペースメーカーを入れて洞結節の肩代わりをする、

などで、要は完全切除を安全に目指すようにしています。

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これらは患者さんが生き延びるために必須であるために行うのですが、こうした完全切除の場合、体への負担も大きくなり、高齢者や体力がすでに低下している場合は要注意です。患者さんの状態に合わせた最適治療法を考えるわけです。

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◼️完全切除Ilm02_ab04001-sできない場合

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あるいはすでに転移している場合は、全身状態を改善し、なるべく苦痛少なく、なるべく永く生きられるようなやさしい治療を行います。

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たとえば心嚢内(心臓の周囲のふくろ状の膜で囲まれた空間)に水や液体が貯まって心臓の働きを妨げている場合、心膜に穴を開けるだけの心膜開窓術が患者さんの体力回復と症状緩和に効くことがよくあります。

水は胸腔へ抜けて吸収されるか、適宜針や管(くだ)などを入れて抜くこともできます。

ただこの場合、腫瘍の本体は手つかずのため、そのあと腫瘍が発育してくる恐れがあります。可能ならこのときに薬や放射線が使えれば少しは有利に傾くことがあります。

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心臓の弁や大動脈・肺動脈などが腫瘍のため閉塞しつつある場合は根治性がなくても救命措置として、人工心肺をもちいて腫瘍を切除することがあります。

この場合も長期間の予後には懸念があるため、さまざまな後治療を考えます。

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◼️腫瘍にはゆっくりタイプもある

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Ilm01_ab03005-s心臓原発悪性腫瘍には slow growing tumorというゆっくりと大きくなるタイプがあります。悪性といっても比較的穏やかなタイプです。

このタイプでは完全切除できずとも、年単位で生きることが可能です。

だからこそ、原発性心臓悪性腫瘍だからといって、あきらめたり自暴自棄になってはいけないのです。

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私のトロントの経験では「末期」と言われた状態から心膜開窓術のあと、3年半も元気に暮らした方がありますし、

名古屋でもあと1週間と言われて強い心不全状態で来院され、緊急手術で2年近く生存された患者さんがおられます(心臓手術事例)。

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◼️頑張りましょう

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このように米田正始が心臓腫瘍に経験が豊富なためか(トロント大学で多数経験したものを発表しました, 英語論文156参照)、原発性悪性腫瘍の患者さんが全国から来られる傾向があります。

心臓手術・事例:右房全置換にて完全切除できた心臓腫瘍)

この手術治療に際しては、平素の弁形成術や左室形成術、血管手術の経験が大変役立っています。腫瘍を切除するために弁や左室や血管の一部を切除することがよくあるからです。

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悪性腫瘍はさまざまな科の専門家のちからを集める集学的治療が威力を発揮する病気です。

地元や他科・他病院の先生方と協力して、できるだけお役に立てるように努力しています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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