事例: 複雑な僧帽弁形成 (マルファン症候群の患者さん)

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患者さんは30代女性で、マルファン症候群が背景にあります。

以前に他院で僧帽弁形成術を受けられいったん改善したものの次第に悪化し、その複雑な弁の形態のためもはや再弁形成術は困難との判断を受け、私の外来を受診されました。

「弁形成がうまく行かず、来週、機械弁をつかった弁置換をと言われたのです。先生なんとかして下さい」と涙ながらに懇願されました。

 

このお若い年齢ですでに一度開心術を受けているという状況では一般には機械弁をもちいた弁置換となる可能性が高いのですが、それはその後の妊娠・出産が事実上不可能になるということを意味します。

機械弁はワーファリン使用が一生必要で、ワーファリンは胎児と母体への危険性が高いからです。

 

Photo_2僧帽弁の形態を詳しく調べますと私たちがこれまで検討し形成成功してきた複雑病変の中でもとくに特徴的な「逆L字型変形」(英語論文221番をご参照下さい)であることがわかり、僧帽弁形成術を請け負いました。

心臓は強く拡張し左胸壁にまでおよんでいました。高度な癒着を剥離しました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を開け、僧帽弁にアプローチしました。

 

Photo_6僧帽弁は前尖全体が強く逸脱し、

前回の手術でつけられたゴアテックス人工腱索は

その付け根のところから切れていました。

また後尖の前交連側、

いわゆるP1部も逸脱していました。

 

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M_2まず前回、他院でつけられた僧帽弁輪形成用のリングを切除しました。

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リングをはずした跡はかなり組織が弱そうであったため、

これを補強するような形で新たなリング用の糸をかけました。

 

A2_2A_2  二次腱索が短縮し前尖を逆L字型に変形させていたため、

これを切断しました。

左室機能は良好なため私たちが開発した腱索移転 chordal translocationは行いませんでした。

前後乳頭筋のそれぞれに新しいゴアテックス人工腱索を立て、僧帽弁前尖全体を、バランスを考えて均一にかけた合計12本の人工腱索で支えるようにし、僧帽弁形成術を組立てました

(写真上:左はA2に対して、右はA1に対して人工腱索を立てているところ)。

Photo_7ここで僧帽弁輪形成用のリングを縫着しました。

前尖の逸脱は消失しましたが、後尖P1は逸脱傾向がありました。

そこでこのP1部を形成し、最終的に逆流はほぼ止まりました。

写真左は逆流テストで僧帽弁の逆流がないことを示しているところです。僧帽弁形成術の完成です。

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Photo_8術前発作性心房細動の既往があったことと、左房左室とも拡張著明であったため、

冷凍凝固を多用したメイズ手術を行いました。

写真左は僧帽弁輪周囲部を冷凍凝固しているところです。

最近普及したデバイスでは主に肺静脈と左房を隔離するのが中心で、この弁輪部操作をやらないことが多く、

本家Dr. Coxのデータでも弁輪周囲部まで治療しないと除細動率は劣ることが示されています。

 

術後経過は順調で、出血も少なく、翌朝には抜管し、僧帽弁逆流がほぼ消失したのを確認し、元気に退院されました。

手術前は少し動くと息切れで苦しんだそうですが、手術後は階段を含めて運動しても苦しくなくなりましたと言って頂きました。

左室・左房のサイズも正常化し、BNPも退院時すでに術前の半分以下になりました。

 

僧帽弁形成術の成功によってこの患者さんは妊娠出産が可能となりました。

またワーファリンが不要となるため病院にも毎月通う必要がなくなり、長期的な生活の質(QOL)も向上するでしょう。

もとの病院の主治医の先生にもご報告し、お礼を述べて頂きました。

 

マルファン症候群など、結合組織が弱くなる病気では腱索や弁輪など、しっかりした人工物で安全に置き換えられる部位は置き換えるのが長期的に有利と考えられます。

実際、これまで10年レベルで長期的に高い安定性が示されています。さらなる検討と発展が期待できます。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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