最終更新日 2020年2月27日
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◾️生体弁とは
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生体弁とは生体材料から造られた人工弁で、金属(カーボン)でできた機械弁と比較されることが多いです
材料としてブタの大動脈弁やウシの心膜が多く使われます。
写真右下はウシ心膜弁で大動脈弁を置換したところです。
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◾️生体弁の特長は
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生体弁の最大の特長はワーファリン(血栓を予防するお薬)を飲まずにすむことです。
つまり 病院に毎月通って血液検査を受けて、毎日薬を忘れず飲んで、激しい運動は避けて、、、といったさまざまな負担が患者さんにかからなくなるということです。
患者さんご自身の弁とほぼ同様の状況ができるわけです。
これが機械弁と決定的に違う点です。
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◾️生体弁の弱点は
しかし生体弁には弱点があります。
それは機械弁ほど長持ちしないことです。
かつては生体弁の寿命は10年弱と言われる時代がありました。
実際初期のタイプでは5-6年あまりで壊れたなどのケースもありました。
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その後改良が加えられ、現代は60代に手術を受ける患者さんで16-18年ぐらいは持つようになりました。
この数字は大動脈弁と僧帽弁で違いますし、報告によってもずれはあります。
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◾️生体弁の耐久性が改善しつつある理由
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生体弁が長持ちするようになった理由はいくつもありますが、弁のデザインが改善され、ヒンジ(弁尖を支える場所)の設計が弁組織にあまり強いストレスや疲労を起こさないようになってから耐久性が改善されたような印象があります。
また血液中のカルシウムに弁がやられない等の化学処理が弁を長期間安定させることにつながったようです。
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写真右はブタ弁で僧帽弁を置換したところです。
なおいわゆる生体弁とはひと味ちがう、しかし共通点のある弁として、自己心膜による大動脈弁再建(いわゆる尾崎弁)、同じく自己心膜による僧房弁再建(いわゆるステントレス僧帽弁)があります。まだデータが不十分で長期の安定性などは不明ですが、今後に期待を持ちながら、エキスパート間で協力して育てて行こうと考えています。
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◾️生体弁と比較しての機械弁
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一方、機械弁(写真左はその代表例です)は構造的には100年以上もつように設計されていますが、現実には弁付近の組織の増殖のため弁が動かなくなることもあり、10-30年で再手術になるケースも見られます。
しかし一般には長持ちするという印象は強いです。
しかし現在もワーファリンは一生涯服用する必要があり、生活の質を多少とも落とし、しかも現在なお毎年1-2%は脳出血や脳塞栓などの合併症が見られます。
実際、生体弁を使うべきところを機械弁を使い、患者さんが危険にさらされるというケースが全国で見られたため、東京の加瀬川均先生や黒澤博身先生らはじめ仲間で集まり日本生体弁研究会を20年近く前に立ち上げ、生体弁の正しい理解と普及につとめました。
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◾️患者さんの意識の変化・進化
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そうした中で生体弁のメリットが次第に患者さんを惹きつけるようになりました。
かつて日本の 患者さんは「ワーファリンも血液検査も構いませんから手術はこれっきりにして下さいね」と言われる方が多く、
その一方、北米の患者さんは「10年経ったらまた来るよ」と、将来の再手術を恐れず、現在の毎日を楽しく暮らすという雰囲気がありました。
最近は日本の患者さんも欧米化して来ているのを感じます。
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◾️生体弁、その後の進歩
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生体弁の中にもバリエーションが増え、ウシ心膜弁、ブタ弁(ステント付き弁)、ブタ弁(ステントレス弁)が現在の日本で使えます。
それぞれ特長があり、適材適所の活用が大切と思います。
写真右はステントレス弁を植え込んでいるところです。
ステントがないため柔軟な性質を持つのが見えると思います。
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医者あるいは友人として多くの患者さんとお付き合いする中で、生体弁での弁置換術後に脳梗塞・脳出血とか突然死された方をほとんど知りません。
機械弁の場合は、そう多くはなくても、ときたまそうした不幸を見聞きします。
やはり生体弁は安全、と実感することがよくあります。
もちろんこれは将来の再手術を安全に行ってこそ本当のトータル安全につながるため、しっかりした再手術戦略も含めてのことですが。
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◾️今後の進化
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弁膜症の患者さんには極力、弁形成術を完遂するようにしていますが、それが難しい弁の場合、生体弁を選ぶかどうかは極めて大切な問題です。
よくご自分のライフスタイルを考えて、弁膜症外科の専門家と十分に話合い、適切な選択をすることが勧められます。
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なお最近の流れとして、折りたたんだ生体弁をカテーテルで心臓まで運び、弁の位置で広げて、カテーテルで人工弁を入れるTAVI(タビ、経皮的大動脈弁植込術)が日本でもひろがりつつあります。
現時点では普通の大動脈弁置換ができない重症患者さんのみが対象ですが、この方法は、生体弁が壊れた患者さんにも有用で、生体弁の枠のなかで広げるだけ(バルブ・イン・バルブと呼びます)のため、安全で比較的容易です。
これによって再手術が避けられ、結果的に生体弁寿命が2倍とか3倍に伸びる可能性がでてきました(経験記1)。
2018年夏からバルブ・イン・バルブが保険適応となりました。大変良いことです。また情報が入ればUpいたします。
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メモ1: 生体弁では普通の心臓手術以上に、将来のもしもの再手術への対策が大切です。
このことは上記のTAVIが実用化しても、なお重要です。
というのは将来、別の心臓病のため再手術が必要になることもあり得るからです。
それを考えて、私たちは極力癒着が少ないように、心膜や脂肪組織をもとどおり再建し、将来に備えるようにしています。
やはり患者さんの長い一生を見据えた対応が、患者さんを守ることにつながると考えるのです。
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メモ2: 米田正始の手術を受けて下さった患者さんのFacebook記事から引用します。生体弁と機械弁の差がわかりやすく説明されています。受けられた手術は生体弁をもちいた大動脈弁置換術で、アスリートのためもあり創が小さく運動復帰が早いポートアクセス法で行いました。お便り104もご覧ください。
私の心臓手術~1 2013.6.
私の患っている心臓弁膜症という病気は、数ある心臓病の中では比較的単純で分かりやすい部類に入ると思います。機械と同じです。
様々な分野の色々な機器に弁 という機構が組込まれたものは多いですね。当然故障もするでしょう。そんな時は弁パーツを新品にアッセンブリー交換で元通り動きますよね?心臓も理屈は同 じです。
大きな違いは、交換する新品パーツが2つとない点です!ない以上、同じ働きをする代用パーツを使うことになります。
代用パーツには2つのタイプが あります。一つは人工弁で、機械弁です。素材は、今やMTBトップライダーの誰もが乗るフレーム素材と同じcarbonです! MTB のように大きな負荷はかからないので死ぬまで交換不要です♪が、機械なので開閉の度に「カチッカチッ」と音がするそうです。また可動部で血液が固まりやす くなるため血栓予防のため血液凝固防止薬のワーファリンという薬を一生飲まないといけません。
もうひとつは生体弁と呼ばれ牛や豚の心臓弁で代用します。機械ではないため音はないし血栓の心配もないので薬の服用も必要ありません。優れもので術後は心電図も正常ですし聴診器で聴診しても正常な心音との聞き分け が医師でも難しいそうです!弱点は寿命です。10~15年。つまり私なら62~67歳の間で再手術となります。
しかし、スポーツをするのであれば生体弁が 有利だそうです。機械弁は私の好きなチタン製はないそうなので却下(笑)迷うことなく生体弁選択ですね!!でもどうせななら速そうなチーターの弁がいいの ですが逆却下(笑)
このように、機械弁や生体弁で置き換えるので、この手術方法を弁置換手術といい、現在の大動脈弁膜症のオペの90%以上は、この方法で 行われています。非常に高度な技術が必要なため行えるDr. も少ないし症例数も少ないですが、残り数%の別の手術があります!!
それは次回のお楽しみ♪って、心臓弁膜症講座になってきた(笑)
お問い合わせはこちらまでどうぞ
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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