胸部大動脈瘤へのステントグラフト(TEVAR、EVAR)が注目を集めています。
これまでの心臓血管手術とちがって皮膚をほとんど切らず、患者さんにやさしい治療だからです。
その効果はどれほどあるのでしょうか。
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ここまでにTEVARと従来型手術の正確な比較研究はありません。
いわゆる前向き無作為比較試験という、
公平な形での比較がないわけですね。
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それはTEVARよりも従来型手術の方が
より大きい胸部大動脈瘤を扱っていたり、
より全身状態の良い患者さんに使われていたり、
逆に、ステントグラフトができないような構造の胸部大動脈瘤に従来型手術が行われていたりするケースが多く、
比較しづらいからです。
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ここまでの研究で一番信頼できそうなものは、
2008年のメタ比較研究(これまでのいくつもの研究を比較検討する研究です)で、
17の研究を1109人のデータによって
ステントグラフトTEVARと従来型手術の成績を比較しています(J Vasc Surg 2008; 47:1094.)。
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それによれば、TEVARによって、治療による死亡率は0.36倍にまで低下し、
大きな脳神経障害も0.39倍まで減少していました。
しかも再治療の必要もとくに増えていませんでしたし、
病院やICU治療の期間も短縮できていました。
これらの利点はより安定した患者さんで見られました。
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その後の研究では次のようなものがあります。
1.単一施設での700例、後ろ向き研究で
ステントグラフトTEVARと従来型手術を比較し、
30日死亡率が5.7%対8.3%、
12か月死亡率が15.6%対15.9%と有意差がありませんでした。(Circulation 2008; 118:808.)
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2.やや小さいシリーズの研究で230例を検討。
周術期の死亡率はステントグラフトTEVARにて2.1%と低下するも、
従来型手術では11.7%と高かったのです。
術後30日でも1.9%対5.7%とステントグラフトが優位でした。
(J Vasc Surg 2008; 47:247.、J Thorac Cardiovasc Surg 2007; 133:369.)
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3.小シリーズながら5年のフォローの報告(J Vasc Surg 2008; 47:912.)では、
瘤関連の死亡率はTEVAR2.8%と外科手術11.7%より低かったです。
外科手術の死亡の多くは周術期のものでした。
有害イベントたとえば
治療の長期化や新たな入院、大きな合併症、あるいは死亡でも
TEVARは58%で従来手術の79%より良好でした。
ただし生存率は68%と、従来手術の67%と差はありませんでした。
さらに再治療率でも3.6%と従来手術の2.1%と差は認められませんでした。
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こうした結果からは、TEVARも従来手術もできるといったタイプの患者さんには
TEVARが良いのではないかという議論がでています。
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今後の展開が楽しみな治療法と言えましょう。
また胸部大動脈瘤のなかでも遠位部の下行大動脈瘤や胸腹部大動脈瘤では従来手術のあとで脊髄マヒが起こることがあります。
これはもっとも恐るべき合併症のひとつですが、TEVARではこれがかなり起こりにくいのです。こうしたメリットもあるのです。
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また胸部大動脈瘤が広範囲に及ぶときや、複数あるときなどには従来の心臓血管手術とEVAR(ステントグラフト)を組み合わせたハイブリッド治療が患者さんに役立つことがあります(手術事例)。
こうした治療法は体力のない高齢者や他病をお持ちの患者さんでは威力を発揮します。
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いずれにせよ、胸部大動脈瘤は重い病気ですから注意深く治療する必要があります。
経験豊かなチームが治療にあたることが患者さんにとって大切であるのは確かです。
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質問: 胸部大動脈瘤のうち、慢性大動脈解離によるものではTEVARは使えるのでしょうか?
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お答え: その解離の状態つまり解離腔と真腔の形や大きさ
あるいは腹部の重要臓器がどちらから潅流されているかなど、
さまざまな要素を検討してからのことにはなりますが、
慢性大動脈解離の場合はTEVARが使えないことが多々あります。
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やはり従来手術とTEVARの両方をうまく使い分け、
患者さんにベストの結果をもたらせるよう、努力を重ねることが大切です。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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