事例:胸部大動脈瘤へのハイブリッドのステントグラフト

Pocket

胸部大動脈瘤の中には単純な一か所の瘤から、複数のあるいは広範囲の瘤もあり、その患者さんに応じたベストな治療法、手術法が大切です。

心臓血管手術のなかでもやや大きめのものになりますので、十分な考察と戦略が求められます。

近年のステントグラフト(略称EVAR、胸部の場合はTEVAR)はこうした治療にも役立つことが多くあります。

ステントグラフト単独で、あるいは心臓血管手術と併用(いわゆるハイブリッド治療)で、あるいは手術単独で、などの中からその患者さんにとってベストのものを選ぶ時代になりました。

 

患者さんは79歳男性で、高血圧症をはじめ、さまざまな生活習慣病をお持ちでした。

術前CT弓部大動脈瘤と下行大動脈瘤のため手術が必要という判断になりましたが、近くの病院の小さいチームでは不安と私の外来へ来られました。

たしかに弓部大動脈瘤が大きくなり、瘤が二段になって危険な所見でしたし、下行大動脈瘤も長くは無視できない状態でした。さらに腹部にも小さい大動脈瘤がありました。

かつてはこうした瘤は、患者さんの年齢や体力などを考慮して、必要なら一気に全部を人工血管で置き換えるなどして治したものですが、患者さんの体への負担は少なくありません。

とくに79歳の比較的ご高齢の患者さんではその負担は無視できません。

そこでまず弓部大動脈全置換術を前からのアプローチで行いました。

術後CTこれはすでに確立した安全な方法、選択的脳灌流という方法をもちいて、脳を守っている間に下行大動脈に人工血管をつなぎ、全身の血流再開ののち、上行大動脈を人工血管でつなぎ、最後に弓部大動脈3分枝を上記の人工血管と連結すれば完成です。

これによって25℃程度の中等度の低体温で手術ができ、止血にもあまり時間がかからず、体への負担も小さくすみました。

もう少し体温を上げれば、さらにスピードアップが図れるのですが、選択的脳灌流の最中の脊髄保護を確実にするために、私たちはあまり温度を上げ過ぎないようにしています。

そのおかげか、手術で脊髄などがやられたことはありません。

術後経過は順調で、術後2週間を待たずに元気に退院されました。

EVAR後術後3か月経って安定したところで、こんどはステントグラフトで下行大動脈から2つめの瘤、さらに上記の手術でつけた人工血管までをすべて内張りをつけるように治しました。

こうすることで創を一か所にとどめ、出血や苦痛もより少ない状態で手術が完成しました。

手術からまる2年がたち、お元気に暮らしておられます。

腹部にも大動脈瘤ができており、現在直径44mmのため経過観察しています。

将来必要が生じればそれもなるべくステントグラフトEVARで治したく思っています。

 

高齢化社会を迎えて、広範囲の胸部大動脈瘤も増える傾向にあります。

ステントグラフトのうまい活用で、こうした患者さんの心臓血管手術成功率を上げ、さらに体の負担を減らすことでより早い社会復帰を促すように工夫しています。

Heart_dRR
血管や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

 

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

胸部大動脈瘤の治療ガイドライン

Pocket

胸部大動脈瘤はその部位によって心臓や脳、脊髄、腹部内蔵、などの重要臓器と関連するため、心臓血管手術の中でも昔から大きな手術として扱われて来ました。

近年は専門チームでの手術成績が格段に良くなり、病気の性質上、破れてしまうと手遅れになることが多いためもあって、やや早めに手術する方向にあります。

それだけに確実に、安全に治す必要があるとともに、今後破れる恐れの高い状態をより正確に把握し判断する努力も大切です。

日本循環器学会の胸部大動脈瘤における治療の適応ガイドラインはこうした意味でもお役に立つでしょう。以下、ガイドラインからの抜粋、要約です。

 

クラスI つまり強くお勧めできる治療法は

最大短径6cm以上に対する心臓血管手術

 

クラスIIa つまりお勧めできる治療法は

最大短径5-6cmで、痛みのある胸部・胸腹部大動脈瘤に対する心臓血管手術

最大短径5cm未満、症状なし、COPDなし、マルファン症候群を除く、の胸部あるいは胸腹部大動脈瘤に対する内科治療つまり点滴やお薬による治療

 

このように基本的に最大短径6cm以上か、それ以下でも症状があるときに手術となるわけです。

Ao Sac aneu
なおこのガイドラインには、マルファン症候群やのう状瘤を除く、と明記されています。

写真右は嚢状瘤の一例です。

マルファン症候群やのう状瘤つまりポコッと局所的に膨らむ瘤では6cmより小さい瘤でも破裂することが知られています。

そこでもう少し小さい段階でも心臓血管手術を行うことがあるわけです。

実際、直径5cmあまりの上行大動脈瘤をもつマルファン症候群の患者さんを定期健診していたところ、ある日突然A型解離を発生され、緊急手術でお助けした経験が昔、10年以上前にありました。

直径5cm程度でも解離が起こる恐れがあるため、もし強い胸痛発作がおこればすぐ病院へ来て下さいと平素から打ち合わせをしていたのが役立ちました。

その場合、当時の大学病院では緊急対応しづらいことも考え、近くの民間施設においでと伝えておいたのが功を奏し、ただちにその病院で合流し、緊急手術、軽快退院されました。

やはり備えあれば憂いなしですね。

 

またステントグラフト(EVAR)をもちいた治療も進化を続けています。

胸部大動脈瘤のなかでも下行大動脈瘤ではEVARは活躍の方向にあり、それ以外の弓部大動脈瘤などでもこれまでの手術が危険すぎるときなどに、弓部血管バイパス術と併用してEVARを行うこともあります。

今後が期待される領域でしょう。

 

これからもガイドラインをきちんと守って早め早めに対策を立てるのが良いでしょう。

 

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

真性胸部大動脈瘤のページにもどる

 

 

 

 

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

胸部大動脈瘤へのTEVARの効果は?

Pocket

胸部大動脈瘤へのステントグラフト(TEVAR、EVAR)が注目を集めています。

これまでの心臓血管手術とちがって皮膚をほとんど切らず、患者さんにやさしい治療だからです。

その効果はどれほどあるのでしょうか。

.

TEVARここまでにTEVARと従来型手術の正確な比較研究はありません。

いわゆる前向き無作為比較試験という、

公平な形での比較がないわけですね。

.

それはTEVARよりも従来型手術の方が

より大きい胸部大動脈瘤を扱っていたり、

より全身状態の良い患者さんに使われていたり、

逆に、ステントグラフトができないような構造の胸部大動脈瘤に従来型手術が行われていたりするケースが多く、

比較しづらいからです。

.

ここまでの研究で一番信頼できそうなものは、

2008年のメタ比較研究(これまでのいくつもの研究を比較検討する研究です)で、

17の研究を1109人のデータによって

ステントグラフトTEVARと従来型手術の成績を比較しています(J Vasc Surg 2008; 47:1094.)。

.

それによれば、TEVARによって、治療による死亡率は0.36倍にまで低下し、

大きな脳神経障害も0.39倍まで減少していました。

しかも再治療の必要もとくに増えていませんでしたし、

病院やICU治療の期間も短縮できていました。

これらの利点はより安定した患者さんで見られました。

.

その後の研究では次のようなものがあります。

1.単一施設での700例、後ろ向き研究で

ステントグラフトTEVARと従来型手術を比較し、

30日死亡率が5.7%対8.3%、

12か月死亡率が15.6%対15.9%と有意差がありませんでした。(Circulation 2008; 118:808.

.

2.やや小さいシリーズの研究で230例を検討。

周術期の死亡率はステントグラフトTEVARにて2.1%と低下するも、

従来型手術では11.7%と高かったのです。

術後30日でも1.9%対5.7%とステントグラフトが優位でした。

J Vasc Surg 2008; 47:247.J Thorac Cardiovasc Surg 2007; 133:369.

.

3.小シリーズながら5年のフォローの報告(J Vasc Surg 2008; 47:912.)では、

瘤関連の死亡率はTEVAR2.8%と外科手術11.7%より低かったです。

外科手術の死亡の多くは周術期のものでした。

有害イベントたとえば

治療の長期化や新たな入院、大きな合併症、あるいは死亡でも

TEVARは58%で従来手術の79%より良好でした。

ただし生存率は68%と、従来手術の67%と差はありませんでした。

さらに再治療率でも3.6%と従来手術の2.1%と差は認められませんでした。

 .

Person_0196こうした結果からは、TEVARも従来手術もできるといったタイプの患者さんには

TEVARが良いのではないかという議論がでています。

 .

今後の展開が楽しみな治療法と言えましょう。

また胸部大動脈瘤のなかでも遠位部の下行大動脈瘤や胸腹部大動脈瘤では従来手術のあとで脊髄マヒが起こることがあります。

これはもっとも恐るべき合併症のひとつですが、TEVARではこれがかなり起こりにくいのです。こうしたメリットもあるのです。

 .

また胸部大動脈瘤が広範囲に及ぶときや、複数あるときなどには従来の心臓血管手術とEVAR(ステントグラフト)を組み合わせたハイブリッド治療が患者さんに役立つことがあります(手術事例)。

こうした治療法は体力のない高齢者や他病をお持ちの患者さんでは威力を発揮します。

.

いずれにせよ、胸部大動脈瘤は重い病気ですから注意深く治療する必要があります。

経験豊かなチームが治療にあたることが患者さんにとって大切であるのは確かです。

 .

AoDissect2質問: 胸部大動脈瘤のうち、慢性大動脈解離によるものではTEVARは使えるのでしょうか?

.

お答え: その解離の状態つまり解離腔と真腔の形や大きさ

あるいは腹部の重要臓器がどちらから潅流されているかなど、

さまざまな要素を検討してからのことにはなりますが、

慢性大動脈解離の場合はTEVARが使えないことが多々あります。

.

やはり従来手術とTEVARの両方をうまく使い分け、

患者さんにベストの結果をもたらせるよう、努力を重ねることが大切です。

.

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちら

pen

患者さんからのお便りのページへ

大動脈疾患のページにもどる

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

1) 手術が必要な大動脈の病気とは?―「こぶ」と「き裂」?

Pocket

◾️大動脈の病気にはどういうものが?

.

真性大動脈瘤と大動脈解離(別名 解離性大動脈瘤)があります。

真性大動脈瘤は大動脈の「こぶ」で、大動脈解離は大動脈の「亀裂」とも言えましょう

それぞれ油断すると怖いところがあります

.

◾️真性大動脈瘤とは

.

大動脈瘤はあるサイズを超えると破裂しやすくなります真性大動脈瘤(りゅう)は大動脈の壁が弱くなり 膨らんでこぶのようになる病気で、近年増加の傾向にある病気群です。

あまり症状がない場合が多く、瘤の場所によって嗄声つまり声がかすれるなどの症状がでる程度ですので、注意が必要です。

.

瘤が破れるとほとんど即死 になってしまいますし、血栓などが瘤の中にできてそれが血管を塞いでしまうとその臓器に大きな問題が起こり ます。

たとえば脳ならば脳梗塞が起こり命にかかわる事態となることも少なくありません。

 .

A309_084真性大動脈瘤は胸部大動脈の場合直径6cm前後になれば破裂の危険が高まります。胸部レントゲン写真である程度わかることがありますので、健診が大切です。

腹部大動脈では直径約5cmが目安です。こちらの大動脈瘤は触診つまり手で触ると判ることが多く、エコーがあればほぼ診断できます。CTはもちろんベストです。

.

危険なサイズは上記のように胸部直径6cm、腹部直径5cmですが、マルファン症候群や大動脈二尖弁などの結合組織疾患がある方や、大動脈炎の患者さん場合はそれより小さい直径で破裂することが知られており、胸部大動脈で言えば直径5cm前後で手術が勧められることもあります。

.

また動脈瘤の形が紡錘状では上記が目安ですが、局所的にぽこっと膨らむ「嚢状瘤」では、サイズが小さくても破れやすいため治療が必要となります。

その患者さんの大動脈の強さも勘案した、キメ細かい対応がいのちを救うのです。

.

◾️大動脈解離とは

 .

大動脈解離は大 A309_095動脈の壁が内外に裂けて、

出血したりさまざまな内臓の虚血を起こし、そのままでは命にかかわる重い病気です。

症状は強烈な胸、背中やお腹の痛みがあります。解離つまり裂ける場所によって痛みの場所は違います。また大動脈が裂ける時にその枝が潰れ、そのためその枝に関係した臓器の症状が出ることもあります。例えば心臓なら胸の痛み、下肢なら下肢の痛みですね。

.

そのタイプによっては即、緊急手術によってのみ救命できるA型解離と、お薬や点滴その他でゆっくりと安定を図るB型解離があります。

これらの見極めはCTなどの検査で容易にできます。ともあれ強烈な胸や背中その他の痛みがあれば、直ちに病院へ行きましょう。命を守るために。                                                                                                                                   .

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

2) 大動脈解離とは?へ進む

3.大動脈疾患扉ページへもどる

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。