日本循環器学会総会の印象記

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3月17日から18日にかけて、第76会日本循環器学会のため博多へ行って来ました。ちょうど全会期の半分の参加でした。
 

日循76鹿児島大学の鄭忠和先生が会長で、本来は鹿児島で開催のはずですが、巨大な学会のため大都会での開催のほうが何かと好都合というご配慮だったようです。

私、米田正始は自身での講演はありませんでしたが、共同研究者の川崎医大循環器内科の尾長谷喜久子先生(指導・吉田清先生)が光栄なプレナリーセッションで発表されるため、外科的な質問が出た場合のバックアップとして参加しました。

このプレナリーセッションはCurrent Status and Future Perspective in Echocardiography (エコーの現況と将来展望)という重要セッションで、座長は尾辻豊先生とアメリカ・メイヨクリニックのJae K. Oh先生、発表者もUCLAの塩田先生や竹内正明先生はじめ錚々たる顔ぶれでした。

発表に先立って、Oh先生がエコーは聴診に取って代わるのかという基調講演をされました。エコーの長足の進歩とその有用性にもかかわらず、聴診は今後も重要な基本手技という、うなづける内容でした。最後に医学の歴史の中で聴診器の開発や血圧測定、カテーテルの発明から心エコーの登場、そして洗練化から現在の画像診断の時代までをショートムービーで示されました。

感動したのは私だけではなかったようです。あとでOh先生に”I was moved !!”(ジーンときました)と伝えたら喜んで頂けました。

プレナリーの内容はやはり先端的な3次元エコーでのより多くの情報や解析、Speckle
Trackingとくに3次元でのそれが主流でした。

私たちの機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する新しい僧帽弁形成術とそのための乳頭筋・腱索などの情報ツールとしての3次元エコーというスタンスは、臨床にますます役立つ心エコーという視点でOh先生・尾辻先生はじめ高い評価を戴き、光栄なことでした。

 

私たちの僧帽弁形成術は前尖だけでなく後尖も治せるという意味でBileaflet Optimizationという名称をつけていましたが、Oh先生らはPapillary Heads Optimizationのほうが判りやすいのではないかということでありがたく戴きました。

もうひとつうれしかったのは、畏友・塩田先生と久しぶりにお会いできたことです。

UCLA(ロサンゼルス)は良い気候で快適でしょうねとお聞きしますと、クリーブランドクリニックのあるオハイオは寒くてつらかったとしみじみおっしゃっていました。

この日本循環器学会総会では他にも山ほど有用なセッションがあり、同時並行開催のためそのうちごく一部しか出席できませんでした。それらを簡略にご報告します。

プレナリーのあとで、再生医学のトピックスー基礎研究から臨床への展開ーという別のプレナリーセッションがありました。

澤芳樹先生の代理の浅原孝之先生と、福田恵一先生が座長でした。

私は大学を離れてからは臨床一本のため再生医療から少し距離をおいていましたが、iPS細胞以外にはそれほど大きな変化はありませんでした。

しかし随所に着実な進歩と改良が見られ、臨床にさらに役立つ再生医学に成長しつつあることを実感できました。

浅原孝之先生の講演で、同先生が発見されたEPC(血管内皮前駆細胞)がすでに第三世代に進化し、以前の臨床治験のデータも4年を超えて良好な成績を維持していました。

バージャー病ではとくに安定していました。今後の進展が楽しみです。

遠山周吾先生ら慶応大学のグループはiPS細胞の中で心筋細胞とそれ以外の細胞の代謝上の差を活用し、グルコース無しで乳酸ありの環境で心筋細胞以外の細胞を消し、それによってiPS細胞の副作用と言われた腫瘍形成を克服できることを示されました。

高畠先生らはVEGFをコーティングしたステントでEPCを捕捉し、ステントの表面に内膜を張らせて血栓形成を防ぐ方法を発表されました。

これは薬剤溶出ステントの欠点を補う優れた方法と思いますが、従来のBMSステントの弱点である再狭窄を起こしやすく、座長もこの点を指摘しておられました。

竹原先生らは松原先生の心臓幹細胞(Sca1+細胞)と私たちがかつて力を入れていたbFGFを併用してその細胞数を増やせることを示されました。

宮川先生らはお家芸の細胞シートをもちいて、骨格筋芽細胞シートがサイトカインを出す、いわゆるパラクライン効果を検討し、VEGFやHGFなどを発生することを示されました。

またその臨床試験での成果を披露され、補助循環が有る場合でも無い場合でも役立つケースが増えているという印象を得ました。

また細胞シートはこれまで3-4層が限界で、細胞数が不足するという問題がありましたが、大網を併用すれば、30層以上でも可能ということで、かつて大網での再生医療を提唱していた私としてはうれしい展開でした。

その前日午後、福岡に着いた直後にシンポジウム・再生医学の進歩ーiPS細胞から医工学までーにも顔を出しました。

基礎的な研究の成果発表で、なかなか難しいところもありましたが、細胞移植がより3次元的な、臓器構築を意識したものに進化していることが理解できる内容が印象的でした。

串刺しの団子のような構造で三次元構築を図ったり、細胞シートを組み合わせて臓器に近づける努力は、いずれ臨床で使えるものになるのではと思われました。

またiPS細胞が病態解明や創薬に役立つことも改めてわかりました。

そのあとで大動脈疾患に対するステントグラフト EVARのシンポジウムがありました。高本眞一先生と大木隆生先生の座長で、ステントグラフトの限界を探るという副題がついており、内容のあるものでした。

島村先生らは弓部大動脈瘤に対するステントグラフト治療の優れた成績を示されました。さまざまな形のデブランチ法を駆使して重症例でも死亡率を低く抑えているのが判りました。座長の先生との熱い討論も印象的でした。

栗本先生らは救急医療の現場でのステントグラフトEVARの現況を報告されました。大動脈瘤が食道に穿孔したケースでの成績は不良で、ガイドラインでもクラスIII(やってはいけないという意味です)のため、従来手術のうまい使い方を含めてさらなる検討が必要と思われました。

斉藤先生らはこうした難ケースで大動脈ホモグラフトが有効であることを示され、手術死亡率は9%にまで下がったことを報告されました。

まだまだ外科手術の役割は大きく、進歩の余地を感じさせてくれる内容でした。

竹田先生はステントグラフトEVARのあと、大動脈のコンプライアンスが低下するため左室拡張機能が低下し、運動能さえ低下し得ることを示されました。

貴重な報告と思いましたが、熱い議論があり、本当にEVARが悪いことをするかどうか、さらなる検討が望まれます。

金岡先生は大木先生のもと、EVARの1000例近い経験をレビューされました。

デブランチにも変遷があり、頸動脈などやや末梢部でのシャントから次第にチムニーつまり上行大動脈からの血行再建へと進化し、なお再手術時などの課題を残していることが示されました。

腹部大動脈瘤と下行大動脈瘤はEVARの価値が高く、確立した感が強いものの、弓部大動脈瘤ではその患者さんにもっとも適した戦略が必要ということで、うなづけるものでした。

また高本先生を中心にディスカッションがあり、マルファン症候群などの結合組織疾患では組織の弱さに加えて患者さんが若いためEVARよりも外科手術が良く、弓部大動脈と腹部大動脈は外科手術で、その間の胸腹部は適宜EVARでという考えにも同意できました。

結局、治療法の選択枝が増えたため、オーダーメイドでその患者さんにベストの選択を、皆で検討して決めていく、そういうことだと思います。

3月18日午後にはいつものカテーテル治療PCIと冠動脈バイパス手術CABGの熱いセッションがありました。シンポジウム・冠血行再建の最前線です。

木村剛先生と高梨秀一郎先生の座長で、例数の多い施設からの発表が内科と外科からありました。

内科のPCIとくに薬剤溶出ステント(DES)、外科のCABGとくにオフポンプバイパスOPCABと両側内胸動脈ITA、いずれも進化を続け、成績は改善しています。

ここに来て、外科の冠動脈バイパス手術CABG治療の成績が、複雑な冠動脈病変については良好であることが次第に明らかになって来ました。

たとえば内科外科とも例数が多い倉敷中央病院の検討で、内科のPCIの死亡や合併症の率が外科のそれの2.5倍というのはやはり説得力がありました。

京都大学が主導するCREDO-KYOTOレジストリーの検討でも、冠動脈の複雑病変いわゆるシンタックススコアが高いケースだけでなく、低いケースでさえ、冠動脈バイパス手術CABGの成績が優れていることが塩見紘樹先生によって示されました。

今回の日本循環器学会総会で冠動脈血行再建のガイドラインの改訂が行われましたが、やはり内容的に外科が盛り返した形になりました。

左主幹部シャフト病変のPCIはクラスIIbとなり、PCIをやるなら外科の合意ののちにという扱いになったとのことでした。

この秋にはシンタックスSyntaxトライアルの5年のデータが発表になりますが、外科の巻き返しが目立つようになりました。天皇陛下が冠動脈バイパス手術を受けられたのも伊達や偶然ではなく、主治医団が本当に患者さんつまり陛下のための治療を検討した結果と聞いていますので、納得がいく思いです。心臓手術の良さが見直されなによりです。

やはりハートチームで内科外科その他関係者皆で検討し、EBMつまり証拠にもとづいて、その患者さんにベストの選択をする、そういう時代になったと実感させてくれるシンポジウムでした。

時代の流れを反映して、カテーテルによる大動脈弁置換術、いわゆるTAVI(あるいはTAVR)のセッションも多数見られました。また補助循環の最近の進歩を背景に、より実用的になった埋め込み型補助循環のセッションもありました。時間が重なり参加できませんでしたが。

それやこれや短期間の、私の場合は部分参加の日本循環器学会総会でしたが、得るものの多い良い学会でした。

会長の鄭先生、お疲れ様でした。また、ありがとうございました。

平成24年3月18日

米田正始

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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Comments

  1. **** says

    日増しに暖かく春めいてきました。
    米田先生には益々ご健勝のことと存じ上げます。
    この度の学会は博多で開催されたことを知り、大変お近くに感じ嬉しく存じました。
    米田先生方の新しい弁形成術が国内外で広く認められ、おめでとうございます。
    再生医学は年々に進歩し、驚くばかりです。患者さんの笑顔が増えることでしょう。
    これからも外科内科の得意とする治療が患者さんにとってベストの治療になりますよう期待します。
    この度の学会では多くの先生方が、一生懸命に研究開発されていらっしゃることを知りました。
    いつも有益な情報をありがとうございます。
    米田先生の益々のご活躍を心よりお祈りいたしております。