最終更新日 2020年2月12日
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◾️バチスタ手術とは?
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拡張型心筋症に対する左室形成術の一つです。
この拡張型心筋症は内科治療での予後(お薬などで治療する場合の長期生存率)が厳しいにも拘わらず長い間、効果的な手術法がありませんでした。
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ところが1990年代にブラジルの畏友・バチスタ先生(左写真)が心臓の一部を切り取って小さくすることで元気な心臓に戻るという、有名な「バチスタ手術」を開発・発表されてから拡張型心筋症は手術治療の対象になりました。
バチスタ先生は物理学者でもあり、物理学で左心室の一部を切り取り、その直径を小さくすると、左心室の壁にかかる張力が軽くなることを、物理学・ラプラスの定理から知っておられたのです。実際、手術で元気に回復する患者さんが少なくありませんでした。
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◾️バチスタ手術の限界
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しかしバチスタ手術 (正式には左室部分切除術 partial left ventriculectomy と呼びPLVと略します)では当時は効果が一定ではなく、予測がつきにくいという問題のため、まもなく廃れてしまいました。
またアメリカでは現在、健康保険が出ないこともあって この手術 はほとんど行われていない状況です。それ以上に欧米では重症心不全は補助循環(つまり人工心臓)ついで心移植という道が広く、この手術に頼る必要が少ないという事情もありました。
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日本では須磨久善先生がこの手術を導入・改良され、一定の評価を受けるようになりましたが積極的に取り組んでいるのはごく一部の施設のみと言われています。
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◾️バチスタ手術は使い方が大切
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このバチスタ手術はそれを必要とする患者さんに、正しく行えば大きなメリットがある手術です。私たちはこれを守り、手術成績を良くし、さらに安全なものにすべく努力しています。
詳しくは以下の改良型バチスタの項目をご覧ください。
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Q: バチスタ手術の改良型(変法)とは?
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A: 私どもは左室形成領域の先人のお仕事を活かすべく須磨先生や故Torrent-Guasp先生(左写真)はじめ欧米の先 生方と連携を図りつつ、臨床検討のみならず動物実験で拡張型心筋症を作って、このバチスタ手術の更なる改良に取り組んで来ました。
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従来の手術法では心尖部を切り取ることが多く、その時の左室の形には構造上無理が感じられ、手術後の心機能も必ずしも予想どおりにならず、当たり外れがあるという印象をヨーロッパなど海外の仲間たちも感じていました。
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そしてこれまでのバチスタ手術より 数段安定し優れた成績を出すバチスタ手術改良型あるいは変法の開発に成功し2002年のアメリカ胸部外科学会でこれを発表しました(下図)
(拡張型心筋症・事例1、事例2。)
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このバチスタ手術改良型では左室の心尖部、つまり左室の先端部分を切除せずに温存します。心尖部が心臓構造の中で重要な要の役割をもっているというTorrent-Guasp先生のライフワークを手術に応用しました。
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左で左端と右上の図は心尖部を切除する従来のバチスタ手術の絵です。クリーブランド・クリニックの先生方が報告されたときの絵です。右下は心尖部を守る、私達の方法を示します。
つまりクリーブランド・クリニックの先生方が良くないと判断されたバチスタ手術とは心尖部を切除する従来のタイプの手術法だったわけで、私たちの新しい方法なら心配は少ないわけです。
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実際、手術中に左室の形がきれいになり、いかにもスムースに力が発揮できる、そういう印象を強く持ちました。
Guasp先生は他界されましたが、そのコンセプトは私たちの中に生きており、また彼のお弟子さんであるMladen先生らと協力してさらなる発展が図れればと考えています。
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Q: バチスタ手術の改良型(変法)、これまでの実績は?
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これまでに13人の患者さんに使用し、ほぼ全員元気にされています(複数の左室形成術とその他手術を要した超重症の高齢患者さん一人を例外として)。 Journal of Cardiac Surgery というアメリカのジャーナルに掲載されました(英語論文243番)。その後また一人の患者さんを救命できました。
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心臓移植はドナーの不足のためにあまりチャンスがありませんので、バチスタ手術変法 (改良型)はこれから多くの患者さんたちの命を救うものと期待されています。
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旧ユーゴなど東ヨーロッパでは予算等の制約から心移植がまだ未発達で、バチスタ手術への期待が以前からあり、この改良型を教えたところ、使える、術後の立ち上がりが良いというご意見を戴きました。
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近年、テレビ・映画の「医龍」や「チーム・バチスタの栄光」でようやく多くの一般の方々の関心を集めるようになったバチスタ手術ですが、現実に安全に患者さんの役に立つ手術になりつつあるわけです。
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注意点は左室が拡張障害(筋肉が硬くなっている)を起こしているケースでは手術後も心不全が治りにくいことです。逆に左室の拡張が高度な患者さんでは重症でも元気に回復できる可能性がかなりあります。
また肺高血圧症をお持ちの患者さんも、この手術は慎重に計画する必要があります。
逆にそれらをクリアーできるときは手術の威力が発揮できるとも言えましょう。
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ヨーロッパの一部でもバチスタ手術を見直す気運が生まれています。とくに60歳を超える患者さんの場合は移植の適応からも外れ補助循環(人工心臓)のリスクも高くなるため、一層バチスタ手術の意義は大きいと考えています。
◼️現在のバチスタ手術
現在は左室の側壁が心筋梗塞や何らかの原因で壊れているケースにバチスタ手術を行っています。もちろん心尖部をうまく温存しつつ。
また昔の心臓手術時に左室側壁に梗塞が起こり、そのためいつまでも心不全が治らずに苦しく、困っているというケースにも役に立っています。
この改良バチスタ手術は、現在私たちがちからを入れている心尖部凍結型左室形成術と併用して一層威力を出せるケースがあり、これまでの経験、知識、技術をハートチームで結集して治療にあたっています。
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メモ1: バチスタ先生とは学会等で何度もお世話になった友人というより大先輩ですが、面白いことに著者の第二の故郷とも言えるトロントで研修を受けられた研修の先輩でもあります。
良いものは良い、悪いものは悪いと、クールに判断し、実質を追求する、竹を縦に割ったような人柄は付き合っていて最高に面白い、そういう方です。
ブラジルのジャングルの中で、お金もなく、高価な器械もなく、それでも患者さんを助ける、地に足をつけた先生です。
それだけにこの先生からは多くを学ばせて頂きました。
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メモ2: バチスタ手術が国際舞台に初めて 登場したのは1990年代の半ばごろです。
そのときのアメリカ胸部外科学会(略称AATS)でセントルイスのJoe Cooper クーパー先生が肺の縮小手術を発表されたとき、「私は心臓の縮小手術をやっています」とある先生が立ち上がりスライドを見せられました。
それがあのランダス・バチスタ先生だったのです。
私はそれまでも左室形成術をトロントのDavid先生らとともにちからを入れて来ましたので、すぐなあるほど!と感心し、それからこのバチスタ手術を研究し始めたのでした。
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それから私がメルボルンに移動し、動物実験を繰り返しているうちにこの手術は日本でも話題となり臨床の場に登っていきました。
そのころ、アメリカ心臓協会AHAでバチスタ先生が特別講演され、心臓外科の新しい幕開けとも言えるほどのインパクトで、1000人近い聴衆は総立ちになり拍手が鳴りやまなかったのを今も覚えています。
やり方、使い方によっては奇跡の手術となる、それがバチスタ手術なのです。
1998年に帰国してから、すでに先行してバチスタ手術の実績を積んでおられた須磨先生らのご教示をいただきながら、より科学的にこの手術を改良して行きました。それが次のバチスタ手術改良型です。
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メモ3: バチスタ手術をはじめとした 心不全の手術でつらいことは、患者さんが全身衰弱してから心臓外科へ来られることが多いことです。
もちろん常に全力を尽くすのですが、全身の余裕がある状態での手術ならもっと安全に快適に進むのにと思ったことがあります。
とくに肝臓が悪くなってからの手術はそれだけ厳しい状態となるため、それまでに治療を始めることができれば、患者さんにとってのメリットは大きいものと考えます。
まずは遠慮なく相談して下さい!
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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