事例: 数回のPCIのあと冠動脈バイパス手術の患者さん

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狭心症、冠動脈狭窄症の治療はその重症度に応じて何段階かあります。

軽症なら食事、運動療法とお薬による治療、もっと重症になればカテーテルによる冠動脈形成術(PCI)、さらに重症になれば外科による冠動脈バイパス手術があります。

患者さんは70代半ばの男性で、四国からお越し頂きました。

もともと糖尿病をお持ちで狭心症となり、地元の病院で4年あまり前に薬剤溶出性ステント(DES)による治療を受けられました。

お元気にしておられましたが、4年半後、狭心症が再発し、再度カテーテルによるPCI治療を受けました。

残念ながらその1か月後にまた狭窄し、3度目のPCI治療を、その1か月後に4度目の治療を受けられましたが、うまく行きませんでした。

冠動脈がすでにうんと悪くなり、ステントではどうにもならなくなったのです。

術前LAD2この間の心筋梗塞などのため、左室のちからは駆出率25%と、通常の半分以下に落ちてしまいました。

思い余ったご家族が米田正始のところへ連絡をしてこられ、ハートセンターでの治療となりました。

手術前の冠動脈造影では右写真のように前下降枝がステントで覆われていますが、完全に詰まっていました。

術前LADしかし他の冠動脈からかろうじて流れてくる血液をみると、この左前下降枝は内胸動脈を丁寧につなげば何とかなるだろうという判断となりました。

さらに右冠動脈にもバイパスがつけられる血管があり、ここから何本かの枝へ血液が流れ、前下降枝へもつながりがあるため、患者さんの虚血の改善はかなりできそうと考えました。

状態が悪いため、安全を見越してIABPという補助の風船ポンプを入れてオフポンプバイパス手術を行いました。

前下降枝はさすがに 4回のPCI治療で傷んではいましたが、内胸動脈の血管保護作用で使えそう、右冠動脈もあまり良い血管ではないものの、使える所見でした。

術後LITA_LADそれぞれに内胸動脈グラフトと静脈グラフトをつなぎ、手術は問題なく終わりました。

術後の冠動脈のCT画像を示します。2本のバイパスは良く流れ、かなりの広範囲の心筋を灌流しているようです。

右図は内胸動脈が左前下降枝を灌流している所見です。その右上にミミズのように見える白っぽい構造物がステントと肥厚内膜です。

下図は静脈グラフトが右冠動脈を灌流している所見です。何本かの枝に流れるためこれも役に立つバイパスになる術後SVG_4PDでしょう。

これなら患者さんの予後の改善に役立つでしょう。地元の先生と協力して、心臓を守る薬をしっかりと使えば効 果はさらに上がるかも知れません。

遠方かつ体力のない患者さんのため、通常よりややゆっくり入院していただき、術後12日目に元気に退院され、四国へ戻られました。

その後もお元気に暮らしておられます。

こうした患者さんのお役にも立ててうれしいことです。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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天皇陛下が冠動脈バイパス手術を受けられるわけは?

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朝日新聞などの各種報道によれば天皇陛下が2月18日に冠動脈バイパス手術を受けられることになったとのことです。天皇陛下の一日も早いご全快を祈るものです。

 

私のこの心臓血管外科情報WEBにも多数の閲覧があり、報道当日は通常の3倍近い、5700もの閲覧がありました。

また直接、なぜ天皇陛下は冠動脈バイパス手術を受けられるのですか?なぜカテーテル治療(PCI)じゃだめなんですか?とのご質問を戴きました。

 

天皇皇后両陛下。いいお写真ですね。もちろん私は主治医団の一員ではありませんので、周辺状況から推測するだけなのですが、

主治医の先生方はかなり多角的に、陛下の冠動脈や心臓だけでなく、長期間の健康や、以前に受けられた前立腺がんの治療なども総合的に考えられたからではないかと愚考します。

 

カテーテルによる冠動脈形成術(PCI)はメスを使うことなく、冠動脈の狭いところにステントと呼ばれる金属の網の筒を入れるため、患者さんにやさしい治療として広く使われています。

優れた治療法と思います。

 

しかしステントは、現在その多くが薬剤溶出性ステントという、抗がん剤などを表面に塗ったものが多く、患者さんの細胞を寄せ付けない傾向があり、金属がむき出しの状態のままになることがよくあります。

そこでは血栓ができやすく、いったん血栓ができると、冠動脈は血栓で詰まって、患者さんは心筋こうそくとなって死亡します。

こうしたことを防ぐため、強力な血栓予防のお薬、抗血小板剤を長期間にわたって飲む必要があります。

 

その抗血小板剤のため、他臓器の手術や出血しやすい検査がやりにくくなるのです。

Ilm09_dd04001-sたとえば大腸にポリープと呼ばれるきのこ状のできものができると、いずれがんになる可能性があるため内視鏡で切除するのですが、抗血小板剤が入っていると切除は出血の危険性のため消化器内科の先生も二の足を踏むことがしばしばなのです。

あるいはせっかく早期胃がんがみつかっても、あるいは歩けなくなるような背骨の病気が手術で治せるときでも、抗血小板剤が入っていると手術しづらくなるのです。

 

こうしたPCI・ステントの影の部分が最近指摘されることが増えました。

冠動脈バイパス手術のあとなら、こうした問題はほとんどありません。

 

ここで大切なこと、それはPCI・ステントと冠動脈バイパスのどちらが良いかという偏狭な議論をしているのではないということです。

それぞれの特長を活かし、患者さんの状態や年齢・生活・仕事などを勘案してベストのものを選ぶのが良いという意味です。

 

欧米の大規模臨床試験であるSYNTAXトライアル(シンタックストライアル)では冠動脈の病変が複雑な場合、冠動脈バイパス手術のほうが患者さんは長生きできるという結果がでています。

そのため複雑な冠動脈病変の患者さんには欧米では公式ガイドラインでバイパス手術を第一選択として推奨されているのです。

天皇陛下の場合は今後のがん治療のことも考慮して冠動脈バイパスを選択されたものと考えます。

もちろん抗血小板剤が不要で、長期安定性も良いため、公務やスポーツなどものびのびやれるため、というのも理由のひとつでしょう。

■追補: 手術の後の経過が良好で陛下はお元気に公務に戻られたのは皆さんご存じのとおりです。強いお薬や冠動脈血栓症などの心肺なく仕事に打ち込めるのがバイパス手術の特長です。詳細はこちらをどうぞ。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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