事例 1 オフポンプバイパス手術

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患者さんは53歳男性、ステント治療後の狭心症のため手術になりました。糖尿病が背景にあります。
オフポンプバイパス(OPCAB、1999年当時はまだ比較的珍しかったのですが、現在は標準手術となりました)を施行しました。

私たちがオフポンプバイ パス手術(OPCAB)をやり始めた1990年代後半はまだ器械も未発達で、オンポンプバイパスより危険という印象を持たれていましたが、イタリアのカラフィオーレ先生の方法を用いて努力しました。

 

10年間の進歩でオンポンプよりむしろ 楽という感じさえあります。

 

豊橋ハートセンターの方法を加味し、さらに安定感が増しました。

大学病院では日によっては麻酔の先生が不慣れなときなどに不安定気味だった血圧もうそのように 安定し、やはりすべての職種・スタッフが一定し熟練している専門病院は有利と実感しています。

111.左冠動脈の前下降枝(心臓の前部にある最重要血管です)に内胸動脈(矢印)を吻合しています。

左が頭側です。

内胸動脈は最強のグラフトでカテーテル治療でもこれにはおよばない安定性と安全性があります。

近年発展めざましい薬剤溶出ステント(Drug Eluting Stent, 略称DES)といえども、患者さんによっては内胸動脈グラフトにはかなわないという認識がすでに欧米ではできています。

たとえばDESでは強力な抗血小板剤が長期にわたって必要になり、がんなどが見つかって手術が必要なときも薬を止めると冠動脈内に血栓ができて死亡するケースが少なからず出現しました。

一方、内胸動脈グラフトはそうした薬は不要かごく軽く使う程度ですし薬を安全に止めることもできます。バイパス手術はステント治療よりも自然で安定した治りができるわけです

122.心臓を頭側へひっくり返して胃大網動脈(矢印)を右冠動脈の枝に吻合しているところです。

右がお腹側です。

10年前はまだ心臓をひっくり返すことは大変なことと言われましたが現在は普通のことです。

胃大網動脈GEAはITA(内胸動脈)よりスパスム(血管が縮んで細くなることです)を起こしやすいのですが、吻合後拡張する分を見越して吻合すれば(つ まりより小さい歩みで吻合する)、あとの吻合形態やフローは良好です。

ただし冠動脈側の狭窄があまり高度でな い、たとえば70%程度の狭窄の場合はフロー(血液の流れ)競合に負けてGEAがやせ細ることがあり、注意が必要です。そういう場合はフロー競合に強い静 脈グラフトを活用することもあります。適材適所ですね。

 

133.左とう骨動脈を回旋枝(心臓の裏側にある血管)に吻合しています。

とう骨動脈は有用なグラフトですが以前ほどは多用していません。

静脈グラフトはそれとは違う特徴があり、それぞれの特徴を活かしたグラフト選択を心掛けています。
と う骨動脈は比較的扱いやすくサイズもちょうど便利なものであるため一時多くの心臓外科医に好まれました。私もメルボルンにいたころはルーチン使用しまし た。

当時進めていた無作為割り付け前向き臨床試験の結果が出るにつれて、静脈グラフトに対する優位性が期待したほどではないということになり、現在は両側内胸動 脈が使いづらい状況など、特殊な場合に限定した使用になっています。

ということでやはり左右の内胸動脈がベストの質と長期安定 性をもち、それに次ぐグラフトという位置づけです。

再 生医学・組織工学の進歩でとう骨動脈がリバイバルする日がくると冠動脈バイパス手術とくにオフポンプバイパス手術OPCABはさらに発展するだろうと期待 しています。

144.とう骨動脈と内胸動脈を吻合してY字グラフトを作成し糸結び中です。

このYグラフトもかつては多用した有効な方法 ですが、フローの取り合い現象が起こる時は不利な ので狭窄が強いとき、両側 in situ 内胸動脈が使いづらい状況などに限られた適応になりました。

ま た優れた中枢側吻合デバイスの出現により、一段とYグラフトの使用は限られるようになりました。ただし時に患者さんの救命に役立つバックアップ法として、 使えるようにしておくのは賢明と思います。

ハートセンターのような専門病院ではすべての職種のスタッフがこうした手術に熟練しているため、オフポンプバイパス手術も安全・安定・快適にできます。

 

オフポンプバイパス手術OPCABの特長はやはり体外循環にともなう合併症を減らせることです。

もちろん弁膜症その他の体外循環が必要なケースでは適宜オン ポンプバイパスとして行うこともあります。

総合的に体への負担が軽くなり、手術治療成績がより向上すれば良いと考えています。

薬剤溶出性ステント(DES)の問題点や限界が次第に明 らかになり、糖尿病や慢性腎不全・透析例をはじめ、バイパス手術のメリッ トが再認識されています。

 

今後もバイパス手術の特長を活かして、内科の先生方と協力して虚 血性心疾患・冠疾患の治療成績の向上に貢献したいものです。

2012年2月に天皇陛下がこのオフポンプバイパス手術で健康を取り戻されたことも、この手術の優秀さを示すものと歓迎されています。

ハートセンターでは緊急手術・準緊急手術とも病院全体の支援とチーム医療体制で円滑に行えるため、患者さんに長期間待たせることなく必要な手術が必要なタ イミングでできますので、患者さんに喜ばれています。


メモ:  冠動脈バイパス術後の患者さんの安定度には定評がありますが、最近の欧米の臨床研究(Syntaxシンタックス研究)でも術後のくすりによるケアの大切さも認識されるようになりました。

患者さんの全身を守る、心臓はもちろん、糖尿病やコレステロール、脳血管その他も考えたトータルケアを行うことで、バイパス手術の良さはさらに光るでしょう。

 

メモ: このSyntaxトライアルの3年後のデータが2010年に発表されました。

冠動脈バイパス手術は薬剤ステントと比べて長期成績で優れているというデータが、冠動脈病変が進行したケースで示されました。

 

メモ: Syntaxトライアル4年後のデータが2011年に発表されました。冠動脈バイパス手術を受けた患者さんはステントの患者さんより長生きできることがより鮮明になりました。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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