最終更新日 2020年2月23日
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■急性大動脈解離の標準手術
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大動脈解離 のなかで上行大動脈がやられるA型解離の場合、殆どは緊急手術となり、上行大動脈 ないし弓部大動脈を人工血管で置換します。
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左図は急性大動脈解離によく使う標準的方法で近位弓部大動脈置換手術(ヘミアーチ置換)といいます。
つまり弓部大動脈のうち心臓に近い部分までを置き換えるわけです。
この方法は比較的コンパクトな手術にまとめられるという利点がある反面、それより末梢側に解離腔を残すという弱点があり、その後のフォローが重要となります。
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■急性大動脈解離への弓部大動脈全置換術
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しかし大動脈解離が弓部におよび、そこにエントリーつまり解離開始部があれば、弓部大動脈全置換術を行うこともあります。
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上記のヘミアーチ置換より少し大きな手術法となります。それは脳を含めた上半身へ行く3本の大きな枝を脳を守りつつ再建する必要があるからです。
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そのかわり、この弓部全置換術によって上行大動脈から弓部大動脈そしてその枝の一部まで解離を完全に治すことができるというメリットがあります。
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脳と心臓をうまく守りつつ手術操作を進めて行くのは真性大動脈瘤の場合と同じです。昔と違い、選択的脳灌流という脳にきちんと血液を流しながら大動脈を再建する方法が進化したため、弓部大動脈全置換術といえども安全かつ安心にできるようになりました。
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患者さんの年齢や体力、手術前の状態・状況を考え、もっとも適した手術法を使うようにしています。
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たとえば80歳以上の高齢者の患者さんや、全身の血管が動脈硬化で悪い方たとえば閉塞性動脈硬化症ASOがある方や、術前に内蔵がかなりやられていると考えられる患者さんではリスクをできるだけ下げるよう、近位弓部大動脈置換(ヘミアーチ置換)にとどめることもよくあります。
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患者さんが生きる可能性を最大限に引き上げることを考えているわけです。
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大動脈解離の場合は組織が脆弱なため、より丁寧な手術操作を行います(手術事例 2。
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必要に応じて弱った大動脈壁を強化する糊を使うこともありますが、この糊も完璧なものではないため、必要最小限の使用にとどめています。
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■急性大動脈解離での大動脈基部につきまして
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大動脈の基部(根元 の部分つまり大動脈弁に近い場所)が解離するとしばしば大動脈弁閉鎖不全症が起こります。弁が支えを失うからです。(手術事例: 急性大動脈解離で緊急手術)
これもあって緊急手術が必要になります。
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解離によっておこる弁閉鎖不全は一般に大動脈弁形成手術ができる場合が多く、こ れによって患者さんへの体力的負担も少なくなります。(心臓手術事例:急性大動脈解離と大動脈弁閉鎖不全症)
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大動脈基部が解離で破壊されている場合は大動脈基部再建(ベンタール手術やデービッドDavid手術など)を行います。
年齢や体力や全身状態を考えて、なるべくコンパクトな手術にまとめるようにしています。
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前任地・京大病院では米田着任以来、大動脈解離の患者さんを20名以上のほぼ全員救命できており一層の治療法の改善につとめています。
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術前に救急外来にて心臓が停止した一例は残念ながら救命できませんでしたが、あと半時間 早く手術室へ搬送できれば多分救命できたであろうという反省からより態勢を磨く努力をしています。
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名古屋ハートセンターでも超高齢患者さんで手術直後大動脈基部が再解離した方を例外として全員救命できており、大動脈解離は普通は治せる、というところまで持ち込めました。
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■急性大動脈解離、最近の進歩は
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野崎徳洲会病院では長期成績のいっそうの向上をめざして新しい手術を積極的に行いました。
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多くの病院でもちいられている方法では解離腔(偽腔)を残して将来の心配を残すのではなく、この解離腔をきちんと解決する方法を標準術式としています。
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必要に応じてステントグラフト(TEVAR)を併用し、より確実に、より短時間で、そしてより高い長期生存率を目指しています。その成果は今秋ごろに発信予定です。
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医学が進歩した現在でも急性大動脈解離の手術に10時間も20時間もかかる施設が少なくありません。そうした場合は輸血量も膨大で生存率も低いことが多いのです。私たちは上記のように解離腔を解決し、なおかつ平均4時間あまりで手術そのものを完了できる熟練チームです。
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■B型大動脈解離の場合は
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下行大動脈がやられるB型大動脈解離の場合は内科による点滴、お薬その他の穏やかな治療が勧められますが、次第に拡張して瘤になると破れるまでに外科手術が必要となります。
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破れる前ならその成功率は高いですが、いったん破れてしまうと全身の状態が急速に悪化するため、手術までに死亡したり、それを乗り切る体力がなくなってしまうという困ったことになります。
そのため丁寧なフォロー(定期健診)が大切になります。
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B型大動脈解離についても、これまでの医学常識では患者さんを長期間は守りづらいため、野崎徳洲会病院ではTEVARと呼ばれるステントグラフトを積極的に活用し、解離の治癒を目指しました。
どの患者さんにでもTEVARを行うというのではなく、今後大動脈が破裂したり瘤になることを予測できる場合に、先手を打つ形で行うようにしています。具体的にはエントリー(解離の入り口、大動脈内膜の裂け目のことです)が大きくリエントリー(解離の出口)が小さいときなど、解離腔に無理がかかっているときに行っています。
この方針を医誠会病院ではさらに進化させる予定です。
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将来の破裂や瘤化が未然にかつ安全に防げれば長期の成績もいちだんと良くなるでしょう。時代は着実に進歩しているのです。
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■慢性大動脈解離では
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大動脈解離のあと、月日が経って、慢性大動脈解離の状態になってから解離部が膨らんで瘤になることがあります。
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この場合もその大動脈部分が破れたり弁が壊れたりすると手術治療が必要となります。
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弓部大動脈に対してはその瘤の大きさ・範囲に応じて、たとえばA型慢性解離には弓部大動脈全置換術や大動脈基部再建術を行います。
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その中で、基部再建術では、大動脈弁が壊れていなければ、自己弁温存式大動脈基部再建手術、いわゆるデービッド手術を行います。(手術事例)
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B型慢性大動脈解離に対しては下行大動脈置換術や胸腹部大動脈置換術などを行うことがあります。
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こうした治療が手遅れになると、せっかく急性期を乗り越えても、慢性期の合併症とくに瘤の破裂で命を失うことがあります。
そこで大動脈解離の患者さんにおかれましては、元気になったあとも、定期健診を欠かさないようにお願いします。状況によりますが、安定していれば、年一度や2年に一度などの健診で安全が確保しやすくなります。
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◆メモ1: 急性大動脈解離のA型は数ある心臓血管の病気の中でも一番急ぐ病気のひとつですが、ある意味、一番頑張りがいのある病気でもあります。
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オペに間に合えば、特殊なケース以外はほぼ元気になれます。
キーは早期診断です。
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その一方、病院に来られ、診断に必要なCTなどの検査中に心臓が止まり、救えなかったという無念の経験が何度もあります。
つまりもうあと1時間早く来院して下されば結果は違ったかも知れないというケースです。
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そこで患者さんにもご家族にも、開業医の先生方にも、強い胸痛や背部痛があれば、遠慮なく心臓血管外科へご連絡されることを望みます。
中でも胸痛に加えて手足の血圧や脈の強さが違えば一層解離の疑いが強くなります。
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それと強い痛みがいったん治まったため朝まで待ったというケースがあります。これは大変危険なことです。大動脈解離は進行中のときだけ痛むことがあり、痛みがなおったからといって解離も治ったわけではないのです。
聞くは恥ではありません。どんどん聞きましょう。
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◆メモ2: 急性大動脈解離(A型、B型)の治療ガイドラインはこちらです
◆メモ3: 慢性大動脈解離(A型、B型)の治療ガイドラインはこちらです
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◆患者さんの想い出: Aさんは50代女性で、来院までは普通の健康生活を送っておられました。ところがその日の午後、急に背中に激痛が走り、私の病院へ来られました。
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急いでCTの検査をしたところ、上行大動脈の壁が裂ける、いわゆる急性の大動脈解離の診断になりました。緊急手術が必要なスタンフォードA型解離です。
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緊急手術を行いました。胸を開けると上行大動脈は壁が裂け血液がその裂け目に入って全体として紫色で膨れ上がっていました。まもなく全破裂する所見でした。体外循環のもと、上行大動脈を人工血管で取り換えました。
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術後経過は良好で翌日には話ができるようになり翌々日には一般病棟へ戻られました。まもなく元気に退院され、時々外来へ定期健診に来られます。
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大動脈解離のうちA型は緊急手術をしないとほとんどの方が亡くなる怖い病気ですが、慣れたチームで手術すれば95%以上は元気になれるのです。ただ病院に間に合わないと、助かるものも助かりません。
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Aさんは素早く病院にお越し下さり、本当に良かったと思います。
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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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