事例:左室形成術が不要な虚血性僧帽弁閉鎖不全症

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患者さんは 65歳男性で、冠動脈三枝病変+左主幹部病変、左室駆出率30%台の虚血性心筋症虚血性僧帽弁閉鎖不全症のため手術となりました。なお術前、虚血性僧帽弁閉鎖不全症の悪化による肺水腫・心不全のため緊急入院とドパミン点滴を必要としました。

画面下が心臓です。表面がざらざらに見えるのは癒着を剥離した後だからです麻酔導入ののち血行動態が悪化したためIABP(左室を補助する風船がついた管で、大動脈の中で風船が膨らんだりしぼんだりして血液ポンプの作用をします)を挿入・開始し安定しました。

左室壁はバイパスによって回復すると考えられる状態のため左室形成術はやらず、バイパス手術と僧帽弁形成術をすることにしました。                .

写真左:左室側壁は心膜と癒着し、以前の心筋梗塞によるものと考えました。

バイパスグラフトの保護のため、まず僧帽弁形成術を体外循環・大動脈遮断下に行い、そののち体外循環・心拍動下にバイパス手術を行うことにしました。

口を開けた形になっているのが僧帽弁です                                                             .

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は弁輪拡張が認められましたが(写真左) 、弁に顕著な器質的変化はありませんでした。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症の所見で、かつテザリングtethering (弁が左室側へ引っ張られる現象、別名テント化)はそれほど強くないため、

小さめのリングで僧帽弁形成術MAPを行うことにしました。

リングで弁輪のサイズと形を適正化し、逆流が消えました

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リング24mmを縫着し、良好なかみ合わせを確認ののち左房を閉じました。

SVGの中枢吻合を上行大動脈に行ったのち、61分で大動脈遮断を解除しました。

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写真左はMAPの糸をかけた状態の僧帽弁、写真上右はリングを縫着したあとの僧帽弁です。サイズがかなり小さくなったことが判ります。

心臓の下側の冠動脈にバイパスを縫いつけているところです                                                            .

心拍動下に、まず心臓を頭側に脱転し、

大伏在静脈SVGを

右冠動脈4PL枝(プラークあり)に吻合しました(写真左)。

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ドップラーにて良好なフローを確認しました。

左側が頭側です。

 

心臓の前側にある冠動脈に内胸動脈バイパスを縫いつけています ついで心臓を少し前へ起こし、

前もって脂肪と心筋内から掘り出した左前下降枝LADに右内胸動脈RITAを側側吻合しました。

さらにこのRITAを第一対角枝D1に端側吻合し sequential graftとしました。

RITAはLADだけにでもぎりぎりの長さでしたが、工夫してLADとD1の両者を灌流するようにしました(写真上)。

この患者さんのD1は大きく、重要度が高いものと考えました。
心臓の裏側にある冠動脈に内胸動脈バイパスを縫いつけています

最後に心臓を右側へ脱転し、左内胸動脈LITAを鈍縁枝OMに吻合し、冠動脈バイパス手術操作を完了しました(写真左)。

いずれのグラフトでも良好な拡張期フローパタンをドップラーにて確認しました。

体外循環を容易に離脱しました。術前からのIABP使用下に、カテコラミンなしで離脱できました。

経食エコーにて虚血性僧帽弁閉鎖不全症の消失と左室機能の改善を認めました。
術後経過はおおむね順調で、翌朝IABPから離脱し、抜管しました。その後はさすがに通常よりゆっくりとしたペースで、しかし確実に回復され、元気に退院されました。

MDCTにてバイパスグラフトはすべて開存が確認され、虚血性僧帽弁閉鎖不全症はほぼ消失し、左室機能は著明な改善を認めました。

こうした見極め、つまり心筋が回復するかどうか、左室形成術は不要かどうか、などのいわば「戦略」は大切です。適宜、MRIやエコー、術中所見などを総合して決定するようにしています。見極めることで、不要な手術操作を省略し、必要な操作に専念することができるのです。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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