虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月23日

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◆はじめに ― この記事を読んでほしい方

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  • 心筋梗塞を経験された方

  • 息切れや動悸が続く方

  • 心臓の弁膜症と診断されたが詳しく知りたい方

  • 僧帽弁逆流・虚血性心筋症といわれ不安を感じている方

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症(Ischemic Mitral Regurgitation:IMR)は、心筋梗塞後に僧帽弁がきちんと閉じなくなり、血液が逆流する病気です。
放置すると心不全が進行し、突然の呼吸困難や脳梗塞、生命に関わるリスクが高まる危険な病気です。
しかし現在は薬・カテーテル治療・外科手術の進歩によって、多くの患者さんが改善できるようになっています。

この記事では、虚血性僧帽弁閉鎖不全症の原因・症状・診断・治療法の選択肢について、患者さんやご家族にも分かりやすく解説します。

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◆虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症(Ischemic Mitral Regurgitation:IMR)とは、心筋梗塞や虚血性心筋症の後に生じる僧帽弁の逆流症です。
一見すると「弁膜症」に分類されますが、実際の原因は弁そのものではなく左心室の障害にあります。

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心筋梗塞や虚血で左室が拡張・変形すると、僧帽弁を支える腱索が横方向に引っ張られ(=テザリング)、弁がきちんと閉じなくなり逆流が生じます。
このテザリングの解明と治療法は、1990年代に私がスタンフォード大学で研究を重ねてきたテーマでもあります。

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👉 関連ページ: 機能性僧帽弁閉鎖不全症とは

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◆症状

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初期は運動時の息切れ・動悸が中心ですが、進行すると**安静時や就寝時の呼吸困難(起坐呼吸)**が出現します。
胸痛を伴う場合は虚血が進んでいる可能性があり注意が必要です。

危険な兆候としては:

  • 夜間の強い息苦しさ

  • 下肢のむくみ

  • 突然の胸痛や動悸

これらがあれば早めの受診が推奨されます。

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◆治療法

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内科的治療

  • 薬物療法(利尿薬、β遮断薬、ACE阻害薬など)

  • 心臓リハビリ

  • **ASV(加圧式マスク)**による補助

  • **MitraClip(Mクリップ)**などのカテーテル治療(軽中等度例に限られる)

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外科的治療

薬やカテーテルで十分な改善が得られない場合、外科手術が選択肢となります。
虚血性僧帽弁閉鎖不全症はかつて「難病」とされていましたが、現在では**僧帽弁形成術や乳頭筋最適化術(PHO)**などの進歩により、多くの症例で良好な成績が得られるようになっています。

👉 詳細はこちら: 虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術

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◆なぜ症状が変動するのか? ― ロプノール湖の比喩

.IMRとロプノール湖

かつてこの病気は「消えたり現れたりする不思議な病気」と思われていました。
入院中は塩分制限・安静・点滴で一時的に改善し、退院すると再び逆流が悪化する…その原因を説明するのがテザリング現象です。

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左室が少し拡張するだけで、腱索が引っ張られ弁逆流が一気に増えるのです。(右下図、状態悪化すれば左図から右図へと変化)
このため手術(PHO)では前尖・後尖の両方を調整し、テザリングを解消することが重要になります。

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この詳細はPHO(乳頭筋最適化術)のページをごらんください。また開発の歴史もご参照ください。

テザリングと弁逆流.

 

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◆検査の進歩と注意点

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従来は心臓カテーテル検査が中心でしたが、現在では心エコーが診断の主役です。
理由は:

  • 心エコーは血流・弁の動き・ジオメトリーを詳細に評価できる

  • 外来や症状が強い時に繰り返し検査が可能

  • カテーテル検査は入院・安静下で行われ、実際より逆流が軽く出ることがある

現代では、心エコーを主体にカテーテルを補助的に利用するのが標準的です。

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◆ハートチームでの治療

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症は、心臓外科・循環器内科・麻酔科・リハビリ科が連携するハートチームでの治療が不可欠です。
患者さんごとに最適な治療法を選び、内科治療・カテーテル治療・外科手術を組み合わせることで、より良い予後が期待できます。

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◆まとめ

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  • 虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心筋梗塞後に起こる僧帽弁逆流

  • 本質は弁の病気ではなく左室のリモデリングとテザリング現象

  • 初期は薬・リハビリ、進行例ではMitraClipや外科手術が有効

  • 最新の僧帽弁形成術・PHOで治療成績は大きく改善

  • エキスパートチームによる個別化治療が重要

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👉 関連記事:

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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乳頭筋接合術とは

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症をはじめとする機能性僧帽弁閉鎖不全症に対して行う弁形成術のひとつです。

当て布付の糸で前乳頭筋と後乳頭筋を根本か中ほどか先端部で寄せ、あたかも一本の乳頭筋のようにするのがこの方法の特徴です。

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この方法のコ LevineSchemeンセプトは2000年にMGH(マサチューセッツ総合病院)のRobert A. Levine先生らが提唱された両乳頭筋間の左室を縫い縮める方法から始まっているようです(左図)。

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それと並行して、拡張型心筋症に対するバチスタ手術で左室側壁を切除するとき、ちょうど両乳頭筋間の左室を切除することが多く、それはそのまま乳頭筋接合術を兼ねていたともいえます。多くのばあい、僧帽弁閉鎖不全症は軽減し良い結果をもたらしていました。

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日本ではこの方法を北海道大学の松居喜郎先生らが積極的に施行され成果を上げておられます。

私たちもこの乳頭筋接合術を行った時期があり、成果を上げることができました。

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その後、乳頭筋ヘッド最適化術(PHO)を開発してからはこちらの方を多用しています。PHOのページで示していますように、後尖の形が自然かつきれいで、長期間の再発が少ない形をしているためです。いわゆる後尖テザリングと呼ばれる現象が軽いのです。これは長期的に有利な形で、この点で乳頭筋接合術(後尖には効かない)より優れていると考えるわけです。

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それとすべての外科手術術式は自

199621043

自然に学ぶことが治療成功のカギと教えられました

然に学ぶのが良い、人工的な構造には慎重であるほうが安全であるという恩師 David先生の考えにそって、自然の構造から開発したPHOのほうがなじみやすいのかも知れないと考えてのことです。

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ともあれ今後も皆で検証を続けながらより良い治療法を開発、定着させていきたく思います。

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事例: 虚血性心筋症に対する新しい左室形成術 その2

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虚血性心筋症は現在も重症でしばしば心移植しか治療法がないと言われます。

そうはいっても心移植はなかなか順番が回ってきませんし、補助循環(いわゆる人工心臓)を使っている人たちが優先することが多いですので、普通の心不全の症状では逆に治療法に困ることがあるのです。

患者さんは60代男性で起座呼吸を主訴として来院されました。

つまり心不全としては4段階の4、つまり最重症に入ります。

過去20年間に4回のPCIつまりカテーテルによるステント治療を受けておられます。しかし心不全が悪化し、来院されました。心エコーにて左室駆出率28%つまり健康者の半分以下、そして僧帽弁閉鎖不全症の増悪も認められました。このままではもう、あまり長くは生きられないという状況でした。

しかしよく見ればまだ心筋がかなり残存している所見があり、左室の悪い部分が比較的明瞭で、心図1SVG-4PD臓手術とくに冠動脈バイパス手術左室形成術そして僧帽弁形成術で改善できると判断しました。

体外循環下、心拍動下にまず静脈グラフトを右冠動脈に取り付けました。

さらに左室を前壁で開け、中を調べました。

図2左室切開前壁と心室中隔の前部分が心筋梗塞でやられており、それ以外は比較的壊れていませんでした。

これは治せるという所見です。

そこでDor手術の簡便さとSAVE手術のきれいな形の両方をもつ、私が開発した方向性Dor手術を行いました

通常のフ 図3四分割Fontan糸ォンタン糸と呼ばれる糸を4分割して梗塞部分と健常部分の境界部にとりつけました。

そしてその糸をくくることで左室の短軸つまり横方向に主に縮小させました。

左室はかなり小さくなり、予定のサイズまで戻りました。

それと同時に形を長細い、洋なし型に整えました。

図4左室縮小前 図5左室縮小後

左写真の左側は縮小前、同右側は縮小後の姿です。

主に横方向に小さくしていますが、

心尖部が瘤化しているため長軸方向にもある程度は縮小しています。

これで左 図6パッチ縫着後室のパワーアップに役立つのです。

最後にパッチを縫い付けて左室形成術を半ば完成させました。

そのうえで、左房を開けて僧帽弁を調べました。

やはり左室 図9MAPと吊り上げ後が悪化したために弁が閉じなくなっただけで、弁そのものは良好でした。

そのため私が考案した乳頭筋の前方吊り上げを行い、それも前尖と後尖のどちらもが前方へ引かれるように工夫し、リングをつけて完成しました。

弁はきれいに閉じるようになりました。

図10LITA-LADと左室閉鎖後最後に左室の切開部を閉じ、内胸動脈LITAを前下降枝にバイパスし、操作を完了しました。

術後経過は良好で、まもなくお元気に退院されました。

あれから5年が経ちますが、お元気に普通の生活を送っておられます。

その後もこの左室形成術で多数の患者さんをお助けできていますが、昔、救命できなかった患者さんのことを想いだしてはさらに精進しお役に立てるような心臓手術を磨いていきたく思うのです。

 

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お便り99: 虚血性心筋症術後7年、新たな心臓病を乗り切る

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虚血性心筋症は心筋梗塞のあとで、梗塞をまぬがれた心臓部分が次第に大きく弱くなる病気です。

時間とともに重症化し、長くは生きられない状態となります。

しばしば虚血性僧帽弁閉鎖不全症を合併し、いっそう寿命を短くしてしまいます。

私たちはこの20年以上、虚血性心筋症や虚IMG_5510b血性僧帽弁閉鎖不全症の手術に取り組んで参りました。年々その成果が上がるようになり、この数年間は死亡率もかなりゼロに近づきました。

さてこのお便りの患者さんは7年前、米田正始がまだ京大病院で仕事をしていたころに、虚血性心筋症のため手術させて戴いた方です。遠く長野県から来て下さいました。手術前、心臓とくに左室のパワーは正常の3分の1以下に落ち込んでいました。

当時はまだ珍しい手術であったセーブ手術と septal reshapingと呼ばれる心室中隔の形成術を含めた左室形成術、さらに僧帽弁形成術やメイズ手術そして冠動脈バイパス手術をセットで行いました。すべて心臓を動かしたまま行いました。

大きな手術でしたが患者さんはよく頑張って下さり、お元気に退院されました。この手術は学会などでも発表し評価を頂きました。

その後患者さんはお元気に暮らしておられましたが、あれから7年が経ち、大動脈弁が新たに壊れ大動脈弁閉鎖不全症となって心臓に負荷がかかって左室がまた拡張し、僧帽弁閉鎖不全症や三尖弁閉鎖不全症を合併し、心不全になって来院されました。

心の絆のおかげでしょうか、名古屋で仕事をしていた私をたずねてきて下さいました。

すでに80歳近いご年齢で消耗されやせ細っておられる、2度目の手術、それも3つの弁がやられている、もともと大きな心筋梗塞のあとで心臓のパワーが落ちているうえに、最近のあらたな大動脈弁閉鎖不全症のためいちだんと心臓が弱っている、といった厳しい状況でした。

患者さんは死んでも良いから生きるチャンスを下さいと、私を信頼してきて下さったのです。

私はその信頼に是非応えたく、この7年間に培ったノウハウを結集した心臓手術を行いました。

体への負担を最小限にするため、大動脈弁手術の負担だけで大動脈弁と僧帽弁の両方を治しました。通常は僧帽弁形成術では左房を開けるのですが、左房はそのままに、大動脈弁経由で乳頭筋を手直しし(私たちが開発した新しい手術です)、そのまま大動脈弁を置換して短時間で、最小限の剥離で一気に直しました。あと心臓が拍動した状態で三尖弁を修復し、その間に心臓を回復させてうまく行きました。

7年前はICU(集中治療室)を出るまで7日もかかりましたが、今回は僅か1日で退室できました。

この7年間の努力の成果が功を奏し、まもなくお元気に退院して行かれました。いのちを預けてくれた患者さんの期待に沿えてこんなにうれしく思ったことはありません。

以下のお手紙はその患者さんと、ご家族の皆さんからのものです。

 

********* 患者さんからのお便り ********

前略 

暑かった夏も去り、ようやく住み良い季節となりました。早速御礼状を差し上げるべきところなのに、すっかり遅れてしまい申し訳ありませんでした。

この度は、先生には、二度にもわたり、命を救って頂きまして御礼の申し上げようもない程、心より感謝致しております。本当にありがとうございました。いつの日かお会いする日を楽しみです。

 名古屋ハートセンターに在職中に、運良く手術をして頂けたことを、家族も含め、ラッキーだったと喜んでおります。

九月二日、無事に退院でき、その後、長野**病院の心臓センターの**先生にかかり、一週間検査入院もし、リハビリに通ったりし、今のところ、お陰さまで、何とか日常生活を送っております。

先生に助けて頂いた命なので、今後は大事にして余生を送りたいと考えております。今後ともよろしくお願い致します。

先生のますますの御活躍を祈っております。御礼まで。

米田正始先生

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********* ご家族からのお便り **********

前略

先生には、ますます心臓病で苦しんでおられる人達のため命を救う、尊い使命に頑張る日々をお過ごしの事と尊敬申しあげております。

先日は、奈良の病院へ勤務された先生からわざわざごていねいな便りを頂きまして、本当に恐縮致しております。ありがとうございました。早速に御礼状をと思いながら、今頃になってしまいましたことを、お詫び致します。

名古屋ハートセンター退院後、長野**病院に診察に行き、退院後はリハビリに通ったり、家から歩いて十五分位なので、二週間に一度の約束で診察に行くことになりました。

何とか認知症の方もあまり進むこともなくて、今のところ一安心致しております。

唯こちら信州は、朝夕の温度が低く、寒くなって、体温と血圧が低いので、これからの厳しい冬を迎えるので心配ですが・・・ 

十月一日に名古屋ハートセンターへ、術後に診察に行き、問題ないと言って頂きました。 米田先生にお目にかかって、御礼を一言申し上げたく楽しみにしておりましたが、退院の時もお会い出来なかったので、主人は大変残念がっておりました。
 

次回の診察日は、二月初め頃と言われましたが、本人は、元気な姿を先生に、御礼申し上げたいので、奈良まで行きたいと楽しみにしております。それをはげみに、元気で生きていたいと、リハビリも頑張っております。体重も二キロほど増え、食欲はあまりありませんが、あわてずに療養していくと申しております。私も頑張ります。

 
「先生にお逢い出来て良かった!!生きていてよかったなァ」そんな感謝の心で、今回が無駄にならないよう、この命を大切にして生活すると、私も主人も、心に決めております。

先日信州そばを持っていきましたが、逢えず残念、信濃で名づけた「信濃スイート」の、りんごの収穫が始まりましたので、一つだけ、近々送ります。ほんの御礼の心ばかりですので、受けて下さい。お願い致します。

ありがとうございました。乱筆にて失礼。

平成二十五年 十月 十三日 
**妻** 子供たち一同

 

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お便り86: 虚血性僧帽弁閉鎖不全症の再々手術で

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虚血性心筋症・虚血性僧帽弁閉鎖不全症は心筋梗塞のあと心臓が次第に壊れて強い心不全になる病気です。

一般には心臓の力が心移植レベル近くまで落ちて、全身の体力も衰弱状態となれば、心臓手術も拒否、あとはお薬でなるべくそっと持たせた後、お見送りをするだけということが多いです。

つぎの患者さんもそのお一人です。

ある日、沖縄から一通のメールが届きました。

その方のお義父さん(80歳近いご年齢)が危篤状態で何とか助けて下さいとのことでした。

患者さんは大動脈弁置換術を昔受 A335_009け、その後何年も経ってからこんどは冠動脈バイパス手術を受けられました。さらにペースメーカーの植え込み術まで必要あって受けられ、心不全がいよいよ悪化して近くの病院に入院されました。

心臓のちからはひどく落ちていました。

もうあまり生きられない、しかし手術は危険、そもそも沖縄本島でもこの手術ができるところはない、かといって飛行機で本土まで行くことさえ危険すぎるという状況で、本土でも受け入れてくれる病院はわからないというなかで、思い余って私にメールを送ってこられたのでした。

これまでも同様の患者さん・ご家族と向き合ってきた経験から、現地の状況はよく理解できました。

沖縄の主治医の先生が送って下さったデータを拝見し、虚血性心筋症・虚血性僧帽弁閉鎖不全症が悪化しており、しかもせっかくのペースメーカーもそのリード線が三尖弁を圧迫して高度の三尖弁閉鎖不全症を合併していました。すでに2度の心臓手術を受けておられ心臓は周囲の組織に癒着しており、かつ上行大動脈も拡張ぎみで、うかつに触れない状態でした。

このままでは死を待つだけの状態、しかしこの虚血性僧帽弁閉鎖不全症もペースメーカー三尖弁閉鎖不全症も再手術も私たちがちからを入れて来た病気で、手術そのものはできると考えました。

そこで当院の心臓外科医を沖縄まで派遣し、患者さんに随伴する形で守りながら名古屋までお越し頂きました。

治療戦略をチーム全員でとことん検討しました。冠動脈に新たな狭窄ができていたため、これをまず内科の先生がカテーテル治療(PCI)で応急治療してくれました。いわゆるハイブリッド治療ですね。

そして手術ではできるだけ体に負担をかけぬよう、ミックス手術を応用して右胸をやや小さ目に開け、これまでで最も有効と考えられる乳頭筋最適化術(PHO手術)を行い僧帽弁形成術としました。

さらに右房も開け、私たちの方法で三尖弁形成術を無事に完成しました。

手術前は強心剤の点滴なしでは血圧が十分には出せないほど重症でしたが、術後は次第にお元気になられ、毎日心臓リハビリで運動をこなし、栄養をつけ、心臓と全身の体力をつけて頂きました。

もとの状態よりはるかにお元気に退院され皆、うれしく思いました。

以下はその患者さんのご家族からのお礼のメールです。

こうした重症になりますと、いつもうまく行くとは限りません。しかし多くの方々が元気に生還し長生きしておられるのも事実です。やはりネバーギブアップで、まず相談と思います。

お互い、一緒に考えてそんすることは何もないと思います。

 

********患者さんのご家族からのお便り********

 

米田先生へ

おかげさまで義父は孫と話したり、少し外を歩いたりと、元気に過ごしております。

もちろん以前のように苦しがって不安で夜中に病院に行くようなこともなく、家族みな安心しております。

これも米田先生はじめ、チームの先生方のおかげです。

わたくしが3か月前、一番初めに先生にメールでご相談したとき、先生はお忙しい身でありながら、しかも紹介でもない見ず知らずの私に、3時間後にすぐさまお返事くださいましたね。

あの時は涙が止まりませんでした。


そしてこちらの病院では、高齢で余病が多く三度目の手術になることと心臓の弱り方からして、空路で転院させるのも危険だと言われた状況下、名古屋からわざわざチームの先生が迎えに来ていただいたこと、無事に手術を成功させていただいたこと、元気に帰していただいたこと、本当に本当に感謝しております。

またこれまで長年にわたって義父を守り、米田先生のところまでいのちをつないで下さった地元の病院の先生や関係の皆さんにも感謝の気持ちで一杯です。

本来なら、そちらに出向きお礼を申し上げたいところですが、取り急ぎメールにて失礼いたします。

また近況報告させていただきます。

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③虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術―先人から学ぶ【2023年最新版】

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最終更新日 2023年1月8日
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まず虚血性僧帽弁閉鎖不全症あるいは機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術の開発歴史を簡単に列挙します。海外のジャーナルに掲載された論文をリストアップします。(一般の方には読みづらく申し訳ありません。リストは著者、論文の題名、そしてジャーナルの発行年とページなどが続きます)
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1998年

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Bolling SF, Pagani FD, Deeb GM, Bach DS.
Intermediate-term outcome of mitral reconstruction in cardiomyopathy.
J Thorac Cardiovasc Surg. 1998 Feb;115(2):381-6; discussion 387-8.
リングを用いた積極的な弁輪形成が虚血性MRを治し患者さんを助けると、当時話題になりました。
その後この方法はかなりの患者さんで効かないことが示され、現在は軽症の虚血性MRに使われるだけになりました。
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2002年

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Kron IL, Green GR, Cope JT.
Surgical relocation of the posterior papillary muscle in chronic ischemic mitral regurgitation.
Ann Thorac Surg. 2002 Aug;74(2):600-1.
初めて乳頭筋を吊り上げる術式が虚血性MRに用いられました。この方法は先駆的でしたが後方に吊り上げるため効果が不十分でその後使われることが減りました。
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2003 年

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Hvass U, Tapia M, Baron F, Pouzet B, Shafy A.
Papillary muscle sling: a new functional approach to mitral repair in patients with ischemic left ventricular dysfunction and functional mitral regurgitation.
Ann Thorac Surg. 2003 Mar;75(3):809-11.
前後乳頭筋を糸で束ねる方法で、その後の乳頭筋接合術の魁となりました。
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2005 年

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Matsui Y, Suto Y, Shimura S, Fukada Y, Naito Y, Yasuda K, Sasaki S.
Impact of papillary muscles approximation on the adequacy of mitral coaptation in functional mitral regurgitation due to dilated cardiomyopathy. Ann Thorac Cardiovasc Surg. 2005 Jun;11(3):164-71.
上記のHvassの発展型とも言える乳頭筋接合術を北海道大学の松居喜郎先生らが発表されました。この術式は簡便でわかりやすいという特長がありますが、後尖のテザリングには効かないという弱点を併せ持ちます。真摯なディスカッションの後、後年、この乳頭筋接合術に私たちの前方吊り上げを併用し、後尖のテザリング軽減まで術式を磨き上げられたのはさすがです。
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2007年

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Fukuoka M, Nonaka M, Masuyama S, Shimamoto T, Tambara K, Yoshida H, Ikeda T, Komeda M.  Chordal “translocation” for functional mitral regurgitation with severe valve tenting: an effort to preserve left ventricular structure and function.  J Thorac Cardiovasc Surg. 2007 Apr;133(4):1004-11. Epub 2007 Feb 26.
米田グループ(当時は京都大学)からKron法を改良し、より自然に近い前方吊り上げで弁逆流を治すだけでなく心機能も改善することを実験研究で科学的に示しました。乳頭筋の前方吊り上げとしては世界初で心臓外科トップジャーナルJTCVSに掲載されました。当時は二次腱索切断を伴っていましたが、その後それは省略可能と判明し、前方吊り上げだけに簡略化して行きました。この前方吊り上げは多くの腕利きエキスパートの先生方に採用され、光栄に思っています
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2008年

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Arai H, Itoh F, Someya T, Oi K, Tamura K, Tanaka H.
New surgical procedure for ischemic/functional mitral regurgitation: mitral complex remodeling.
Ann Thorac Surg. 2008 May;85(5):1820-2. doi: 10.1016/j.athoracsur.2007.11.073.
東京医科歯科大学の荒井裕国先生が乳頭筋の後方吊り上げと二次腱索切断の術式を発表されました。後年、荒井先生自らが後方吊り上げは良くないことを示され、この術式は次第に使われなくなりました。しかし進化の貴重なステップになったと思います。
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Masuyama S, Marui A, Shimamoto T, Nonaka M, Tsukiji M, Watanabe N, Ikeda T, Yoshida K, Komeda M. Chordal translocation for ischemic mitral regurgitation may ameliorate tethering of the posterior and anterior mitral leaflets. J Thorac Cardiovasc Surg. 2008 Oct;136(4):868-75.
2007年に米田グループから発表した乳頭筋前方吊り上げの第二報です。前方に吊り上げることで前尖だけでなく後尖のテザリングも改善することが実験で科学的に示されました。後尖テザリングが問題になっていたこともあって、幸いこれも高い評価をいただき、JTCVSの表紙を飾ることができました。
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2009年

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Masuyama S, Marui A, Shimamoto T, Komeda M. Chordal translocation: secondary chordal cutting in conjunction with artificial chordae for preserving valvular-ventricular interaction in the treatment of functional mitral regurgitation.
J Heart Valve Dis. 2009 Mar;18(2):142-6.
2007年に米田グループから発表した乳頭筋前方吊り上げの第三報です。実際の患者さんのデータで役立つ術式として発表されました。
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2012年

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Fattouch K, Lancellotti P, Castrovinci S, Murana G, Sampognaro R, Corrado E, Caruso M, Speziale G, Novo S, Ruvolo G.
Papillary muscle relocation in conjunction with valve annuloplasty improve repair results in severe ischemic mitral regurgitation.
J Thorac Cardiovasc Surg. 2012;143:1352-5.
イタリア・シシリーの畏友ファトゥーチ先生が交連部への吊り上げ法を報告されました。手術のやり易さと効果の丁度良い妥協点を見つけられたと思います。交連部吊り上げの弱点は乳頭筋を中央へ寄せたいのに、逆方向に移動することと、自然界に前例のない、非生理的方法であることと考えています。
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Komeda M, Koyama Y, Fukaya S, Kitamura H. Papillary heads “optimization” in repairing functional mitral regurgitation. J Thorac Cardiovasc Surg. 2012;144:1262-4.

乳頭筋を単に前方吊り上げするだけでなく、後尖ヘッドを前尖ヘッドに連結することで、後尖のテザリングをさらに確実に改善できるように工夫しました。米田グループ(当時は名古屋ハートセンター)乳頭筋前方吊り上げの第四報で、トップジャーナルに掲載され、術式として一応の完成を見ました。

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2014年

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Fattouch K, Castrovinci S, Murana G, Dioguardi P, Guccione F, Nasso G, Speziale G.
Papillary muscle relocation and mitral annuloplasty in ischemic mitral valve regurgitation: midterm results.
J Thorac Cardiovasc Surg. 2014;148(5):1947-50. Epub 2014 Feb 20.
交連部への吊り上げで10年間フォローアップし、長期の成績が良いことを示されました。交連部吊り上げでもこれほど良くなるなら、前方吊り上げならもっと、、、と期待をくれた論文です。
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Wakasa S, Kubota S, Shingu Y, Ooka T, Tachibana T, Matsui Y.
The extent of papillary muscle approximation affects mortality and durability of mitral valve repair for ischemic mitral regurgitation.
J Cardiothorac Surg. 2014;9:98.
北海道大学の松居喜郎先生らは乳頭筋接合術を研究し、極めて行かれました。その報告です。後日、この接合術に私たちの前方吊り上げを併用し、さらに効果を上げるという方法も発表しておられます。
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Watanabe T, Arai H, Nagaoka E, Oi K, Hachimaru T, Kuroki H, Fujiwara T, Mizuno T.
Influence of procedural differences on mitral valve configuration after surgical repair for functional mitral regurgitation: in which direction should the papillary muscle be relocated?
J Cardiothorac Surg. 2014;9:185.
マイナージャーナルではありますが、乳頭筋の前方吊り上げの方が後方吊り上げよりも後尖テザリング改善効果があることを示された興味深い論文です。2007年に私たちが発表した前方吊り上げの有効性を証明していただき、東京医科歯科大学の荒井裕国先生たちに感謝しています。
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2017年

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Komeda M.  Quick but effective surgery for functional mitral regurgitation secondary to aortic valve disease.  J Thorac Cardiovasc Surg 2017;153:275-277
乳頭筋前方吊り上げの米田グループ第五報でJTCVSに掲載されました。大動脈弁膜症に伴う機能性MRに対して、左房を開けることなく、機能性MRを治せる方法を優れた長期成績とともに示しました。
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2018年

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Komeda M, Uchiyama H, Fujiwara S, Ujiie T. “Frozen Apex” Repair of a Dilated Cardiomyopathy. Semin Thorac Cardiovasc Surg. 2018 Winter;30:406-411.

新しい低侵襲左室形成術の論文です。これと上記PHO(乳頭筋前方吊り上げ)の併用でこれまで弁形成できなかったような重症機能性僧帽弁閉鎖不全症にも弁形成ができるようになりました。JTCVSのSeminar誌の表紙を飾りました。

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***** 解説 *****

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◾️虚血性僧帽弁閉鎖不全症への僧帽弁形成術、苦難の歴史

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僧帽弁閉鎖不全症の中でも虚血性僧帽弁閉鎖不全症は最も形成が難しく予後が悪いといわれています。

20年前、米国ハーバード大学のCohn(コーン)教授らが、

この病気の場合は弁形成(患者さんご自身の弁を修復して活用します)でも弁置換(人工弁で取り替えます)でも成績に差がない、

つまりどちらも成績が悪いということを発表されたとき、専門家はこれではいけない、何とかしようと思Ilm17_ca05005-sったものです。

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それはこの病気の場合、心筋梗塞やカテーテル治療(PCI)の繰り返し等によって左心室が壊れて弱くなっているからです。

つまり普通の弁膜症より心臓のパワーが明らかに落ちており、患者さんの体力も低下しているからです。

またこの病気の場合に弁のどこがどう悪くなっているか、これまで解明されていなかったためもあります。

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◾️まず積極的弁輪形成術(MAP エム・エー・ピー)

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そのため当初は弁輪形成術とくに小さいリングを取り付けるBolling先生(シカゴ大学)の方法がつかわれました(上記)。

IMRMAP2 IMRMAP3 IMRMAP4

 

 

 

 

 

 

図は弁輪形成による逆流の制御を示します(我が恩師 Brian Buxton先生の教科書 Ischemic Heart Disease  Surgical Managementから引用)。

徐々に虚血側をよりしっかりと締めるようになっていきました。図はその方法です。

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◾️MAPの限界を打ち破る僧帽弁形成術へ

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しかしその後、弁が強く「テント化」(左心室側に牽引される)するケースではこれまでの弁輪形成術に代表される僧帽弁形成術の長期成績が悪い、弁逆流の再発が多いということが判明しました。

これは数年前にイタリアの畏友Calafiore先生(現在サウジアラビアでご活躍中)が発表され、それをもとにしてさらに弁形成の改良が世界のあちこちで行われました。

前後乳頭筋を太い糸で寄せる「スリング法」(上記)、そして乳頭筋同士をくっつける乳頭筋接合術、さらに乳頭筋を弁輪向けて吊り上げるKron先生らの「リロケーション法」(上記)などが発表され、目を見張る進歩がありました。

 

C0300081このように虚血性僧帽弁閉鎖不全症は難病として昔からよく知られ、これまでにいくつもの方法が欧米を中心に発表されて来ましたが、

私たちはこうした重症例でも必要に応じて左室形成手術を併用して左室そのものを治したり、

二次腱索を吊り上げることで再建する術式(腱索転位術、腱索トランスロケーション法 chordal translocation)(上記2007年の論文)を世界に先駆けて考案発表し、テント化を解決しつつ左室を守り、

ほとんどのケースで弁形成術に成功しています (事例5)。

それをさらに改良し、乳頭筋最適化手術(Optimization)として、よりしっかりと弁を治すだけでなく、左室をなるべくパワーアップするように心がけています(上記2012年の論文)。

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◾️治療、これからの流れ

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術は心臓外科領域で残された大きなフロンティアの一つであり、かつ循環器内科の先生方や開業医の先生方と力を合わせて克服すべき大きな領域です。

近い将来、患者さんのためにより大きな技術が確立されるでしょう。

近年、カテーテルによるMクリップが進歩をとげ、僧帽弁閉鎖不全症が強くて心機能がそう悪くないケースなどでは効果があることがCOAPT試験という大規模臨床試験にて示されました。今後はこうしたカテーテル治療が軽症例などで活躍するかも知れません。→→もっと見る

虚血性僧帽弁閉鎖不全症ではあまり大きな心筋梗塞のあとなどは心臓のパワー自体が少なすぎるため、補助循環(ある種の人工心臓)や心移植をはじめとした対策も今後さらに必要となるでしょう。

それと左心室の変形が強すぎて弁形成が安定しにくそうなときや、全身状態が悪く、とにかく手術を早く終えねばならないときなどには、あえて僧帽弁置換術を行うこともあります。これは安全のための緊急避難と位置付けています。

やはり僧帽弁形成術のほうが、自然で心臓のパワーアップが効きやすく、理想に近いため、私たちは内外のさまざまなデータを駆使し、知恵を集めてこの病気にたいする弁形成の完成に取り組んでいます。

 

さらに2014年から低侵襲、高効率の左室形成術である“Frozen Apex SVR”(心尖部凍結型左室形成術)を考案し、ごく短時間でできるため上記乳頭筋吊り上げと併用しても患者さんの体に負担になりにくく、成果が上がっています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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8) 虚血性僧帽弁閉鎖不全症は治療が難しい?―新手術開発の経緯 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月11日

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要約(患者さん向けのポイント)

  • 虚血性僧帽弁閉鎖不全症(虚血性MR)は「弁の病気に見えて、左室の形のゆがみが本質」の病気です。

  • 症例に合えば**僧帽弁形成術(修復)**で人工弁を使わずに改善できることが多く、**左室の再建(左室形成術)**と組み合わせると再発を減らせます。

  • 当院は**腱索転位(Translocation)PHO(Papillary Head Optimization:乳頭筋前方吊り上げ適正化術)**を含む外科的最適化を行い、機能改善と再入院の抑制をめざしています。

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1. 虚血性僧帽弁閉鎖不全症とは

 

  • 心筋梗塞や虚虚血性僧帽弁閉鎖不全症、略して虚血性MRは弁膜症の形をした左室疾患です。この本質を踏まえて手術・治療すれば修復できる場合が多く、人工弁はほぼ不要です。血で左室が拡大・変形し、僧帽弁の土台(乳頭筋・腱索)が後方へ引かれて弁が閉じきらず**逆流(MR)**が生じます。

  • 症状:息切れ、むくみ、動悸、運動耐容能の低下。重症化すると入退院を繰り返します。

  • 本質は左室リモデリングにあり、弁だけでなく左室をどう直すかが成否を分けます。

 

2. “難しい理由”と治療の考え方

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  • 冠動脈バイパス手術CABG)だけで回復する例もありますが、左室の形が戻らないケースではMRが持続しやすく再入院の原因になります。

  • 基本戦略(概略)

    1. CABGで血流回復 → 改善見込みが高ければ僧帽弁形成術追加

    2. 左室の拡大・瘤・強いテザリングがありCABG+弁形成だけでは不十分な時 → **左室形成術(SVR)**を併用

    3. 左室形成術が不利な条件では、**乳頭筋・腱索・弁尖を“前方へ適正化”**する発想で再建

      (参考:虚血性僧帽弁閉鎖不全症への弁形成術、開発の歴史

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3. 私たちの外科的工夫と開発の歩み

CTtranslocationCoverPage.

  • 腱索転位(Translocation)

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    • 乳頭筋‐腱索‐弁尖の幾何学を前方へ再配置し、弁が閉じやすい位置関係に再構築。

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  • PHO:Papillary Head Optimization(乳頭筋前方吊り上げ適正化術)

    私たちが開発したPHO手術は、その効果の高さからご活用くださる施設が増え始め、光栄なことです。医学研究のオリジナリティを守るため、私たちの原著を引用頂けると良いのですが、中には、、、.

    • 前尖のみならず後尖の“テント化”を抑制するよう前後の乳頭筋ヘッドを連結し、前方に最適化

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  • 弁逆流の是正+左室ポンプ機能の回復をめざす点が特徴です。

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  • これらは国内外学会(AATS/EACTS など)で報告・論文化され、症例適合性が高いと再発を抑制し得ることを示しました。

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4. カテーテル治療(MitraClip等)との位置付け

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  • 経皮的エッジトゥエッジ修復(いわゆるMクリップ)は低侵襲で、全身状態が不良な方の橋渡し対症的軽快に有用です。

  • ただし左室のジオメトリーそのものは変えにくいため、左室リモデリングが本体の虚血性MRでは、外科的最適化(弁+乳頭筋+必要ならSVR)根本改善に寄与する場合があります。

  • どちらが“上”ではなく、病態・リスク・患者さんの希望最適を選ぶのが現代標準です。

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5. よくある質問(Q&A)

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Q. 人工弁を入れずに治せますか?
A. 多くの症例で弁形成(修復)が可能です。左室の条件が悪い場合はPHOや腱索転位左室形成術を組み合わせ再発を抑えます。

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Q. 再発は多いのですか?
A. 左室テザリングが強い症例で弁輪縫縮のみだと再発しやすい傾向があります。乳頭筋・腱索の前方最適化SVRの併用で改善が期待できます。

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Q. 高齢でも手術できますか?
A. 全身状態や虚血・腎機能などを評価し、低侵襲アプローチや段階的治療を含めて検討します。個別にご相談ください。

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6. 成績と限界、今後の展望

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  • 当院では、CABG+僧帽弁形成を基本に、PHOや**左室形成術(SVR)**を適切に組み合わせ、息切れの改善・再入院予防・社会復帰を目標に治療しています。

  • **Frozen-Apex SVR(心尖部凍結式左室形成術)**など新しいSVRの併用で、より低侵襲に左室形態を整える取り組みも進行中です。

  • ただし、重篤な全身衰弱や多臓器不全では適応が限られるため、体力が保てる時期の受診・相談が重要です。

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7. 受診の目安(早めの相談が大切)

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  • 運動時の息切れや浮腫が増えてきた

  • 退院と再入院を繰り返している

  • 「弁の逆流はあるが年齢的に手術は難しい」と言われた

    選択肢は1つではありません。弁形成、乳頭筋・腱索最適化、SVR、カテーテル治療を個別最適化します。まずはご相談ください。

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まとめ

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  • 虚血性MRは左室リモデリングが本質

  • 弁形成+乳頭筋・腱索の前方最適化(PHO)、必要時はSVRを組み合わせることで機能改善と再発抑制を図ります。

  • **患者さん一人ひとりに合わせた“総合的再建”**が鍵です。

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執筆:米田 正始
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事例:左室形成術が不要な虚血性僧帽弁閉鎖不全症

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患者さんは 65歳男性で、冠動脈三枝病変+左主幹部病変、左室駆出率30%台の虚血性心筋症虚血性僧帽弁閉鎖不全症のため手術となりました。なお術前、虚血性僧帽弁閉鎖不全症の悪化による肺水腫・心不全のため緊急入院とドパミン点滴を必要としました。

画面下が心臓です。表面がざらざらに見えるのは癒着を剥離した後だからです麻酔導入ののち血行動態が悪化したためIABP(左室を補助する風船がついた管で、大動脈の中で風船が膨らんだりしぼんだりして血液ポンプの作用をします)を挿入・開始し安定しました。

左室壁はバイパスによって回復すると考えられる状態のため左室形成術はやらず、バイパス手術と僧帽弁形成術をすることにしました。                .

写真左:左室側壁は心膜と癒着し、以前の心筋梗塞によるものと考えました。

バイパスグラフトの保護のため、まず僧帽弁形成術を体外循環・大動脈遮断下に行い、そののち体外循環・心拍動下にバイパス手術を行うことにしました。

口を開けた形になっているのが僧帽弁です                                                             .

体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

僧帽弁は弁輪拡張が認められましたが(写真左) 、弁に顕著な器質的変化はありませんでした。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症の所見で、かつテザリングtethering (弁が左室側へ引っ張られる現象、別名テント化)はそれほど強くないため、

小さめのリングで僧帽弁形成術MAPを行うことにしました。

リングで弁輪のサイズと形を適正化し、逆流が消えました

                                        .

リング24mmを縫着し、良好なかみ合わせを確認ののち左房を閉じました。

SVGの中枢吻合を上行大動脈に行ったのち、61分で大動脈遮断を解除しました。

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写真左はMAPの糸をかけた状態の僧帽弁、写真上右はリングを縫着したあとの僧帽弁です。サイズがかなり小さくなったことが判ります。

心臓の下側の冠動脈にバイパスを縫いつけているところです                                                            .

心拍動下に、まず心臓を頭側に脱転し、

大伏在静脈SVGを

右冠動脈4PL枝(プラークあり)に吻合しました(写真左)。

                                                             .

ドップラーにて良好なフローを確認しました。

左側が頭側です。

 

心臓の前側にある冠動脈に内胸動脈バイパスを縫いつけています ついで心臓を少し前へ起こし、

前もって脂肪と心筋内から掘り出した左前下降枝LADに右内胸動脈RITAを側側吻合しました。

さらにこのRITAを第一対角枝D1に端側吻合し sequential graftとしました。

RITAはLADだけにでもぎりぎりの長さでしたが、工夫してLADとD1の両者を灌流するようにしました(写真上)。

この患者さんのD1は大きく、重要度が高いものと考えました。
心臓の裏側にある冠動脈に内胸動脈バイパスを縫いつけています

最後に心臓を右側へ脱転し、左内胸動脈LITAを鈍縁枝OMに吻合し、冠動脈バイパス手術操作を完了しました(写真左)。

いずれのグラフトでも良好な拡張期フローパタンをドップラーにて確認しました。

体外循環を容易に離脱しました。術前からのIABP使用下に、カテコラミンなしで離脱できました。

経食エコーにて虚血性僧帽弁閉鎖不全症の消失と左室機能の改善を認めました。
術後経過はおおむね順調で、翌朝IABPから離脱し、抜管しました。その後はさすがに通常よりゆっくりとしたペースで、しかし確実に回復され、元気に退院されました。

MDCTにてバイパスグラフトはすべて開存が確認され、虚血性僧帽弁閉鎖不全症はほぼ消失し、左室機能は著明な改善を認めました。

こうした見極め、つまり心筋が回復するかどうか、左室形成術は不要かどうか、などのいわば「戦略」は大切です。適宜、MRIやエコー、術中所見などを総合して決定するようにしています。見極めることで、不要な手術操作を省略し、必要な操作に専念することができるのです。

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事例 腱索「転移」(トランスロケーション)術

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患者さんは46歳男性。

虚血性心筋症同・僧帽弁閉鎖不全症・慢性心房細動に対して腱索「転移」術・左室形成術 Dor手術、心房縮小メイズ手術などを施行。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症は弁そのものの疾患ではなく左室の疾患です。

左室が心筋梗塞のため変形し拡張した結果、僧帽弁が異常に引っ張られ、うまく閉じなくなった状態だからです。


このため単に弁を治すだけでは本質的な治療になりません。

可能な限り左室そのものを治すことが理想的です。

しかし左室を治し切れない状態のときに僧帽弁そのものを治す方法が必要です。

腱索「転移」法はそのために開発した方法で僧帽弁形成術のひとつです。

 

51_31.僧帽弁前尖が二次腱索に引かれて閉じなくなっています。

これをテザーリングtetheringまたはテンティングtentingと呼び、安定した弁形成術にはこれを解決することが大切です。

手術ではまず二次腱索を切断し、ついで二次腱索と同じ力のかかり方を人工腱索にて再建します。

つまり各乳頭筋の先端と僧帽弁輪前正中部をつなぎます。

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2.腱索転移により前尖は自由に動けるようになりテザーリングは解消(A)、

52_2しかも乳頭筋と弁輪の連続性は人工腱索によって保たれて心臓の力は守られています(B)

左室壁と僧帽輪が乳頭筋を介してつながっていることは左室のパワー効率を保つために重要です。

これはスタンフォード大学のCraig Miller先生やパリのCarpentier先生らが二次腱索の重要性を説いて来られた内容を考慮してのことです。

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しかもこの方法で乳頭筋が自然と同様に前方に引かれるため、最近問題になっている後尖のテザリングはかなり解消しています。

この方法が生理的と言われる所以です。私たちが開発した新術式を権威あるJTCVS誌が表紙に掲載して下さいました


さらに単に二次腱索を引くだけの方法よりも拡張期テザーリングが起こりにくく、引きすぎが予防できるため拡張機能も守られやすいと考えています

この方法は光栄なことにアメリカのトップジャーナルの表紙にも掲載して頂きました(写真右)

日本国内でも和歌山日赤医療センターの青田先生はじめ、いくつかの有力施設で活用いただき、光栄に思っています。

 

現在はこれをさらに改良した両弁尖形成術(Bileaflet Optimization法)によって、前尖のテント化はほぼ解決、後尖のテント化も効果的に取れるようになりました。

2011年のアメリカ胸部外科学会AATSの僧帽弁部門であるMitral Conclave 2011にて発表いたしました。

川崎医大循環器j内科の吉田清先生らとの共同研究です。多くのご質問やご意見をいただき、うれしく思っています。


テント化がきれいに取れれば、弁形成の効果は長持ちします。患者さんにとっての恩恵は大きいでしょう。

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