③虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術―先人から学ぶ

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まず虚血性僧帽弁閉鎖不全症あるいは機能性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術の開発歴史を簡単に列挙します。海外のジャーナルに掲載された論文をリストアップします。(一般の方には読みづらく申し訳ありません。リストは著者、論文の題名、そしてジャーナルの発行年とページなどが続きます)
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1998年

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Bolling SF, Pagani FD, Deeb GM, Bach DS.
Intermediate-term outcome of mitral reconstruction in cardiomyopathy.
J Thorac Cardiovasc Surg. 1998 Feb;115(2):381-6; discussion 387-8.
リングを用いた積極的な弁輪形成が虚血性MRを治し患者さんを助けると、当時話題になりました。
その後この方法はかなりの患者さんで効かないことが示され、現在は軽症の虚血性MRに使われるだけになりました。
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2002年

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Kron IL, Green GR, Cope JT.
Surgical relocation of the posterior papillary muscle in chronic ischemic mitral regurgitation.
Ann Thorac Surg. 2002 Aug;74(2):600-1.
初めて乳頭筋を吊り上げる術式が虚血性MRに用いられました。この方法は先駆的でしたが後方に吊り上げるため効果が不十分でその後使われることが減りました。
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2003 年

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Hvass U, Tapia M, Baron F, Pouzet B, Shafy A.
Papillary muscle sling: a new functional approach to mitral repair in patients with ischemic left ventricular dysfunction and functional mitral regurgitation.
Ann Thorac Surg. 2003 Mar;75(3):809-11.
前後乳頭筋を糸で束ねる方法で、その後の乳頭筋接合術の魁となりました。
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2005 年

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Matsui Y, Suto Y, Shimura S, Fukada Y, Naito Y, Yasuda K, Sasaki S.
Impact of papillary muscles approximation on the adequacy of mitral coaptation in functional mitral regurgitation due to dilated cardiomyopathy. Ann Thorac Cardiovasc Surg. 2005 Jun;11(3):164-71.
上記のHvassの発展型とも言える乳頭筋接合術を北海道大学の松居喜郎先生らが発表されました。この術式は簡便でわかりやすいという特長がありますが、後尖のテザリングには効かないという弱点を併せ持ちます。真摯なディスカッションの後、後年、この乳頭筋接合術に私たちの前方吊り上げを併用し、後尖のテザリング軽減まで術式を磨き上げられたのはさすがです。
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2007年

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Fukuoka M, Nonaka M, Masuyama S, Shimamoto T, Tambara K, Yoshida H, Ikeda T, Komeda M.  Chordal “translocation” for functional mitral regurgitation with severe valve tenting: an effort to preserve left ventricular structure and function.  J Thorac Cardiovasc Surg. 2007 Apr;133(4):1004-11. Epub 2007 Feb 26.
米田グループ(当時は京都大学)からKron法を改良し、より自然に近い前方吊り上げで弁逆流を治すだけでなく心機能も改善することを実験研究で科学的に示しました。乳頭筋の前方吊り上げとしては世界初で心臓外科トップジャーナルJTCVSに掲載されました。当時は二次腱索切断を伴っていましたが、その後それは省略可能と判明し、前方吊り上げだけに簡略化して行きました。この前方吊り上げは多くの腕利きエキスパートの先生方に採用され、光栄に思っています
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2008年

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Arai H, Itoh F, Someya T, Oi K, Tamura K, Tanaka H.
New surgical procedure for ischemic/functional mitral regurgitation: mitral complex remodeling.
Ann Thorac Surg. 2008 May;85(5):1820-2. doi: 10.1016/j.athoracsur.2007.11.073.
東京医科歯科大学の荒井裕国先生が乳頭筋の後方吊り上げと二次腱索切断の術式を発表されました。その後、荒井先生自らが後方吊り上げは良くないことを示され、この術式は次第に使われなくなりました。しかし進化の貴重なステップになったと思います。
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Masuyama S, Marui A, Shimamoto T, Nonaka M, Tsukiji M, Watanabe N, Ikeda T, Yoshida K, Komeda M. Chordal translocation for ischemic mitral regurgitation may ameliorate tethering of the posterior and anterior mitral leaflets. J Thorac Cardiovasc Surg. 2008 Oct;136(4):868-75.
2007年に米田グループから発表した乳頭筋前方吊り上げの第二報です。前方に吊り上げることで前尖だけでなく後尖のテザリングも改善することが実験で科学的に示されました。後尖テザリングが問題になっていたこともあって、幸いこれも高い評価をいただき、JTCVSの表紙を飾ることができました。
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2009年

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Masuyama S, Marui A, Shimamoto T, Komeda M. Chordal translocation: secondary chordal cutting in conjunction with artificial chordae for preserving valvular-ventricular interaction in the treatment of functional mitral regurgitation.
J Heart Valve Dis. 2009 Mar;18(2):142-6.
2007年に米田グループから発表した乳頭筋前方吊り上げの第三報です。実際の患者さんのデータで役立つ術式として発表されました。
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2012年

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Fattouch K, Lancellotti P, Castrovinci S, Murana G, Sampognaro R, Corrado E, Caruso M, Speziale G, Novo S, Ruvolo G.
Papillary muscle relocation in conjunction with valve annuloplasty improve repair results in severe ischemic mitral regurgitation.
J Thorac Cardiovasc Surg. 2012;143:1352-5.
イタリア・シシリーの畏友ファトゥーチ先生が交連部への吊り上げ法を報告されました。手術のやり易さと効果の丁度良い妥協点を見つけられたと思います。交連部吊り上げの弱点は乳頭筋を中央へ寄せたいのに、逆方向に移動することと、自然界に前例のない、非生理的方法であることと考えています。
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Komeda M, Koyama Y, Fukaya S, Kitamura H. Papillary heads “optimization” in repairing functional mitral regurgitation. J Thorac Cardiovasc Surg. 2012;144:1262-4.

乳頭筋を単に前方吊り上げするだけでなく、後尖ヘッドを前尖ヘッドに連結することで、後尖のテザリングをさらに確実に改善できるように工夫しました。米田グループ(当時は名古屋ハートセンター)乳頭筋前方吊り上げの第四報で、トップジャーナルに掲載され、術式として一応の完成を見ました。

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2014年

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Fattouch K, Castrovinci S, Murana G, Dioguardi P, Guccione F, Nasso G, Speziale G.
Papillary muscle relocation and mitral annuloplasty in ischemic mitral valve regurgitation: midterm results.
J Thorac Cardiovasc Surg. 2014;148(5):1947-50. Epub 2014 Feb 20.
交連部への吊り上げで10年間フォローアップし、長期の成績が良いことを示されました。交連部吊り上げでもこれほど良くなるなら、前方吊り上げならもっと、、、と期待をくれた論文です。
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Wakasa S, Kubota S, Shingu Y, Ooka T, Tachibana T, Matsui Y.
The extent of papillary muscle approximation affects mortality and durability of mitral valve repair for ischemic mitral regurgitation.
J Cardiothorac Surg. 2014;9:98.
北海道大学の松居喜郎先生らは乳頭筋接合術を研究し、極めて行かれました。その報告です。後日、この接合術に私たちの前方吊り上げを併用し、さらに効果を上げるという方法も発表しておられます。
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Watanabe T, Arai H, Nagaoka E, Oi K, Hachimaru T, Kuroki H, Fujiwara T, Mizuno T.
Influence of procedural differences on mitral valve configuration after surgical repair for functional mitral regurgitation: in which direction should the papillary muscle be relocated?
J Cardiothorac Surg. 2014;9:185.
マイナージャーナルではありますが、乳頭筋の前方吊り上げの方が後方吊り上げよりも後尖テザリング改善効果があることを示された興味深い論文です。2007年に私たちが発表した前方吊り上げの有効性を証明していただき、東京医科歯科大学の荒井裕国先生たちに感謝しています。
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2017年

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Komeda M.  Quick but effective surgery for functional mitral regurgitation secondary to aortic valve disease.  J Thorac Cardiovasc Surg 2017;153:275-277
乳頭筋前方吊り上げの米田グループ第五報でJTCVSに掲載されました。大動脈弁膜症に伴う機能性MRに対して、左房を開けることなく、機能性MRを治せる方法を優れた長期成績とともに示しました。
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2018年

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Komeda M, Uchiyama H, Fujiwara S, Ujiie T. “Frozen Apex” Repair of a Dilated Cardiomyopathy. Semin Thorac Cardiovasc Surg. 2018 Winter;30:406-411.

新しい低侵襲左室形成術の論文です。これと上記PHO(乳頭筋前方吊り上げ)の併用でこれまで弁形成できなかったような重症機能性僧帽弁閉鎖不全症にも弁形成ができるようになりました。JTCVSのSeminar誌の表紙を飾りました。

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***** 解説 *****

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◾️虚血性僧帽弁閉鎖不全症への僧帽弁形成術、苦難の歴史

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僧帽弁閉鎖不全症の中でも虚血性僧帽弁閉鎖不全症は最も形成が難しく予後が悪いといわれています。

20年前、米国ハーバード大学のCohn(コーン)教授らが、

この病気の場合は弁形成(患者さんご自身の弁を修復して活用します)でも弁置換(人工弁で取り替えます)でも成績に差がない、

つまりどちらも成績が悪いということを発表されたとき、専門家はこれではいけない、何とかしようと思Ilm17_ca05005-sったものです。

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それはこの病気の場合、心筋梗塞やカテーテル治療(PCI)の繰り返し等によって左心室が壊れて弱くなっているからです。

つまり普通の弁膜症より心臓のパワーが明らかに落ちており、患者さんの体力も低下しているからです。

またこの病気の場合に弁のどこがどう悪くなっているか、これまで解明されていなかったためもあります。

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◾️まず積極的弁輪形成術(MAP エム・エー・ピー)

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そのため当初は弁輪形成術とくに小さいリングを取り付けるBolling先生(シカゴ大学)の方法がつかわれました(上記)。

IMRMAP2 IMRMAP3 IMRMAP4

 

 

 

 

 

 

図は弁輪形成による逆流の制御を示します(我が恩師 Brian Buxton先生の教科書 Ischemic Heart Disease  Surgical Managementから引用)。

徐々に虚血側をよりしっかりと締めるようになっていきました。図はその方法です。

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◾️MAPの限界を打ち破る僧帽弁形成術へ

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しかしその後、弁が強く「テント化」(左心室側に牽引される)するケースではこれまでの弁輪形成術に代表される僧帽弁形成術の長期成績が悪い、弁逆流の再発が多いということが判明しました。

これは数年前にイタリアの畏友Calafiore先生(現在サウジアラビアでご活躍中)が発表され、それをもとにしてさらに弁形成の改良が世界のあちこちで行われました。

前後乳頭筋を太い糸で寄せる「スリング法」(上記)、そして乳頭筋同士をくっつける乳頭筋接合術、さらに乳頭筋を弁輪向けて吊り上げるKron先生らの「リロケーション法」(上記)などが発表され、目を見張る進歩がありました。

 

C0300081このように虚血性僧帽弁閉鎖不全症は難病として昔からよく知られ、これまでにいくつもの方法が欧米を中心に発表されて来ましたが、

私たちはこうした重症例でも必要に応じて左室形成手術を併用して左室そのものを治したり、

二次腱索を吊り上げることで再建する術式(腱索転位術、腱索トランスロケーション法 chordal translocation)(上記2007年の論文)を世界に先駆けて考案発表し、テント化を解決しつつ左室を守り、

ほとんどのケースで弁形成術に成功しています (事例5)。

それをさらに改良し、乳頭筋最適化手術(Optimization)として、よりしっかりと弁を治すだけでなく、左室をなるべくパワーアップするように心がけています(上記2012年の論文)。

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◾️僧帽弁形成術、これからの流れ

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虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術は心臓外科領域で残された大きなフロンティアの一つであり、かつ循環器内科の先生方や開業医の先生方と力を合わせて克服すべき大きな領域です。

近い将来、患者さんのためにより大きな技術が確立されるでしょう。

ただしあまり大きな心筋梗塞のあとなどは心臓のパワー自体が少なすぎるため、補助循環(ある種の人工心臓)や心移植をはじめとした対策も今後さらに必要となるでしょう。

それと左心室の変形が強すぎて弁形成が安定しにくそうなときや、全身状態が悪く、とにかく手術を早く終えねばならないときなどには、あえて僧帽弁置換術を行うこともあります。これは安全のための緊急避難と位置付けています。

やはり僧帽弁形成術のほうが、自然で心臓のパワーアップが効きやすく、理想に近いため、私たちは内外のさまざまなデータを駆使し、知恵を集めてこの病気にたいする弁形成の完成に取り組んでいます。

 

さらに2014年から低侵襲、高効率の左室形成術である“Frozen Apex SVR”(心尖部凍結型左室形成術)を考案し、ごく短時間でできるため上記乳頭筋吊り上げと併用しても患者さんの体に負担になりにくく、成果が上がっています。

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米田正始   医誠会病院スーパーバイザー 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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