日本冠動脈外科学会にて

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遅くなりましたがこの7月29日と30日に大阪のホテル阪神にて冠動脈外科学会がありましたのでその印象を記します。今年の会長は近畿大学心臓血管外科の佐賀俊彦先生でした。
申し訳ないのですがこの記事は一般の皆さまにはちょっと専門的すぎると思います。熱心な医師がこのような努力をしているということを見て頂ければ幸いです。

まず薬剤溶出性ステント(DES)の出現以来、カテーテルによる冠動脈治療(PCI)がますます増えて心臓血管外科もそれへの対応・対策が迫られているという現状を踏まえて、意欲的なセッションが多数みられました。外科手術には患者さんに真に役立つ利点がいくつもあることを確信してのことであったと拝察されます。

私は一日目には名古屋ハートセンターで緊急手術(急性大動脈解離)のため結局参加できませんでしたが、虚血性心筋症に対する左室形成術を再検証するシンポジウムが組まれ、活発な意見交換がなされたようです。

Stich Trial(スティッチ・トライアル)という多施設研究が欧米で行われ昨年発表されましたが、左室形成術に経験豊富な外科医の眼にはあまりのレベルの低さにあきれるような内容でした。しかもその結論が左室形成術にメリットが見られないというものでしたので、大きな議論となり、アメリカ胸部外科学会等でもそれへの対策が進められています。
要するに、私たちが普通あまりやらないような軽症の心筋症に対して行われた左室形成術を検討されたため、当然とはいえ、左室形成術のメリットが見えにくかったわけです。この「欠陥」とも言えるトライアルのリーダーを招待してのセッションとは、会長の佐賀先生の熱い外科医魂に感心いたしました。

そもそも左室形成術をやらねばならない重症例をランダマイズつまりくじ引きで左室形成術をやるかどうかに二分すること自体が難しく、非人道的なことさえあるため、こうしたヘンな結論を出してしまったという意見が多く、一部の軽率な動きのために多くの医師や患者さんが迷惑を被るのは不幸と思いました。

今後、日本の全国データの中から重症例での左室形成術の効果や貢献が調べられ、より実際の臨床現場の実情が明らかになればと思います。

昼前に行われた恒例の理事長講演(瀬在幸安先生)には緊急手術のため参加できませんでした。長年、我が国の冠動脈外科をけん引して来られた理事長の年次報告で、来し方行く末Buxton先生。ちょっと昔の写真ですが。メルボルン大学オースチン病院で心臓外科教授をしておられました。退官後の現在も私立病院で活躍しておられますを示されたのではないかと思います。

一日目午後にはアジア太平洋シンポジウムとして、冠動脈の血行再建の現況が論じられまし  た。司会は私の恩師であるBrian F. Buxton先生と国立循環器病研究センターの小林順二郎先生でした。

Di Giammarco先生。イタリアの山間部の古都キエティで活躍中です。昔遊びに行ったことがあり当時から名人でしたそれと平行してKey Note Lectureとして畏友 Gabriele Di Giammarco先生と T. Bruce Ferguson先生の術中グラフト評価のお話がありました。Di Giammarco先生には元弟子を修練させて頂いたり講演に何度か来て頂いたりお世話になったことが多く、懐かしく想いました。

 2日目の朝に急性心筋梗塞の合併症のセッションで、聖マリアンナ大学の幕内晴朗先生とともに司会をさせて戴きました。急性心筋梗塞後の左室破裂心室中隔穿孔VSPへの外科手術の検討が主で、着実な進歩が見られ、活発なディスカッションができうれしく思いました。これまではむなしく見送った患者さんを自分たちの手で救命できるという、無上の喜びを若い先生方と共有できれば最高です。

午後には日本冠動脈外科学会と日本冠疾患学会との合同シンポジウムがもたれ、画期的なことと感嘆いたしました。三井記念病院心臓血管外科の大野貴之先生と高本眞一先生らがEBMにもとづいて正しい冠血行再建の治療法選択を論じられました。DESバイパス手術を比較したSyntaxトライアルの2年フォローのデータ等からバイパス手術が患者さんの生命予後をDESよりも改善することがあり、このEBMを踏まえた治療選択が現在はきちんと行われていないことへの不満がうかがわれました。

帝京大学循環器内科の上妻謙先生は左主幹部・多枝病変に対する治療戦略を話されました。ひとつの方法にこだわらない、良識とバランス感覚のある先生のお話でした。しかしSyntaxトライアルの結果の解釈は内科の視点からのもので自然なことですが、外科の視点も考慮頂ければと思いました。バイパス手術の方が脳血管障害が多いというのはよく言われることですが、真実は手術時の差はなく、術後数か月間に多量のくすり(抗血小板剤)を使うDESよりも脳梗塞がやや多いのは当然です。バイパス手術が劣るというわけではないのです。それを受けて、私たちは術後のくすりを調整し経過を見ています。

福島県立医大心臓血管外科の横山斉先生はquality controlが効いた場合のOPCABのメリットを示されました。また話題のROOBYトライアル(あの超一流誌、New England Journal of Medicineに掲載)に言及し、不慣れなレジデント(修練医)が難しいオフポンプバイパスを執刀している以上、オフポンプバイパスの成績をうんぬんするのは問題であると指摘されました。納得行く論議でした。

天理よろづ相談所病院の中川義久先生は上記の諸先生方に勝るとも劣らぬバランス感覚の良い先生で、冠動脈だけでなく患者さんそのひとを最もハッピーにするという視点で治療や教育を進めてこられた先生です。今回の講演でもその全人医療としての視点が光っていました。たとえば回旋枝起始部の冠動脈は血管のねじれ運動が強く、ステントには本質的に向かない。とくに動脈硬化のリスクが高い患者さんでこうしたところにガイドワイヤーが通るというだけの理由で何でもステントというのは、単に主幹部病変というだけで何でもバイパス手術というのと同じで、病態の本質をしっかりみるべきと主張されました。j-CypherトライアルでもSyntaxと同様、非保護左主幹部病変プラス3枝疾患の患者さんではバイパス手術が安全との根拠を示されました。多くの外科医はその患者全身を考える姿勢に感銘を受けたことと思われます。

2日目の午後後半は虚血性僧帽弁閉鎖不全症(虚血性MR)一色でした。産業医大循環器内科の尾辻豊先生が虚血性MRの機序と問題点を基調講演された。この中で乳頭筋不全は虚血性MRを悪くするという長年の考えを覆した私たちの研究を引用して下さったのは光栄なことでした。お互いの業績を認め引用する見識を皆がもつことで、日本の医学はさらに発展すると思いました。

それに続くシンポジウムでは大阪大学心臓血管外科の吉川泰司先生・坂口太一先生・澤芳樹先生らが乳頭筋接合術と弁輪形成術の治療成績を発表されました。
和歌山日赤病院心臓血管外科の青田正樹先生は私たちが京都大学で開発した腱索転位chordal translocation を応用した方法で優れた結果を発表されました。皆で創り上げた方法を引用して戴き、光栄に思いました。

東京医科歯科大学の長岡英気先生・荒井裕国先生らは腱索をさまざまな方向にけん引して、最適の方法を探る研究を発表されました。京都府立医科大学の夜久均先生らもいくつかの方向に腱索乳頭筋をけん引し、前方にひく私たちの方法の良さを示されました。こうした優れた仲間たちに私たちの仕事が応用されているのは大変光栄なことでした。
東京大学心臓血管外科の小野稔先生らは乳頭筋をやや古典的な後方つりあげする方法での結果を報告されました。

私たちもこれまで発表してきた腱索前方つりあげをさらに改良した方法を近々発表予定で、また皆で賑やかに勉強できればと思いました。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症は外科医が社会に対して貢献できる領域のひとつです。ますますの発展を期待したく思います。

今年の冠動脈外科学会も楽しく勉強になる集まりでした。会長の佐賀俊彦先生と近畿大学はじめ関係の皆さま、ありがとうございました。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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