この学会はむかしから親しみのある学会です。節目にあたる20回総会に行って参りました。
今回は京都府立医科大学の夜久均教授が会長で12年ぶりの京都での開催となりました。
夜久先生は12年前のことを昨日のように覚えていて感慨深いのものがあると仰っていましたが、私も当時府立医大の先生方と楽しく内容のある交流の場を増やすよう先代の故・北村信夫先生と一緒に努力していたため、鮮やかに覚えていました。
それもあって印象に残る学会になりました。
まず学会前日の理事会にてこの学会の立役者である瀬在幸安理事長が引退表明をされ、時代の流れを感じさせる、物悲しい始まりとなりました。日本の冠動脈外科の黎明期から頂上期までを牽引してこられただけに特別な存在であったからです。
意外に知られていないことですが、瀬在先生は学会長を市中病院の実力派からも選出するという、日本の学会では稀有なことを何度も行われ、その先進性をも教えて戴いたように思います。
さて学会は初日から内容のあるディスカッションが続き、充実していました。
左室形成術の世界のリーダーとも言えるMenicante先生(写真中、左は堀井先生です)、台湾のMICSの天才Kuan-Ming Chu先生、MICS CABGのトップとも言えるBob Kiaii先生、CABGエコーのリーダー畏友 Rune Haarberstad先生、つい最近アジア心臓血管胸部外科学会を開催された香港の Song Wanなどの先生が講演され、私はその全部は聴けませんでしたが皆さん大変勉強になったと思います。個人的にはかつてお世話になった先生揃いで内緒の論議も含めて楽しい二日間でした。
なかでもKiaii先生はダビンチというロボットをもちいてバイパス手術を長年にわたり積み重ねて来られました。久しぶりにゆっくり語ることができ参考になりました。日本ではロボットは患者さんに多額の負担を強いるため、ロボットを使わずにMICSバイパス手術をやっていることをお話したら少し複雑な表情でした。
日本は世界に遅れをとっている一方、国民皆保険で誰もが他国よりも安価な医療を受けられる、この兼ね合いが難しいことをお話しました。しかしカナダでは医療は全額国家負担のはずですので(少なくとも私がいたころはそうでした)工夫の余地があるかも知れないと思いました。
まずオフポンプバイパス手術いわゆるOPCABを検証するシンポジウムがありました。オンポンプバイパスと比較しての研究はこれまで多数なされ、なかなからちがあきません。おそらく重症例でしか差が出ないからでしょうが、重症例を無作為割り付けすることは倫理的にできないのです。と言ってしまうと重症例ではOPCABが有利ということになり、多くの心臓外科医は賛同すると思います。そこにこの研究の難しさがあるのです。
日本のデータベースでの研究から、手術の予想リスクが高い患者さんではOPCABでは実死亡率は増えないがオンポンプでは増えるというデータが示されていました。なるほどと思いました。これをどのようにして世界に納得していただくか、ですね。
昼前に瀬在幸安理事長の恒例の、しかし最後の理事長講演がありました。20年にわたりこうした地道なデータ集積と解析、発表を続けてこられたことに皆強い敬意を抱かれたことと思います。同先生には来年からも参加して教えてくださいとお願いしてしまいました。
会長要望演題として心室中隔穿孔VSPのセッションが複数あり、私自身の発表もあっため参加しました。25年以上前にトロントから発表した心筋梗塞除外術いわゆるDavid-Komeda法と呼んで頂いている方法ですが、成績向上のために皆さん改良を重ねて来られた成果を拝見しました。
流れは複数パッチを使うなどして結局大き目のパッチで縫合部を守りながらというところにあるようですが、なるべく早期に手術というこれまでの大方の方針が術前管理の進歩に支えられて数日間待つという施設もあり、やはり弱い心筋をもっとうまく扱えるよう術式の改善が必要とあらためて思いました。
右室から2枚のパッチでサンドイッチ式に閉鎖する方法は以前より減った感がありますが、私は適材適所で左室の状態を見てうまく活用すれば良いと思っています。実際、北里大学では前壁VSPに径左室のExclusion法、手術がやや複雑になる後壁VSPには径右室の2枚パッチという形で使い分けをしておられ、参考になったと思います。
私はこれまで発表して来たExclusion法の完成型(になるかも知れない方法)を供覧しました。縫合線に余分な張力がかからず、超急性期でも心筋が裂けない、運針そのものも2次元的で簡略な方法で、これなら若い先生らにも比較的短時間でマスターしていただけるのではないかと期待しています。もう1-2例経験したところではやくまとめて出したく思っています。
虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する手術方針というワークショップがあり、東京医科歯科大学の荒井裕国先生と私、米田正始で座長をやらせて頂きました。
まず私が乳頭筋最適化による僧帽弁形成術、PHO法と呼んでいる手術の中期遠隔期の成績を発表しました。もっとも生理的、そして慣れれば簡便な術式として使って下さる先生が増えて感謝しています。弁を治すだけでなく、左室をできるだけ回復改善させる効果があり、カテーテルによるMクリップ時代にもお役に立ち続けることができるようにしたいものです。
北海道大学の新宮先生はLVSWIが20以上あるケースでは予後が良いことを示されました。こうした生理学的研究は極めて重要かつ有用と思いますが、現代の研究予算は分子生物学・遺伝子医学や再生医学関連でないとなかなか獲得できないため努力が必要です。工夫してぜひ研究を完成させて頂きたく思いました。
東京医科歯科大学の水野先生は乳頭筋吊り上げによってMRの再発が減り生存率も上がる傾向を示されました。MVRでは逆流はゼロになるのですが必ずしも成績が良くない、その点をこれからさらにDiscussionしたく思いました。
京都大学の西尾先生と国立循環器病研究センターの島原先生はそれぞれの視点から僧帽弁形成術と左室形成術を併用するメリットを論じられました。今後こうしたデータを早く全国規模で集積し、左室形成術がより多くの患者さんを救えるようにしたいとあらためて思いました。
Menicante先生は虚血性僧帽弁閉鎖不全症が心室の病気であるという観点から、左室形成術に重点を置いてお話をされました。左室形成については大変貴重な情報を頂けたと思いますが、僧帽弁形成術については我々ほどやっておられないため少し議論はかみ合いませんでした。日本はまだまだ心移植が少ないため僧帽弁形成術などの非移植医療ではすでに世界の最先端を行っているのではという印象を持ちました。
しかし全体として情報と示唆に富む、良いセッションだったと思います。荒井先生と共に納得いたしました。
引き続いて左室形成術の適応と術式という、虚血性僧帽弁閉鎖不全症と関連した重要テーマのワークショップがありました。北海道大学の松居喜郎先生と香川大学の堀井泰浩先生の座長で進められました。
東海大学の長先生は長年努力して来られたDor手術の101例での成績を検討されました。重症例を多数含むなかで10年生存率71%は立派でした。左室縮小の度合いは43%でおそらくこのあたりが最適かと感じました。もちろん対象によりますが。術前の僧帽弁閉鎖不全症の存在が長期生存に影響しなかったというのは左室形成術の威力ではないでしょうか。
京都府立医大の大平先生はELITE法という内側から直線閉鎖する左室形成術を検討されました。側壁などの形成には優れた方法と思います。
私は一方向性Dor手術と仮称するオリジナルな手術を発表しました。Dor手術の簡便さとSAVE手術のジオメトリー特性をもつ方法で、重症例ほどメリットが大きくなるものと思います。ただ世間一般とくに内科では左室形成そのものが冷え切っているため、まだまだ啓蒙活動が必要です。
Menicante先生は例のSTICHトライアルのあと症例数は少し減ったがいまは回復していることを示されました。左室形成術は長期生存率を高めるメリットがあること、左室拡張が著明なときには左室の形を整えることが大切と話されました。さすがは1000数百例を執刀した大御所と思いました。
虚血性心筋症のセッションでも興味深い発表が続きました。
済生会宇都宮病院の古泉先生は低左室機能症例に対するオンポンプ心拍動CABGはあまり良くないことを示されました。
私はこれは是非ご参考にと、スタンフォードで研究した内容をお話しました。つまり左室をUnloadしすぎると心内膜下虚血となり運が悪いと心機能を悪化させるのです。世間一般には左室はUnloadすればするほど良いという考えが多いですが、そうとは限らないことを動物実験で証明しジャーナルから発表したことをお話しました。
宮崎市郡医師会病院の古川貢之先生は術前左室拡張不全のLVR治療成績に与える影響について発表されました。そこで心尖部のConisity Indexが大きいと拡張機能不全が強くなり治療成績が悪化することを示されました。さすが強力なエコーチームと外科医との研究と感心しました。これまで感覚的に知っていたつもりのことを、客観的に数字で示していただき立派と感心しました。丸いSphericalな左室は拡張機能が悪い、ということで外科的に左室形成でうまく治せば、収縮機能のみならず拡張機能もある程度改善できればすごいと思いました。
私の施設からは小澤先生の代理として私が発表しました。ある大学病院で心移植適応と判定された患者さんが、左室形成を求めて私の病院へ来られ、一方向性Dor手術で見事に元気になられたことを報告しました。このようなケースがあることを内科の先生方にもっと知って頂き、ハートチームで心不全を治せればと思います。
2日目のお昼には夜久先生の会長講演を拝聴しました。OPCAB、虚血性心筋症に対する左室形成術、虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する乳頭筋吊り上げ術、若手に対するチャレンジャーズライブなど、同じ時代に一緒に苦労し楽しんだという想いで敬意をもって拝聴しました。患者さんを多数救えば一流、新しい術式を 開発して歴史に名を残せば超一流というお話は、若手にモチベーションを与えてくれたものと思います。
2日目午後のMICS CABGのワークショップでは最近の進歩が発表されました。
大和成和病院の菊池先生は両側内胸動脈をもちいたMICS OPCABを示されました。すでに50例の経験を積まれ、ロボットを使わなくても質の高いMICS OPCABができることが示されたのは素晴らしいと思います。
町田市民病院の宮城先生も同様に両側ITAをもちいたMICS OPCABを発表されました。
今回のもうひとつの目玉企画として Korea-Japan Coronary Artery Surgery Summitがありましたが、韓国でMERSがまだ終息せず先生方の出国許可が下りないということで中止になりました。代えて日本側代表での座談会になりました。私は他用でこれは参加できませんでしたが、こうした企画を立てただけでも意義があったものと思います。
その他OPCABコンテストでも、朴社長の熱いご支援のもと、内容ある練習とコンテストがされたようで、日本の心臓外科発展への良いインパクトが期待されます。
盛りだくさんの内容で皆さん十分に楽しめた第20回学術集会になったと思います。夜久先生、教室の皆様、お疲れ様でした。
平成27年7月30日
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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