日本冠疾患学会2010に参加して

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この12月10日と11日に東京にて第24回日本冠疾患学会が開催されました。そこへ参加しての印象記をお書きします。いつもながら学会印象記は専門的になりがちですが、一般の方々にはその熱気や空気を読み取って頂ければ幸いです。

この会は狭心症や心筋こうそくなどの冠動脈疾患(冠疾患)の治療を内科と外科の垣根を越えて、幅広い視野で英知を集めて行おうという趣旨でできた学会です。それを象徴するように会長も内科系と外科系の合わせて二人が就任するというユニークな会です。今回は東邦大学医療センター大森病院循環器内科教授の山崎純一先生と同心臓血管外科教授の小山信彌先生のお二人の会長のもとで開かれました。

Ilm09_dd01002-s 前日の理事会・評議委員会では同じ冠疾患を扱う他学会との連携協力にも力を入れようということになり、とりあえず冠動脈外科学会との共同企画などを進める方向で大変良いことと思いました。

学会は初日の朝一番から、この学会らしく内科外科の合同シンポジウムがあり低侵襲冠動脈治療の最前線、PCI(カテーテルによる冠動脈治療)CABG(外科のバイパス手術)ということで熱い議論が交わされました。

内科外科とも侵襲(患者さんの体への負担)を下げる努力がなされており着実な進歩と思いました。青森県立中央病院循環器科の吉町先生はより細いカテーテルを用いてのPCIを、豊橋ハートセンターの木村先生はCABGとの比較検討をされました。外科は大変な重症つまり冠動脈が病変だらけとか、透析などのため全身が病気だらけの患者さんを治療している割にはPCIに匹敵する低い死亡率で立派と思いました。

内科からはそれ以外に透析患者に対するとう骨動脈からアプローチするインターベンション(東邦大学循環器科)や左主幹部病変への緊急PCI(高橋病院心臓血管センター)の工夫などが発表され、より安全性の高い、より苦痛の少ない方向への努力が見られました。

外科からは遠隔期成績を見据えたOPCAB(滋賀医科大学心臓血管外科の浅井徹教授ら)と早期社会復帰を目指した冠動脈バイパス(大阪府済生会野江病院心臓血管外科)の発表がされ、基本的には体外循環をもちいないオフポンプバイパスでの工夫の積み重ねですが、より完成度の高いものが感じられる内容でした。野江病院の氏家先生はスロベニアの畏友Borut Gersak先生のもとで良い修練を積まれましたが、そのスロベニア式のしっかりした胸骨固定法が術後社会復帰に好影響を与えるというのはコロンブスの卵と感心しました。

ここでもヨーロッパのSyntaxトライアルという内科PCIと外科バイパス手術の結果が議論されました。この立派な臨床トライアルで外科の優位性(つまり患者さんが長生きしやすい)が示された状況がたくさんあるのに、内科がその結果を踏まえないことへの不満が感じられました。ただそれは侵襲が低いというPCIの特長ゆえのことであるのは間違いないため、外科はさらにこの点で改良を加えねばならないと思いました。

招請講演の一つにエモリーEmory大学心臓血管外科のVinod Thourani先生のオフポンプバイパス現況があり、立派な成績でこんごの展開に楽しみが持てる内容でした。Vinodはきさくな人でその後の雑談にも花が咲き、虚血性MRへの私の新しい手術にも支援をしてくれるとのことで頼もしく感じました。同じ目標を持つ仲間との国際交流は本当に楽しいものです。2日目のランチオンセミナーでは自動吻合器と脳梗塞予防の講演でした。

そこでSyntaxトライアルでバイパス手術は脳梗塞を起こしやすいという結果であったかのような誤解が世の中にあり、事実は手術での脳梗塞は少なく、あくまで退院後の薬が不十分で梗塞を起こしたケースがあること、そしてそれゆえバイパス術後にはより積極的な抗血小板療法を行うべきことをコメントしました。Vinodは100%賛成と言ってくれ、実際バイパス術後により強い抗血小板剤を用いた検討を進められているとのことでした。真摯かつ真剣なDiscussionを歓迎してくれるのはさすが欧米の先生の良い点と思いました。

内科と外科の協力をモットーとした学会ですので、私もできるだけ内科の最前線を学ぶべく、PCIのセッションに参加しました。CTO(慢性閉塞)冠動脈へのPCIは今も話題の一つですが、その完成度が年々上がっているのは立派と思いました。ただし血管は単なるチューブではなく、血栓予防などの内皮機能をもったひとつの臓器ですので、そこへ金属のステントとくに毒物を塗ったステントを多数入れると問題が起こりやすいというのは理解できますし、Syntaxトライアルの結果はそれを示しています。やはりデータベースを全国規模で内科外科を合わせた形でつくり、正確に比較することが必要と思いました。

二日目にも同様の合同セッションで盛り上がりました。午後には教育シンポジウムとチャレンジャーライブなどの若手教育のための企画があり、私は他セッションの都合で部分出席でしたが有意義と思いました。とくに教育シンポジウムでは大先輩・大御所の先生方がなぜ循環器内科や心臓血管外科を志したかを語られ面白くまた参考になったと思います。内科からは山口徹先生、水野杏一先生が、外科からは川副浩平先生、南和友先生が講演されました。全部聴きたかったのですが、一部でもその雰囲気は楽しめました。

さらにチャレンジャーライブの決戦が行われ、4名のファイナリストが冠動脈バイパス吻合の腕を競いました。このライブは若手の登竜門かつ交流の場としてすでに伝統の人気ライブとなっていますが、今回は初めて日本冠疾患学会という大きな会の中で開かれたのも良かったと思います。参加した若い先生かたにとって、永く心に残る経験となり、より成長する糧になるものと思います。大学や医局という小さな単位だけでなく、学会全体で若手を育てるということが海外では普通のことですが、日本でもこうした土壌ができると良いと思います。

それらと部分部分で重複する時間帯に合同シンポジウム「末梢動脈病変PADを合併した冠動脈疾患の治療を考える」が行われました。私、米田正始は仙台厚生病院循環器科の井上直人先生と座長をさせて戴きました。

冠動脈疾患の患者さんの中でもPADを合併するタイプは全身の動脈硬化が強いため重症です。脳梗塞などの脳血管病変やCKDなどの腎臓の機能障害を合併していることも多く、全身を守りながらの治療となります。内科からは総合新川橋病院心臓血管センター、東邦大学医療センター大橋病院、仙台厚生病院心臓血管センターから発表がありました。外科からは名古屋共立病院循環器センター心臓血管外科(熊田佳孝先生)と岸和田徳洲会病院心臓血管外科(東修平先生、東上震一先生)からそれぞれの努力の成果が発表されました。

全身がやられていて状態が悪い患者さんも多く、また弱った心臓を補助しようにもIABP(大動脈内に入れる風船)が使えず、あるいは慢性腎不全や感染などのため条件が悪いためさまざまな工夫が必要です。治療の順番も心臓を先にするか、下肢を先にするか、あるいは同時にするかなど、ケースバイケースのきめ細かい対応が必要です。そこでいくつか得られたメッセージとしてはPADが意外に見落とされがちな現実から、定期的にはABI(腕と下肢の血圧の比率を測定)などでチェックすれば早期発見早期治療へと進みやすいこと、PPI(末梢血管インターベンション)がより進化していること、血液透析ではChEはじめさまざまな指標に注意すること、などがありました。また私見ながら、こうした悪条件の重なった患者さんにはオフポンプバイパスを行えば心臓の安定度が良いため長期予後も良くなる、ただし重症なるがゆえに手術ではさまざまな注意が必要と思いました。

以上はこの学会の一部ではありますが、その雰囲気は知って戴けたのではないかと思います。有意義な学会を開いていただいた山崎純一先生と小山信彌先生に感謝申し上げます。

平成22年12月11日

米田正始

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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2009年12月19日 冠疾患学会にて

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(註:今回のブログは医師医療者向けになってしまいました。一般の方には判りづらいかも知れません。すみません。)

この12月18日と19日に大阪の国際会議場で開催された日本冠疾患学会に行ってきました。畏友・澤芳樹先生(大阪大学心臓血管外科教授)が外科系の会長で、内科系の会長は南都伸介先生(大阪大学先進心治療学教授)でした。

この学会は会長が内科系と外科系のそれぞれにおられることに示されるように、冠動脈疾患について内科と外科が協力して学ぶという、なかなか現代的な学会で、和気あいあいとしたアットホームな雰囲気が特長です。(写真は学会の帰途に取った中之島のイルミネーションです)

私が担当させて頂いたセッションは、「外科内科合同シンポジウム 世界の大規模スタディとその解釈・適応――ガイドラインを検証する」で、帝京大学循環器内科教授の一色高明先生と二人で座長(司会)をさせて頂きました。発表は帝京大学循環器内科、三井記念病院心臓血管外科、近畿大学循環器内科、日本大学板橋病院心臓外科、国立循環器センター心臓血管外科などの先生方がいつくかの小トピックスについて発表され、それに対してディスカッションをしました。東京大学名誉教授の高本眞一先生に特別発言を頂きました。大変なにぎわいを見ていますとイルミネーションはすでに冬の楽しみになった感があります

心臓関係の内科と外科の間で今一番話題になっているのは狭心症(冠動脈病変)の治療をカテーテルでおこなう(PCIと呼びます)か、手術で行う(バイパス手術と呼びます)かということです。カテーテルは内科の先生が行い、手術は外科医が行うため、いわば競合するような形になるからです。患者さんにとってどの治療法がベストかは大切なことなので、いくつもの研究がおこなわれています。その代表的なものがSYNTAX(シンタックス)研究です。

このSYNTAX研究ではヨーロッパで比較的重症の狭心症の治療を上記のPCIかバイパス手術で行い、その成績を比較しました。最近、術後2年までの結果が出ました。外科手術つまりバイパス手術の成績の良さが次第に明らかになって来ており、中でも重症冠動脈の場合バイパス手術のメリットがより鮮明になっていますが、内科の先生の中にはそれを無視する方があるという不満が外科側から出されました。

日本国内の臨床研究ではバイパス手術のほうがカテーテルPCIよりも成績が良いという結果が出ているのに、論文の結論ではそれがあいまいにされ、PCIに有利な文言を強調しているという不満も出されました。心臓外科医が患者さんのためになる治療をしてもそれが無視されているという残念さが随所に感じられました。

現代のEBM(証拠に基づく医学・医療)を支えるのはRCT(無作為臨床研究)つまり比較する治療法をランダムに使い分けて公平かつ正確・科学的な比較をする研究なのですが、このRCTにも弱点があることもあらためて指摘されました。私が以前から提唱しているように(このHPの冒頭のページをご参照下さい)。つまり重症はランダム化しづらいためどうしても軽症でデータをとることになり、軽症では2つの治療法の差がでにくいわけです。シンポジウムではこれらに加え、RCTでは通常の医療より丁寧になりがちで、通常の成績より良い結果が出て通常の医療の現実を反映していないという一面も指摘されました。

私が理想と思うのは、PCIとバイパス手術の特長を活かした使い分けや併用を内科外科で協力して行える医療ですが、まだまだ努力が必要なようです。循環器医療の全体像が見え、公正かつ科学的に判断するような立場の方ができればと思います。

重症心不全(虚血性心筋症)に対する左室形成術の効果を研究したStich研究(スティッチ研究、欧米の多施設が参加)では左室形成術の効果がないという結論であったため、これを検証し、左室形成術の効果があまり出ない軽症例が多すぎるという、Stich研究の弱点が指摘されました。私が以前から東京の須磨久善先生らと一緒に学会などで指摘して来たことをさらに具体的に示して戴き、うれしく思いました。このような不完全な研究のために、左室形成術で助かるはずの患者さんがその恩恵を受けられなくなるのは残念ですので、今後も啓蒙活動をして行こうとい思いました。

それやこれやで有意義で内容あるシンポジウムでしたが、時間が足りず、ディスカッションが十分できなかったのは残念でした。今後の学会などでさらに深めて行ければと思いつつ、シンポジウムを締めさせて頂きました。日本冠疾患学会の特長がよく見えるシンポジウムだったと思います。(皆さんに感謝!)

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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