事例:リウマチ性僧帽弁閉鎖不全症への弁形成術

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弁膜症の中でリウマチ性は今なお少なくない病気です。

ご高齢の患者さんでは若いころにリウマチ熱にかかり、知らない間に治って、その際に弁が軽く壊れて、その後何十年の間に悪化するというパタンもありますし、地方ではまだ健診態勢が不十分なため見逃されることもあり、決して油断してはならない病気です。

患者さんは40代半ばの女性です。沖縄から来て下さいました。

若いころにリウマチ熱の既往があります。

来院時は階段2階までは登れるもののそれ以上では息切れがしました。ときに下肢がむくむとのこと。

夜枕が低いときに息苦しくなり座ると楽になる、いわゆる起座呼吸が見られました。

心エコー図にて高度の僧帽弁閉鎖不全症と中等度の僧帽弁狭窄症がみとめられました。

僧帽弁は拡張期にドーム状の形を呈して開放制限があり、リウマチ性弁膜症の所見でした。

まだお若いご年齢からぜひ僧帽弁置換術ではなく 図1交連切開僧帽弁形成術を受けたいと希望して米田正始の外来へ来られました。

手術ではまず僧帽弁のヒンジの部分が癒合していて開かなくなっていたため、交連切開しました。右写真はその作業中のものです。

図2交連切開後これで少し開きやすくなりました。

しかし後尖が硬くてあまり動きません(左写真)。弁として機能しないため、ここへ自己心膜パッチで十分なサイズになるように形成しました(右下写真)。

さらに後尖を支え 図5自己心膜でPML拡大る腱索という糸のような組織が硬く短くなっていたため、これらを切除しました。

後尖はかなり動くようになりましたので、

ここで弁形成用のリングを縫い付けました(左下写真)。

図⒏仕上がり逆流試験をしますと、後尖の起き上がりがまだ不足しているため、硬い弁下組織をさらに切除し、徹底して弁機能を回復するようにしました。

その結果、後尖がきれいに起きて弁が正常に作動するようになりました。

ピオクタニン 図9インク試験で良い結果色素をもちいたインクテストでも僧帽弁は十分なかみ合わせを持つことが示されました(右写真)。

術後経過は順調で術後10日目に元気に退院されました。

その後沖縄にて仕事を含めて普通に生活をしておられましたが、一度、感染性心内膜炎にかかられ、近くの病院で薬による治療を受け、全快されました。

術後1年経った外来でのエコー結果は良好でした。ごく軽い僧帽弁閉鎖不全症と同じく軽い狭窄症を認めますが、問題ない程度で、心機能も良好で左房の拡張も軽快していました。元気に暮らしておられます。

感染性心内膜炎は虫歯やけがなどでばい菌が体内に入ると起こることがあり、人工弁の場合はかなり治りにくいのですが、弁形成のあとなら人工弁の場合よりはかなり治しやすいことが知られています。

こうした意味でも弁形成ができて良かったと言えましょう。もちろんワーファリンは無しで行けますし。しかし今後のために感染の徹底予防策をさらにお話しし、安全を確保するようにしています。

学生時代に沖縄県立中部病院や沖縄徳洲会病院などで実習させていただき、沖縄好きの私としてはこうした形ででもお役に立ててうれしく思っています。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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リウマチ性僧帽閉鎖不全症について―かつては形成不可能、今は?【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月25日

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◾️僧帽弁閉鎖不全症には弁形成術

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僧帽弁閉鎖不全症に対して弁形成術が進歩を遂げつ図 僧帽弁形成完成図つあります。

右図は標準的な弁形成後の姿です。

高い安全性、良好な生活の質(QOL)を得る治療法として当然のことと考えられます。

僧帽弁形成術の経験が豊富なチームなら、ベストの選択枝と言えるでしょう。

 .

◾️リウマチ性の僧帽弁閉鎖不全症では?

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ただしそれは加齢性つまり年齢からくる僧帽弁閉鎖不全症や、

マルファン症候群などの結合組織疾患によるものなどの場合であり、

リウマチ性僧帽弁閉鎖不全症の場合はまだまだ形成が難しいというのが一般的な見解です。

 .

その理由は

1.弁葉(リーフレットと呼ば Rheumatic valvulitis grossれるひらひらと開閉する組織)が肥厚し硬くなり(右写真)、

健康人の弁のようなスムースな開閉ができない

 .

2.弁下組織つまり弁葉を支える腱索や、

それを支える乳頭筋が肥厚したり短縮・硬化を起こして

弁葉がうまく動けない(右写真)

 

3.弁輪つまり弁葉の根っこで弁葉を支える土台が

硬化や石灰化を起こして修復が難しい

 .

などのためと言われています。

 .

たしかにリウマチ性の弁膜症は炎症という組織の変化を繰り返し、

そのたびに変化を起こして最終的には石のように硬い組織を作ってしまうという特徴があり、

弁形成術となじみにくい傾向はあります。

 .

◾️もう一度、通常の僧帽弁形成術と比較

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そもそもこれまでの僧帽弁形成術

 .

1.弁葉の悪いところを切り取り、残りの部分を組み立てて弁として作動するように修復する

2.腱索を人工の糸で置き換える

3.他の健常な腱索を一部もってきて、これで病気の腱索と取り換える

4.弁輪をリングと呼ばれる楕円形の道具で固定し、弁葉が弁口を閉じることができるように弁口のサイズや形を整える

 .

などが主体でした。

つまり弁葉のかみ合わせができるようにする、

これがこれまでの弁形成術の内容でした。

弁葉そのものがだめになるリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症では、

かみ合わせができるようになっても、

弁が硬いために隙間が開いてそこから逆流することがあります。

これまでの形成術が通用しにくいのは、ある意味当然だったのです。

 .

◾️しかしリウマチ性にも弁形成は必要、だから

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Ilm09_ad10002-sしかし若い患者さんやワーファリンや再手術は困るという患者さんにとってはリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症といえども弁形成術が必要なことはよくあります。

また病脳期間(病気で弁が壊れる年月)が永い患者さんや

昔弁形成術受けてまた悪化した再手術患者さんでも

弁が肥厚硬化し強い変化を来しているという意味で

リウマチ性病変と類似した問題があり、

こうした方々のためにも、より進化した弁形成術が求められるようになりました。

 .

石灰化のため岩のように硬くなった弁はかつては形成不能と考えられて来ましたが、最近は変化がありますリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症などのように

弁葉や弁下組織が肥厚・短縮・硬化・石灰化した場合は

 .

1.弁葉を安定化処理を施した自己心膜で置き換える

2.弁下組織で高度に変化した部分は人工腱索で取り換える

3.肥厚短縮した組織で弁の機能を妨げるものや不要なものは切除する

4.その他

 .

などの方法が役立つことがしばしばあります。

これは弁形成術としては難しい部類に入りますが、

上記のテクニックに熟練したチームなら十分可能です。

手術事例:)

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◾️弁形成の熟練医が必要なわけ

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個々の方法の完成度が低い 確実に人工腱索の長さが決定できることは弁形成の必須要件ですとき、

たとえば人工腱索の長さの調整が90%ぐらいの完成度のチームなら、

人工腱索を6本も10本も必要なケースでの成功率はゼロに近くなってしまいます。

さらに弁葉の取り換えなどはそれ以上のノウハウが必要です。

だからこそ熟練チームが必要なのです。

 .

日本心臓血管外科学会等の主要学会でも施設集約化(心臓外科病院の数を減らし質を高める)の重要性が認識されるようになりました。

それにはこうした、患者さんのための高度な技術を発展させるためもありますし、

それを若手にマスターさせるためでもあるのです。

 .

◾️まとめ

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Ilm18_ab01042-sともあれリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症は、

一般の僧帽弁閉鎖不全症よりは弁形成術は難しいとはいえ

十分な可能性をもった治療法になってきています。

患者さんも単にリウマチ性というだけで簡単にギブアップせずに、

情報を集め前向きに対処されることを望みます。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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