第92回アメリカ胸部外科学会AATSにて――その2

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左が今回の会長・Craig Smith先生、右が来年の会長・畏友 Schaff先生です冠動脈関係では、バイパス手術CABGがPCI治療に対して成績が有意に良好であることがSyntaxトライアル4年目のデータでほぼ確立し、外科の盛り返しの雰囲気がありました。

まもなく5年目のデータがでればその差はさらに広がりそうで、CABGの復権は本物になるかも知れません。

同様のことがTAVI(またはTAVR)でもあり得て、その旗手がsutureless valveなのかもしれないと思いました。

虚血性僧帽弁閉鎖不全症に代表される機能性僧帽弁閉鎖不全症(FMR)の治療では僧帽弁クリップが外科治療(僧帽弁形成術)にそん色ないとするエベレストトライアル結果が報告され外科が少し失望しているように見えました。

私はこの考え方には賛同できません。

十分な効果がないとわかっている僧帽弁輪形成術(略称MAP、弁輪という弁の付け根を治す心臓手術です)とクリップを比較されるのは遺憾です。

すでにMAPよりはるかに弁逆流解決に有効な方法が外科からはいくつも発表されています。

その中でもっとも難しいと言われる後尖にも効きしかも左室機能を改善させる方法(Papillary Heads Opimization乳頭筋ヘッド最適化と呼んでいます)を発表している立場からコメントしようと思いましたが、時間の都合でできませんでした。

次の機会に皆とディスカッションしたく思いました。

弁膜症関係では学会直前のskill courseで大動脈弁のルート拡大デービッド手術、より低侵襲な再手術の方法などが講演されました。

僧帽弁関係でも通常の僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成や虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成、ロボット手術などが論じられました。

その他心房細動に対するメイズ手術IHSSに対する心室中隔心筋切除術なども講義がありました。

あまり新しいものはありませんでしたが、地道が進歩が感じられて良かったとおもいます。

大動脈関係ではステントグラフトEVARの講演がありましたが、大きな変化はなく、今回の学会全体としてそれほど多くの内容はありませんでした。

これはこのAATSの直前にニューヨークで恒例の Aortic Symposiumがあったことも関係していたのかもしれません。

いずれにせよ内科と外科がこれまでのような独立独歩ではなく、常に歩み寄り、常に相談して個々の患者さんにベストの治療をオーダーメイド的に創るというハートチームの発想が冠動脈だけでなく弁膜症、大動脈などすべての領域に広がった感があります。ilm20_ae04023-s

上記のTCT@AATSの最後の発表4題は有力施設で内科と外科がどのように協力しているか、どういう組織でどういう運営をしているかの報告がありました。

Cleveland Clinic クリーブランドクリニック、Vanderbilt バンダービルド大学、Columbia コロンビア大学、そしてPennsilvania ペンシルバニア大学からの報告でした。

連携もここまで来ましたという良いセッションだったと思います。

心不全の Heartmate領域では補助循環がさらに進化を遂げ、ますます小型化しDestination therapyが一層改善した感があり、まもなく心移植の成績に並ぶ気配さえ感じられました。

軸流ポンプや遠心ポンプを中心とした非拍動性の小型ポンプでさらに改良されそうな雰囲気でした。

2日の昼に国際交流の委員会が開かれ、AATSの重鎮の方々やアジアやヨーロッパの先生方とともに参加しました。

これからAATSはより国際学会としての性格を濃くする方向が示唆され、教育でも国際フェローが検討され、好ましいことと思いました。

IMG_5136b学術的なこと以外では、カリフォルニアらしく会員懇親会がワインの当て比べ会を兼ねたパーティで(右図)、

それも恐竜や水族館が併設された博物館で行われ、遊び心のある懇親会でした。

今回の会長であるCraig Smithと来年の会長Harzell Schaffから挨拶があり結構力が入っている様子でした。

個人的にはトロント、スタンフォード、メルボルンの恩師や仲間と歓談できたり、日本を含むアジアの先生方やヨーロッパの友人らと話できたのがうれしいことでした。

またかつて京大の研究室でお世話させて頂いた王 健先生がテキサスでの成果をもとに立派な発表をしてくれたり、かつての仲間の指導する研究がいくつか発表されたのも良かったです。

夜にはサンフランシスコの夜景の写真を撮りに歩きまわっていました。

20年前は治安が悪く夜は歩く気がしなかったのがウソのようでした。

もっとも危なそうなところは近づかないようにはしましたが。

心臓血管外科の立ち位置が変化しているときに、AATSのような世界の仲間が集まるレベルの高い学会で仲間と語らうことは大きな意義があると思います。

留守番しながら手術を楽しんでいる名古屋ハートセンターの若手諸君や関係の皆さんに感謝しつつ充実した時間を過ごせた5日間でした。

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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第92回アメリカ胸部外科学会AATSにて――その1

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Natu_0022第92回AATSに参加して

AATSは本来は北米の胸部外科つまり心臓外科、血管外科、肺外科を代表する学会で100年近い歴史をもつものですが、同時にこの領域で世界の頂点に立つ学会と言われています。

そのため北米はもちろん、ヨーロッパ、アジア、南半球からも多数の参加がありました。

 

今年はコロンビア大学のCraig Smith会長(写真はこちら)のもと、サンフランシスコで開催されました。

心臓血管外科の世界の流れをつかむにはこの学会に出るのが最も手っ取り早いことと、欠席が続くとメンバー資格を失うため毎年参加しています。

昨年から学会の直前のセミナーとして、外科医あるいは外科研究を超えた、リーダーを養成するためのセッションが出来ており、ことしもそれがありましたが、学会直前まで手術予定が入っており、これには参加できませんでした。

学会の前々日午前中には外科のskillつまり技術のコース、午後にはロボット手術のskillつまりテクニックのコースがありそれぞれ参加しました。

4月30日から始まった学会本体もいつもの通り盛況でした。

 

CatheterValve全体としてまず感じたのはTAVIあるいはTAVRつまりカテーテル等で行う大動脈弁置換術や僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁クリップなどのカテーテル的な低侵襲治療の発表がさらに増えたことでした。

PCIの黎明期に循環器内科の先生方を日夜、冠動脈バイパス手術でバックアップあるいはレスキューしてその発展に貢献したのにPCIが進化してちからをつけると内科の先生方から捨てられてしまったという苦い反省からでしょうか、こうしたカテーテル治療にできるだけ外科も参画しようという空気がありました。

TAVIについて言えばPARTNERトライアルで、ハイリスクの患者さんではTAVIとAVRに1-2年の生存率に差がないという結果が出たため、TAVIの適応がさらにリスクの低い、普通の症例に広がるのではないかという外科側の危機感は大きなものがあると思います。

MitraClipそれもあってかTAVI(TAVR)や僧帽弁クリップの治療に外科医が参画することが増えた印象です。

それを裏付けるかのように企業展示にもそれらのデバイスやハイブリッド手術室などの展示が増えました。また外科の中ではもっとも低侵襲といわれるロボットの発表や展示も活発で、展示場のミニレクチャーには多数の参加者が見られました。

TAVI(TAVR)のひとつの発展型ともいえるSutureless Valveつまり開心術として大動脈遮断下に縫わずに植え込む生体弁の発表も複数あり、TAVIへの対抗策のひとつとして力が入っている感がありました。

確かにこの方法はこれまでの弁置換AVRよりかなり短時間でできる上に、石灰化した大動脈弁を切除するためTAVIよりも大きなサイズの生体弁が入り、かつTAVIの弱点である脳梗塞を予防しやすいという、AVRとTAVIの良いところを併せ持つような一面があり、今後の方向のひとつかも知れません。

例によって日本にはまだすぐには入らないようですが。

学会最終日の新しいテクノロジーのセッションもこうしたデバイス類の発表が主でした。

IMG_0724こうした低侵襲治療への大きな流れを象徴するもうひとつの例として、最終日に TCT@AATSというカテーテルインターベンションのセッションが組まれたことです。

TCTとはある意味、内科でもっとも外科医と競合している先生方の集まりで、いわば「商売仇」No.1.のような学会ですが、このTCTとジョイントセッションを組むのは外科がこれからより大きく低侵襲治療へとシフトする決意の表れと言えましょう。

正しい方向性と思いました。

今回、良識ある方々の間で使われた言葉、インターベンションと心臓外科の関係は「competitive」(競合的つまり邪魔しあう)ではなく「complimentary」(相補的つまり助け合う)だというのはまったくその通りと思いました。

こうでなければ患者さんは救われません!

このTCT@AATSに参加しましたが、インターベンション内科の先生方のお話しを拝聴していますと、確かにカテーテルでほとんど何でもできるという気持ちになります。

弁膜症に限って言えば、外科手術と比べて見るからに不正確で不十分ですが、放射線被ばくがかなり多そうな点を除けば低侵襲というところが光ります。

つまりダメもとという発想です。

たとえば僧帽弁クリップやTAVIで少々逆流を残しても構わない、治療前より良ければやった分だけ得したのだ、という考え方です。

実際、患者さんは逆流が減った分だけ元気になっておられるようですし、低侵襲ということはすごいことと感じました。

またTAVIで問題になっている脳梗塞(外科手術の2倍は起こります)についても、その塞栓をつかまえるネット状のデバイスが何種類もトライされており、いずれ脳梗塞でも改善を見る可能性がでて来ました。

ただあまり複雑になれば、あたかもPCIをPCPSのもとで行うような無駄と無理を感じるようになるかも知れません。

すでにコストがかかりすぎることが問題になっていますし。

この点は日本で保険適応がどういう形になるか、かなり紆余曲折があるものと予想されます。

PCIでさえ、韓国のようにその患者に使えるステント数を3つに限定するなどの措置が取られそうな雲行きですので。

ここで大切なことは、できるからやる、というのではなく、患者や社会にとって有益だからやる、という視点かと思います。

私個人の考えでは、医学的な正当性とくにEBMガイドラインの支持があればひとりの患者さんにステントを5つでも6つでも使うのは良いことと思います。

ただどんな患者にもどんどんステントを入れまくるといったことがもし行われると、いずれそれは厚労省の気づくところとなり、一気に制限をかけられて多数のステントが本当に必要な患者さんにも十分使えない、という事態を招くことを危惧するものです。

 

AATSの報告、その2へ続く

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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