IHSS(HOCM)の手術事例 2

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患者さんは59歳女性です。息切れを強く訴えておられました。

大動脈弁下狭窄症 (IHSS)(別名HOCM 閉塞性肥大型心筋症)大動脈弁狭窄症のためハートセンターへ紹介・来院されました。

発作性心房細動という頻脈発作をよく起こされ、手術まえにも何度も救急外来へ来られるという状態でした。

この病気はときに肥大型閉塞型心筋症HOCMと紛らわしいことがあります。

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ともあれこのままでは患者さんは仕事や生活もままらなず、突然死の危険さえあるため手術することになりました。

体外循環・大動脈遮断下にまず左房を開けました。

左房は正常サイズでしたので、冷凍凝固を用いたメイズ手術を施行し(写真左)、左房を閉鎖しました。

写真は僧帽弁輪周囲部を治療しているところで、この部の治療の有無が重要というデータがセントルイスのグループから発表されています。

Aここで上行大動脈を切開しました。

大動脈弁は3尖で硬くなっており(写真左)、弁および石灰を摘除しました。

大動脈弁そのものの狭窄(狭くなること)も手術が必要なレベルでしたが、それ以上に弁の下、つまり左室の出口付近が狭くなっていましたので、異常に張り出した心筋を切除することにしました。

Ihss大動脈弁輪ごしに左室流出路を観察しました。

異常心筋の張り出しが著明でした(写真左)。

写真で左室の出口の大半が異常心筋で覆われ、普通なら見える左室内部がほとんど見えません。

写真で左室の出口の下半分に見えているのは僧帽弁前尖です。

Ihss_2トロントのウィリアムズ先生直伝の方法(モロー手術の変法)で、異常心筋を切除しました。

左室の出口にあった異常心筋の張り出しは、心筋の切除のあとは大きく減り、奥の方に僧帽弁や乳頭筋が見えるまでになりました。

つまりそこではもう狭さくはないわけです。

このIHSS(HOCM)の異常心筋の切除に際しては、刺激伝導系(心臓内の神経)に注意しつつ、そこには触れないよう距離を置きました。

合計10x30x8mmの心筋を切除できました。深い部位の作業でしたが腱索・乳頭筋などへの損傷はありませんでした。

Avr生体弁(ウシ心膜弁)を用いて大動脈弁置換を行いました(写真左)。

人工弁越しに左室がよく見えるようになりました。

また人工弁はこの患者さんのご体格では十分ななサイズを満たしていました。

心拍動下に右房をメイズ切開し、冷凍凝固をもちいて右房Photoメイズ手術を施行しました。(写真左)

手術の後、経食道エコーにて大動脈弁(人工弁)には問題なく、

左室流出路の狭窄は大きく減少し、僧帽弁にも異常なく、血行動態も良好でした。

術後経過は順調で元気に退院されました。

手術前に頻発し患者さんを苦しめた不整脈発作は術後は出なくなり解決しました。

 

このIHSSに対する異常心筋切除術は患者さんの安全やQOL生活の質の向上におおいに役立つのですが、日本ではこの手術の経験が豊富なチームが少なく、遠方からも患者さんが来られます。

IHSSはかなり安全に治せる病気ですのでご相談いただければと思います。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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12) 肥大型閉塞性心筋症 HOCM―突然死に注意、しかし治せる病気です 【2025年最新版】

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最終更新日 2025年9月10日

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■HOCMとは?

図4 IHSS日本語

肥大型閉塞性心筋症(Hypertrophic Obstructive Cardiomyopathy:HOCM

、別名 IHSS 特発性肥厚性大動脈弁下狭窄症) は、左心室の出

口付近(流出路)が心筋の肥厚によりトンネル状に狭くなる病気です。

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主な症状

  • 運動時の息切れや動悸

  • 胸痛

  • 失神発作

  • 病状が進むと突然死のリスクも

軽度であれば経過観察や薬物療法で対応できますが、重症化すると左室の出口が「蓋をされたように」塞がり、強い心不全や致死的不整脈を起こす可能性があります。

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■HOCMの外科治療

異常心筋の形態に応じて治療法が選択されます。

  • 膜様の狭窄 → 膜の切除+周囲の異常心筋を除去IHSS術前後エコー

  • 繊維筋症による狭窄 → 広範囲の心筋切除(モロー手術:Morrow procedure)+必要に応じて僧帽弁形成

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手術効果(症例画像より)

  • 術前:心室中隔の肥厚とSAM(僧帽弁前尖の収縮期前方移動)で流出路が狭窄

  • 術後:左室流出路が広がり、僧帽弁の動きも正常化

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■カテーテル治療(PTSMA)の位置づけ

経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)では、冠動脈からアルコールを注入して異常心筋を縮小させます。

ただし課題もあります:

  • 冠動脈と肥厚部位の位置が合わないと効果が不十分

  • 過剰焼灼で壁が薄くなりすぎる可能性

  • 約10%で完全房室ブロック → 永久ペースメーカーが必要

したがって症例ごとの適応判断が重要です。

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■HOCMに見られるSAMとは?

SAM(Systolic Anterior Motion:僧帽弁前尖収縮期前方移動) はHOCMでよく見られる現象です。

血流が僧帽弁前尖を吸い込み、弁が閉じなくなるため僧帽弁閉鎖不全を引き起こします。
これは異常心筋による構造的問題であり、心筋切除術によって弁の動きが自然に改善することが多いです。 (事例1 )

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Williams pic
ウィリアムズ先生は先天性心疾患の外科で世界的に高名な心臓外科医ですが、優れた教育者としても知られています.

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A307_116当院の経験と手術技術

  • トロント総合病院 Prof. W.G. Williams (右)直伝のモロー手術を継承

  • 術前シミュレーションに基づく設計 → 狭窄の完全解除、再発ほぼゼロ

  • 日本国内外での発表・学会報告を通じて技術を研鑽

  • 高齢者から若年者まで幅広い症例に対応

これまでに多くの患者さんが息切れ・胸痛・失神発作から解放さ

れ、社会復帰されています

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■日本の現状と課題

193237727.

残念ながら、HOCMの認知度は低く、循環器内科医でも十分な対応ができないケースがあります。

  • 失神発作を放置 → 心内膜炎から脳梗塞・死亡に至った例

  • 「治せない病気」と説明されたが、外科手術で改善できた例

👉 専門性の高い心臓外科医による評価と経験豊富なチームでの手術が不可欠です

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■今後の展望

  • 技術の進歩により、左室流出路だけでなく心室中部・心尖部まで安全に形成可能

  • 必要に応じて大動脈弁狭窄症や不整脈(心房細動)などの合併症も同時に治療(事例2 へ)

  • 患者さん一人ひとりに合わせた包括的な手術戦略が可能になっています

■まとめ

  • HOCMは突然死を起こし得る重い病気

  • しかし、熟練した専門チームによる外科治療で改善できる病気です

  • 息切れ・胸痛・失神などの症状がある場合は、早めに専門医へご相談ください

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患者さんの想い出

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: IHSS

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患者さんは71歳女性。特発性肥厚性大動脈弁下狭窄症IHSS, 僧帽弁閉鎖不全症MR, 僧帽弁前尖収縮期前方移動SAM)のため手術を行いました。明らかな心不全症状がでて苦しくなっておられました。

IHSSの治療にはお薬で状態を安定させたり、カテーテルで心筋を焼いたりペースメーカーで左室内圧較差を減らすなどの方法がありますが、それらが十分な成果をださなかったため手術になりました。実際こうしたケースが多くあります。

またIHSSはもともとは先天性心疾患つまり生まれた時からの心臓病とされていますが、最近は成人になってから発生したと思われるケースがみられるようになりました。私の経験では大動脈弁狭窄症などに合併して発生したと考えられるケースが20例近くあります。

ともあれ手術でしっかり治すことになりました。

体外循環のもと、大動脈を遮断し(心臓を安全に止めて)上行大動脈を横切開しました。

Ihss大動脈弁直下の異常心筋の張り出しは顕著で、心停止の状態では左室内がほとんど見えないほどでした。異常心筋がもっとも張り出している部位では繊維性組織が増成していました。

心室中隔の異常心筋を刺激伝導系から十分離れたところで切除しました。最終的に2x4x1cm程度の心筋を切除できました。異常心筋切除のあとは、大動脈弁越しに両乳頭筋の先端から本体の一部までが見え、血液の通路として成り立つだけの空間が確認できました。

写真(上)では肝心の奥の方のピントと露出が合わず申し訳ないのですが、奥の方の白っぽいものが心室中隔上の繊維組織でその左側の欠損部が切除部の一部が見えているものです。写真(下)はその時点での切除心筋の一部です。

左心室の出口をせまくしていた異常心筋はきれいに取れました上行大動脈を閉じて、50分で大動脈遮断を解除しました。79分で体外循環を離脱しました。離脱は容易でした。

経食エコーにて、術前のSAMは消失し、MRも術前の高度からほぼゼロとなりました。

また異常心筋も切除した平面ではほぼ消失し、幅広い血液のルートができていました。左心室内の圧較差は術前約90mmHgでしたが、術後は測定不能なほど、とくに狭窄部が見られない状態になりました。

術後経過は順調で、手術当夜抜管し、2週間で元気に退院されました。

この手術はモロー手術と呼ばれ、メスとハサミで心臓の奥にある、見えにくい異常心筋を切除するため、経験を要する、直観に頼る手術という印象はあります。学会発表などでも十分に切除できずに病気を残しているケースを見ることがあります。

しかし、確実に異常心筋を切除できればほぼ100%の患者さんで左室内の圧較差を解消でき、僧帽弁には手をつけなくても僧帽弁も正常化します。それだけに症状がより改善できますので患者さんに喜ばれ、やりがいがあります。

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