事例:大動脈弁狭窄症とHOCMのご高齢女性

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高齢化社会を迎えて大動脈弁狭窄症は増加の一途にあります。今や最も多い弁膜症のひとつです。

その中に弁のすぐ下の筋肉、心室中隔の筋肉が異常に張り出してもうひとつの狭窄を造るタイプ、HOCMまたはIHSSの合併例がときどきあります。

左室がより駆出しづらく、より心不全になりがちです。

患者さんは81歳女性です。

最近労作時の息切れがひどくなり、近くの病院で大動脈弁狭窄症の診断を受けられました。

息切れが強く、20m以上は歩けないとのことです。脊椎の変形が強く、いわゆる猫背です。(右図)00029421_20090311_CR_2_1_1

最初お会いしたときにはホントにこの体で心臓手術ができるのかしらと思ったほどでした。

精査の血管、大動脈弁狭窄症ASは圧格差が 130mmHgもあり、平均圧較差も74mmHg、弁口面積0.56㎝2、最高流速5.64m/sと、突然死してもそうおかしくない重篤な状態でした。

しかも閉塞性肥大型心筋症HOCM、上行大動脈石灰化、が併せて見られました。

脊椎の変形が著明でしたので、まえもって仰臥位が安全に成り立つことを確認しておきました。

図1胸骨正中切開、心膜切開で心臓にアプローチしました。上行大動脈の遠位部がもっとも硬化が少ないためここを遮断部位といたしました。
体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

大動脈弁は3尖で左冠尖のみがかろうじて可動性があり、他は岩石のように固定していました(写真左)。

写真 図2右は切除弁尖です。石灰化も著明で弁尖から弁輪を超えて大動脈壁にまで進展していました。

また無冠尖と右冠尖のバルサルバ洞にも幅広い石灰化がありました。

まず弁を切除し、石灰化を摘除しました。

図3人工弁のサイザーを入れようとしましたが上記の上行大動脈石灰化のため入らず、石灰部を摘除するため上行大動脈の内膜切除を上記の2か所とも行い(写真左、セッシで把持した板状のものが石灰です)、ようやくサイザーが上行大動脈を通過しました。
 

図6ウシ心膜弁19mmがぴったりで入りました(写真右)。

市販の生体弁で最小サイズですが、この患者さんの体格からは十分なサイズであることを確認しました。

人工弁の縫着に先立って、左室流出路を検索しますと、異常心筋が突出していました。

図5術後左室が小さくなる状態が発生する時に左室流出路の狭窄が顕著になることを回避するため、大動脈越しに心筋片を必要最小限切除しました(写真左)。

体外循環離脱はカテコラミン無しで容易に行えました(写真右 図7)。

経食エコーにて大動脈弁(人工弁)と左室の機能良好、そして僧帽弁閉鎖不全が軽微であることを確認しました。

左室流出路も十分な広さが確認できました。入念な止血ののち手術を終えました。

術後経過は順調で、血行動態良好で出血も少なく、神経学的異常もなく、背中の皮膚も健常で、術翌朝抜管しました。

術後経過良好で、手術後10日で元気に退院されました。

その後2年が経過し、お元気に暮らしておられます。毎日喫茶店へ行くのが楽しみとのことです。

最近すこし物忘れが見られるようになり、認知症対策をかかりつけの先生と進めています。

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僧帽弁膜症のリンク

原因 

◆  HOCM(IHSS)にともなう僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁形成術

◆ リング

④ 僧帽弁置換術

⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: HOCMと大動脈弁狭窄症とペースメーカー三尖弁閉鎖不全症を根治

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弁膜症がらみで除脈となりペースメーカーが必要になることはときどきあります。

ペースメーカーは除脈つまり遅い脈には効果抜群の治療法ですが、電気ケーブルを三尖弁ごしに右室へ入れる必要があり、一定の確率で三尖弁閉鎖不全症が起こります。

PreopXP患者さんは77歳女性で労作時の息切れを主訴として紹介来院されました。

もともと大動脈弁狭窄症をわずらっておられましたが、除脈のためペースメーカーを入れてから息切れが悪化したといいます。 PreopCT

左図は術前の胸部レントゲン写真です。大きな心臓です。

写真の左上にペースメーカー本体も見えます。

右図は術前のCT写真です。

ペースメーカーケーブルが三尖弁を横切っているのが見えます。通常はそう問題にはならないのですが、この患者さんの場合は三尖弁を閉じなくしてしまったのです。

PreopEcho調べてみますと、大動脈弁はピーク速度が4m/sに達する強い狭窄がありました。

それに加えて、弁の下、左室流出路(左室の出口近く)に異常心筋のでっぱりがあり(HOCMとかIHSSと呼びます)、弁とあわせて一層狭く危険なレベルに達していました。

それを反映して、右室圧49mmHgと肺高血圧症も合併していました。心臓が悪いため肺にも無理がかかっているのです。

三尖弁はペースメーカーケーブルに押されて高度に逆流し三尖弁閉鎖不全症になっていました。

このままでは心不全や肝不全などが悪化する懸念があり、手術することになりました。

ところが手術前の検査で腹部大動脈瘤も見つかったため、これも注意深く見張りながらまず心臓手術を行うことにしました。

A弁観察手術ではまず硬くなった大動脈弁を切除しました。

大動脈弁口ごしに左室が見やすくなりました。異常心筋が発達し、左室の中が見えなくなっていました。

つまり左室内の血液が大動脈へ駆出しづらいともいえる状態です。

異常心筋切除開始そこでこの異常心筋を切除しました。

左図は切除を開始したところです。

この時点では左室の中はほとんど見えません。

慣れた外科医には短時間で異常心筋切除後完了する手術ですが、経験の少ない外科医には危険な手術です。さまざまな落とし穴があるからです。

左室の中が見えるように なり、血液がスムースに流れる所見となりました。

右図は異常心筋切除後の姿ですが、左室の中にある乳頭筋が良く見えるまでに改善しました。

AVR完成ここで生体弁を大動脈弁の位置に縫い付けました。

十分なサイズの生体弁が入りました。

左図がそれです。

 

つぎに右房 PMケーブルと三尖弁を開けて三尖弁を見てみました。

ペースメーカーケーブルが三尖弁を圧排し弁が閉じにくくなっていました。

そこでこのケーブルを弁の付け根の安全なところに移動し、固定しました。

三尖弁形成術完成そのうえでリングをもちいて三尖弁形成術を行いました。

もう弁はケーブルに邪魔されることなく普通に動けるようになりました。

右図は術中経食エコーで、三術後TRほぼ消失尖弁はきれいに作動するようになりました。

術後経過は良好で、手術当日夜、人工呼吸器を離れ、翌朝、集中治療室を退室できました。

術後2週間目に元気に退院されました。

その後、畑仕事もできるほどに回復されました。

外来で定期健診を受けておられましたが、腹部大動脈瘤が次第に大きくなり50mmに達したため心臓手術から1年6か月後に手術することになりました。

お腹の皮膚を切らずに治せるステントグラフトEVARを第一選択として検討しましたが、腹部大動脈が屈曲し、ステントグラフトを固定するエリアが小さいことなどから、学会委員会の御意見として通常の外科手術による腹部大動脈置換が適切という判断となりました。

そこでお腹の皮膚を約10㎝と小さく切るミックス法でアプローチしました。

腹部大動脈をY型ダクロン人工血管で取り換えました。

術後経過も順調でまもなく元気に退院されました。

それから2年が経ち、外来でお元気なお顔を拝見するのが楽しみになっています。

ここまでの経過を振り返り、なんだか病気が多く、手術手術で申し訳ない気持ちですが、これで一件落着、安定された感があります。

これからさらに楽しく過ごして頂ければと思います。

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お便り49: 高度の大動脈弁狭窄症で緊急手術した患者さん

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大動脈弁狭窄症は高齢化社会の中で増加している病気のひとつです。

 

動脈硬化と同じことが大動脈弁にも起こり、弁尖が硬くなって開かなくなるのです。

大動脈弁は心臓の出口にある重要な弁で、

これが開かなくなると心臓に負担がかかり過ぎ、

重症になると突然死したり、そうでなくても1年間で半数の方が亡くなる病気です。

 

Ilm2007_01_0798-sしかしこの病気は治せる病気です。

生きているうちにとくに全身の状態がまずまず良いうちにしっかり手術すれば、

すっかり元気になれる病気です。

以下の患者さんはこの大動脈弁狭窄症それも重症の方で危険な状態になって私の外来に来られました。

じっとしていれば一見お元気でも弁がほとんど開かず、少し負担がかかれば状態が急変し、心臓が止まりかねない状態でした。

年末だったのですが、不安な状態で年明けを待つよりもすぐ心臓手術で治すことが安全上有利だったため、御用納めの日に緊急手術しました。

お正月のお祝いは病院でやって下さいとお願いしました。

術後経過は順調でお正月明けには退院され、

楽しみにしておられたお孫さんの結婚式にも十分間に合いました。

というより、結婚式に間に合うように患者さんと一緒に努力しました。

それからこころ温まる、楽しい写真を送って頂いたので、

ぜひこの経験を他の患者さんにも役立つよう手記をお願いしたところ、

次のお手紙を下さいました。

*****************************

「義理母が大手術を乗り越えて」

次に新郎が退出の時間です。その前に新郎が、心臓の大手術を乗り越えられたおばあさまへ感謝のお言葉を贈られます。

PtLetter49b「ばあちゃん、今日は僕たちの結婚式に出席してくれて本当にありがとう!ばあちゃんがたいへんな心臓の手術をしてひょっとしたらこの席には座って貰えないかもと本当に心配していました。でも間違いなくその席ににこやかに笑っていてくれるそれだけで本当にうれしく心から感謝します。みなさま僕のおばあちゃんに大きな拍手をおねがいします。!」

この時ばかりは、拍手のうずの中心にいたのは義理母でした。

2011年12月24日奈良橿原の診療所で米田先生のセカンドオピニオンを母と妹3人で聞いていました。

「母の心臓大動脈弁狭窄症としての病状と数値が良くない、交換弁は、絶対生体弁がいい。」という結果でした。

というのもこの病気で77歳という年齢、しかもいつ突然死が起きても決して不思議ではない数値。

でも母はそんなにしんどがってない、これは母の身体能力が高く日頃から体操やプールに通ってたからこそ平気で生活できていたのでした。

米田先生は、分かりやすくとても丁寧な説明や適格な病状の診断を私たち素人3人にお話しくださいました。

色々説明や日常のお話を聞いて頂いているうちに物腰やさしい米田先生の診断を信じてみようと私も妹も同じ気持ちだったのです。

それよりもっと強くその気持ちを持ったのは、本人の母だったのです。

「米田先生に手術お願いできますか?先生私の手術してください。」と彼女自身が決めてしまったのです。

米田先生は、「12月29日の仕事納めを**さんの手術で仕事納めにさせて頂きましょう。」の一言。

入院日は名古屋今年初めての雪。高速をおりたら一面街は雪景色でした。幸いすべての 検査入院結果のデーターも届けられ無事手術成功!手術した日のみCCU室で次の日にはしっかり意識も回復して出された朝食は全て食べる事ができました。先生や看護師さんたちも驚かれる位驚異の回復力でした。

母は日に日に回復し手術して10日めに退院にこぎつけました。そしてみごと孫の結婚式に十二分に間に合い素敵なばあちゃん!として祝福されたのです。

米田先生の全ての患者さんの側に立つ医療、決して簡単な事ではないと思います。多くの医師や看護師さんたちスタッフの連携と協力、患者を第一に想って頂ける気持ちがひとつになって初めて実現できるもの本当に頭の下がる思いでございます。

心臓に何か不安をお持ちの方には是非名古屋ハートセンターにご一報を!決して私どもはまわし者ではございませんが必ず何か解決の糸口が見いだされる事でしょう。私たちがそうであったように。

本当にありがとうございました。

大阪府***市** ****。

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大動脈弁狭窄症の手術ガイドライン―危険な病気でも治せる病気ですから

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2014年にアメリカのACCとAHA学会のガイドラインが改訂されました。よりキメ細かく、進歩のあとがうかがえる内容です。

その概略を以下にお示しします。

2014AHA-ACC_GL AS

原文は英語ですが、一般の方々にわかりづらそうなところは日本語に訳しました。

今回の改訂での特徴は次のようなところです。

まず症状がなく A309_078bても、エコーのデータや運動負荷試験結果が重症である場合ではクラスIIaで手術適応になったこと。

またエコーでそれほど重症でなくても症状があれば手術適応になりやすいこと、エコーデータが重症ではなく症状もないケースでも他の心臓手術の適応があれば大動脈弁もやって良いことになったことなどがあげられます。

さらに手術適応がないケースでも油断なく定期検診することが勧められたのも、安全上、好ましいガイドラインと思います。

そして近年のTAVIの発展を考慮して、外科手術とTAVIの両者を併せて考えることを明記してあるのも進歩です。

なおここでクラスIとは手術すべき状態で、クラスIIaは手術が勧められる状態、クラスIIbは手術しても良いことがある、クラスIIIは手術のメリットが無いか、有害であるかもしれない状態です。

ご参考までに過去のガイドラインの記事を以下にお示しします。


******* 過去のガイドライン記事 *****

アメリカの主要学会であるACCとAHAのガイドライン(2008年)でも重症の大動脈弁狭窄症(AS)では、以下のときに手術が勧められています。

重症大動脈弁狭窄 (最高大動脈弁口血流速度 Vmax 4m/s以上、弁口面積 AVA<1.0cm2、平均圧較差>40mmHg)で

■自覚症状あるとき、あるいは


■自覚症状が不明でも運動負荷試験で症状が出るとき、


■自覚症状がなくても左室駆出率が50%未満のとき、あるいは


■重症弁石灰化や急速な進行があるとき

 

などには、大動脈弁置換術(AVR)が勧められます。

それ以外の状況でも慎重なフォロー(経過観察)が勧められています

 

■また重症大動脈弁狭窄症でCABGあるいは他の心臓手術が必要なときにもAVRが勧められます

日本のガイドラインはこちらをご参照ください(12ページ)。

共通点が多いですが、

体格が日本人のほうが欧米人より小さいためAVAなどの基準より小さ目で、妥当と思います。

以下に引用します。

表26 大動脈弁狭窄症に対するAVRの推奨

クラスⅠ
(著者註:有効性が証明済み)

1 症状を伴う高度AS

2 CABG を行う患者で高度ASを伴うもの

3 大血管または弁膜症にて手術を行う患者で高度AS
を伴うもの

4 高度ASで左室機能がEF で50%以下の症例


クラスⅡ a
(著者註:有効である可能性が高い)

1 CABG,上行大動脈や弁膜症の手術を行う患者で中

等度ASを伴うもの


クラスⅡb
(著者註:有効性がそれほど確立されていない)

1 高度ASで無症状であるが,運動負荷に対し症状出

現や血圧低下をきたす症例

2 高度ASで無症状,年齢・石灰化・冠動脈病変の進
行が予測される場合,手術が症状の発現を遅らせる
と判断される場合

3 軽度なASを持ったCABG症例に対しては,弁の石
灰化が中等度から重度で進行が早い場合

4 無症状でかつ弁口面積<0.6cm2,平均大動脈-左
室圧格差>60mmHg,大動脈弁通過血流速度>
5.0m/sec

クラスⅢ
(著者註:有用でなく有害)

1 上記のClassⅡa 及びⅡb に上げられている項目も

認めない無症状のASにおいて,突然死の予防目的
のAVR

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お便り36 遠方から来院して下さった大動脈弁狭窄症の患者さん

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大動脈弁狭窄症は心臓弁膜症の中でも一番多い病気のひとつで、

その治療もほとんどの場合は人工弁による弁置換術となります。

この手術は心臓手術の中ではシンプルなタイプに属しますが、

大動脈弁狭窄症そのものが油断すれば突然死などを起こす病気ですし、

心臓をいったん止めて中に入って弁を治す方法ですので、

いくら成績が良くなっても油断はできません。

 

患者さんは70代の男性でかなり遠方の山間部から来院され Il004_momiji ました。

心臓弁膜症をしっかりと勉強された上で、私たちのところへ時間をかけて来て下さったことを光栄に思います。

そうした気持ちで、初めてお会いしたときから信頼関係ができていたおかげもあってか、

オペも経過もスムースで順調でした。

 

この大動脈弁狭窄症という病気は高度になりますと手術なしでは死亡することが多いことと、

心臓手術の安全性が高く、術後の心臓の回復が良いことから、

高齢者でも積極的にそれが勧められています。

私どもでは名古屋ハートセンター開院2年間の中でも80代は普通で、

最高91歳の患者さんまで、皆さんお元気に退院しておられます。

しかしそれでも心臓の手術を決意するということは大変なことです。

だからこそ普通以上に信頼関係が大切なわけです。

ご高齢になればなるほど、また他の病気をお持ちであればあるほど、

高いチーム力が威力を発揮します。

 

以下はその患者さんからのお便りです。お役に立てて本当にうれしく思いました。

 

****** 患者さんからのお便り *****

米田先生

お蔭様で今年も紅葉を愛でることができました。

大動脈弁狭窄症で先生の執刀で
9月末に生体弁交換手術をして頂いてから2ヶ月経過、

車の運転、軽い運動も良いとのことで京都に紅葉刈りに出かけて参りました。



京都の紅葉もシーズンの後半、そろそろ散り始めているところもありましたが、爽やかな秋風にその枝を靡かせながら、艷やかな彩りを見せて歓迎してくれました。

紅葉は勿論、京都は何度も訪れていますが、今年の紅葉は小生にとっては又格別の想いが致しました。

今年は無理かな・・と半分諦めた時期もありました。

  お便り36写真 しかし永観堂を起点に光明寺、真妙寺、哲学の道を経由、

法然院を見学、銀閣寺まで休み休みでしたが約19,000歩強を歩き、

その間膝はガクガクでしたが坂道でも殆ど息切れもなく、

“心臓の快調な若返り”を体で実感し、

健康、そして命の大切さ噛みしめながら、快適な一日を過ごすことができました。
(写真は青蓮院門跡にて11月29日)



思い起こせば、75歳になる今日まで、大きな病気をしたこともなく健康には自信があったのですが、

自覚症状もないのに、偶々他の検査で見つかった大動脈弁狭窄症の診断には目の前が真っ暗になりました。

高校同窓の外科医に意見をもとめたら、「自分たちがインターンのころは人工心肺の装置もなく、

心臓手術では専ら、氷等で身体を冷やして手術を行い危険率が可なり高かったが、

今は医療技術をすすんでいるので安心してよい。

ただ多くの手術実績があり手術成績のよい医師にお願いすることが重要だ」‥と言われました。



なにしろ胸を開いて、何時間も心臓を止め、心臓そのものを開いて弁を切断、交換するという大手術です、

安全率は高いといわれても少なからず最悪のケースの“死”が何時も頭をよぎります。

出来れば心臓手術などは避けたいと思いましたが、この病は決してよくなることはない、

体力の残っているうちにするのが良いことがわかりました。



また色々と調べるうちに米田先生のプログを拝見、

心エコー神戸の記事や先生が中心で纏められた「弁膜疾患の‥ガイドライン2007年」も拝見して、ぜひ先生に診て頂きたいと思いました。

ハートセンターを訪ねたのが8月31日、

印象として病院とは思えない明るく清潔な雰囲気、

そして受付や顔を合わすスタッフの皆さんの笑みを込めた会釈に接し、

正直気持ちが落ち着きました。

 

そして待たされることなく次々と検査を終え、

米田先生から、手術等について、ゆっくり時間をかけ親切丁寧にご説明を頂いた時には全ての不安がなくなり、

迷わずに全てを先生にお願いすることを決心して、

すぐに手続きをお願いいたしました。

そして手術~退院までは予めお聞きしていた通りの時間経過で全てが順調に運び今日まで経過し、

手術前に悩み苦しんだことがまるで夢のような気がする今日この頃です。

 

これも全て米田先生を始め訓練された素晴らしいスタッフの皆様のお影だと心から感謝いたしております。

本当にありがとうございました。



退院後は近所の**先生にフォロウーして頂いて居ますが、

「このような詳細な検査データー、経過資料を頂けて助かる、このようなことは今まで経験はないが、さすが米田先生ですね・・」とコメントされて安心して通院しています。

今月の24日には退院後2回目の検診を深谷先生に予約しております。

以上とりあえず、お礼かたがた近況ご報告までにて失礼いたします。

平成22年12月3日

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お便り35 エホバ証人の大動脈弁狭窄症の患者さん

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Ilm10_de02005-s 大動脈弁狭窄症(弁が狭くなり心臓に無理がかかります)は重症になれば突然死の恐れがでる病気ですが、

いったん手術つまり大動脈弁置換術を乗り切れば予後の良い病気でもあります。

近年は心臓外科の技術進歩やノウハウの蓄積で経験豊かなチームなら手術死亡率は1%前後まで下がって来ています。

 

しかしエホバの証人の患者さんの場合は輸血を拒否されますので、手術死亡率が跳ね上がります。

だからと言って輸血拒否は宗教上の信念にもとづくものであるため、可能な限り尊重すべきものと私たちは考えています。

 

以下は最近大動脈弁狭窄症に対して大動脈弁置換術を受けられたエホバの患者さんからのお便りです。

 

当科へ初めて来られたときはかなりの貧血があり、このままでは無輸血手術できない可能性があるため、しばし時間をかけてさまざまな対策を立てて貧血を治しました。

その上で大動脈弁狭窄症への手術を行い、ゆうゆうと乗り切って元気に退院されました。

以下はその患者さんからのお便りです。

 

*****************************

米田正始先生
お元気でいらっしゃいますか? お便り35実物

きっと精力的に、かつ暖かくスケジュールをこなしていらっしゃる事とおもいます。

 
お便りするのが遅くなり本当に申し訳ありません。
受診、入院、手術と9月6日から始まって11月5日まで名古屋ハートセンターでは本当にお世話になりました。

米田先生はまさかと思ってお送りした私のメールにも、すぐにお返事を下さり大きな手術にも心を整えてくださいました。

 

今までの自分の介護経験のなかで患者側は「病気と闘うという事は医療スタッフとの闘いでもある」という実感を私は少なからず持っていましたが、 

米田先生にお会いして、その重苦しさは一変し自分自身とても暖かなものを感じ安堵感を覚えました。

しっかりしたご説明、先生の自信、熱意にふれ本当に救われた思いでした。

 

貧血症でありながら無輸血でお願いしたいという私の希望も最大限尊重して下さり本当に嬉しかったです。

入院中は傷の痛みを除けば本当に楽しかったです。

北村先生、深谷先生、小山先生もとても細やかに気を使って下さって明るい気持ちにさせて下さいました。 

体の患部だけでなく人として接して下さってる様子に多くの方が元気を頂いてるようでした。

 

看護師の方達や他のスタッフの方々も良い病院にしようという気持ちが伝わってきました。
本当に有難うございました。
退院してからは2日程不整脈が出ましたが、近くの医院で薬を貰い今はすっかり落ち着いています。

先生がこの点でも患者が困らないように配慮してくださっていた事、本当に有難うございました。
新しくなった心臓を本当に大切に扱って(?)良い人生をこれから歩んで生きたいなと思っております。

先生のwebヘ゜ーシ゛勝手に私の応援歌のように思いいつも楽しみにしています。

米田先生、どうかいつまでもお元気でいてくださいね。次は12月3日が受診日です。
心からの感謝を込めて。

 

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事例: 気管支喘息をもった二尖弁大動脈弁狭窄症の患者さん

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COPDのためバレルチェストになっておられました  

心臓弁膜症の患者さんが肺疾患や腎臓その他の内蔵の病気を併せもっておられるというケースは年々増える傾向にあります。

心臓手術に際しては心臓を治すのはもちろんですが、全身の状態を考えて、全身が守られる状態で治療することが大切です。

患者さんは79歳女性です。

圧較差140mmHgの大動脈弁狭窄症のため来院されました。

入院中の心エコードップラー画像 左室壁厚は16-17mmと左室肥大著明でした。

他に気管支喘息、高血圧症、高脂血症をお持ちでした。肺機能について、%肺活量は51%、肺活量実測値は1.04L、一秒率は52%でした。

全身麻酔下に胸骨正中切開しました。


上行大動脈は左図のように拡張していました。長坂 術前上行大動脈の拡張

上行大動脈の遠位部で通常大動脈遮断する部位に直径1cmのプラークが認められ、

脳塞栓防止のためここを避けてすべての大動脈操作をするようにしました。



長坂 A弁二尖弁b 体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を横切開しました。

 

大動脈弁は2尖でいずれも強く肥厚・石灰化し相互に癒着していました。

長坂 切除したA弁b型的な二尖弁の硬化による大動脈弁狭窄症の所見でした。

また上行大動脈の拡張もこのためでした。

これを切除し、弁輪まで及ぶ石灰をすべて摘除しました(左図)。

長坂 AVR後の状態2b

ウシ心膜弁21mmを縫着しました(右図)。

狭小弁輪の傾向がありましたが、この患者さんの体格に必要なサイズであるため工夫して入れました。

必要あらば弁輪拡大を行えばよいのですが、

弁輪拡大なしで行ければそれだけ短時間に低侵襲(体への負担が少ないこと)で手術できるので、工夫したわけです。

 

上行大動脈を二層に閉じ、エア抜きののち大動脈遮断を解除しました。


カテコラミンを使用することなく体外循環を容易に離脱いたしました。

経食エコーに良好な大動脈弁機能と心機能を確認しました。

長坂 上行大動脈ラッピング後上行大動脈が手術前に直径55mm近くまで拡張していたため、本来は上行大動脈置換術を行いたかったのですが、

肺機能が悪く、なるべく短時間で体外循環を終えることが患者さんにとって大切であるため、体外循環をまず終えてから、ラッピングという方法で上行大動脈のほぼ全部を包みこみ、将来の瘤化を防ぐようにしました。

その結果、上行大動脈の径は40mm近くまで改善しました(右図)。

 

止血ののち、心膜を閉じ、閉胸し手術を終えました。

 

術後の大動脈弁(生体弁)は良好な機能と状態となりました。 術後経過はおおむね順調で、

血行動態良く出血も少なく、神経学的問題もなく、

術翌朝抜管し、一般病棟へ戻られました。

もともと気管支喘息をお持ちのため呼吸器の管理・治療にも力を入れ、

早い時期から呼吸訓練や運動を開始しました。

その後も経過順調で、肺の治療などに時間を十分使い、術後3週間で元気に退院されました。

 

術後1年でお元気に暮らしておられ、大動脈弁(生体弁)も心機能も良好で、

左室壁厚も12-14mmまで改善しつつあります。

術後3年でも心臓・上行大動脈とも安定しており、お元気に過ごしておられます。

 

大動脈弁狭窄症は高度になれば手術前は突然死の心配もあり要注意です。

しかしいったん手術を乗り切ればあとはかなり安全性が高まります。

このケースのように気管支喘息などの肺疾患があっても

心臓の状態が改善しているため比較的工夫がしやすいです。

 

ただ肺疾患のために入院期間が長くなることがあり、

それを避けるために、上記のようにできるだけ手術をコンパクトにまとめ上げる、

熟練度を活かして短時間で仕上げるようにしています。

また近年はミックス手術(MICS、小切開低侵襲手術、代表例はポートアクセス法)で

早い社会復帰や痛みの軽減、きれいな仕上がりをはかることが増えました。

痛みが減れば、深呼吸などの呼吸訓練もやりやすくなり、安全性の向上に役立つのです。

その患者さんの状態にあったベストな方法を選ぶようにしています。

 

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3) 大動脈弁 ②大動脈弁狭窄症ではどんな注意を?

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: 突然死寸前の状態で来院された大動脈弁狭窄症の患者さん

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患者さんは69歳女性です。

重い大動脈弁狭窄症のため

和歌山県南部からはるばるハートセンターまで来院されました。

息苦しく立つことさえ厳しい状態でした。

 

弁は圧較差(弁の前後での圧の差、一般に60mmHg以上あればそろそろ手術が必要なレベ 術前長軸エコーです。大動脈弁はほとんど開かず、左室もぶ厚くなり高度の左室肥大でした ルです) 174mmHg、

弁口面積 0.27cm2(正常の10分の1未満)というシビアな状態でした。

弁口面積は0.6㎝2でオペが必要とガイドラインでは示されていますので、きわめて重い大動脈弁狭窄症です。

左室壁厚は部位によって17-19mmもあり高度の左室肥大でした。

駆出率も46%まで低下していました。

ガイドライン上、絶対の手術適応です。

 

しかも二次的に僧帽弁閉鎖不全症や肺炎(高感度CRP 9.98)まで発生していました。


長年の喫煙のためCOPD(たばこ肺)もあり、危険な状態でした。

地元で心臓手術を受けるには危険すぎると言われたそうです。(写真左)


心不全に肺炎と慢性のタバコ肺が加わった状態で来院されました

心不全と肺水腫に肺炎が合併していましたので

入院後2日間の間に抗生物質でこれをできるだけ治し、

CRP(感染などを調べる検査です、正常は0です)を3台にまで下げて手術に臨みました。

 

症状が強く、血行動態が不安定なため、

術直前に透視下にIABP(心臓補助のための風船ポンプ)を挿入・開始しました。

スムースに全身麻酔導入し、胸骨正中切開で心臓に到達しました。


体外循環・大動脈遮断下に上行大動脈を切開しました。

 

弁は3尖でいずれも石灰化が強く、その石灰化は弁輪までおよんでいました。

そのためこの弁は真ん中の小さい開口部のみというピンホール状態になっていました。

高度な大動脈弁狭窄症が確認されました。

確かに危ないところでした。弁と石灰を完全に切除しました。

(註:手術写真は現在工事中です、申し訳ありません)


狭小弁輪(弁の土台そのものが小さいこと)のため

高性能な新型ウシ心膜弁19mmを縫着しました。

通常の生体弁の23mm相当のサイズで

この患者さんの体格からは十分な弁口面積が得られると考えられました。


上行大動脈を2層に閉じて、数回にわたるエア抜きののち、体外循環を離脱しました。

離脱は強心剤なしで容易でした。

入念な止血ののちオペを終えました。


経食エコーにて弁の機能良好と狭窄・逆流等がないことを確認し、

また術前中等度あった僧帽弁閉鎖不全症が消失したことを確認しました。

これは大動脈弁が人工弁で良くなり、

左心室の圧がほどよく下がって自然に僧帽弁も逆流しなくなったわけです。

退院時には心臓も落ち着き肺もかなりきれいになりました。その後心臓の肥大も徐々に改善していきました。

術後経過は順調で、術翌朝、人工呼吸が外れ、

その翌日、一般病棟へ戻られました。

その後肺も回復し元気に退院されました。


大動脈弁狭窄症は圧較差が高くなると心不全、胸痛息切れが出てきて、

さらに進行すれば突然死も起こる病気です。

この患者さんの場合は突然死の一歩手前でした。

しかしいったん外科手術を乗り切ると普通の生活に戻れることが多く、

この患者さんもずいぶんお元気になられました。

遠方から時間をかけて定期健診に来て下さるのですが、

笑顔ではつらつとしておられる姿を拝見し、

お互い喜びがこみあげて来ます。

 

患者さんの決断と、ご指導下さった地域の先生に敬意を表したく思います。

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大動脈弁狭窄症にもどる

大動脈弁置換術にもどる

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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事例: 大動脈弁狭窄症に冠動脈病変を合併したご高齢患者さん

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近年は弁膜症患者さんも多種多様な病気をお持ちの方が増え、総合的に治すことがより大切になりました。

患者さんは86歳男性です。 弁膜症と冠動脈疾患のため心不全と心肥大が発生していました

大動脈弁狭窄症と上行大動脈拡張、

そして冠動脈2枝病変のため心不全となり来院されました。

他に心房細動と腎機能障害をお持ちでした。

 

左室駆出率38%(正常は60%台)と心臓の力が落ち、

大動脈弁口面積0.66cm2(正常の5分の1以下)、

圧較差53mmで、左室肥大著明(壁厚13.3-14mm(正常は7-11mm))、

このままでは危険なため手術を行うことにしました。

 

全身麻酔のもとで、まず胸骨を正中切開し、

冠動脈バイパス手術に使う左内胸動脈と左大伏在静脈を採取しました。

 

心臓は拡張が強く、かつ上行大動脈には石灰化病変を多数触れしました。


また上行大動脈は直径が5cmで大動脈弁置換術の際に上行大動脈置換術を行うべき水準ですが、

この患者さんの年齢・体力を考え、置換せず無理なく形成することにしました。

体への負担を減らすため、メイズ手術も含めて敢えて行わないことにしました。

 

冠動脈バイパス術、左内胸動脈を左冠動脈前下降枝につないだとことです 体外循環・心拍動下に左内胸動脈を左冠動脈前下降枝に吻合しました

(写真左、グラフト先端部はわざと盲端にする吻合法です)。

上行大動脈を最も硬化の少ない部位で遮断し、これを横切開しました。

 

弁は3尖(弁の可動部分が3つある正常タイプ)で、

大動脈弁は板のように硬くなり、相互に癒着もして、ほとんど開かない状態になっていました。危険な状態でした。 いずれも肥厚・硬化・石灰化が顕著でした(写真右)。

典型的な動脈硬化性の大動脈弁狭窄症の所見です。

 


弁を切除し、石灰を大動脈弁輪まで摘除しました。

サイズは21mmというこの患者さんには十分な生体弁が入ることがわかりました。

静脈グラフトを右冠動脈の枝につないだところです。 ここで右冠動脈の4PD枝に静脈グラフトを吻合しました

(写真左)。

これ以後、右冠動脈への心筋保護液はこのグラフト越しにも注入することにしました。

ここで再びAVR操作にもどり、ウシ心膜弁21mmを縫着しました(写真右)。 人工弁(生体弁)が入ったところです

大動脈は当て布を用いて2層に閉鎖しました。

この時、長期予後を改善すべく上行大動脈を縫縮し、

直径を小さくするようにしました。

 

最後に静脈グラフトの中枢吻合を行い、

117分で大動脈遮断を解除しました。

 

入念なエア抜きののち、体外循環を離脱しました。離脱は容易でした。

人工弁・バイパスとも出来上がりました。上行大動脈もやや細くなりました。 写真上は完成図を示します。

 

術後経過はおおむね順調で術翌日朝、抜管しその翌日、一般病棟へ戻られました。

その後お元気に歩いて退院されました。

術後のMDCTで冠動脈バイパスは2本とも良好に流れ、

左内胸動脈バイパスは良く流れていましたエコーにて生体弁も良く作動していました。

左室の駆出率は59%まで改善し、

人工弁の圧較差も21mmHgまで良くなっていました。

 

静脈バイパスも良く流れています 高齢でかつ動脈硬化が強い患者さんの場合、

こうした大動脈弁狭窄症冠動脈疾患はしばしば合併します。

 

その結果、突然死を含めた危険な状態が心配になる患者さんが増えました。

 

大動脈狭窄症そのものが、動脈硬化と同様に起こる、いわば弁硬化なのです。

いったんこうした状態で心不全が強くなると手術が必要になります。

動脈硬化が強いときは、脳梗塞などのリスクが上がることがありますが、

うまく工夫してそれらを切り抜けることが大切で、

いったん元気なれば心機能の改善も良好で、

その後の予後(見通し)は良くなります。

 

おまけにジーンと来た後日談があります。それはこちらに。

 

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大動脈弁狭窄症にもどる

大動脈弁置換術にもどる

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事例 病気を多くもった大動脈弁狭窄症の患者さん

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患者さんは、85歳男性。

大動脈弁狭窄閉鎖不全症(圧較差109mmHg)、

三尖弁閉鎖不全症(高度)、僧帽弁閉鎖不全症(軽度)、心房細動心不全、のため来院されました。

糖尿病、心筋梗塞後状態、睡眠時無呼吸症候群、呼吸機能障害などもお持ちでした。

現代の高齢化社会、西洋式生活の時代にはよくある状態です。

 

手術前の胸部レントゲン写真です。心臓が大きく肺にうっ血と胸水(胸に水が貯まる)が見られます。かなり苦しい状態です 上記疾患とくに大動脈弁狭窄症による心不全のためハートセンター内科にて治療を行っていました。

心臓カテーテルにて肺動脈せつ入圧が30mmHgもあり(つまり強い肺うっ血、心不全)、

このままでは退院できず危険なためご家族とも相談の上、準緊急で手術を行いました。

 

全身麻酔下でも肺動脈圧は50mmHg台で肺高血圧・左心不全の所見でした。

 

胸骨正中切開、心膜切開を行いますと、心臓は強く拡張し張っていました。

術前CTにて上行大動脈に多数の石灰化が見られたため、

表面エコーにて最も動脈硬化が少ない部位を調べ、ここを大動脈遮断部位としました。

 

体外循環(つまり人工の心臓と肺)・遮断(心臓を一時止めることです)下に大動脈を横切開しました。

できる最良の部位で遮断しましたが、それでも硬化はあり、

遮断が不十分で血液が少しは流出するためそれを心膜腔へ逃がすように工夫し、弁操作へと進みました。

なお大動脈や基部の内側にも多数の硬化病変がありました。

 

上行大動脈を開けて大動脈弁を調べているところ。弁がカチコチに硬くなっていて開きません。 弁は三尖で、

いずれも高度に肥厚・短縮・石灰化し、

弁口は真ん中のわずかな小穴だけになっていました(写真左)。

高度の大動脈弁狭窄症です。

弁と石灰化を大動脈壁付近まで十分に切除しました。

切除した大動脈弁です。カチコチに硬化しており、弁の本来のしなやかさはありません。 写真左は切除した弁尖で、

写真右は弁切除後・石灰摘除後の大動脈基部を示します。 大動脈弁輪の内側を示します

ここでウシ心膜弁(代表的な生体弁です)21mmのサイズを調べましたが、

患者さんの弁の土台が小さいため入りにくく、

この患者さんの術前状態からなるべく短時間で手術をまとめあげる必要から

あえて最適サイズをほぼ満たす19mmサイズのものを選択しました。

人工弁(生体弁)が入ったところを示します。自然な形で弁が入りました。 そのおかげで基部や弁輪の硬化にもかかわらず、

人工弁の座りは良好でした(写真下左)。

上行大動脈を2層に閉じて

90分で遮断を解除しました。

心拍動下に右房を切開しました。

大動脈基部の拡張のため、視野展開に工夫を要しました(写真下左、拡張した三尖弁輪の一部が見えます)。

三尖弁輪は拡張著明でした。 三尖弁は拡張著明で硬性リング28mmを縫着し、

良好な弁の閉鎖とかみ合わせを確認しました

(写真下右、リングの左側は大動脈基部です)。 三尖弁輪形成後。弁はきちんと閉じるようになりました。

右房を縫縮しつつ2層に閉鎖しました。

エア抜きと止血ののち、168分で体外循環を離脱しました。

離脱には少量のカテコラミン(強心剤のことです)を要しましたがおおむね容易でした。

春日井 右房縫縮後下右の写真は縫縮後の右房の姿を示します。

かなり正常サイズにもどりました。


経食エコーにて大動脈弁(生体弁)と三尖弁の機能良好を確認し、僧帽弁の逆流は術前より減少し良好、右房が小さくなったのを認めました。

術前の肝うっ血のため出血傾向は予想どおりあり、平素より時間をかけて止血をしました。

 

術後の胸部レントゲン写真です。術前よりかなり改善しました。なお術前は状態が悪くポータブルレントゲンで、やや大きめに映りますが、それを勘案しても心臓はかなり小さくなり改善しました。 術後経過は予測よりは順調で、出血もまもなく治まり、

血行動態(心臓や血圧そして全身の血のめぐり)は良好で心配された呼吸機能もまずまずの回復ぶりでした。

 

術前から肝うっ血のために総ビリルビンが3以上に上昇していたため、慎重に治療しましたが、

大過なく軽快されました。お元気に退院されました。

 

近年はこうした生活習慣病のデパートのような患者さんが増えました。

心臓手術もそのあとの治療も大変で、リスクも高くなるのですが、

それぞれの問題に対して手を打っていけばほとんどの場合乗り切れるようになりました。

患者さんやご家族の理解と協力も大変力になりました(ありがとうございます)。

まさに関係者全員のチーム医療ですね。

 

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