事例: 急性大動脈解離と大動脈弁閉鎖不全症

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急性大動脈解離はとつぜん、それもいのちにかかわる状態となる病気です。上行大動脈がやられるA型とやられないB型があり、A型では超緊急手術が患者さんを救います。心タンポナーデつまり血液が心臓の周りに貯まって圧迫したり、この方のように大動脈弁閉鎖不全症を合併すると一層急ぎます。

その病院の足腰の強さや基本姿勢が問われる病気ともいえます。

ハートセンターはまさにこうした病気の患者さんを救うために存在しているような病院で、社会にお役に立てればと念じています。

患者さんは79歳女性で、高血圧と高脂血症で近くの医院に通院しておられました。

とつぜんの胸痛で、当院へ搬送されて来ました。いそいで診断確定し、ただちに手術となりました。

手術室の準備ができ次第、患者さんを搬送し全身麻酔を導入しました。

図1血行動態は頻脈でプレショック状態でしたので、解離のためタンポナーデが発生しているものと考え、急遽オペ開始しました。

この時点でアニソコリア(左右の瞳孔サイズが違うこと)があり強い脳虚血の懸念がありました。早く手術しないと脳死になる恐れが迫っています。

図2
急いで心膜を切開しますと暗赤色の血液が噴出しタンポナーデ状態であることが確認されました。

左写真でソーセージのように赤く見えているのが上行大動脈です。

突然高血圧になって大動脈が破裂しないよう、血圧が徐々に上がるよう血液とクロット(血の塊り)を心のうからゆっくり吸引し血行動態は安定しました。

写真上右は上行大動脈の解離を、写真左は解離した上行大動脈―近位弓部大動脈の外観を示します。

 

左大腿動脈送血、上下大静脈脱血管にて体外循環を開始しました。

図3全身を約20℃まで冷却しつつ、頭部は氷嚢で追加冷却し、かつバルビタール等で脳保護に努めました。

体温が20℃になったところで循環停止し、上行大動脈を横切開しました。

最近は28℃程度でより迅速に自然に治すことが増えましたが、この患者さんのように脳保護が大切なときには有用な方法かも知れません。

解離腔には暗赤色のクロットが見られ、これを摘除しました。

内膜は上行大動脈遠位部の内側(主肺動脈側)に亀裂があり、これがエントリーと考えました(写真上左、ハサミの先端やや左側の部位が亀裂です)。
図4

上行大動脈を切除し近位弓部大動脈を露出したところで、GRFグルーをもちいて、近位弓部大動脈の断端を補強しました(写真右)。

図5ダクロンフェルトストリップを用いて

ヘマシールド人工血管1分枝付き26mmを近位弓部大動脈に縫合しました(写真左)。

現在はさらに高性能の人工血管で一段と出血が減っています。

十分なエア抜きののち、24分で体外循 図6環を再開し、復温に入りました(写真下右)。
縫合部の止血を確認・補強後、上行大動脈基部をトリミングし、

図7大動脈基部には弁のなかほどのレベルまで解離があったため、

GRFグルーで内膜と外膜を固定しました(写真左)。

さらに 図83つの交連部を内外のフェルト付き糸でリベットを打つように固定し、

再解離しにくく、またARの発生を抑えるようにしました(写真右)。
上記人工血管の反対側を大動脈基部と縫合しました。

110分で大動脈遮断を解除しました。入念な止血とエア抜きののち、体外循環を離脱しました。

図9離脱は容易でした。

写真左は近位弓部大動脈人工血管置換術後の外観を示します。
経食エコーにてA弁と左室の機能良好を確認しました。

入念な止血ののち手術を完了しました。

麻酔導入のころに見られた瞳孔不同は体外循環再開後は正常化し安定しました。

術後経過はまずまず順調で、出血も治まり、術翌日朝に抜管いたしました。

神経学的にも明からな異常はありません。

術後経過は良好で、年齢とリハビリをじっくり行い、手術後3週間で元気に退院されました。

その1年半後、息切れのため米田の外来へこられ、右冠動脈の狭窄が判明、カテーテルによるPCI治療で軽快しました。

大動脈の術後4年が経ちますが、お元気にしておられます。かつての緊急手術の甲斐があったと喜んでいます。もはや急性大動脈解離でいのちを落としてはもったいないと思います。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: 急性大動脈解離で緊急手術

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急性大動脈解離は大動脈の壁が内外に裂けておこる病気です。

このなかでスタンフォード分類A型とよばれる上行大動脈が解離するタイプは緊急で手術しなければ発症2日間で患者さんの約半数が亡くなるという大変な病気です。

慣れたチームなら緊急手術することで 95%以上の確率で治すことができ、的確な治療がいかに大切かがわかる病気です。

以下の事例は57歳女性で、急性大動脈解離(スタンフォードA型)に大動脈弁閉鎖不全症を合併し、危険な状態になっていたため近くの病院から緊急搬送されました。

心膜切開後の所見手術にて心膜を切開したところ、心のう内には血液はありませんでした(左図)。

上行大動脈が解離して太くなり、かつ表面が赤黒くなり破れる寸前の状態であることがわかります。

手術開始直前の血圧低下はおそらく解離した上行大動脈がSVCを圧迫していたためと推察しました。

解離は弓部大動脈から大動脈基部近くまで見られました。

Ao切開体外循環を開始しました。体温が21℃まで低下したところで循環停止としました。

上行大動脈を横切開しました(右図)。

エントリーらしいものを切開部付近に認めた以外は末梢側・中枢側とも内膜は大丈夫でした。

 

GRF糊注入上行大動脈遠位部を近位弓部大動脈まで切除し、

外膜と内膜をGRF糊(のり)で固めたあと(写真左)、

ダクロンヘマシールド人工血管24mmを吻合しました(写真下右)。  遠位部吻合チェック

エア抜きののち、22分で循環停止を完了し、通常の体外循環に復しました。

 

吻合部の止血確認・補強ののち、大動脈基部を剥離・トリミングしました。

AVP大動脈基部は無冠尖NCCと右冠尖RCCを中心に解離していたため、GRF糊を用いて解離部を固定し、さらに各交連部をすべて吊り上げ固定して解離やARの進展を防ぐようにしました(写真左)。

その 中枢側吻合上で上記のダクロン人工血管を縫合しました(写真下右)。

 63分で大動脈遮断を解除し、105分で体外循環を容易にカテコラミンなしで離脱しました。

 

十分な止 完成図血ののち手術を明け方に終えました(写真左)。

術後経過は順調で、手術翌日には集中治療室を元気に退室され、10日後には退院されました。

手術から4年経つ現在も、ときどき定期健診のため外来へ来られます。

お元気なお顔を拝見するたびに、急性解離は患者さんが生きているうちに熟練チームでしっかり治すことが大切と実感します。


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急性大動脈解離の治療ガイドライン

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急性大動脈解離、つまり大動脈の壁が急に内外に裂ける病気はタイプによっては急速に死に至る大変な病気です。

しかし現代の心臓血管外科・循環器内科・救急救命科の水準は高くなり、熟練したチームなら急性大動脈解離の大半を救命できるようになりました。

 

そこでもガイドラインが活躍しています。

日本循環器学会のガイドラインは、大動脈疾患のエキスパートが多数集まって、十分な検討のうえで作成された指針です。

これを踏まえることで、個々の患者さんやその病院の特徴を加味して正しい治療法が選択しやすくなっています。

 

◆スタンフォードA型急性大動脈解離の治療ガイドライン(抜粋要約)

SUtypeAdissectクラスI つまり強くお勧めできる治療は

偽腔が開存しているときの緊急の心臓血管手術

偽腔の破裂、再解離、心タンポナーデ、脳循環障害、大動脈弁閉鎖不全症、心筋梗塞、腸管虚血、四肢血栓塞栓症などがあるときの心臓血管手術

 

クラスIIa つまりお勧めできる治療は

血圧コントロール、疼痛に対する薬物治療に抵抗性のときの心臓血管手術

 

◆スタンフォードB型急性大動脈解離の治療ガイドライン(抜粋要約)

SUtypeBdissectクラスI つまり強くお勧めできる治療は

合併症のない偽腔開存型および偽腔閉塞B型解離に対する内科治療

偽腔の破裂、再解離、心タンポナーデ、脳循環障害、大動脈弁閉鎖不全症、心筋梗塞、腸管虚血、四肢血栓塞栓症などの場合の心臓血管手術

 

クラスIIa つまりお勧めできる治療は

血圧コントロール、疼痛に対する薬物治療に抵抗性の大動脈解離に対する心臓血管手術

血圧コントロールに対する薬物治療に抵抗性の大動脈解離に対する内科治療

 

詳細はガイドラインをご参照ください。日本循環器学会HPなどで見ることができます。

 

急性大動脈解離のA型は最初の2日間に半分の患者さんが亡くなる恐ろしい病気で心臓血管手術が緊急で必要ですし、B型も通常は内科治療つまり点滴やお薬で行けますが、心臓血管手術が必要となることがあるわけです。

Ilm22_ba01054-sなおステントグラフト(略称EVAR)は前もって人工血管をデザインし作成する必要から、現時点では緊急手術が多い急性大動脈解離には使えないことが多いです。

 

ともあれ、大動脈解離と言われれば至急、経験豊かなエキスパートに相談するのが理想的でしょう。

 

メモ: かつて急性大動脈解離の患者さんが、やや時間が経ってから病院へ来られ、緊急手術の準備中に死亡されたことがあります。

あと1時間早く来て下されば救命できたのに、という悔いが残っています。

こうしたことが起こらないように、強烈な胸痛や背部痛が突然起こればすぐ病院へ行きましょう。

 

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8) 大動脈瘤や大動脈解離の患者さんを助けるために大切なことは?【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月23日

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Q: 大動脈瘤や大動脈解離の患者さんを救命するために大切なことは?

 

Ilm22_ba01054-s  大動脈瘤大動脈解離破裂して、病院へ来るまでにすでに血圧が出なくなり、つまりすでにお亡 くなりになっていた患者さんもあり、内科や開業医の先生方とさらに連携を強めて、「生きているうちに手術室 へ行こう、そうすれば勝ち目は十分」という啓蒙活動を行っています。

 .

とくに急性大動脈解離は時間単位で患者さんがお亡 くなりになるため、タイミングを逃さず診断し緊急手術することで患者さんを救命できます。

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なかでも血圧が低下しているときや、脳虚血の所見があるときは、まもなく急死する恐れがあり、急ぎます。(心臓手術事例:急性大動脈解離と大動脈弁閉鎖不全症

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Gum11_sy01045-sこのように大動脈瘤や大動脈解離は時間勝負という一面があります。そのために、患者さんというより市民の立場からは強い胸痛や背部痛があれば直ちに救急受け容れができる病院へ連絡することが命を救います。

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これによって死亡寸前であった患者さんが救命できることもしばしばあります。

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◼️マルファン症候群の方々には

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また解離を起こしやすい状況の方、たとえばマルファン症候群の方なども同様にいざというときの心の準備をしておくと役立ちます。

最近増えた患者さんの生きる知恵のひとつとして、「顔見世」受診があります。大変良いことと思います。つまりマルファン症候群や大動脈解離の既往などがあって、いざというときのために前もって来院し、カルテをつくり、血液型その他のデータを確認し、私たちと顔なじみになっておかれるのです。これはもしもの緊急事態には役に立つでしょう。どういう患者さんでどういう状態が正確に把握したうえでの緊急手術なら安全性も上がるからです。

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その一方、通常の大動脈瘤は定期健診たとえば胸部レントゲン写真などである程度早期発見できますし、疑えばCTスキャンで患者さんには苦痛なく確実に診断ができます。平素のコミュニケーションと信頼関係がいざというときに威力を発揮するのです。

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9) 大動脈炎症候群の患者さんでは手術できるのですか?へ進む

3.大動脈疾患 扉ページへもどる

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事例 2 急性大動脈解離に対するヘミアーチ置換術 (73歳女性、AS、MR、大動脈解離)

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21_2手術事例2-1上行大動脈は解離のため膨れかつ青くなっています(矢印)。

破裂寸前の状態でした。

急性大動脈解離の手術では心膜を開けるときの対応が重要で、

ある程度以上タンポナーデになっているケースではそっと開けて血圧が急激に上昇しないよう注意が必要です。

ショック状態や心停止なくここまで来れば救命率は極めて高くなります。

 

22_2症例2-2低体温循環停止のもと、上行大動脈を切開しました。

解離腔が見えます(矢印)。

急性大動脈解離に対しては約8年前まではGRFグルーを使用し、実際有用で便利な道具ですが、その後組織を壊死させるという報告が出されたため個人的には使用はケースバイケースにしています。

吻合は外膜を活用し強度と止血を達成するようにしています。

Davidの方法で、グルーもプレジェットも使わないテレスコープ法(望遠鏡のような構造で人工血管が内側に入る)でプロレーンの連続縫合で一気に終わります。循環停止時間15分程度であれば脳保護の点でも有利です。


23_2症例2-3人工血管(矢印)を用いた遠位側吻合が完了しました。
循環再開しています。

適宜プレジェット付きプロレーンで吻合部を補強します。

テキサスのサフィー先生・コセリ先生のご推薦の方法です。この10年以上使って来ましたが、良い方法と思います。

日本では山本晋先生らも愛用しておられます。

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症例2-4 大動脈基部での吻合準備中。
24_2   解離がおよんでいるのが見えます(矢印)

この吻合も人工血管を内側におくテレスコープ法でとくにプレジェットを使いません。

なお大動脈基部に解離が及んでいる場合、冠動脈口とくに右冠動脈口の周囲をプレジェット付き糸で内外に補強(リベット打ちと呼んでいます)し、大動脈弁の3つの交連部も同様に補強し安全を期します。

GRFグルーは使わないか、使っても少量が良いと考えています。

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25症例2-5 大動脈弁(矢印)に狭窄と病変があったため、
通常とは異なり弁置換することにしました。

このように弁の破壊が進んでいるケースでは、患者さんの年齢によっては生体弁の方が有利なことがよくあります。

内容をしっかり吟味して方針を決めることが大切です。

急性大動脈解離でも高齢者の症例が増え、こうしたケースがよく見られるようになりました。

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26 症例2-6 僧帽弁(矢印)を観察すると弁輪形成が必要な
状況でした。

弁葉がやや短縮し、弁輪が広がり気味であることも加わり、弁葉が閉じられなくなったようです。

術後の心不全を防止し立ちあがりを促進するために僧帽弁輪形成術は有用なことが多々あります。

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27症例2-7 僧帽弁輪を形成しました。

矢印は形成用リング。

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できるだけ患者さん自身の僧帽弁を活用するようにしています。

.工夫して左室内圧を高め、逆流試験にも合格です

 

28症例2-8 大動脈弁置換(AVR)完了しました。
矢印は生体弁です。

なお弁尖が柔軟に保たれている場合であれば、大動脈弁形成術David手術(自己弁温存式大動脈基部再建)を行います。

70歳以上の高齢者では自己弁と生体弁のどちらがその患者さんの長期予後に有利かを考慮して術式決定します。

この年齢であれば生体弁は確実に20年前後持つため有利なことが多いと思います。

 

 

29症例2-9 右冠動脈に静脈グラフトを吻合しているところ。

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.冠動脈をしっかり再建しておくことは、安全上からも、術後の患者さんの生活の質(QOL)を守る上からも大切です。

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210症例2-10 冠動脈バイパス手術の中枢側吻合が仕上がり、すべての操作が完了しました。

急性大動脈解離の手術の仕上がりです。

最初の写真と比べると、上行大動脈がかなり細く、正常のサイズに戻ったのが判ります

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患者さんは元気に回復されました。

急性大動脈解離では手術しない場合のリスクは極めて高い(発症2日間で50%近い患者さんが死亡される)ですが、手術のリスクはそれよりはるかに低く(術前心停止などがなければ100%近い救命率)、手術はリスクベネフィット比が高い治療法の一つです。

 

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