冠動脈の治療、日本の新しいガイドライン

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狭心症や心筋梗塞に代表される虚血性心疾患の治療の中で冠動脈の治療はその中心を占めます。

医学の歴史のなかではお薬などの内科的治療(保存的治療とも言います)から始まり、外科的治療つまり心臓手術でしっかり治せるようになり、さらにまた内科的治療(こんどはお薬だけでなくカテーテルとか内視鏡その他も含めて)が皮膚を切らずに治せる、患者さんに優しい治療として進歩する、という変遷をたどることが多くありました。

冠動脈治療も同様に、お薬の治療から1960年代に冠動脈バイパス手術が始まり、効果があるため世界中に広がって行きました。1980年代にカテーテル治療が発達し、1990年代にはステントが広がって次第に外科治療に代わる代表的治療法となって行きました。

2000年代にはいって薬剤溶出ステント(略称DES)という抗がん剤などをコーティングしたステントができ、再狭窄が少ないためこれまでのステント(ベアメタルあるいはBMSと呼ばれます)に代わって増えて行きました。

当時はこれでバイパス手術が次第に消えて、ステントに代表されるカテーテル治療(PCI)で冠動脈治療のほとんどは行われるのではと予想されたものです。

ところがこの素晴らしいDESにも弱点があることが判明し、雲行きはまたあやしくなりました。DESを入れた冠動脈は、プラビックスなどの強いお薬(抗血小板剤)を複数使わないと心筋梗塞を起こして患者さんが突然死することが以前から知られてはいましたが、いつまでたってもなかなかそのお薬が切れないのです。

さらにそれまでのBMSと呼ばれるステントは患者さんの生命予後を改善する傾向がありましたが、DESではその効果がないのです。

その一方、冠動脈バイパス手術(略称CABG)は皮膚や骨(胸骨)を切るという、野蛮な一面はあるものの、手術のあとの安定度が良く、患者さんの生命予後を改善するつまり長生きできることが次第に明らかになりました。

冠動脈バイパス手術(CABG)は当初は大伏在静脈が中心でしたが、1980年代から内胸動脈(略称ITA)を使用するようになり、成績が改善しました。1990年代からは左右2本の内胸動脈を使用する施設も増え、1本使用より優れた成績が次第に明らかとなりました。さらに1990年代から体外循環を使わない、オフポンプバイパスという方法が汎用されるに連れて、脳梗塞や出血などがさらに減るようになりました。

こうしたカテーテル治療と冠動脈バイパス手術の進歩を受けて、欧米で2000年代後半に行われた大規模臨床試験がシンタックス研究(Syntax Trial)です。

この臨床研究にはもともと外科のバイパス手術の対象となっていた重症例たとえば3枝病変や左冠動脈主管部病変などが主であるため、外科の特長がよく見えるのではないかという期待がありました。たぶん5年から10年の間に大きな差がでるのではと思っていた医師も多かったと思います。

ところが、治療後わずか3年で重症例では生存率の差がはっきりと出て、冠動脈バイパス手術の良さが見直されることになりました。

それを受けて2年前のESC(ヨーロッパ心臓学会)、EACTS(ヨーロッパ心臓胸部外科学会)のガイドラインが改訂され、重症の冠動脈病変の大半で冠動脈バイパス手術をクラスIつまり強くお勧めという位置づけになりました。

日本でも上記のシンタックストライアルの結果や、国産データベースであるKredo Kyotoあるいは多数の臨床検討をもとに新しい冠動脈治療のガイドラインが発表されました(Medical Tribune誌などで)。

日循ガイドライン2012これを見ますと、重症冠動脈疾患の多くは外科手術が勧められ、カテーテルによる治療は主に軽症の疾患に良いという方向性が明らかになりました。

左図でIAとあるのは本格的・科学的なデータにもとづいて、しっかりお勧めできる治療法という意味です。IIaはお勧めできる可能性が高い、IIbはお勧めできるかも知れないレベルとお考えください。IIIはやってはいけないレベルです。

このガイドラインでは、すでに欧米では常識になっているハートチームという考え方も導入されました。

つまり内科、外科その他関係の領域のチーム全体で治療方針を熟考し決定することが日本では初めて求められたのです。

またステートメントとして、DESが患者の生命予後や心筋梗塞発症率を改善するというエビデンスがないことも明記されました。

同時に冠動脈バイパス手術が生命予後や心筋梗塞発症率を改善する、つまりそれだけ長生きできることも明記されたのです。

 

かつては冠動脈の領域ではガイドラインを無視する医師も少なくなく、カテーテル治療ができるなら何でもカテーテル治療すれば良いとする空気が日本ではありました。

Illust215bしかし最近の流れは、医療の客観化・公正化や安全管理の徹底、あるいはEBM(証拠にもとづく医学・医療)が年々定着し、医師が独断で治療法を決めるという昔の風習が廃れる方向にあります。これは若い医師の間でとくに顕著です。

どんな治療でも、それができるからやる、というのではなく、それが患者さんにとってベストだからやる、それも科学的データに基づくものだからやる、これが現代の医療の正しいあり方です。

その意味で冠動脈治療の新しいガイドラインは大きな影響力をもつものと考えられています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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腹部大動脈瘤の治療ガイドライン

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Ilm19_ca06026-s腹部大動脈瘤はある程度の大きさになると急に破れやすくなる病気です。

いったん破れてしまうと病院にたどり着くまでに死亡したり、到着しても全身状態が悪化して手術の成績は極めて不良です。

その一方、状態が良いうちにゆうゆうと手術すれば死亡率はほぼゼロまで良くなっています。

こうした状況を考えてガイドラインが作られています。手遅れにならぬように、しかしまだ不要な手術や治療を避けられるように。

 

日本循環器学会のガイドライン、非破裂腹部大動脈瘤手術適応から、抜粋要約します

 

図1bクラスI つまり手術を強く勧められるのは

男性で瘤の最大横径>5.5㎝

女性で瘤の最大横径>5㎝

 

クラスIIa つまり手術を勧められるのは

最大横径>5㎝ か瘤の拡張速度>5mm/6か月か

腹痛・腰痛。背部痛などの有症状あるいは

感染性動脈瘤

 

クラスIIb つまり手術はケースバイケース、よく検討してから、は

最大横径4-5cmで

手術危険度が少なく生命予後が見込める患者で、経過観察のできない患者

 

詳しくは日本循環器学会のホームページなどをご参照ください。

およそ5cmを超えれば注意し、専門家と相談することが安全でしょう。

 

メモ: 腹部大動脈瘤が上記のように大きくなり手術が必要な場合にも、現在は従来型の手術と、お腹を切らずに行えるステントグラフト(略称EVAR)があります。

さらに、手術の場合でも皮膚を小さく切り、苦痛が少なくてすむ方法が使えます。

そこで創よりもいのちを優先することが患者さんにとって、やりやすくなりました。

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胸部大動脈瘤の治療ガイドライン

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胸部大動脈瘤はその部位によって心臓や脳、脊髄、腹部内蔵、などの重要臓器と関連するため、心臓血管手術の中でも昔から大きな手術として扱われて来ました。

近年は専門チームでの手術成績が格段に良くなり、病気の性質上、破れてしまうと手遅れになることが多いためもあって、やや早めに手術する方向にあります。

それだけに確実に、安全に治す必要があるとともに、今後破れる恐れの高い状態をより正確に把握し判断する努力も大切です。

日本循環器学会の胸部大動脈瘤における治療の適応ガイドラインはこうした意味でもお役に立つでしょう。以下、ガイドラインからの抜粋、要約です。

 

クラスI つまり強くお勧めできる治療法は

最大短径6cm以上に対する心臓血管手術

 

クラスIIa つまりお勧めできる治療法は

最大短径5-6cmで、痛みのある胸部・胸腹部大動脈瘤に対する心臓血管手術

最大短径5cm未満、症状なし、COPDなし、マルファン症候群を除く、の胸部あるいは胸腹部大動脈瘤に対する内科治療つまり点滴やお薬による治療

 

このように基本的に最大短径6cm以上か、それ以下でも症状があるときに手術となるわけです。

Ao Sac aneu
なおこのガイドラインには、マルファン症候群やのう状瘤を除く、と明記されています。

写真右は嚢状瘤の一例です。

マルファン症候群やのう状瘤つまりポコッと局所的に膨らむ瘤では6cmより小さい瘤でも破裂することが知られています。

そこでもう少し小さい段階でも心臓血管手術を行うことがあるわけです。

実際、直径5cmあまりの上行大動脈瘤をもつマルファン症候群の患者さんを定期健診していたところ、ある日突然A型解離を発生され、緊急手術でお助けした経験が昔、10年以上前にありました。

直径5cm程度でも解離が起こる恐れがあるため、もし強い胸痛発作がおこればすぐ病院へ来て下さいと平素から打ち合わせをしていたのが役立ちました。

その場合、当時の大学病院では緊急対応しづらいことも考え、近くの民間施設においでと伝えておいたのが功を奏し、ただちにその病院で合流し、緊急手術、軽快退院されました。

やはり備えあれば憂いなしですね。

 

またステントグラフト(EVAR)をもちいた治療も進化を続けています。

胸部大動脈瘤のなかでも下行大動脈瘤ではEVARは活躍の方向にあり、それ以外の弓部大動脈瘤などでもこれまでの手術が危険すぎるときなどに、弓部血管バイパス術と併用してEVARを行うこともあります。

今後が期待される領域でしょう。

 

これからもガイドラインをきちんと守って早め早めに対策を立てるのが良いでしょう。

 

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慢性大動脈解離の治療ガイドライン

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大動脈解離つまり大動脈の壁が内外に裂けて血液がその隙間に流れ込む病気では、タイプによって緊急手術しなければまもなく死亡することが多くあります。

いわゆる急性大動脈解離のA型と呼ばれる、主に上行大動脈が解離で壊れるときですね。

その一 Aortic Dissect方、B型といわれる、下行大動脈が解離する病気では通常手術ではなく、点滴やお薬で治します。

 

しかしいずれの場合でも、その後時間が経って、解離した大動脈や手術した以外の部位 の大動脈が膨らんできて破れそうになれば、つまり慢性大動脈解離の状態になれば手術が必要がことがあります。

 

以下はその慢性の大動脈解離の患者さんのための治療ガイドライン(抜粋・要約)です。

 

◆大動脈解離における亜急性期および慢性期治療の適応

 

クラスI つまりつよくお勧めできる場合は

 

大動脈の破裂、大動脈径の急速な拡大(6か月間で5mmを超える)にたいする心臓血管手術

大動脈径の拡大(60mm以上)をもつ大動脈解離例に対する心臓血管手術

そのいっぽう、大動脈の最大径50mm未満で合併症や急速な拡大のない大動脈解離には内科治療(つまり点滴やお薬など)が強く勧められます

 

クラスIIa つまりお勧めできるのは

 

お薬によりコントロールできない高血圧をもつ偽腔開存型大動脈解離に対する心臓血管手術

大動脈最大径55-60mmの大動脈解離に対する心臓血管手術

大動脈最大径50mm以上のマルファン症候群に合併した大動脈解離に対する心臓血管手術

 

クラスIIb つまりお勧めできるかどうかは微妙、ケースバイケースなのは

大動脈最大径50-55mmの大動脈解離に対する心臓血管手術

 

詳細は日本循環器学会のホームページなどのガイドラインの項をご参照ください

 

定期検診(健診)は大切ですなおステントグラフト(略称EVAR)は複雑に偽腔(解離腔)が入り込む慢性解離には使えないことが多いです。また大動脈基部などにも使えません。将来の展開は期待されますが。

 

ともあれ大動脈解離は急性期を無事乗り切ってお元気になられたあとも、定期健診を受けて、安全を確保することが安全上必要な病気です。

ゆめゆめ油断されることのないように、お願いします。

 

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急性大動脈解離の治療ガイドライン

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急性大動脈解離、つまり大動脈の壁が急に内外に裂ける病気はタイプによっては急速に死に至る大変な病気です。

しかし現代の心臓血管外科・循環器内科・救急救命科の水準は高くなり、熟練したチームなら急性大動脈解離の大半を救命できるようになりました。

 

そこでもガイドラインが活躍しています。

日本循環器学会のガイドラインは、大動脈疾患のエキスパートが多数集まって、十分な検討のうえで作成された指針です。

これを踏まえることで、個々の患者さんやその病院の特徴を加味して正しい治療法が選択しやすくなっています。

 

◆スタンフォードA型急性大動脈解離の治療ガイドライン(抜粋要約)

SUtypeAdissectクラスI つまり強くお勧めできる治療は

偽腔が開存しているときの緊急の心臓血管手術

偽腔の破裂、再解離、心タンポナーデ、脳循環障害、大動脈弁閉鎖不全症、心筋梗塞、腸管虚血、四肢血栓塞栓症などがあるときの心臓血管手術

 

クラスIIa つまりお勧めできる治療は

血圧コントロール、疼痛に対する薬物治療に抵抗性のときの心臓血管手術

 

◆スタンフォードB型急性大動脈解離の治療ガイドライン(抜粋要約)

SUtypeBdissectクラスI つまり強くお勧めできる治療は

合併症のない偽腔開存型および偽腔閉塞B型解離に対する内科治療

偽腔の破裂、再解離、心タンポナーデ、脳循環障害、大動脈弁閉鎖不全症、心筋梗塞、腸管虚血、四肢血栓塞栓症などの場合の心臓血管手術

 

クラスIIa つまりお勧めできる治療は

血圧コントロール、疼痛に対する薬物治療に抵抗性の大動脈解離に対する心臓血管手術

血圧コントロールに対する薬物治療に抵抗性の大動脈解離に対する内科治療

 

詳細はガイドラインをご参照ください。日本循環器学会HPなどで見ることができます。

 

急性大動脈解離のA型は最初の2日間に半分の患者さんが亡くなる恐ろしい病気で心臓血管手術が緊急で必要ですし、B型も通常は内科治療つまり点滴やお薬で行けますが、心臓血管手術が必要となることがあるわけです。

Ilm22_ba01054-sなおステントグラフト(略称EVAR)は前もって人工血管をデザインし作成する必要から、現時点では緊急手術が多い急性大動脈解離には使えないことが多いです。

 

ともあれ、大動脈解離と言われれば至急、経験豊かなエキスパートに相談するのが理想的でしょう。

 

メモ: かつて急性大動脈解離の患者さんが、やや時間が経ってから病院へ来られ、緊急手術の準備中に死亡されたことがあります。

あと1時間早く来て下されば救命できたのに、という悔いが残っています。

こうしたことが起こらないように、強烈な胸痛や背部痛が突然起こればすぐ病院へ行きましょう。

 

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学会の「ガイドライン」を考える

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さまざまな病気の治療を全国どこにいる人にも、高いレベルで正しく、かつ最適なタイミングで提供できれば、素晴らしいことと思います。読者の皆様も同感と思います。

 

Ilm01_bb02033-s この目的で作られているのがガイドラインです。

心臓病、心臓血管病の場合は日本では日本循環器学会というトップの学会が代表的な心臓病の治療や診断のためのガイドラインを作成しています。

アメリカ(AHAやACC)やヨーロッパ(ESC)にも同様のものがあり、

いずれもその国の心臓病・循環器疾患を代表する学会が、

多数の専門家が時間をかけて十分検討し、その時代の正しい医療の目安になる、立派なものです。

 

私自身、このガイドライン作成や評価にご指名にて委員として参加させて頂き、

これまで何度もご協力させていただいて参りました。

直接お目にかかる患者さんたちはもちろん、

お会いする機会もない全国のさまざまな心臓病患者さんにお役に立てる、光栄な仕事と思い、ご協力して来ました。

多数の専門家だけでなく、それ以外の専門家にも数名以上参加いただき、

時間をかけてダブルチェック、トリプルチェックして、内容的に万全を期するようにしてあります。

 

JCSguideline たとえば弁膜症の治療についても立派なガイドラインがあります(事例1事例2)。

これを念頭において治療方針を立てれば、的確かつ適切な、安全な治療ができます。

心臓手術を例にとっても、早すぎる手術つまり不急や不要な手術を避けることができますし、

逆に手遅れを回避することもできます。

 

世の中の医師には、循環器を標ぼうしている医師といえども、

このガイドラインを知らない、あるいは多少は知っていてもまじめに順守しない向きがあり、困ったことです。

そのために患者さんが的確な治療とくに心臓手術のタイミングを失い、突然死あるいはそれに近い状態で命を落とすというケースが後を絶ちません。

 

患者さんが適切なタイミングで手術を受けて、もしも不幸にして亡くなった場合、

それを心臓外科医の責任とするのは当然のことと思います。

そうした場合、心臓外科医は甘んじてそのご批判を戴き、

謝罪だけでなくしっかりとしたご説明をし、また改善策を示す義務があると思います。

 

その一方、患者さんを納得させられず、心臓外科医と相談する機会も得られず、

心臓手術の恩恵を受けることなく患者さんが合併症などでお亡くなりになるとき、

それは内科医の責任なのです。

決して患者さんや病気の責任ではありません。

こうした医師としての基本がわかっていない、そういう方がまだ世の中におられると聞きます。残念なことです。

 

Illust205 患者さんはまさにさまざまな悩みや人生を抱えた、生きたひとですから、

ガイドラインがそのまま適応しづらいこともあります。

しかしそれを十分に、わかりやすく説明し、

それこそ池上彰さんレベルのわかりやすさでお話し、考える材料を提供するのがプロの務めというものです。

またガイドラインを活かすためにさまざまな工夫をして患者さんから話や情報を聴きだすことも臨床医の基本です。

 

また専門家によっては自分の関心のないことに力を入れないというケースが少なからず見られます。

こうしたことは医療以外の、世間一般的にはある程度は個人の自由として認められていますが、病院や医療の世界では危険なことです。

 

医療は家電製品のように均一化がまだできていない領域ですつまり医療はまだまだ他の産業のような品質管理や均一化ができていない領域なのです。

これをひとは「医者選びも寿命のうち」と言われます。

残念ながら現在もそれは本当です。

 

患者さんや地域医療の先生方にあっては、病気の治療とくに心臓手術などの大きな治療を考えるとき、ガイドラインとともに複数の専門家のご意見を聴かれることをお勧めします。

同じ科でも複数の病院で意見を聴いてみる、

あるいは同じ病院でも内科と外科の意見を聴いてみる、

そうすることで、幅広い視野や十分な情報が得られ、安全性が確保されやすくなるでしょう。

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三尖弁閉鎖不全症の治療ガイドライン―患者さんの救命に役立つことも

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米国のACC学会とAHA学会の合同ガイドラインが2014年に改訂されました。

その概要を以下に記載します。

的確な適応とタイミングで患者さんの予後がさらに改善することが期待されます。

2014AHA-ACC_GL TR

このガイドラインの原文は英語で、一般の方々にわかりづらそうなところは日本語訳いたしました。

症状がある、高度のTRが手術適応になりやすいのはわかりやすいところですが、高度でないTRでも左心系弁手術のときに三尖弁輪拡張が著明ならやる意義があるというのを知らない方が多いようです。患者さんのためにこうしたことをガイドラインが明記したのは素晴らしいと思います。


なお以前のガイドラインと解説をご参考のため以下に示します

 

****** 以前のガイドライン ******

三尖弁閉鎖不全症(TR)は油断すると命にかかわる重い病気です。

そのため内外の主要学会でもガイドラインが作成され、三尖弁

手遅れのないように、また不要な手術や治療も避けられるように、

努力がなされています。

 

私たちはガイドラインやEBM(証拠にもとづく医学医療)を基準にして手術や治療にあたっています。

三尖弁閉鎖不全症については三尖弁輪形成術つまりリング(右図)をつけるだけでは治せないケースに対して

僧帽弁 RingTAP形成術で培った人工腱索の技術をもちいて三尖弁置換術を避けて

形成術を完遂することがあるため将来のガイドライン発展にも貢献できればと考えています。

 

以下にアメリカの心臓関係でのトップ学会であるAHAとACCの三尖弁閉鎖不全症などへのガイドラインを引用します。

正確を期するために原文と著者の邦訳を併記します。
(JACC Vol. 48, No. 3, 2006 Bonow et al. e71 August 1, 2006:e1–148)

 

Class I (著者註:有効性が証明済み)
Tricuspid valve repair is beneficial for severe TR in
patients with MV disease requiring MV surgery.
(Level of Evidence: B)
手術が必要な僧帽弁膜症をもつ患者で高度なTRをもつ方に三尖弁形成術は有用です

Class IIa (著者註:有効である可能性が高い)
1. Tricuspid valve replacement or annuloplasty is reasonable
for severe primary TR when symptomatic.
(Level of Evidence: C)
症状ある高度TRに対して三尖弁形成術や三尖弁置換術は理にかなっています

2. Tricuspid valve replacement is reasonable for severe
TR secondary to diseased/abnormal tricuspid valve
leaflets not amenable to annuloplasty or repair. (Level
of Evidence: C)
三尖弁輪形成術で治せないような高度TRに対して三尖弁置換術は理にかなっています

Class IIb (著者註:有効性がそれほど確立されていない)

Tricuspid annuloplasty may be considered for less
than severe TR in patients undergoing MV surgery
when there is pulmonary hypertension or tricuspid
annular dilatation. (Level of Evidence: C)

僧帽弁手術を受ける患者さんで肺高血圧症や三尖弁輪拡張があるときは、TRが高度でなくても三尖弁輪形成術を考慮できることがあります

Class III (著者註:有用でなく有害になる恐れあり)
1. Tricuspid valve replacement or annuloplasty is not
indicated in asymptomatic patients with TR whose
pulmonary artery systolic pressure is less than 60 mm
Hg in the presence of a normal MV. (Level of
Evidence: C)
僧帽弁が正常で肺動脈の収縮期圧が60mmHg未満で、症状がないTRの患者さんには三尖弁置換術や三尖弁輪形成術は勧められません

2. Tricuspid valve replacement or annuloplasty is not
indicated in patients with mild primary TR. (Level of
Evidence: C)
軽度の原発性TRでは三尖弁置換術や三尖弁輪形成術は勧められません


以下に日本循環器学会の三尖弁閉鎖不全症のガイドライン(2006年、合同研究班報告)を引用します。基本コンセプトは大変近いものと思います。元ページもご参照ください(第14ページです)。

表30 三尖弁閉鎖不全症に対する手術の推奨

クラスⅠ
(著者註:有効性が証明済み)


1 高度TRで,僧帽弁との同時初回手術としての三尖

弁輪形成術

クラスⅡa
(著者註:有効である可能性が高い)


1 高度TRで,弁輪形成が不可能であり,三尖弁置換

術が必要な場合
2 感染性心内膜炎によるTRで,大きな疣贅,治療困
難な感染・右心不全をともなう場合
3 中等度TRで,弁輪拡大,肺高血圧,右心不全をと
もなう場合
4 中等度TRで,僧帽弁との同時再手術としての三尖
弁輪形成術

クラスⅡb
(著者註:有効性がそれほど確立されていない)


1 中等度TRで,弁輪形成が不可能であり三尖弁置換

術が必要な場合
2 軽度TRで,弁輪拡大,肺高血圧をともなう場合

クラスⅢ
(著者註:有用でなく有害)


1 僧帽弁が正常で,肺高血圧も中等度(収縮期圧

60mmHg)以下の無症状のTR

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僧帽弁狭窄症の手術ガイドライン―今もよくある病気です、きちんと治しましょう

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アメリカのACC学会とAHA学会の合同ガイドラインが2014年に改訂されました。

より臨床現場の情報を取り入れたものになっています。

以下にそれをご紹介します。

2014AHA-ACC_GL MS

原文はもちろん英語ですが一般の方々にわかりづらいところには日本語訳をつけました。 192757079

僧帽弁狭窄症が重症になれば手術が勧められるのはこれまでどおりですが、あまりに危険性が高い場合たとえば全身の状態が悪いなどのときにはカテーテル治療も検討できるようになっています。内科と外科が協力するハートチームでは当然以前からやっていることですが。

このようにして手遅れも早すぎの治療も回避でき、たとえ手遅れになってから来院された患者さんにも生きるチャンスを最大限提供できるでしょう。


ここでクラスI (いち)とは手術や治療をすべきであるという Ilm09_ag04007-s意味で、

クラスIIa はそれを勧められる、

クラスIIb  はそれをやっても良い場合がある、

クラスIII  はやるメリットがないか、害があり得る

という意味です。

なお以下に以前のガイドラインを参考としてお示しします

 

****** 以前のガイドラインと解説 *****

症状が強い(軽い運動でも症状が出る)僧帽弁狭窄症の治療指針ガイドライン(アメリカACCとAHA学会、2006年)で、手術が勧められるのは

 

■狭窄が中等度かそれ以上(僧帽弁口面積が1.5cm2以下)で、弁の形態がカテーテル治療に適しておらず、開胸手術リスクが高くないとき

 

4valves

比較的軽い症状(強い運動で症状がでる)僧帽弁狭窄症で手術が勧められるのは

■僧帽弁口面積が1.5cm2以下で弁形態がカテーテル治療に適しておらず、肺動脈圧が60mmHgを超えるとき

 

などです。その他の状況でもカテーテル治療や慎重なフォロー(経過観察)が勧められています。

なお日本のガイドライン(日本循環器学会)はこちら (7ページ)をご参照ください。

コンセプトはよく似ています。以下同ページから引用します。

 

なお以下でOMCとは直視下僧帽弁交連切開術つまり心臓を止めて中へ入り、狭いところを形成して切り開き、弁が動きやすくする手術です。

またNYHA分類とは心不全の分類でIII度は軽い運動でも症状がでる、比較的重症で、IV度は安静時にも症状がでる、重症の状態です。

 

表15 僧帽弁狭窄症に対するOMCの推奨

クラスⅠ
(著者註:有効性が証明済み)

1 NYHA心機能分類Ⅲ ~ Ⅳ 度の中等度~ 高度MS

(MVA ≦1.5cm2)の患者で,弁形態が形成術に適しており,

(1)PTMC が実施できない施設の場合

(2) 抗凝固療法を実施しても左房内血栓が存在する場合

2 NYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度の中等度~高度MS患者

で,弁に柔軟性がないか,あるいは弁が石灰化して
おり,OMC かMVR かを術中に決定する場合


クラスⅡa
(著者註:有効である可能性が高い)
1 NYHA心機能分類Ⅰ ~ Ⅱ 度の中等度~ 高度MS
(MVA ≦1.5cm2)の患者で,弁形態が形成術に適し
ており,

(1) PTMC が実施できない施設の場合

(2) 抗凝固療法を実施しても左房内血栓が存在する場

(3) 充分な抗凝固療法にもかかわらず塞栓症を繰り返
す場合

(4) 重症肺高血圧(収縮期肺動脈圧50mmHg以上)
を合併する場合


クラスⅢ
(著者註:有用でなく有害)

1 ごく軽度のMS患者


つぎにMVRつまり僧帽弁置換術(人工弁をもちいて壊れた弁を取り換える手術です)のガイドラインを引用します。

またNYHA分類とは心不全の分類でIII度は軽い運動でも症状がでる、比較的重症で、IV度は安静時にも症状がでる、重症の状態です。

MVAは僧帽弁口面積の意味です。


表16 僧帽弁狭窄症に対するMVRの推奨


クラスⅠ
(著者註:有効性が証明済み)

1 NYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度で中等度~高度MSの患

者で,

PTMC またはOMC の適応と考えられない場合

2 NYHA心機能分類Ⅰ ~ Ⅱ 度で

高度MS(MVA ≦
1.0cm2)と重症肺高血圧(収縮期肺動脈圧50mmHg
以上)を合併する患者で,

PTMC またはOMC の適応
と考えられない場合

注)MS の弁口面積からみた重症度(表3)を参照

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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