お便り138 意を決して転院しMICSで大動脈弁置換術を受け、間も無く仕事復帰

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心臓病の患者さんにとって心臓手術を受けるというのは大変なことです。それこそ清水の舞台から飛び降りるような覚悟で手術に臨まれるように感じます。だから私たちも信頼に応えるのだという信念を持って手術や治療に当たらねばなりません。

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IMG_1683次の患者さんは二尖弁で高度の石灰化を来たし、来院された時には突然死の恐れさえあるほど大動脈弁が狭くなっていました。しかも、肥大型閉塞性心筋症(略称HOCM)を合併し、二重に危険な状態になっておられました。

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他府県からお越し下さいました。聞けば近くの病院では正中切開で骨を切って心臓に達する方法で、機械弁で弁置換するしかないと言われ、それでは困るということで大阪の私の外来まで来られました。

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MICSの大動脈弁手術は私たちが得意としている手術の一つですが、一般にMICSがやりにくいと言われている体型だったため、工夫を凝らして手術しました。大動脈弁だけでなくHOCMもあったため、それぞれの病気に対する経験を活かして対応しました。

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手術室で少々苦労しましたが、その後の患者さんの体力回復は目覚ましく、手術室での苦労が報われた思いでした。痛みもほとんどなく、MICSの良さが十分に生きる手術になりました。

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以下はその患者さんからの感謝のメールです。これから活発な生活と仕事を楽しんでください。

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********** 患者さんからのお便り ********

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米田先生

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このたびは、大変お世話になりました。
おかげさまで、本日から仕事に戻ることができましたので、報告させていただきます。

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8月2日に心臓手術を受けてから、3週間もたたずに職場に顔を出しましたので、周囲や取引先からは大変驚かれておりました。
これも米田先生からMICS手術を受けられたおかげです。

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大動脈弁狭窄症については、長年他病院で経過観察を受けておりましたが、昨年12月に手術適応であると言われておりました。
年齢を考慮して、生体弁の耐用年数が短いため、機械弁が第一選択肢になり、また術式としては、胸骨正中切開のため、術後半年ほどは重たいものが持てなくなると言われて、将来にわたってのワーファリンの定期的な服用や運動制限に抵抗を感じて、自分のなかで納得できないものがあり、日々の仕事が忙しいのにもかまけて、なかなか手術に踏み切れずにおりました。

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そんななか、ホームページや書籍で個人的にいろいろ調べておりましたら、たまたま米田先生のホームページに辿り着きました、何回かメールで質問させていただいて、そのたびにお返事をいただき、外来では自己弁形成の可能性も伺うなかで、ようやく心臓手術を受ける覚悟ができまして、最終的に米田先生に生体弁への置換をお願いすることになりました。

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術後、家族から手術当日の状況を聞きましたが、弁の石灰化等が進み、予想以上に大変な状況であったとのこと。
そんななかで、限られた時間で閉塞性肥大型心筋症等の処置も併せてしていただき、大変感謝しております。

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また、入院加療中は、他の先生方、臨床工学技士、看護師、理学療法士、薬剤師、栄養士の方々にも大変お世話になりました。
医誠会病院の皆様が医療従事者としての矜恃を持って、日々患者に対して親身に接しておられるのを見て、頭が下がる思いでした。

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皆様のおかげで、せっかく元気になった心臓ですから、できるだけ長持ちするように大切にしていきたいと思います。
今後は引き続き外来で、よろしくお願い申し上げます。

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暑い日がまだまだ続きます。
米田先生におかれましてもお身体ご自愛くださいませ。

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ありがとうございました。

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平成30年8月20日 ** **

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り137: 心室中部閉塞型肥大型心筋症を乗り越えてスポーツ復帰へ

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閉塞性肥大型心筋症(略称HOCM)はまだまだ手術が難しい病気です。特に心室中部閉塞型HOCMは、その経験のある病院が全国的に少なく、多くは不治の病として放置状態になっていると言われます。あるいは原因不明、打つ手なしの状態の方も少なくありません。

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下記の患者さんも、以前はフルマラソンをこなすほどのIMG_2449スポーツレディであったのに最近は歩くことさえできなくなり、近くの総合病院で診断がつかず、見識ある開業医の先生から私の外来に紹介来院されました。

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心エコーを見て、以前から指摘されていたという大動脈弁狭窄症(中等度、決して重症ではありません)に加えて心室中部閉塞型の肥大型心筋症が新たに見つかりました。見えていても経験がないため診断に至らなかったようです。さらに手術前の検査で冠動脈に中等度の狭窄が認められました。

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この患者さんが重症心不全になられたのはこれら3つの心臓病の合わせ技のためですが、心室中部閉塞型HOCMが中心で、後の2つの心臓病はそう悪くないものと考えられました。もちろん手術の際には3つともきちんと治しておかないと、1−2年後にそれが悪化してまた手術などという患者さんに不利益が生じないように、全て一気に直しました。左室異常心筋切除と、大動脈弁置換術そして冠動脈バイパス術を施行しました。

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患者さんはみるみる元気になられました。比較的遠方からお越しのためゆっくり入院を続け、十分な心臓リハビリをこなしてから退院いただきました。元のスポーツレディに徐々に戻りつつある状態のようです。

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3つの心臓病を同時に治すという大きな手術を頑張って乗り越えて下さり感謝しています。以下はその患者さんからのお便りです。

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米田先生

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私は、昨年9月15日に手術をして頂いた****(69歳)です。

4年位前に、会社の健康診断で「心音に雑音が認められるので検査するように」との診断が出ました。

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信じられませんでしたが、掛かりつけの医院に行き、心エコーの検査をしてもらいましたら、「大動脈弁狭窄症」と診断されました。「3年位は大丈夫だと思うが、症状が出たら早いよ」と言われました。半年に一度は検査に来る事、階段を上って息切れがしたり少しでもおかしいと思ったら必ず診察に来る事と言われました。

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40歳からトライアスロンを始め、フルマラソン、それ以上の距離のマラソンやウォーキング大会に参加したり、60歳を過ぎて走力は落ちたものの昨年の6月初めにも舞鶴湾をまわるアップダウンのある大会に参加、60K位元気に歩きました。ところが次の週に家の近くの山に登ったところ、10歩も行かない内に息が切れ、いつもの倍くらいゆっくりの速さでしか登れませんでした。とうとう来たかしら?と思い、掛かりつけの医院に行きました。検査の結果「もう手術が必要」との事、「大阪に良い先生が見えるが行きますか?」と聞かれたので、私は即「行きますのでお願いします」と答えました」。

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手術をして頂いてまた元気に走ったり歩いたりしたい!と言う前向きの気持ちしかありませんでした。

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米田先生のところに行き、詳しく検査して頂くと、大動脈弁の他にも心筋や冠動脈に異常が見つかり、全て手術して頂くことになりました。正直、怖い気持ちもありましたが、手術室に入り「眠くなりますよ」と言われてから(ICUで)「小林さん手術が終わりましたよ」と言われるまで7時間も掛かったのですが私には「アッ」と言うまでした。術後は身体に沢山の管が入っていてとても苦しかったのですが、時間とともに楽になって行く、人間って凄いと思いました。3週間後には退院する事が出来、翌日から仕事に復帰できました。

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他の病院では見逃されていたかもしれない症状まで見つけて頂き、手術して頂けたお蔭で今では元通りに何でもできるようになりました。

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米田先生、「有難う」の言葉を何度言っても足りないくらいの感謝です。

本当に有難うございました。

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先生を紹介してくださった春日井の灰本先生にも感謝です。そして灰本医院に検査に行くことになった私はとても幸せ者です。

灰本先生にも宜しくお伝えください。

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執筆:米田 正始
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元・京都大学医学部教授
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お便り136 ハードルを超えて大動脈弁形成術を完遂できた患者さん

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大動脈弁形成術は現在も難しい手術として知られています。ましてそれがリウマチ性がらみで、弁尖がより壊れている場合はなおさらです。

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患者さんは現在西日本に在住のアフリカの方です。現在IMG_2446は日本で仕事をしておられますが、将来は郷里のアフリカへ日本人の奥さんと一緒に戻ることを考えておられます。

そうした中で大動脈弁閉鎖不全症が進行し、心不全症状が出てきたため近くの病院で診察を受け、弁形成は難しいと言われて私の外来へ来られました。

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確かに弁が壊れ、下垂するだけでなく一部縮んで小さくなっており、弁形成には不利な状態でした。アフリカではリウマチ性の弁膜症が多いため無理からぬことでした。

しかし将来アフリカで安心して暮らせるようにとのご希望から人工弁を使う弁置換ではなく極力、弁形成をやることになりました。術後早い時期に仕事に戻りたいというご希望から骨を切らない傷跡の小さいMICSで行うことになりました。

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なかなかハードルが高かったのですが、ドイツの方法を中心とした近年の成果を活かして大動脈弁の逆流は軽度にまで治すことができ、心臓は完全に正常化し、お元気になられました。また将来もし弁の逆流が増えた場合にTAVI(カテーテルで入れる生体弁)ができるような工夫も併せ行いました。

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以下はその患者さんの奥様からのお便りです。

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米田先生

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御無沙汰しております。**の**です。

退院してから、一か月と少し経ちました。主人は、日に日に元気になり、先日は**病院に行ってまいりまして、

心臓のエコーを主治医が見られて、4分の一の状態に回復していると言われました。

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米田先生に手術をしていただいて、本当に良かった!としみじみ感じている今日このごろです。

米田先生は、患者に優しい手術、そして何より、患者に本当に温かく接して下さり、感謝の気持ちでいっぱいです。

今まで、お会いしたお医者さんの中で、米田先生のような立派な方にお会いしたのは、初めてです。

お世辞でも何でもありません。

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初めてメールをさせていただいてから、手術後まで、私が不安な気持ちを抱きながら、様々な質問をさせていただきましたが、

決して嫌がらずに、丁寧に対応して下さりました。お会いしても、変わらず丁寧で温かい対応をして下さいました。

本当に有難く、米田先生のような深い愛情をもった先生に出会えて、本当に感謝しております。

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心臓の手術ということもあり、経験も知識もない中、米田先生に手術をしていただいた私たちは、本当にラッキーでした。

米田先生に手術をしていただいた大動脈弁を大切に生活していこうと夫婦で話しているところです。

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(以下略)

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上記のメールの掲載許可をお願いしたところ、次の追伸をいただきました。

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私は、米田先生に出会わせていただくまでに、本当に悩んでいました。

主人の状態が主治医からの説明では納得がいかず、手術をするべきか否か、、、、、。

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主治医は、手術ではなく、薬の服用で様子を見ましょうということでしたが、

逆流の状態を知れば知るほど、また知人が突然死したこともあり、手術をしなくてもいいのか、、と悩みました。

また、手術をするのであれば、どんな方法があるのか、、、、、。

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毎日、毎日、インターネットを見ながら、情報を集め、勉強している状態でした。

大動脈弁を手術する方法としては、65歳までの年齢では、機械弁であるということ、

生体弁は、長持ちしないので、65歳以上であるということ。

尾崎先生が自己心膜弁という新しい方法をされているということ。

そして、心臓の手術は、医師の経験と実力で結果が大きく違うということ。

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米田先生のWEBサイトを発見して、何回も読みました。患者目線で、治療にとても愛情を感じる文面でした。

お会いして、文面以上に温かい愛情をお持ちの先生でした。

県外からの治療ということで、検討する内容もありましたが、それ以上に米田先生に手術していただいたことを本当に感謝しております。

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大動脈弁を、形成弁にするのは本当に難しく、技が必要ということを知っておりましたが、

米田先生は、それをMICSでして下さいました。逆流ゼロにならなかったのは、残念でしたが、

生体弁に置換するより、長期で見て良いだろうと言われたので、最善の手術をしてくださったと

思います。

本当に有り難うございました。

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追加のメッセージということでもないのですが、私の気持ちの整理も含めて書かせていただきました。

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どうぞ、この内容が少しでも同じ境遇の方の手助けになりましたら幸いです。

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お便り135: 熟考し決意して転院、MICSの手術を受けられたエプシュタイン病の患者さん

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成人先天性心疾患の中には様々なタイプがあります。

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子供の頃はそう悪くなくても、次第に弁や心室の状態が悪化し、大人のある時期になると心不全で危険な状態になる、そうしたことも少なくありません。

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以下の患者さんはエプシュタイン病という比較的稀な先天性IMG_0403 (2)心疾患で、大人になってから三尖弁が壊れ、不整脈が起こり、心不全が悪化し、いくつかの大学病院やセンターを受診されました。

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そしていよいよ心臓手術が必要という段階になり、通常の正中切開による手術では大好きなバレエが続けられなくなるため、傷跡が見えにくいMICSでの手術を求めて米田外来へ来られました。

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エプシュタイン病の三尖弁閉鎖不全症にはコーン手術というやや複雑な手術が優れた成績を上げることが知られており、それをMICSで行う事になりました。これまで複雑三尖弁形成術をMICSで行って来た経験からこれは十分可能なためお引き受けしました。

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手術はうまく行き、間も無く元気に退院して行かれました。手術前は三尖弁が存在しないほど逆流していたのが、術後はほぼゼロまでに改善し、右室や右房も正常サイズに近づいていました。

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あれから1年近く経ち、お元気に外来検診に来られるお姿を拝見しては嬉しく思っています。

以下はその患者さんからのお便りです。

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米田先生へ

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私の希望に応えて先生の執刀で難しく手間のかかる手術を行い生命線をつなぎ止めて下さり本当にありがとうございます。

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6歳の頃からずっと舞台に立ちそれがそれまでの私にとっての現実で存在場所と考えてそれを心の支えに生きて来ました。そういった私固有の生き方を汲み入れての手術跡はふくらみが無く線というほどきれいで早くも去年の11月の発表会に出演することができました。

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三尖弁の手術は症例も少なくエプシュタイン病も稀な病気で情報もほとんどなく恐い手術でした。それなのに思い切って米田先生、執刀して下さってありがとうございました。

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そして麻酔科の先生、ありがとうございました。

氏家先生、貯血時のお話もありがとうございました。

助けてくださったたくさんの方々、ありがとうございました。

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その後、もう一通のお手紙をいただきました。ここまでの苦悩と決意して良かったことを切々と綴っておられます。心臓外科医としてこの上なく嬉しい事です。

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米田先生へ

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米田先生は覚えておいででしょうか?

仁泉会病院で初めて先生にお会いした時、

ほとんど私はものを言うことができませんでした。

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その理由は、前の病院のようにバッサリ断られたらどうしよう、、、

「正中切開しかできません」と言葉が出たらどうしよう、、、

それに京都大学の教授を勤めた人物だから何だかちょっと怖かったのです。

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この頃は立派なお人なのに親しみやすく、ざっくばらん、

常に前向きで、そして何よりお医者なのに普通の人に対して自然体で接するのには、主人と共に驚いています。

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前回の診察、長時間になりすみませんでした。

カウンセリングでは傾聴はしてもらえますが、つらかった。心中までは理解してはもらえませんので、今まで恐る恐るだったものが一気に爆発してしまいました。本当に申し訳けなかったです。

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小学校の5、6年生の頃からマラソンなどすると心臓がドキドキしたり、息切れの症状が出ていました。(疲れやすい)

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中学入学時の健診で心雑音を聴診器によって発見されました。それで地域の内科医院で踏み台による負荷を行なった後で心電図をしたら医者が「こりゃあかん!」と言って**大学病院を紹介され、 19**年8月(12歳)の夏休みに右足そけい部からのカテーテル検査をしました。

診断は心肥大と小さな穴があるが成長と共にふさがる。注意事項として妊娠、出産の話も出ていましたが、当時まだ中学一年生なので大ごととは受け止めませんでした。

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 6歳よりバレエを習い始めて10年。その後いろいろなダンスを経験し、現在も踊りを続けています。

平成*年(25歳)正常分娩を予定していましたが妊娠中毒症治療中、血圧上昇のため、緊急で帝王切開にて出産しました。普通出産の予定でしたが39週4日で手術) 出産後、なかなか体調が回復せず1ヶ月以上実家で寝込んでいました。

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それでその産婦人科の紹介で腎臓内科をいくつか渡り歩きましたが腎臓は心配するほどのものではない、とどこでも言われました。

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平成9年4月、三重県から兵庫県の**市に転勤になる。引越しで再び体調を悪くし、寝たり起きたりの生活が1年ほど続きましたので自分でやはりこれはどこか変だと思いまして**市立中央病院へ。

そこで初めてエプシュタイン奇形と診断されました。

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平成18年*月に有名な**センターを紹介状なしで初診いたしました。**はエプシュタイン病に詳しいので自分の病状を理解してもらえると期待したからでした。

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翌日の11日に心エコー検査をして、軽症とのこと。

医師より、ここは重症の患者の来る所だけれど、年に一度の心エコーの検診は外来でしてもいいです、と言って下さいました。1-2年ほどして心エコーでは変化もないのに、私が「えらい、えらい」と訴えるので、一度24時間心電図をしてみるか、という事になり、しましたが、異常なしでした。それでそのセンターに通うのはいったん止めたように思います。

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平成24年*月、心臓が締め付けられ息ができない状態になったため、**病院へ。

翌日再診。それでその時に以前**センターに行っていたと伝えたので、**病院の方が手続きをして、再び**センターへ行きました。

平成25年*月から**センターで再び年一回の心エコー検査を始めました。

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平成27年*月、医師より一度カテーテル検査を受けてみるか?と提言され、一度と言われたのが引っかかって、「私はもう中一の時にカテーテル検査はしました」と答えました。

平成18年の初診の問診に書きましたが、その間、医師も4、5人変わりましたし、知らなかったみたいでした。そして次回(来年)は主人と二人で来院するようにといわれました。

平成28年*月、医師はほとんど主人に、手術が前提の検査入院の必要性を伝えていました。平成29年*月、検査入院しました。

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(それからミックスでの手術はできないと言われ米田外来へ来られました)

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平成29年*月、心臓の手術を米田正始先生の執刀で受けました。

自分がこの先生なら命を預けていいと信頼し、リスクの不安も先生なら、と手術する決心に至りました。

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米田先生のこの骨を切らない仕上がりのきれいなMICS手術が成功したことをこれから手術を受ける人たちに知ってもらいたいなと思っています。あるいはこれからの手術の何らかの役に立てれば良いなと思います。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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お便り134 人生を賭けた再手術で弁形成が決まった

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僧帽弁形成術の中には複雑で難しいものもあります。

以前に弁形成を受け、その後僧帽弁閉鎖不全症が再発してからの再手術はその一つです。

特に元の病気が先天性つまり生まれた時からの弁膜症の場合は弁が十分発育していないこともあり、工夫が必要です。IMG_1685

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以下のお便りはまだお若い、人生これからという患者さんからのものです。

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昔、子どもの頃に弁形成術を受け、ケイ・リード法という弁が漏れているところを弁輪レベルで閉ざす手術です。こどもは成長するため大人のようなリングは使えませんのでこうした方法も必要なのです。

問題は長年月ののち、再手術する時に弁が十分機能するだけのものを持っているかどうか、です。

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この患者さんの場合は、昔の手術で残した部位が前尖・後尖とも逸脱し、かつ昔閉ざした部位の近くは後尖が低形成になっていました。昔の手術で弁の3分の1は潰れた形のため弁輪形成はあまりできない形でした。

そこでまず前尖後尖の逸脱部に人工腱索をそれぞれ4本合計8本立て、逸脱部はきれいにかみ合うようになりました。

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しかし後尖の低形成部は放置できないため、心膜パッチで拡大し、弁輪を小さくしなくてもきちんとかみ合うようにしました。その上でリングを用いて、弁輪を小さくしない、安定だけ図るようにし、弁はきれいに作動するようになりました。

この手術はこれまで蓄積して来たバーロー症候群やリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症、あるいは感染性心内膜炎への手術への技術を駆使したもので、慣れた方法の組み合わせだけのため比較的余裕がありました。

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世の中には弁形成は無理と言われて泣く泣く弁置換つまり人工弁挿入手術を受ける患者さんが多数おられます。できればご相談いただければ、お役に立てるかも知れません。

この患者さんのようにケイ・リード法などで昔弁形成を受けられた方には朗報になるでしょう。

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以下はその手術で人生を取り戻した患者さんからのお便りです。

また外来で元気なお顔を拝見させてください。

 

******** 患者さんからのお便り *******

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去年の**に僧帽弁閉鎖不全症の再手術で形成術をしていただいた****です。お礼の手紙を書こうと思いつつ、今になってしまいました。

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私は7歳の時、僧帽弁の形成術を受けました。

そして23歳で僧帽弁が壊れてしまい、再び手術しなければならなくなってしまいました。何ヶ所か病院を回り、医師と話しましたが、再手術は難易度が高く、人工弁を付ける確率が高いと言われました。

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私はまだ23歳です。生体弁をつけて3−6年で壊れて再々手術も嫌ですし、機械弁を付けて一生子供が産めなくなるのも嫌でした。

そんな時に偶然にも米田先生のホームページを見つけたのです。

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そしてそこには再手術で形成術が成功し、無事に赤ちゃんが産めた事がのっていました。もう米田先生に手術をお願いするしかないと思い、大阪に向かいました。そして初診日に手術の予約をしました。自己血輸血をする為に週に1回ずつ、4回通ったおかげで、他人の血液をもらう事なく手術できました。

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手術後、米田先生から「弁がぐちゃぐちゃに壊れていたから、他の病院だったら、恐らく弁置換術になっていたよ」と言われ、はるばる地方から大阪まで来てほんとうに良かったと思いました。再手術で形成術が大成功、心から感謝しています。ありがとうございました。

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今まではプールも顔をつけてはいけない、マラソンは禁止と規制を受けていましたが、これからは、どんなに激しい運動もOKと言われ喜んでいます。それに子供を産める身体である事が何よりも嬉しく思います。

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それから会社の定期検診で内科の先生が、心雑音がしないと驚いていました。先生が「機械弁を付けたの?」と聞いたので、「再手術だったけど形成術でできました」と言ったらヘェ〜と言ってました。

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手術後、半年近くたちましたが、顔色が良く、食欲があり、仕事をしても、手術前のように疲れません。

米田先生と出会えた事でこんなにも、健康を取り戻し幸福な気分を味わっています。どんなに感謝してもしきれないほどです。ありがとうございました。

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米田先生へ

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お便り133:試練3回の後、ついに健康を勝ち取った患者さん

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僧帽弁形成術はまだまだ経験に基づく名人芸的な一面があります。

複雑僧帽弁形成術の場合はその傾向が顕著です。中でもMICSつまり小さい傷跡で行う方法の場合は術者間や病院間の差が大きいです。

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下記の患者さんは名古屋の病院でMICS僧帽弁形成術を受けられ、残念ながら不成功でした。

そのままでは心不全が進んで行くため、その病院で2回目の弁形成術を受けられました。今度は余裕がないため正中からの手術つまり通常の胸骨を切る形での手術となったようです。

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しかしIMG_1534それでもまた弁形成はうまく行かず、山のように利尿剤を処方され、何とか心不全をしのいでいるという状態で、医誠会病院の私の外来を受診すべく大阪まで来られました。次は人工弁を使う弁置換術しかない、と言われて来られました。

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診察し、心エコーを拝見すると、これは弁形成ができる!と判断しました。人工腱索を必要に応じて6本でも12本でもそれ以上でも立てられる独自技術を持っているためです。2本とかせいぜい4本しか立てられない技術では真似のできない手術です。

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沢山の利尿剤を飲んでおられ、心臓だけでなく腎臓まで壊れそうになっていたため手術を早めに予定しました。手術は首尾よく進み僧帽弁はすっかり良くなりました。

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以下はその患者さんの奥様からのお便りです。ちなみにご主人はこのままではダメになると必死にネットを調べ、運命を変えた奥様こそご主人のいのちの恩人と思いました。

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********* 患者さんの奥様からのお手紙 ********

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米田先生へ

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メルマガ「いい心臓、いい人生」103号届きました。
明日梅田で講演があるとのこと、ぜひお聞きしたい内容ですが残念ながら伺えません。

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暖かくなってきて夫は朝晩の散歩を楽しんでいます。

こんなに軽やかに再び歩き回れる日が来るとは思ってもいませんでした。

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名古屋の病院での2回の僧帽弁閉鎖不全症の形成術が上手くいかず絶望的な気持ちになりながらも何か光はないかとインターネットで「心臓手術は何回までOK?」と検索して米田先生を見つけました。

ホームページの「メールでのご相談受け付け中」という文字に「こんなに忙しそうな心臓外科手術専門の先生がほんとに返事をくれるのかしら?」と思いながらも藁をも掴む思いで送信しました。

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4時間後くらいに先生から「飲んでいる薬のリストを見ると状態は良くないです。詳しくは診察してみないと分かりませんし遠いですが来られますか?」と返事が来ました。それでもまだ半信半疑でした。

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会ってみなければ分からないと思い娘と3人で大阪に向かいました。11月27日でしたね。外来の患者さんの診察が終わった後、2時頃だったと思います。それから4時間の間、名古屋の病院での治療データと医誠会病院で受けた検査データをじっと眺めながら「もう一度形成術で行けると思いますよ」と私たちが耳を疑うようなことをおっしゃったのです。手術がたとえ受けられたとしても人工弁しかないと言われそう思っていたからです。

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先生はご自分の見解を経験に裏打ちされた自信を持って丁寧にとても分かりやすく説明してくださいました。その言葉の端々に患者の生活や人生を思いやる温かさがにじみ出ていてほんとに心強く昨日までの不安が一気に吹き飛びました。しかも飲んでいた薬の関係でなるべく早くに手術をした方がいいということで他の手術の予定を繰り下げて夫の手術を12月に入れてくださいました。

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手術は上手く行き、おまけに不整脈が起きにくくなるメイズ手術まで行ってくださいました。

麻酔から目覚めた夫が「気管挿管がいつ抜かれたのか気付かなかった。前の2回の手術ではあの菅を抜くのがものすごく辛かったのに。ほんとに手術をしたのかと思うくらい体が楽だ」と言ったのが印象的でした。その後も回復が早く、同じ手術でどうしてこんなに予後が違うのか不思議でした。

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医誠会病院はとても古く廊下も狭くて10人部屋があったりして驚かされましたが先生はもちろん、看護師さん、検査技師、スタッフの働きぶりに不満を感じたことはありませんでした。病院は建物ではなく中身だと改めて思いました。

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名古屋から新大阪までの新幹線通いは正直大変でしたが行く度に夫が元気になって行くのを感じられることが楽しみでした。
米田先生との出会いがなければ今こんなに幸せな気持ちではいられなかったと思います。

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先生は「僕が死んだ後を若い先生たちに引き継いで欲しいんですよ」と日本の心臓手術のレベルアップを本気で願っておられる話を熱く語っていらっしゃいましたね。私たちのように諦めることなく幸せになる患者本人、家族がどんどん増えると確信しています。

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3ヶ月後に診察に伺います。先生にお会いできるのがとても楽しみです。
何度感謝を申し上げても言い尽くせませんが本当にありがとうございました。

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お便り130 地元の大病院でも三尖弁形成術は無理と言われて

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三尖弁形成術は通常は形成用のリングをつけるだけの、心臓手術の中では比較的簡単な部類に入るものですが、弁のあちこちが壊れるとまだまだ形成困難な難しい手術となります。

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しかしお若い患者さんや今後妊娠出産をご希望の方々を始め、弁形成術がこれかIMG_1624らの人生に絶対必要、人工弁では困る、という状況は少なくありません。

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私たちはこれまでの複雑な三尖弁形成術で幾多の修羅場を超えてきた経験から様々な方法を駆使して患者さんたちのご要望にお応えしています。

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こうした技術は恩師デービッド先生直伝のものから、その後難しい状況たとえばペースメーカー三尖弁閉鎖不全症や大怪我の時に発生する外傷性三尖弁閉鎖不全症あるいは感染性やリウマチ性三尖弁閉鎖不全症での三尖弁形成術を行う中で培うことができました。

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以下は九州から来られた10代の患者さんのお母さんからのお便りです。

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感染性心内膜炎(略称IE)のため三尖弁が複雑に壊れ、地元の大学病院でもこれは形成不可能つまり人工弁が必要、でもまだこども年齢で人工弁はこれから幾多の危険と苦労が避けられない、だから当面手術は見合わせようという方針でした。その中で、心不全が悪化し、学校での運動もしづらい状況となり、東京などの病院でも断られて私の外来へ来られました。

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弁形成は私の持つ技術を幾つも駆使して無事完遂できました。またまだ高校生で骨を切るのはかわいそうなのでMICSで痛みも少ない形でできました。傷跡もあまり見えません。すでに学校でスポーツが息切れなくこなせるようになっておられます。

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以下はその患者さんのお母様からの礼状です。複雑弁形成を成功させることが、お母さんたちにとって親子の愛情と信頼をかけた闘いであったことがよくわかります。そしてその闘いに勝ったことはその愛情と信頼が本物であった証と思います。感動してしまいました。こんな素晴らしいことのお手伝いができたことに私は感謝しています。

 

患者さんがこれから元気な青春を送られることを楽しみにしています。また外来でお会いしましょう。

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**************** お便り *****************

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米田 正始 先生

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14日に退院いたしました、****の母です。

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この度の入院・手術に際しまして、米田先生はじめスタッフの皆様には大変お世話になり、
ありがとうございました。
退院翌日に、リハビリと頑張ったご褒美を兼ねてのUSJを満喫し、台風が接近するなか
16日に**に戻って参りました。

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3月に感染性心内膜炎を発症し、2か月程かかって治癒したものの、三尖弁の破壊と逆流が
ひどいため手術が必要であることが分かった時には、息子もひどく動揺し葛藤の日々でした。

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しかし本人なりにいろいろと考え、とまどい、悩んで、ようやく手術を受け入れた息子は、
びっくりするほど前向きで、早く手術を受けて元気になりたいと言うまでになりました。

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しかし大学病院では予定していた手術はキャンセル、症状が出るまで未定となり、手術は
人工弁しかないと言われ、いつまで待てばよいのか、15歳で人工弁でよいのかと、親子で
心配な毎日を過ごしておりました。

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病気や手術のこと、弁置換についても色々と調べ、15歳であれば弁形成がいいのではと
思い始めました。本人も絶対に弁形成がいいとの希望があったのですが、地元にいても
医療の地域差を感じておりましたので、県外の病院も検討し始めました。

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都会にいれば普通に受けられる医療も、地方だからといって諦めていいのだろうか。
親である私たちには、ここで妥協しようとは思えませんでした。
〝大切な我が子を守れるのは親しかいない!〟その思いだけだったように思います。

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インターネットで調べた東京の有名な先生や、他の先生にも相談しましたが、全て断られ
てしまいくじけそうになった時期もありました。

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そんな時に米田先生の心臓外科手術情報WEBを見つけ、隅から隅まで読ませていただき
藁にもすがる思いで相談させていただきました。
お忙しい先生だし今回も断られるかもしれない・・・と思っていた私たちに、米田先生は
「一度、私の外来にお越しください。」
と言ってくださいました。その時の私たち家族の喜びといったら、大変なものでした。

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縁あって米田先生とお会いすることができ、
「15歳であれば弁形成にこだわるべき。難しい形成になると思うができると思います。」
と言っていただけた時には、来てよかったと心から思いました。

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そして、この難しい弁形成を完遂していただけたことは、息子にとって人生の大きな転機と
なりました。

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「大変な手術を乗り越えられたから、これからいろんな事があっても大丈夫だと思う!」
という息子の言葉は本心だと思います。
米田先生に助けていただいた命を大切に、夢に向かって頑張ってくれるはずです。

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米田先生もお忙しいにも関わらず病室に来て下さり、お会いするだけで何故だか私の
方が元気をいただいておりました。今後もたくさんの患者さんや家族の方を元気にして
あげてくださいね。

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お忙しい毎日をお過ごしのことと思いますので、先生もどうぞご自愛ください。
また外来でお会いできるのを、親子共々楽しみにしております。
どうぞ氏家先生、内山先生、楠瀬先生にもよろしくお伝えください。

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ありがとうございました。

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Heart_dRR

心臓手術のご相談はこちら

患者さんからのお便りはこちら

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り129 複雑弁形成それもMICSで乗り切ったお若い患者さん

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僧帽弁形成術は進化を遂げましたが今でもまだまだ難問のことがあります。これは弁形成が複雑な場合や、形成の経験量が少ない施設でよく見られます。

 

次のお手紙は沖縄から来られたお若い患者さんからいただいたものです。

バーロー症候群という弁形成が難しいタイプの病気で、地元の基幹病院でも弁形成はできない、人工弁を用いた弁置換しかないと言われたそうです。IMG_0278 (2)

 

しかし弁置換になってしまうと、将来の妊娠や出産に大きな問題を残します。機械弁の場合はワーファリンというお薬が必須のため、それによる奇形や流産さらには母体の危険が付きまといます。生体弁の場合は若いご年齢に加えて赤ちゃんのホルモンの影響で生体弁が急速に壊れることがあるのです。

 

やはり患者さんのいのちや人生を守るためには弁形成しかないというのが結論でした。入魂の手術で(いつも入魂ですが)無事弁形成ができました。それもMICSで傷跡も見えにくく、社会復帰も早い手術で完遂できました。

 

以下はその患者さんが退院するときに下さったお手紙です。お許しを得て掲載します。これから新しい元気な活発な人生を楽しんでください。

 

 

********患者さんからのお便り*********

 

米田正始 先生へ

 

私の心臓を助けていただきましてありがとうございました。IMG_4503

沖縄の病院では手術が必要で選択肢が(機械弁か生体弁かの)2つしかないと言われたときは絶望しました。

 

でもたくさんの病院を調べて米田先生をみつけることができました。

心臓の手術は私の19年間生きてきた中で大きな出来事で正直こわかったけれど今ではやっぱり体が楽になっていて手術を受けて良かったと心から思います。

 

助けていただいた命を無駄にせずなんでも挑戦して夢に向かって頑張ります。

 

くじけそうになった時、壁にぶちあたった時は手術のこと、先生方の事を思い出して諦めず後悔のないように生きようと思います。

 

本当にありがとうございました。

今後も検診等でお世話になります。

 

またよろしくお願いします。

米田先生も体調には気をつけてくださいね!

 

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退院後1ヶ月の外来で患者さんはお元気なお顔を見せて下さり、すでに活発な生活を送っておられました

せっかくの大阪ですのでUSJにも行かれたようで、何よりでした

その際に患者さんのお母さんからお手紙をいただきました

親の愛は本当に美しく、そのお手伝いができて、私も喜びを噛み締めています。

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************お母さんからのお便り********

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米田正始 先生へ

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米田先生をはじめ、楠瀬先生、氏家先生、諸先生方、看護師の皆さん、理学療法士の皆様、娘が大変お世話になりました。

今年三月地元の病院の定期検査で、手術が必要となり、毎日不安な日々を過ごしていました。

娘の命を賭けた手術を、実績と信頼の置ける医師に助けていただきたい、その願いだけでした。

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そんな時娘が米田先生のホームページを見つけました。メールのやりとりで今の娘の心臓の状態や、自己血の説明来院する日を決めました。

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米田先生の丁寧でわかりやすく安心感のある説明を聞いていくうちに、手術に対する不安と恐怖心もうすれ、米田先生なら娘の心臓を預けても間違いない、絶対に米田先生に助けていただけると確信し、その日に手術の日を決めました。

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地元の病院では、生体弁か機械弁かの選択でしたが、米田先生は娘の将来を考え、絶対的に弁形成で、そして傷口が目立たないミックス手術でやるべきだとの説明でした。その時の驚きと嬉しさは今でも忘れられません。

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手術後すぐの説明で弁形成が難しいバーロー症候群であったと聞きました。

娘のような難易度の高い弁形成も米田先生の熟練された高い技術と工夫があったからこそ治せたのだと思います。

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術後の回復力も素晴らしいものでした。

リハビリも楽しみで、心身ともに日々元気になっていく娘の姿を見て、米田先生に巡り会え、手術をしていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

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本当にありがとうございました。

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またICUで弱気になった時、あたたかい言葉、励ましの言葉をかけて下さったり、退院後風邪気味になり、不安な気持ちに対応して下さった先生方、看護師の皆様、本当にありがとうございました。

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今後も検診等でお世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

米田先生、大変お忙しいとは思いますが、ご自愛のほどお祈りしております。

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執筆:米田 正始
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お便り128 インオペと言われた状態から三尖弁手術で復帰

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世の中にはさまざまな原因で手術のベストタイミングを逃して、手術を受けることなくいのちを失う患者さんが少なくありません。いわゆるインオペ(手術は手遅れという意味)状態ですね。

下記の患者さんも危険な状態になってからご家族が私に相談を持って来られました。IMG_2442

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患者さんは以前に他病院で心臓手術を受けておられ、今回は三尖弁閉鎖不全症が高度になり、どうしても心不全から脱却できない状態でした。

心臓だけでなく腎臓や肝臓も悪く、さすがにすぐ手術とは行かない状態でした。

手術はできてもその後の体力が持ちそうにない、という状態でした。

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そこで時間をかけて、薬や点滴、リハビリなどで粘り強く回復を図りました。

ご家族は、あまりの長さにしびれを切らしていつ手術になるのですか、いつまで準備するのですか、とお叱りを何度か頂戴しました。

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しかしそこは信念を持って、手術に耐えられるからだ造りを目指しました。

3ヶ月もかかったでしょうか、ようやくその時が来ました。

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長年培って来た再手術のノウハウを結集して、できるだけ短時間で無駄のない手術を行いました。

三尖弁は破壊がひどく、体力のある患者さんなら自己心膜などを用いて複雑三尖弁形成術を完遂するところでしたが、この患者さんの場合は、70代のご年齢と病気が多いことから短時間で確実に仕上げることが何よりの親切と判断し、生体弁による弁置換を行いました。

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患者さんは間も無く回復され、長かった準備期間がうそのように元気になられ、手術前とは別人のように笑顔で話しされるようになり、退院して行かれました。

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あれから5年が経ち、またお便りをいただきました。暑中見舞いの短い文面に、患者さんのお気持ちが感じられ、うれしく思いました。

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心臓は大丈夫ですので、身体の傷んだところをしっかりと治し守りつつ、これからも前向きに、楽しくお過ごしください!

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************** 患者さんからのお便り *************

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暑中お見舞い申し上げます。

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御無沙汰をしておりますが、夏本番となりました。

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お元気でお過ごしの事と存じます。先生にハートセンターで長い間お世話に成りました。手術をして頂いてずいぶんになりますが、年老いたのか暑さが感じるように成るまでずいぶんかかりました。若いという事は素晴らしいと思います。

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先生も遠くに行かれて淋しく思います。

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今年は入院生活もなく、なんとか主人に助けて頂いて普通の生活に戻って参りました。それも先生のおかげだと感謝をいたしております。

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先生も患者様のためにも、ご家族のためにも、寝苦しい夜がつづいておりますが、どうか御体に気をつけて下さいませ。私も頑張ります。

 

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執筆:米田 正始
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お便り126 マルファン症候群・二尖弁大動脈基部拡張にデービッド手術でお元気に

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大動脈基部拡張症とくにマルファン症候群のように組織が弱い患者さんの場合、手術や治療の内容がその後の人生に大きな影響を与えます。中でも60歳以下の若い患者さんの場合は人工弁を使わないで元気になると言うことが大きな意味を持ちます。その一回の手術が人生を決める、そんなインパクトがあります。自己弁を温存する大動脈基部再建の手術はそう言う手術です。

.IMG_2905

以下の患者さんは40代後半のマルファン症候群の方で、遠方の日本海側から来られました。自己弁温存する大動脈基部再建、いわゆるデービッド手術はできないと地元の心臓専門病院で言われて私の外来に来られたのでした。

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心エコーを拝見すると二尖弁っぽい大動脈弁でした。基部拡張が強く、逆流も重症の状態で、実際心不全が進行し、しかも基部の破裂や解離が間も無く起こる心配がある状態でした。

そこで予定をやりくりして早期手術することにしました。

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手術では、基部の大動脈壁が紙のように薄くペラペラとなり、周囲と癒着し、半ば破裂し始めている、そんな所見でした。急いで手術予定を組んで本当に良かった、間に合ったと言う状況でした。

恩師デービッドの方法に最近の大動脈弁形成術を組み合わせ、術前は超高度と言われた大動脈弁閉鎖不全症つまり弁逆流は止まりました。術前心不全のわりには術後経過は順調でお元気に地元に帰って行かれました。

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以下はその患者さんからのお礼状です。褒めすぎの部分は目をつぶって下さい。お互い人間です。患者さんは勇気を出して決意をされ、私たちは持てる技術を駆使して頑張った、そう言うことです。お役に立ててほんとうに嬉しいです。

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患者さんは間も無く体力がつき普通の生活や仕事に戻られることでしょう。仕事だけでなく旅行やスポーツなども楽しめるでしょう。外来でお元気なお姿を拝見するのが楽しみです。

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********** 患者さんからのお便り**********

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米田先生

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米田先生の神の手で、私の心臓を強く生まれ変わらせてもらい、また入院中は大変 お世話になりました。

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術後のあまりにも力強過ぎる脈動に圧倒されて、初めはとても恐くて正直 驚きました。
心臓だけが元気になり暴走し、その他の臓器や細胞や私自身も付いて行くのがやっとだなと感じてました。

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心臓の機能がかなり落ちてる心不全、いつ破裂するかも分からぬ危険性を聞かされて、心臓手術の選択肢しか残されていない私は気持ちも全然追い付かず、恐さと不安しかありませんでした。 数ある名医と呼ばれるお医者様の中から、この先生になら命を預けて間違いないと私は納得して米田先生を選びました。

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米田先生と出会い、接してもらいながら 患者思いの先生を見ているうちに、人の形をした神様っているんだな~って思うようになっていて、恐さや不安は何処へやら 。 この神様の手にかかったら 私はどうなるんだろう と逆に手術をするのがとても楽しみになってました。

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術後、調子の悪かった所が消えてしまっていて自分の身体がどれだけポンコツだったかを思い知りました。今も毎日が絶好調ではないですが、私の心臓は強く たくましくなったと確信していますので、不調な日でも心配や不安になる事はありません。

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毎日 心臓の脈動を感じながら、これは米田先生でなければ治せなかったものだったと思うと本当に ただただ感謝です。
傷痕も目立たないように工夫されてるのにも感動しています。

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先生はいつも忙しい方なので、この様なメールはお手間を取らせてしまうし遠慮しようかと思ってましたが….
やはりメールさせて頂きます、しかも長文でごめんなさい。

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本当に米田先生に出会えて良かったです、まだまだ これからもお世話になります 宜しくお願いします。

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執筆:米田 正始
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