事例 左室緻密化障害 2

Pocket

患者さんは 19歳男性。左室緻密化障害のため心不全症状が強くなり、在宅酸素療法を受けておられました。

仕事もできず社会的にも困った状態になっておられました。

 

左室緻密化障害の手術治療ができると聞いてハートセンターへ来院されました。

胸骨正中切開でアプローチしました。

21心臓を観察しますと、

冠動脈左前下降枝も第二対角枝も左室側にカーブし、

左室前側壁に多くの血液供給が必要である状態を反映しているものと推察しました(写真左)。

写真右は左室の横隔膜面の外観を示します。

34  体外循環・大動脈遮断下に左室心尖部を切開しました(写真左)。 

左室を切開しても、内部には心筋や結合組織様のものが充満し、内腔はまったく見えませんでした。


白色で硬い繊維化組織を切除し、徐々に僧帽弁に向けて進んで行きました。

それから僧帽弁が見え、両乳頭筋を確認しました(写真上右)。

5両乳頭筋を守りつつ、異常突出した心筋組織を切除し、

最後に薄い心尖部をゴアテックスパッチでセーブ手術の方法で形成し(写真左はパッチ閉鎖中)、

70分で大動脈遮断を解除しました。

最後に左室切開部を二重に閉鎖しました。

十分なエア抜きと止血ののち体外循環を離脱しました。離脱はカテコラミンなしで容易でした。


経食エコーにて左室内の異常心筋は左室なかほどの狭窄部や心尖部では切除できましたが、乳頭筋周囲とくに乳頭筋基部の異常心筋はそのまま温存されていました。

僧帽弁は問題なく、左室の容積も増え、左室機能は良好に見えました。

78  写真左は術前、右は術後です。

左室が心尖部まで機能するようになったことがわかります。

また心尖部はパッチで守られています。

入念な止血ののち、無輸血にてオペを終えました。


術後経過は順調で、2週間後、元気に退院されました。

その後も経過良好で、術前に必要だった在宅酸素療法はすっかり不要になり、普通の生活に戻られました。

 

左室内狭窄部が取れ、左室腔が正常サイズに拡大したため血行動態・症状とも大きく改善したものと考えれられます。

さらに左室内血流の改善によって左室内血栓もできにくくはなるものと期待しバイアスピリンにて慎重にフォローしています。

 

今後も心臓手術や治療の戦略をさらに検討し、改良を加えていく予定ですが、これまでの経過から考えますと、左室緻密化障害はこれからは治せる病気になって行くのではないかと思います。

肺高血圧症が高度になればいくら熟練チームでもオペができない(体が耐えられない)こともありますので、早めにご相談下さい

Heart_dRR
お問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

左室緻密化障害の手術 へもどる

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

左室緻密化障害の手術―予後を改善するためにもっと努力を 【2025年最新版】

Pocket

最終更新日 2025年9月13日

.

◾左室緻密化障害とは?

.

左室緻密化障害(LV noncompaction, LVNC) は先天的な心筋症の一種です。

  • 心筋が十分に「緻密」にならず、スポンジ状に隙間が多い状態となります。図9 緻密化障害

  • この隙間に血液が滞り、血栓ができて脳梗塞などを起こすことがあります。

  • また、心臓の収縮力が低下して心不全になるリスクも高い病気です。

  • 長期的には拡張型心筋症に移行することもあります。

診断は心エコーや心臓MRIの進歩で近年広まりましたが、まだ十分に認知されていない病気です。

.

◾️左室緻密化障害の怖さ

.

  • 小児期や若年成人で突然死や心不全が起こりやすい

  • 成人になってから診断されるケースもあり、発見が遅れることがあります

  • 心筋が柱状に分かれて血流が不十分となり、虚血・線維化が進行  (虚血性心筋症への道)心臓の筋肉もラグビー同様、スクラムがたいせつなのです

  • 左室壁が薄くなり、拡張してポンプ機能を失うリスク

さらに、

  • 心内血栓 → 脳梗塞の合併

  • 拡張不全 → 肺高血圧の悪化

など、重症化すると生活や生命に直結する問題が起こります。

 .

◾️治療の基本

.

A316_006まずは薬物療法と血栓予防が基本です。

  • 心不全治療薬:β遮断薬、ACE阻害薬、ARB、ARNI、利尿薬

  • 抗凝固薬:ワルファリンやDOACで血栓を予防

  • 冠血流改善薬:虚血軽減のために追加投与することもあります

しかし、薬だけでは進行を防げないケースも少なくありません。

 .

◾️外科手術の役割

.

私たちは、左室緻密化障害に対して外科治療を積極的に導入しています。

👉 ポイントは、左室の形と僧帽弁逆流の両方を整えることで心臓全体の働きを取り戻すことです。

.

◾️手術成績を左右するポイント

Illust205.


  • 肺高血圧が軽い場合:手術効果が良好

  • 肺高血圧が強い場合:術後改善が限られることもあり、拡張機能低下を悪化させない工夫が必須

このため、外科・内科・循環器チームが協力するハートチームアプローチが不可欠です。

.

.

◾️将来の展望 ― 再生医療への期待

.

現状の手術は「守りIPScellの治療(機能低下の進行予防・血栓予防)」の意味合いが強いですが、将来的には再生医学的アプローチが期待されています。

  • iPS細胞から誘導した心筋細胞移植による心筋再生

  • 血管新生療法による虚血の改善

こうした「攻めの治療」が実現すれば、根本的な心機能改善につながる可能性があります。

.

◾️まとめ

.

  • 左室緻密化障害は血栓と心不全の二重リスクをもつ先天性心筋症

  • 薬物治療に加え、左室形成術や僧帽弁形成術で予後改善が可能

  • 最新の心尖部凍結型形成術では重症例でも社会復帰例が増加

  • 将来的には再生医療との融合が期待されます

👉 「打つ手なし」と言われた方も、まずは専門施設にご相談ください。

.

◾️患者さんの想い出1はこちら:

.

◾️患者さんの想い出2はこちら:

.

.

       Heart_dRR
お問い合わせはこちらへどうぞ                  .

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

拡張型心筋症と左室形成術

2. 心筋症・心不全 にもどる

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

事例 左室緻密化障害に対する左室形成術 (セーブ手術)

Pocket

患者さんは53歳女性。

5年前に完全房室ブロックに対してペースメーカー植え込みを受けられました。

1年前からの心不全が急に悪化して来院されました。

 

来院時、心エコーにて左室拡張末期径LVDd58mm(拡張気味)、左室駆出率27%(通常の半分以下に低下)。

左室に著明な肉柱発達と心筋のひ薄化、心尖部に血栓(36x46mmと10x7mm)あり。


英語論文194番 J Thorac Cardiovasc Surg 2007;134:246-7. をご参照下さい、

この患者さんがこの左室緻密化障害に対する世界初の左室形成術になりました。

 

700.術前CT検査にて左室緻密化障害に特徴的な肉柱形成と薄い左室壁が認められます。

この肉柱の間に血栓ができ、それがもし血流に乗って飛べば脳梗塞やさまざまな塞栓を引き起こします。

さらにこの肉柱は外側の薄い左室壁を守れず、左室壁は次第に拡張し機能を失っていくと考えられます。

そのため手術ではこれらを食い止め、心機能をできるかぎり改善し、血栓や塞栓を予防することを目的とします。

711.体外循環下に左室前壁を切開します。

通常とは違い、

左室緻密化障害に特徴的な肉柱が多数見えます。

肉柱の間にスポンジのような空間がある

のも見ることができます。

.

722.左室切開口ごしに血栓をスプーンで摘除します。

血栓形成やそれによる塞栓(脳梗塞など)は

左室緻密化障害の特徴的問題ですので手術では血栓対策をできるだけ行います。

具体的には

血栓ができそうな肉柱部分をパッチでできるだけカバーするようにします。

.

733.患者さんの体力消耗がもともとあったため、

時間の節約を期して

心基部形成ののち心尖部にドール手術を試みました。

矢印はパッチを示します。

.

.

744.肉柱の隙間から血液が漏れるため

貫壁性の糸を多数かけて実質上セーブ手術に切り替えました。

.

これによって血液の漏れは止まり、安定した形になりました.

.

755.左室前壁の切開部を

縫合閉鎖しています。

確実に止血するための工夫をします。写真でフェルト(当て布)が真っ白になっており、止血が万全であることが判ります。

.

.

.

.

766.僧帽弁輪形成術(MAP)を行い

左室基部の縮小と形成をかねています。

リングの一部が見えています(矢印)。

左室緻密化障害のもう一つの問題点は心不全ですので、それへの対策をできるだけ行います。

.

777.三尖弁輪形成術を施行して心内操作を完了。

リングの一部が見えます。

このあと、卵円口開存PFOの閉鎖と両室ペーシングリードを装着しました。

実質上セーブ手術の術後4年が経過した現在も元気に生活しておられます。

先日(2010年3月)の患者さんとの懇談会にもご参加いただき、お元気なお顔を見せて頂きました。

78_38.術前エコー、左室の収縮末期像。

左室心尖部に2つの血栓が見えます。

白く光った豆のようなところです。

これが外れてどこかへ飛べば大変なことになるところでした。

術前、左室は拡張し動きも悪かったです。

.

.

799.術後エコー、左室の収縮末期像。

左室心尖部にパッチの一部が見えます。

血栓はもうありません。当然ですが。

左室はLVDdは術前58mmが術後43mmへ、

駆出率は術前27%が術後32%へそれぞれ改善しました。

両室ペーシングにより心電図QRS波幅も正常に近づきました。

詳しくは論文194番をご参照下さい。

術後6年近く経ち、現在もお元気にしておられます。

米田正始の患者さんの会にもときどきお顔を出して下さいます。

 

今後、左室緻密化障害の患者さんの長期の生存率や血栓・塞栓とくに脳梗塞などの合併症を減らすためにお役に立つ可能性があり、さらに検討を進めています。

その後また左室緻密化障害の患者さんの手術と治療を経験し、お元気になられました。

しかしその次の患者さんは術前からの肺高血圧症・左室拡張機能障害が次第に進行し、心筋虚血が進行するタイプでのこの病気の難しさ、より早期の治療の重要性を感じています。

今後、啓蒙活動、早期の予防的治療を含めた総合治療を目指したくおもいます。

 

Heart_dRR
お問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

左室緻密化障害の手術へもどる

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。