5b) マルファン症候群について―きちんと対策を立てれば怖くない【2020年最新版】

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最終更新日2020年2月23日

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■マルファン症候群とは

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マルファン症候群は遺伝性の結合組織の疾患です。

第15番染色体長腕15q上のフィブリリン遺伝子の突然変異が原因です。

遺伝ではなく純粋な突然変異で発症することもあります。

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結合組織は臓器や組織をつなぐ大切な組織ですので、マルファン症候群の患者さんの臓器や組織は圧や張力に対して弱いという傾向があります。

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マルファン症候群では結合組織が弱いため血管も瘤(こぶのように大きくなります)になりやすいです結合組織は全身に存在するため、マルファン症候群の患者さんは全身のさまざまな臓器に病気が発生する可能性があります。

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心臓や血管も病気が発生する臓器に含まれます。

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■マルファン症候群と大動脈疾患および心臓病

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大動脈は内側の圧(つまり血圧です)が高いため、徐々に拡大し、動脈瘤(こぶのように広がり ます、左図)になったり、

解離(大動脈の壁が内外マルファン症候群では大動脈が解離(壁が内外に裂けること)も起こしやすいですに裂け、それから破裂します、右図)する危険性があります。

大動脈瘤が破れたり、解離すると命が危険な状態となってしまいます。

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弁の組織も弱いため注意とケアが大切ですマルファン症候群では大動脈だけでなく心臓もやられることがよくあります。

とくに弁の組織たとえば僧帽弁を支える腱索というひも状の組織が弱り、伸びるか切れるかして僧帽弁が閉じられなくなって逆流が起こります。

いわゆる僧帽弁閉鎖不全症です。(参照:事例1事例2

心臓付近の大動脈が拡張して大動脈弁閉鎖不全症になることもしばしばあります。

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これらの中でも、大動脈瘤(胸部腹部は破れるまでは症状がない場合が多いため、要注意です。

破れれば病院にたどりつくまでに死亡したり全身臓器がやられる可能性が高いため、破れるまでに発見診断と治療をすることが必要です(デービッド手術の事例 右図)。(デービッド手術は私の恩師・デービッド先生が開発された手術で昔からの経験の蓄積があります。)

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その一方、大動脈解離は胸や背中に激痛が走ることが多いため、すぐわかります。

ただし短時間で急速に死亡されるケースが多いため、急いで救急車を呼び、病院へ行く必要があります。

救急車はこうした時のためにある、という見本のような病気のひとつです。

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■患者さんご本人だけでなくご家族も守るために

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まず相談が大切です。その内容によっては検査し、安心できます。もし何かの病気が見つかれば定期健診と早期治療によって安全性は向上しますマルファン症候群の患者さんやご家族からよくご相談をお受けします。

かつてご兄弟とお母様を突然死で失われた方のご相談を最近お受けし、診察と検査の結果、同症候群の傾向はあるものの、大動脈も心臓も大丈夫であることが判明し、安心して帰宅されました。

こうした健診は受けるメリットが大きいのです。

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マルファン症候群の遺伝様式は常染色体優性遺伝ですので、片親が同症候群の遺伝子を一つ持っておられれば、その子供さんが同症候群になる確率は50%もあります。

実際にはそれ以外のファクターたとえば突然変異などが関与し、さまざまな度合や形でのマルファン症候群があります。大動脈の状態はCT等で比較的簡単に調べることができ、長期の安全確保に大きく貢献しています

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そのため、マルファン症候群の診断や疑い診断を受けた方、あるいはご親戚に同症候群の方がおられる場合は、一度専門家に相談されることをお勧めします。
苦痛ある検査はなく、足腰の強い専門病院なら一回の外来で結論が出ます。

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■早期発見と早期治療

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とくに心臓や大動脈の定期健診は命を守ります。

動脈瘤も解離も早く発見・診断すれば手術弓部大動脈大動脈基部(デービッド手術の事例)、腹部大動脈大動脈解離)によって救命でき、いったん救命できれば、その部の動脈は人工血管で安定するからです。

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なお私たちはマルファン症候群の患者さんたちが若い年齢で手術を受けられることに配慮し、ミックス手術(MICS、小切開低侵襲手術、ポートアクセス法など)の導入にちからを入れています。

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また動脈瘤がすでに診断されている場合、通常の基準より一段階早く手術をすることが勧め られています。

60856792たとえば腹部大動脈瘤(写真右)では通常は直径4.5cmから5cmあたりになれば手術適応ですが、マルファン症候群の患者さんでは4から4.5cmで手術を考えれば安全です。

胸部大動脈瘤も同様に、通常の6cmではなく5-5.5cmで手術を検討することでリスクを回避しやすくなります。

大動脈基部の拡張症では一般に直径が5cmで手術適応(アメリカのAHA/ACCガイドライン)とされていますが、同症候群では4.5cmになれば治すのが安全という報告が増えました。

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■ライフタイムプランの大切さ

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マルファン症候群の患者さんの治療にさいして、もう一つ、いつも注意していることがあります。

それは患者さんの人生全体を考えての治療です。

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マルファン症候群の患者さんは心臓と大動脈の全域にわたって将来瘤や解離の恐れがあり得ます。

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デービッド手術を行う場合にも、安全確保しつつ将来のリスクを下げる工夫をしています。その患者さんの状況に応じて1本から3本の弓部分枝バイパスをつけるなどもそのひとつです。

なのでできるだけ将来の手術が不要なような、治療戦略を立てることが大切と思います。

何度も何度も大動脈や心臓の手術を行うと、その危険性は高くなってしまうからです。

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たとえば大動脈基部拡張症に対してデービッド手術は自己弁を温存できる、良い手術です。

しかしその際に大動脈基部だけ治すのでは、将来弓部大動脈が瘤化したときにまた胸骨を切って手術する必要が生じます。ましてその時までに僧帽弁などの手術の必要が出ておれば、3回目の手術となり、人工血管を使う手術の再手術、再々手術ということでリスクはより高くなりやすいのです。

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そこで私たちは、危険性を高めない範囲で、将来の手術を先取りすることがあります。しかしたとえばデービッド手術に予防的に弓部全置換術をするという意味ではありません。それよりも危険性が少ない弓部分枝デブランチを状況に応じて1-3本行い、将来弓部全置換の必要性が生じても胸骨を切らずにすむようにしているという意味です。

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言葉を換えれば将来ステントグラフト(TEVAR)治療が成り立つように工夫しておくとも言えましょう。

ステントグラフトは大動脈の内側から圧着するため、圧着部の大動脈そのものが将来瘤化するかも知れないマルファン症候群の患者さんには不向きと言われています。しかし上記の工夫や、現在進めている工夫によって安全にステントグラフトが使える、つまり胸などを切る回数が減る、これも治療の柱のひとつにしているわけです。

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■MNJと日本マルファン協会

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マルファンネットワークジャmarfan_titleパン(MNJ)という患者さんの会があり、著者もコンサルタント(医療アドバイザー)として何度か参加させていただいたことがあります。

活発な勉強や親睦活動の中に病気を克服する強い意志が感じられました。

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マルファンネットワークジャパンにつきまして 薬

このMNJを支援するNPO法人である 日本マルファン協会 も患者さん支援の輪を広げる活動を積み重ねておられます。

そこでの質疑応答集(2010)もごらんください。

皆さんよく勉強され、前向きに病気を克服し、人生を打ち立てておられる様子がうかがえます。

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■これからのこと

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将来的にはフィブリリン遺伝子をはじめ、遺伝子治療やより的確な薬の開発によって合併症を予防できる疾患になってゆくものと思われます。

さらに患者さんの皮膚細胞などから造った iPS細胞から大動脈壁などを作成し、それをもとにして大動脈壁を保護する薬などを創るという研究が進んでいます。あるいは健康人のiPS細胞から強い大動脈壁を創って患者さんの大動脈に移植するなども今後は実現に向かうでしょう。これらは骨などでも同様に期待できるでしょう。

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マルファン症候群の患者さんが子供や孫に病気を遺伝させる心配をして結婚や出産で悩まれるという不幸な時代はいずれ過去のものになると私は思います。

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ilm09_af10003-sさしあたりは定期健診、早期診断と必要なら早期治療でマルファン症候群の患者さんの生命や生活は守られるでしょう。

検査は昔と違ってかなり痛みや苦痛が少なく安全性が高くなっていますので、受けるメリットは大きいです。

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なかには自分はマルファン症候群だから大動脈瘤があるに違いないと確信して来られ、検査によってきれいで正常な大動脈であることを知り、よろこんで帰られた方もあります。結果としてうれしい検査になったわけです。

まずは現状を正確に把握することが結局安全と安心につながります。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例: 複雑な僧帽弁形成 (マルファン症候群の患者さん)

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患者さんは30代女性で、マルファン症候群が背景にあります。

以前に他院で僧帽弁形成術を受けられいったん改善したものの次第に悪化し、その複雑な弁の形態のためもはや再弁形成術は困難との判断を受け、私の外来を受診されました。

「弁形成がうまく行かず、来週、機械弁をつかった弁置換をと言われたのです。先生なんとかして下さい」と涙ながらに懇願されました。

 

このお若い年齢ですでに一度開心術を受けているという状況では一般には機械弁をもちいた弁置換となる可能性が高いのですが、それはその後の妊娠・出産が事実上不可能になるということを意味します。

機械弁はワーファリン使用が一生必要で、ワーファリンは胎児と母体への危険性が高いからです。

 

Photo_2僧帽弁の形態を詳しく調べますと私たちがこれまで検討し形成成功してきた複雑病変の中でもとくに特徴的な「逆L字型変形」(英語論文221番をご参照下さい)であることがわかり、僧帽弁形成術を請け負いました。

心臓は強く拡張し左胸壁にまでおよんでいました。高度な癒着を剥離しました。

体外循環・大動脈遮断下に左房を開け、僧帽弁にアプローチしました。

 

Photo_6僧帽弁は前尖全体が強く逸脱し、

前回の手術でつけられたゴアテックス人工腱索は

その付け根のところから切れていました。

また後尖の前交連側、

いわゆるP1部も逸脱していました。

 

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M_2まず前回、他院でつけられた僧帽弁輪形成用のリングを切除しました。

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リングをはずした跡はかなり組織が弱そうであったため、

これを補強するような形で新たなリング用の糸をかけました。

 

A2_2A_2  二次腱索が短縮し前尖を逆L字型に変形させていたため、

これを切断しました。

左室機能は良好なため私たちが開発した腱索移転 chordal translocationは行いませんでした。

前後乳頭筋のそれぞれに新しいゴアテックス人工腱索を立て、僧帽弁前尖全体を、バランスを考えて均一にかけた合計12本の人工腱索で支えるようにし、僧帽弁形成術を組立てました

(写真上:左はA2に対して、右はA1に対して人工腱索を立てているところ)。

Photo_7ここで僧帽弁輪形成用のリングを縫着しました。

前尖の逸脱は消失しましたが、後尖P1は逸脱傾向がありました。

そこでこのP1部を形成し、最終的に逆流はほぼ止まりました。

写真左は逆流テストで僧帽弁の逆流がないことを示しているところです。僧帽弁形成術の完成です。

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Photo_8術前発作性心房細動の既往があったことと、左房左室とも拡張著明であったため、

冷凍凝固を多用したメイズ手術を行いました。

写真左は僧帽弁輪周囲部を冷凍凝固しているところです。

最近普及したデバイスでは主に肺静脈と左房を隔離するのが中心で、この弁輪部操作をやらないことが多く、

本家Dr. Coxのデータでも弁輪周囲部まで治療しないと除細動率は劣ることが示されています。

 

術後経過は順調で、出血も少なく、翌朝には抜管し、僧帽弁逆流がほぼ消失したのを確認し、元気に退院されました。

手術前は少し動くと息切れで苦しんだそうですが、手術後は階段を含めて運動しても苦しくなくなりましたと言って頂きました。

左室・左房のサイズも正常化し、BNPも退院時すでに術前の半分以下になりました。

 

僧帽弁形成術の成功によってこの患者さんは妊娠出産が可能となりました。

またワーファリンが不要となるため病院にも毎月通う必要がなくなり、長期的な生活の質(QOL)も向上するでしょう。

もとの病院の主治医の先生にもご報告し、お礼を述べて頂きました。

 

マルファン症候群など、結合組織が弱くなる病気では腱索や弁輪など、しっかりした人工物で安全に置き換えられる部位は置き換えるのが長期的に有利と考えられます。

実際、これまで10年レベルで長期的に高い安定性が示されています。さらなる検討と発展が期待できます。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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