お便り95: 絶体絶命の中から生還された修正大血管転位症の患者さん

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修正大血管転位症は長期的にはまだまだ重く厳しい病気です。


A335_020それは全身に血液を送る大型ポンプの役割をもつ左心室と肺に血液を送る小型ポンプである右心室が入れ替わっているために、小さいポンプで全身の血液循環を担わねばならず、長い間には無理が重なり、拡張型心筋症のような心不全になるからです。

私たちはこうした患者さんを長期的に支援する取り組みをして参りました。修正大血管転位症の小型ポンプをできるだけ守り、チューンナップして、できるだけ補助循環(VASやVAD)や心移植を避けられるように、かりに避けられない場合でもその時期を遅らせ、自然に楽しく暮らせるときを永くするように努力しています。

患者さんは10代半ばの少年で、肺動脈閉鎖と心室中隔欠損症も合併しており、小さいころ手術でそれらを治していちおう元気になられ、10歳代に2回の手術でさらに修復され、健康を維持しておられました。

ところが2年前から三尖弁閉鎖不全症(健康な心臓では僧帽弁閉鎖不全症に相当)を合併し、そのために心不全や重い肺高血圧が進行し、5分も歩けないほどの状態になって米田正始の外来に来られました。

先天性心疾患で高名な先生のところや、東京の高名な先生のところへも相談に行ったそうですが、いずれも手術は無理とのことで、最後の望みをかけて私の外来に来られたのです。

これまで何人もの修正大血管転位症の患者さんをお助けして来ましたので、そのノウハウを結集して何とか元気になっていただこうと、心臓手術をお引き受けしました。

この患者さんの主治医は関西の有名大学病院小児科の先生で、その先生の想いと私の想いがぴったり一致したこともあり、何としてもこの難局を突破しようということになりました。

4回目の手術で、心不全が強く、肺高血圧が極度に悪化という条件で、なかなか苦労しましたが、さまざまな工夫を凝らして手術(三尖弁置換術、通常の心臓でいう僧帽弁置換術)は無事に完了しました。

じぶんで言うのも何ですが、京大病院を辞めて6年間、心臓手術を磨いて来たつもりですが、この間、無駄飯を食べていなかったと実感できる内容でした。ミックス手術や心臓再手術の経験も活きました。

しかし手術のあともしばらくは肺高血圧クリーゼと呼ばれる、いのちにかかわる発作が起こりやすい状態のため、2日かけて心臓と肺の補助をそれぞれ行い、時間を稼いで安全を守り、それから徐々に運動を始め、体力をつけて頂きました。

患者さんは大変頑張り屋さんで、心臓リハビリを積極的にこなしてくれて、体力を次第につけて行ってくれました。

一時、脚の創にばい菌が入ったための治療を行うことで入院は長引きましたが、術後1か月で入院時とはずいぶん違う元気な状態で退院されました。

外来でお母さんの笑顔とともに患者さんの元気な顔を拝見し、よく頑張ってくれた!と賞賛したい気持ちがこみ上げてきました。これからも長い道のりですが、それだけ楽しみも増えるわけで、しっかりサポートしたく思いました。

下記はこの患者さんと、そのお母様からのお便りです。本当によく頑張った!とほめてあげたく思います。

 

***** 患者さんからのお便り *****


米田先生、深谷先生、北村先生、木村先生へ

今回は手術して頂きありがとうございました。

四度目の手術でリスクも高く、色々な病院にも断られ、最後の最後にこの病院に訪れました。

最初は診察室に入った時、また断られるんじゃないかと思っていましたが、すぐに手術の話になり、手術自体も「やる」と言って下さいました。


あの時は本当に嬉しかったです。先生方に人工弁の弁置換術の手術をして頂きました。


さらに、剥離がデメリットにならないように左脇からの切開で行って頂きました。

しかも、僕のためにわざわざ、小児心臓の先生まで呼んで頂きました。工夫を重ね、少しでもリスクのないように手術をしてくれた先生方には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。先生方に救って頂いたこの心臓を大事に使っていきたいと思います。

手術してくれてありがとうございました。

****

 

 

***** 患者さんのお母様からのお便り *****


この度の手術入院では大変お世話になりました。ありがとうございます。

米田先生初め医師の皆様、看護師の皆様、手厚い治療と看護に心から感謝致します。

幾度と重なる手術でなかなか回復の見込みもなく、絶望的になっていた頃、米田先生の事を子供から聞きました。

その時に僕の心臓は米田先生にしか治す事が出来ないと言われ今回の手術に挑みました。

一時はどうなるかと不安でしたが、日増しに元気になって行く姿を見て名古屋に来て良かった、先生方皆様に感謝の心持でいっぱいです。


先生本当に救って頂きありがとうございました。7月10日退院致します。

帰ったら一番心配していた亡き夫に元気にして頂いた事を報告します。

皆様 本当にありがとうございました。

平成25年7月10日

****

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り53: 修正大血管転位症と三尖弁閉鎖不全症の患者さん

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修正大血管転位症は医学が進歩した現在も油断ならない病気です。

右心室という小さいポンプが左心室という大きなポンプの役割を果たさねばならない病気で、そのために長期的には無理が生じてしまうからです。

医学教科書では、心室中隔欠損症や肺動脈弁狭窄症などを合併しなければ予後は良いとされていますが、修正大血管転位症で60歳以上まで生存するひとは少ないのです。

 

しかしその死亡原因をみると、解決策がある程度以上は見えてくるのです。

たとえば心不全、三尖弁閉鎖不全症(通常の心臓でいう僧帽弁閉鎖不全症に相当します)、房室ブロック、不整脈などなどがあります。

逆に、それらを一つひとつ入念に治療あるいは予防して行けば、予後はもっと良くなるはずです。

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そこで、私たちは拡張型心筋症の手術や治療の経験を活かし、かつ先天性心疾患の治療経験を活かして、この修正大血管転位症の患者さんの治療にあたっています。

元気に長生きする記録を更新しましょうと頑張っています。

 

下記はその修正大血管転位症に三尖弁閉鎖不全症を併発し、最近三尖弁の手術を受けられた患者さんのご主人さまからのお手紙です。

まだ30代というお若いご年齢から、将来を見据えた心臓手術だけでなく、その後の薬の使い方で、さらに予後を良くしましょうと患者さんや地元の先生方と相談して、チームワークで治療をしています。

 

********患者さんのご家族からのお便り*******

 

名古屋ハートセンター 心臓血管外科 御中 米田先生様

このたび、3月1日手術で大変お世話になりました、*****の夫です。

丹後もやっと桜が満開になり春らしくなってきました。

 
術後の経過も、順調で末っ子の入学式に無事出席できました。
患者さんのご主人様からの礼状メールです

手術前、入学式には出たいとの希望が叶いましたのも、
名古屋ハートーセンター・先生方看護師スタッフの皆々様のおかげで感謝申し上げます。

 

****病院・**先生様の連携にも
ご尽力いただき安心して暮らしております。

ネットで名古屋ハートーセンターのHPを見つけて
手術室の笑顔の集合写真を見たときに
この病院ならなんとかしてくれると直感しました。
 

1月11日のメールにすぐにご返信いただいてから
1月19日検査入院・3月1日手術とレスポンスの速さに
名古屋ハートーセンターでよかったと感謝感謝です。

米田先生、ありがとうございます。

今後とも、妻の経過診察よろしくお願い申し上げます。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り19 修正大血管転位症の患者さん

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成人先天性心疾患は生まれつきの心臓病が大人や場合によっては高齢になってから悪化するものも含まれまSumireす。

修正大血管転位症もその一つで、心臓の中に穴があいておらず、狭いところなどもなければ、若い間はまずまず元気に暮らせます。

しかし年齢とともに新たな病気や問題が発生し、次第にそれらが命取りになることがあります。

修正大血管転位症(強い左室と弱い右室が入れ替わっており徐々に無理がかかる)の場合は

三尖弁閉鎖不全症(普通の状態なら僧帽弁閉鎖不全症に相応)が発生すると心臓の力が落ちて行きます。

 

患者さんは70歳女性で

修正大血管転位症と三尖弁閉鎖不全症そして僧帽弁閉鎖不全症のためどうしても心不全が取れず岐阜県から来院されました。

しかも心臓の位置が通常と左右反対になっており(右胸心といいます)、手術の際にはさまざまな工夫が必要な状況でした。

無事手術はでき三尖弁は人工弁(生体弁)で、僧帽弁は弁形成できれいになりました。

慢性心房細動も強化したメイズ手術で治りました。

弱った心臓のパワーアップを図るよう、三尖弁の乳頭筋も温存し、心房の「キック」(ちょっと専門的ですみません)も効くように工夫しました。

すっかりお元気になられ、お手紙を頂きました。

 

お手紙を拝見し、派手ではなくても、素晴らしい人生を歩んでこられたこと、

そしてその素晴らしい人生に心臓手術によってお手伝いができたことをひとりの臨床医・外科医として誇らしく思いました。

この弱った心臓で農業をこなし、命を賭けて子供さんを産み、頑張り続けられ、

しかし一時間でもいいから楽な呼吸がしてみたい、、、

こういった患者さんをお助けするため自分は長年心臓外科の修業と研究を積んで来たのだとお手紙を読んで改めて思いました。

私の方こそ感動を頂いたように思えます。

 

***************患者さんからのお便り***********

米田正始先生

その後いかがお過ごしでしょうか。

手術の節には本当にありがとうございました。

 

修正大血管転位症 右胸心と言う病気を持って生まれて七十年の歳月を歩んで来て、

今もな お便り19の実物写真 お歩み続けております。

でも元気いっぱいと言うわけにはいかず、苦しい時間の方が多い日々でした。

 

年齢と共に体力も心臓も弱ってきて、

農家に嫁いだ私には仕事は重労働でとても辛いものでした。

そして子供を生むことは無理だと言われましたが、それでも子供は欲しく、

命懸けで二人の子供を授かることができ、今ではとても有難く幸せに思っています。

 

心臓の調子がだんだん悪くなり、六十歳頃手術を勧められましたが、

その頃には手術をする気持ちにはとてもなれませんでした。

でも時々起こる発作に苦しみこのまま心臓が止まってしまうのではないかと恐怖心を感じた事も何度かありました。

 

一度飲むだけでも何種類とたくさんの薬をもらい、飲み続けてどうにか普通の生活も出来ておりましたが、

七十歳になった頃から急激に心臓の衰えが増してきて体力もなくなり、

手足は夏でも冷たく、顔や足など浮腫んで横になっている日が多くなり、

話をするにも息切れがし、声を出す力も弱くなってしまいました。

お世話になっている病院の先生も弱っていく私の体を心配して下さいましたが、

私自身、気力も体力もなくなっていくばかりで残りの寿命も終わりが近づいている気がしてとても悲しい思いが込み上げてきました。

でも終わりになる前に一日でも一時間でもいいから健康な人と同じ様な呼吸がしてみたいと切実に思いました。

 

そんな苦しみの中で、ある日明るい希望が見えてきたのです。

その希望というのはハートセンターという病院です。

心臓専門で優れた経験と腕を持った米田先生を紹介して頂き、

兎に角一度お逢いして診ていただこうと車で二時間余りかけて米田先生を訪ねました。

 

体の疲れ、不安、心配をしながら米田先生にお逢い出来、早速色々な検査をして頂き、

検査の結果を丁寧に説明して下さり聞いているうちに想像以上に悪くなっている自分の心臓に驚いて、又、不安になってしまい、

それでも先生の「手術をすれば元気になれる」という言葉を聞いて安心はしたものの、

大変な事には間違いなく、すぐには決心は出来ません。

 

家に帰ってからも毎日色んな事を考え悩み、しばらくして二度目の診察日がきても気持ちは迷うばかり。

家族も手術を勧めてくれるし思い切って手術を受ける心を決めました。

体の方は苦しくなるばかりだし三回目の診察の日に入院させて頂き、

手術に向け体力を作る治療が始まりました。

 

四月二十日に手術を受けました。

怖いのと心配でいっぱいでしたが、もしこのまま目が覚めなくても寿命だと思い・・・

どの位の時間眠っていたのかわかりませんが、先生に声をかけられパッと目覚めた時、

「あっ生きている」と感じ、病室の明かりが本当にまぶしく目の中に入ってきたことを思い出します。

意識が朦朧としている中、喉の乾きがひどく水が欲しいと無理を言った事も覚えています。

時間が経つにつれ、あんなに苦しかった心臓がとても楽になっている事に気が付き、

これって本当かしらとすぐには信じられませんでした。

呼吸をしているのが不思議に思えました。

うれしい、良かった、生きていて良かったと涙があふれました。

 

米田先生はじめ北村先生、深谷先生、優しい看護師さん、

そして私に携わって下さった大勢の方々のお陰様で絶望から希望に変わり、

夢のような思いで毎日を送っています。

手術の日から十二日目には早くも退院ができ、

一日一日と元気になっていく私を家族も驚くほどです。

 

十月二十日で半年が過ぎ、経過を診てもらいに行き、笑顔で先生とお話でき、本当に良かったと思います。

まだまだ元気になれると言われ、益々元気が出てきました。

苦しい日が続くとどうして私ばかりがこんなに不幸な人生かと他人を羨み、生んでくれた親をつい恨んだりもした事が、

今は生まれて来て良かったとこんな大きな喜びを感じられる私は幸せ者だと思える様になりました。

 

私の命を救って下さった米田先生には感謝の気持ちでいっぱいです。

うまく言葉に表す事が出来ない私ですが、救われた命を日々大切に一生懸命生きていきたいと思います。

現代の医学と米田先生を信じて受けた手術はすごいものでした。

苦しんだ後の幸せはとても大きいものです。


本当に本当にありがとうございました。

 

平成21年11月**日  ****

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13) 修正大血管転位症とは?弱い全身ポンプを守る最新治療【2025年最新版】

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更新日:2025年10月1日
執筆:福田総合病院 心臓血管外科専門医 米田正始

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◆修正大血管転位症とは?

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修正大血管転位症では弱い右心室が全身への血液供給を任され無理が生じます修正大血管転位症(Congenitally Corrected Transposition of the Great Arteries:ccTGA)は、先天性心疾患のひとつです。

  • 血流自体は正常:他の合併症がなければ、血液の流れ方は健常者とほぼ同じです。

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  • 心室と弁が入れ替わる:強力な左心室の位置に、本来は全身ポンプを担わない右心室が置かれています。また僧帽弁と三尖弁も入れ替わっており、構造的に弱い三尖弁が全身循環を支えることになります。

このため、成人期以降に心不全三尖弁閉鎖不全症を発症しやすいのが特徴です。

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◆合併しやすい病気

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修正大血管転位症では以下の病気を合併することがあります:

これらが合併した場合には、それぞれに応じた外科治療やカテーテル治療が必要となります。

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◆成人期に起こる問題 ― 三尖弁閉鎖不全と心不全

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合併症がなくても、もともと弱い右心室が全身ポンプとして酷使されるため、次第に疲弊し心不全や弁逆流が起弱い心臓でもそれを守りうまく使えば比較的元気に暮らせますこります。

かつてはこの病気の患者さんは成人後に心不全で亡くなることが多く、医学書には「寿命は60歳まで」と記載されていました。

しかし現在では、拡張型心筋症の治療に準じた戦略を組み合わせることで改善が可能とわかってきました。

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治療アプローチ

  • 三尖弁閉鎖不全がある場合:早期の弁置換術(全乳頭筋温存式)で右心室を守る

  • 弁形成術は通常心とは違い、かえって成績が劣る
  • 薬物治療:β遮断薬、ARB、ARNI、MRAなど

  • デバイス治療:CRT-D(両心室ペーシング+除細動器)を必要に応じて導入

  • リハビリ・生活習慣の最適化

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この総合的な治療により、より長生きし、生活の質を維持できる可能性が高まっています。(手術事例 修正大血管転位に弁膜症と心不全を来した高齢患者さん)

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Ilm16_ac02010-s◆修正大血管転位症の未来 ― あきらめない治療

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近年は人工心臓(補助循環装置)の進歩や、再生医療による心筋強化の研究も進んでいます。

私たちの経験では、三尖弁閉鎖不全を伴う患者さんでも心不全が悪化する前に弁手術を行えば、長期の予後が良好です。

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実際に、手術から10年以上経過し、80歳を超えて元気に生活されている患者さんもおられます。

医学教科書の「60歳まで」という限界を超えた実績が積み重なりつつあります。

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◆まとめ

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  • 修正大血管転位症は、右心室が全身ポンプを担うため成人期に心不全を起こしやすい病気です。

  • 三尖弁閉鎖不全や不整脈を合併することが多く、適切な手術と薬物治療で長生きできる可能性があります

  • 最新の手術、デバイス治療、再生医療の発展により、かつての寿命の壁を超える患者さんが増えています。

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👉 「修正大血管転位症」と診断された方は、決して諦めず、経験豊富な心臓外科医へ早めにご相談ください

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6. 先天性心疾患 へもどる

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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事例 修正大血管転位に弁膜症と心不全を来した高齢患者さん

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患者さんは 70歳女性で

修正大血管転位症、右胸心(心臓が左右逆位置にあります)、

解剖学的三尖弁閉鎖不全症TR (通常の心臓で言う僧帽弁閉鎖不全症に相当します)、

解剖学的僧帽弁閉鎖不全症MR (通常は三尖弁閉鎖不全症に相当)、

肺高血圧症、心不全、慢性心房細動のため手術を希望してハートセンターへ紹介・来院されました。

クラス4度と言われる高度な心不全のため肝臓と腎臓の機能障害を併発されていました。

 

註:修正大血管転位では心室や大血管のつながり方は正しいのですが、

左室と右室が入れ替わっており、ある程度の年齢になると、もともと弱い右室が強い左室の代わりができなくなって心不全や弁の逆流等で亡くなることが多いです。

くわえて不整脈もよく起こります。

 

修正大血管転位症の常識の中では末期ともいえる状態で、他病院でも手術は危険と言われ、最後の望みをかけて来院されました。

心不全症状が強く(NYHA 4度)、緊急入院して頂き、約1か月かけて体調改善を行い、心臓手術に進みました。

 

1通常血行動態がやや改善する全身麻酔下でも、血圧は約80mmHg、肺動脈圧は60mmHgと高く、重症であることを示しました。

胸骨正中切開ののち心膜を切開しますと、心臓は強く張っていました。

とくに左房は極めて高圧で、患者さんは今日までさぞ苦しかったろうと実感する所見でした

(写真上。画面右下に左心耳が一部見えています)。

 

体外循環下に上行大動脈を遮断しました。

解剖学的僧帽弁はちょうど体心室の背側つまり術野で深い所にあるため、すべて大動脈遮断下(つまり心停止させておいて)に行うことにしました。
CTGA-MV
23_map  まず心臓全体を脱転し右房を切開、僧帽弁を展開しました

(写真左、前尖が見えています)。

弁は予測どおりとくに弁尖の器質的問題はなく、

弁輪拡張が逆流の原因と判断できたため、

柔軟リング29mmで弁輪形成を行いました。

4_isthmus逆流試験で問題がないことを確認し(写真上右)、

僧帽弁輪―冠静脈洞―下大静脈をつなぐライン、

いわゆる峡部を冷凍凝固し(写真左)、

右房を2層に閉じて右房操作を終えました。

 

今度は患者さんの左側から、左房の左心耳を切開し三尖弁にアプローチしました(写真下左)。

CTGA-TV

Photo6_tvr  三尖弁は解剖学的右室の拡張のためいわゆるテント化を起こし、

かつ弁輪拡張のため高度の逆流を起こしていました。

三尖弁の二次腱索がピーンと張って右室を支えている形でした。

三尖弁そのものが寿命の限界と考えられ、

かつ術前の全身状態が悪いため、

ここは安全と確実さを優先して全腱索乳頭筋を温存し、右室を守りつつ、一発で生体弁弁置換することにしました。

乳頭筋や筋束に生体弁ストラットが当たらないように位置と向きに留意しつつブタ弁27mmを入れました(写真上右)。

78  縫着に先立ち冷凍凝固を用いて、肺静脈隔離と、僧帽弁輪周囲部の遮断を行い(メイズ手術、写真左)、

弁を縫着し、左房を二層に閉じ(写真右)て大動脈遮断を解除しました。

将来のブロックと心不全に備えて、両室ペーシングの心外電極を左室と右室そして心房に取り付けました。

 

体外循環からの離脱には少量の強心剤のみ要しました。

リズムは除細動成功し洞性つまり正常リズムでした。

血圧は80mmHgが90mmHg台へ、肺動脈圧は60mmHgが約40mmHgまで改善しました。

経食道エコーにて三尖弁(生体弁)・僧帽弁とも逆流なく、両室機能もまずまず保たれていることを確認しました。

 

術後経過はおおむね順調で、術翌日、一般病棟へ戻られました。

その後2週間ほどで階段昇降ができるほどに元気になられました。

「先生を信じてはいたけれど、ここまで良くなるとは思いませんでした」と何度も何度もお礼を述べて戴きました。私は感動でものが言えませんでした。お役に立てて本当にうれしく思いました。

 

修正大血管転位症では成人期に左室や右室を入れ替えることは極めて危険なので、この患者さんの場合は心室の構造と機能を守りつつ、確実に弁膜症つまり2つの弁とリズムを治しました。

根本治療ではないため今後も注意深く見守る必要はあります。

しかし左室や右室がまずまずの力がある限り、普通の生活を送ることは可能で、希望も十分あると考えます。

 

なおこの手術は評価を戴き、2011年9月、この領域のトップジャーナルである J Thorac Cardiovascular Surg誌に掲載されました。上のきれいなメディカルアート(図)はその論文に掲載されたものです。皆さんありがとう。

追記:術後5年が経過しました。現在もお元気で定期検診に来られます。うれしいことです。同時に修正大血管転位症の患者さんたちに大きな励みになっています。この病気で心不全を克服して70代後半まで元気に生きておられることは昔なら考えにくかったといわれるからです。

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