冠動脈疾患にたいするハイブリッド治療とは【2020年最新版】

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最終更新日 2020年3月11日

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◾️ハイブリッド治療の背景は

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冠動脈疾患の治療法にはまず食事や運動による予防、軽症例にはお薬や生活指導、重症例になるとカテーテルによる冠動脈形成術(PCI)、さらに冠動脈バイパス術CABGなどがあります。最重症は補助循環(人工心臓)さらに心移植になってしまいます。

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冠動脈バイパス手術の一例です

冠動脈バイパス手術の一例です

とくに重症例でカテーテル治療PCIと冠動脈バイパス術CABGのうまい使い分けが議論の対象になっています。

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かつては重症例とくに左主幹部病変にはバイパス術という考えたが主流でしたが、その後PCIの進歩で一部の積極的な先生方は何でもPCIという時代もありました。

その後シンタックス研究(Syntax Trial)で冠動脈3枝病変の多くや左主幹部のある種のタイプにはバイパス手術が有利つまり長生きできることが証明され、時代は変わりました。ちょうどそのころ天皇陛下バイパス手術を受けられて、医療者でない一般の方々にもそのことは知られるようになりました。

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◾️そしてハイブリッド治療の誕生

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この2つの治療法の長所短所をよく吟味してみますと次のようなことになります。

1.内胸動脈をLAD左冠動脈前下降枝にバイパスすることは絶対的な意義がある。これはPCIの追随をゆるさない世界である

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DES02

ステントの一例です。これが冠動脈の中に入ります

2.他の枝つまり右冠動脈や左冠動脈回旋枝の通常の病変ならPCIは有用。そしてPCIは侵襲の低さでは絶対優位。

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これらを考慮すると、バイパス手術とPCIの良いところだけを選んで使う、いわばいいとこ取り治療が浮かび上がってきます。それが冠動脈病変におけるハイブリッド治療なのです。

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◾️ハイブリッド治療の代表例としては

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MIDCABミッドキャブ手術つまり左ミニ開胸で左内胸動脈を左前下降枝にオフポンプでつける。そののち他の枝はPCIで治療する。これが代表例です。

その後、さまざまなケースに対して内科と外科で協力するようになり、いわゆるハートチームですね、さまざまな応用例が出てきました。

たとえばバイパス手術のあと弁膜症手術が必要となったとき、冠動脈はPCIで済ましておいて、外科は弁を治すとか(お便り86などをご参照ください)、

患者さんの仕事や生活の都合上、どうしてもポートアクセス手術を希望されるとき、弁膜症だけならそれはできますが、バイパス手術も同時に必要な場合、正中切開が必要となります。そんなときにPCIで冠動脈を治しておけば、ポートアクセスで弁を治すことに専念でき、患者さんも速やかに仕事復帰できます。

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◾️その他のハイブリッド治療

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その他さまざまな応用があります。

冠動脈疾患以外でも、ハイブリッド治療は大動脈疾患における外科手術(人工血管置換術)とステントグラフトEVAR)の組み合わせなどの形も増えました。

あるいは拡張型心筋症に対して左室形成術僧帽弁形成術などの外科手術に加えてCRTやCRTDなどのカテーテル+ペースメーカー治療などですね。

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これからはバイパス手術のあと何年も経って大動脈疾患が発生したときのTAVIなども役立つことでしょう。そもそも生体弁による弁置換のあと、10-20年経って弁が壊れたときにバルブインバルブというTAVIをやれば再手術が回避できます。

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◾️まとめ

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要は英知を結集して患者目線で最高の結果をもとめる、内科が偉いとか外科が立派だなどという偏狭な考え方をすてて、皆で頑張る、当然といえば当然の治療、それがハイブリッド治療です。こうした考え方がこれからさらに進化していくと、さらに治療成績が上がり患者さんのハッピーライフにつながることでしょう。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例:胸部大動脈瘤へのハイブリッドのステントグラフト

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胸部大動脈瘤の中には単純な一か所の瘤から、複数のあるいは広範囲の瘤もあり、その患者さんに応じたベストな治療法、手術法が大切です。

心臓血管手術のなかでもやや大きめのものになりますので、十分な考察と戦略が求められます。

近年のステントグラフト(略称EVAR、胸部の場合はTEVAR)はこうした治療にも役立つことが多くあります。

ステントグラフト単独で、あるいは心臓血管手術と併用(いわゆるハイブリッド治療)で、あるいは手術単独で、などの中からその患者さんにとってベストのものを選ぶ時代になりました。

 

患者さんは79歳男性で、高血圧症をはじめ、さまざまな生活習慣病をお持ちでした。

術前CT弓部大動脈瘤と下行大動脈瘤のため手術が必要という判断になりましたが、近くの病院の小さいチームでは不安と私の外来へ来られました。

たしかに弓部大動脈瘤が大きくなり、瘤が二段になって危険な所見でしたし、下行大動脈瘤も長くは無視できない状態でした。さらに腹部にも小さい大動脈瘤がありました。

かつてはこうした瘤は、患者さんの年齢や体力などを考慮して、必要なら一気に全部を人工血管で置き換えるなどして治したものですが、患者さんの体への負担は少なくありません。

とくに79歳の比較的ご高齢の患者さんではその負担は無視できません。

そこでまず弓部大動脈全置換術を前からのアプローチで行いました。

術後CTこれはすでに確立した安全な方法、選択的脳灌流という方法をもちいて、脳を守っている間に下行大動脈に人工血管をつなぎ、全身の血流再開ののち、上行大動脈を人工血管でつなぎ、最後に弓部大動脈3分枝を上記の人工血管と連結すれば完成です。

これによって25℃程度の中等度の低体温で手術ができ、止血にもあまり時間がかからず、体への負担も小さくすみました。

もう少し体温を上げれば、さらにスピードアップが図れるのですが、選択的脳灌流の最中の脊髄保護を確実にするために、私たちはあまり温度を上げ過ぎないようにしています。

そのおかげか、手術で脊髄などがやられたことはありません。

術後経過は順調で、術後2週間を待たずに元気に退院されました。

EVAR後術後3か月経って安定したところで、こんどはステントグラフトで下行大動脈から2つめの瘤、さらに上記の手術でつけた人工血管までをすべて内張りをつけるように治しました。

こうすることで創を一か所にとどめ、出血や苦痛もより少ない状態で手術が完成しました。

手術からまる2年がたち、お元気に暮らしておられます。

腹部にも大動脈瘤ができており、現在直径44mmのため経過観察しています。

将来必要が生じればそれもなるべくステントグラフトEVARで治したく思っています。

 

高齢化社会を迎えて、広範囲の胸部大動脈瘤も増える傾向にあります。

ステントグラフトのうまい活用で、こうした患者さんの心臓血管手術成功率を上げ、さらに体の負担を減らすことでより早い社会復帰を促すように工夫しています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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元・京都大学医学部教授
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7) 大動脈のハイブリッド治療の実例をしめしてください

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ステントグラフト(略称EVARTEVAR)は比較的あたらしい治療法ですが、近年さまざまな展開があります。

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Ilm01_ba04080-sたとえば手術単独でもステントグラフト単独でも治せない、

あるい は危険性が高すぎる末期重症患者さんとくに胸腹部大動脈瘤 なかでも破裂性のものに対して、

外科手術とステントグラフ ト(EVAR)を組み合わせたハイブリッド治療 を開始しました。前任地にて2004年から開始しています。

当時はあまりにも斬新すぎて学会で発表しても皆さん唖然としておられ、質問も反論さえもでなかったのを覚えています。

認められなくても良い、患者さんが元気になればそれでよいと開き直っていました。

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京大病院時代には6人の絶体絶命、超重症の患者さんをいずれも生還させています。

今後の強力な救命手段になるで しょう(手術事例 3)。

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またハイブリッド治療は胸部大動脈瘤でも活躍することが増え、

たとえば上記のようにエレファントトランクの安定化に活用することもありますし、

胸部大動脈を全部取り替える必要がある患者さんでは体の前からアプ ローチし、

上行大動脈と弓部大動脈を人工血管で治し、

下行大動脈以下はステントグラフト(TEVAR)で治すことで

手術侵襲つまり体への負担を軽くし、安全性を高めることができます。

IMG_2425b.

左図は大動脈基部拡張に対してデービッド手術(自己弁温存式基部再建)を施行したときに、併せて弓部大動脈の3本の枝にバイパスをつけた(デブランチと呼びます)ものです。

マルファン症候群の患者さんなどにこうした方法を用いることで、将来弓部大動脈が悪くなっても簡単にステントグラフト(TEVAR)が追加でき、胸の正中切開が不要となるのです。患者さんのリスクや苦痛を減らし、精神的ストレスを減らすのに役立っています。

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将来のステントグラフトは右図のようなIMG_2423b形で追加でき、それによって弓部大動脈あるいはそれ以遠の大動脈も守りやすくなります。

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このようにハイブリッド治療では外科手術とステントグラフトの特長を活かすようにしています。

弓部大動脈と下行大動脈さらに胸腹部大動脈、腹部大動脈との間にも同様の工夫ができるようになりました。

何度も手術したり、2つ3つ分の大きな手術をするといくらうまくやっても死亡率が多少とも上がります。

あるいは死亡しなくても、脊髄マヒなどの合併症が起こることもあります。

そうしたことをできるだけ避けるため、ハイブリッド治療を進化させているのです。

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ステントグラフト(EVAR)を活用したハイブリッド治療はハートチーム時代にふさわしい優れた方法です。

うまく活用すれば患者さんにとってはメリットが多く、 喜ばれています。

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事例 3 EVARを活用するハイブリッド治療 

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<手術前> 77歳女性、胸腹部大動脈瘤の破裂で重篤な状態で他病院からのご紹介で来院されました

全身の衰弱で状態が悪く、通常の手術は難しいということでステントグラフトEVAR)と従来型手術を組み合わせたハイブリッド治療を選択しました。

つまり腹部大動脈の重要な枝たとえば腎臓へ行く動脈や胃腸・肝臓へ行く動脈をバイパスし温存したうえで、大動脈にステントグラフトEVARを入れて瘤をつぶすようにしたわけです。

腹部血管のバイパス手術は腹部大動脈瘤手術に準じたリスク、つまりかなり低いリスクで安全に行えますし、

その後であればステントグラフトEVARで大動脈瘤を細くしてもそう危険ではありません。

手術もステントグラフトEVARも順調に行えました。

 

<手術後>

 

破裂性胸腹部大動脈瘤のCT写真です。体の半分近くが大動脈瘤または出血の血液という恐ろしい状態でした 32_2

 

 

 

 

 

 

ステントグラフトを入れたあとの姿です。もとの瘤はかなり落ち着きました

34_5

超重症の患者さんでしたが、

ハイブリッド手術の低侵襲性つまり体への負担が軽かったおかげで、元気に退院されました。 こうして腹部大動脈の重要枝にバイパスを付けてからステントグラフトを入れれば、低い侵襲で大きな治療ができ、体力の弱った患者さんに有利です。これこそ患者さんに優しい治療です

胸腹部大動脈瘤へのステントグラフト(EVAR)治療に先立ち、

 腹部動脈にバイパスをつけて内臓が守られるようにしたのが画像にて見ることができます(矢印1)。

これでステントグラフトEVARが遠慮なく力を発揮できます(矢印2)。

 

 

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