お便り76 下行大動脈瘤の患者さん

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下行大動脈瘤の治療にはステントグラフト、略称EVAR(エーバー)をもちいて、なるべく切らずに治すようにしています。

Ilm10_de02011-sその場合、足の付け根の動脈などから折りたたんだ人工血管を入れて、下行大動脈瘤まで進め、そこで瘤に内張りをつける形ですべて内側から直してしまいます。

そのため胸にはまったく創がつきません。

それによって痛みを減らし、より早い社会復帰や仕事復帰を図ることができます。

しかし、足の血管などが動脈硬化で壊れているなど、状況によってはその方法が使えないこともあります。

この患者さんは下行大動脈瘤の治療のため来院されました。

なるべくステントグラフトをと検討しましたが、血管が悪いため、外部の識者の先生にも検討していただき、通常の手術を行うほうが良いという判断となりました。

通常の手術では左胸を切って中へ入り、下行大動脈を人工血管で取り換えます。

その場合、ときおり脊髄神経がやられ、下半身がマヒになることが報告されています。

そこでさまざまな工夫を凝らし、脊髄保護にとくに力を入れて手術を行いました。

その結果、何も問題なく、順調に回復され、まもなくお元気に退院されました。

つぎのお手紙はその患者さんの奥様からのものです。

病院の御意見箱に入れて下さいました。

お役に立てて大変うれしく思います。

 

***********患者さんからのお便り************

 

他院で受診した時、医師から「あなたは手術しても車いすの生活になるよ」と言われ、主人と私はあまりのショックに目の前が真っ暗になりました。

そんな時、貴院を知り親切に対応して頂き藁をもすがる思いでやって参りました。

そして8/30、最善の方法で手術をしていただき、心配していたマヒもなく、今日退院を迎えることができました。

米田先生をはじめ、北村先生、深谷先生、木村先生、手術に携わったすべての皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。

そして明るく心が和むお世話をして下さった看護師さん、介護師さん、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。皆さま優秀な方達ばかりです。

名古屋ハートセンターに出会えて本当に良かったです。

 

御意見箱へのご回答: この度は退院、本当におめでとうございます。

そして、このような御意見が頂けて、ハートセンタースタッフにとって

これ以上嬉しいことはございません。お言葉を胸に、今後とも日々の業務に励んで参ります。

この度は、お褒めのお言葉、ありがとうございました。

米田、スタッフ一同

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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事例:胸部大動脈瘤へのハイブリッドのステントグラフト

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胸部大動脈瘤の中には単純な一か所の瘤から、複数のあるいは広範囲の瘤もあり、その患者さんに応じたベストな治療法、手術法が大切です。

心臓血管手術のなかでもやや大きめのものになりますので、十分な考察と戦略が求められます。

近年のステントグラフト(略称EVAR、胸部の場合はTEVAR)はこうした治療にも役立つことが多くあります。

ステントグラフト単独で、あるいは心臓血管手術と併用(いわゆるハイブリッド治療)で、あるいは手術単独で、などの中からその患者さんにとってベストのものを選ぶ時代になりました。

 

患者さんは79歳男性で、高血圧症をはじめ、さまざまな生活習慣病をお持ちでした。

術前CT弓部大動脈瘤と下行大動脈瘤のため手術が必要という判断になりましたが、近くの病院の小さいチームでは不安と私の外来へ来られました。

たしかに弓部大動脈瘤が大きくなり、瘤が二段になって危険な所見でしたし、下行大動脈瘤も長くは無視できない状態でした。さらに腹部にも小さい大動脈瘤がありました。

かつてはこうした瘤は、患者さんの年齢や体力などを考慮して、必要なら一気に全部を人工血管で置き換えるなどして治したものですが、患者さんの体への負担は少なくありません。

とくに79歳の比較的ご高齢の患者さんではその負担は無視できません。

そこでまず弓部大動脈全置換術を前からのアプローチで行いました。

術後CTこれはすでに確立した安全な方法、選択的脳灌流という方法をもちいて、脳を守っている間に下行大動脈に人工血管をつなぎ、全身の血流再開ののち、上行大動脈を人工血管でつなぎ、最後に弓部大動脈3分枝を上記の人工血管と連結すれば完成です。

これによって25℃程度の中等度の低体温で手術ができ、止血にもあまり時間がかからず、体への負担も小さくすみました。

もう少し体温を上げれば、さらにスピードアップが図れるのですが、選択的脳灌流の最中の脊髄保護を確実にするために、私たちはあまり温度を上げ過ぎないようにしています。

そのおかげか、手術で脊髄などがやられたことはありません。

術後経過は順調で、術後2週間を待たずに元気に退院されました。

EVAR後術後3か月経って安定したところで、こんどはステントグラフトで下行大動脈から2つめの瘤、さらに上記の手術でつけた人工血管までをすべて内張りをつけるように治しました。

こうすることで創を一か所にとどめ、出血や苦痛もより少ない状態で手術が完成しました。

手術からまる2年がたち、お元気に暮らしておられます。

腹部にも大動脈瘤ができており、現在直径44mmのため経過観察しています。

将来必要が生じればそれもなるべくステントグラフトEVARで治したく思っています。

 

高齢化社会を迎えて、広範囲の胸部大動脈瘤も増える傾向にあります。

ステントグラフトのうまい活用で、こうした患者さんの心臓血管手術成功率を上げ、さらに体の負担を減らすことでより早い社会復帰を促すように工夫しています。

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腹部大動脈瘤、どんなとき手術やEVARが必要に?

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腹部大動脈瘤は直径5㎝にまで大きくなるか、6か月で5mm以上拡大すると何らかの手術が必要となります。腹痛や圧痛、背部痛あるいは塞栓症状などの症状があるときも同様です。

しかし心臓血管手術の場合、得られるメリットとよく比較検討することが大切です。欧米での腹部大動脈瘤手術の死亡率は2.7-5.8%と報告されています。日本ではもう少し低く1%程度でしょうか。私たちの経験では1%未満で、待機手術ならほぼゼロです。

手術が緊急になったり、高齢、腎不全、肝硬変、心臓や肺の病気などがあると死亡率は高くなります。

その一方、手術のリスクを下げるため、EVAR(ステントグラフト)は開発されました。

.

欧米の主要な学会からのガイドラインは患者の状態に合わせたオーダーメイドな治療を勧めています。たとえば患者さんの年齢、リスクファクター、瘤の構造やサイズ、手術する外科医の経験量などが大切です。

全体としていえることは

.

Person_0133b1.従来型の外科手術は手術が安全に行える若い患者さんによく勧められています

2.EVAR(ステントグラフト)は外科手術が危険でEVARに適した大動脈や瘤の形があるときに勧められます

3.EVARはそれに適した大動脈や瘤をもち、外科手術はそれほど危険ではないが長期間安定できないときに勧められます

 .

私たちの経験では、腹部大動脈瘤は確実に治せる病気になりました。そこで手遅れになることだけは避けて頂きたく考えています。

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EVARに適した腹部大動脈瘤とは?

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腹部大動脈瘤に対するEVAR(ステントグラフト内挿術)治療は患者さんにやさしい治療法として人気がありますが、EVARに適した腹部大動脈瘤とそうでないものがあります。

この点、その患者さんの瘤の特徴を把握し、もっとも適した治療法を選ぶことが患者さんの安全と安心につながります。

 .

EVARに適した腹部大動脈瘤の特徴とは次のものがあります。

 .

1.中枢側のネックの長さが15mm以上あること。

腎動脈より足側の、正常の腹部大動脈の長さがこれだけあれば、EVARの中枢側はしっかりと固定されるわけです。

このとき、ネック部の大動脈に血栓や強い石灰化がないことが重要です。

 .

2.瘤のサイズ。正しくサイズとくに直径を測定することが大切です。

EVARが小さすぎても大きすぎても問題が起こることがあります。

大きすぎると大動脈ネックが拡張してしまうこともあります。

 .

ここまでの報告では動脈瘤があまり大きすぎるとEVAR(ステントグラフト)の成功率は下がる傾向がみられます。

ヨーロッパのレジストリー(登録)データEUROSTAR registryでは瘤の直径が6.5㎝以上では治療後のさまざまな問題たとえば術後合併症や死亡率あるいは遠隔期の破裂などが増えると報告されています。

 .

3.角度: 身体の縦の線と大動脈のネックか動脈瘤がなす角度が60度以上あるとEVARは入りにくくなったり、折れ曲がったり、漏れたり、あとでグラフトがずれていく恐れがあります。

 .

4.腸骨動脈つまり遠位側の状態: 腹部大動脈瘤の多くは遠位側の大動脈が瘤となっているため腸骨動脈で固定する必要があります。

この腸骨動脈が拡張したり、良い部分が短かったするとEVARは入れづらくなります。

 .

ときに総腸骨動脈が使えず、外腸骨動脈を使う場合がありますが、リークが起こりやすく注意や工夫が必要となります。

 .

5.大腿動脈:EVARは大腿動脈から挿入するために、その直径は8mmは必要です。

大腿動脈が全体的に細かったり石灰化が強いとかなり困難となります。

必要に応じて後腹膜に剥離して腸骨動脈から入れることもあります。

 .

6.アクセサリー腎動脈: 患者さんの30%にアクセサリー腎動脈が見られます。

もしEVARがこれを閉塞させると腎梗塞になります。

 .

7.下腸間膜動脈: 腹部大動脈瘤の患者さんでは下腸間膜動脈がよく閉塞しています。

この場合はEVARを挿入しても問題ありません。

しかし下腸間膜動脈が開存し、かつ上腸間膜動脈に狭窄があれば、EVAR(ステントグラフト)が下腸間膜動脈を閉塞すると腸虚血となり危険です。

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ステントグラフトの合併症にはどういうものが?

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腹部大動脈瘤胸部大動脈瘤の患者さんに優 SGforAAAしい治療法であるステントグラフト(略称EVARTEVAR)ですが、

大動脈の内側から治すという特徴に由来する

ある程度の問題・課題があります。

それらを以下に示します。

 .

◆まずステントグラフトを大動脈の中で広げる最中の血管への傷や不十分な固定、

そしてステントの骨格の破損やグラフトの破れなどがあげられます。

.

◆またステントグラフトの装着が無事に完了したあとも油断はできません。

通常、半数の大動脈瘤は12か月で血栓化し小さくなります。

そのためにステントグラフトが折れたり、曲がったり、

位置がずれたりすることもあります。

.

◆もうひとつステントグラフトの代表的な問題として

Endoleakエンドリーク(内側の血液の漏れ)があります。

.

これはステントグラフト留置後も、

もとの大動脈瘤に血流が残ることで、

瘤が残存するということになってしまいます。

このリークが残ると、場合によっては

瘤がまた拡大し、破裂することもあり得ます。

こうした場合には血栓形成を促したり、

追加のステントグラフトを入れたり、

外科手術で治したりする必要がでてきます。

.

エンドリークには大きく4つのタイプがあります。

.

◆タイプI

およそ0から10%の患者さんに起こる問題で、

グラフトと大動脈をグラフト両端できちんと密着できなかったときに起こります。

その原因はグラフトのサイズが小さすぎるとか、

大動脈に石灰化や血栓形成が著明でグラフトが大動脈壁に密着できなかったときなどが挙げられます。

.

タイプIはときには治療のあとしばらくして起こることもあります。

それはステントグラフトが大動脈の瘤の部分に留置された場合、

時間とともに瘤が拡張してグラフトがはずれてしまうという場合です。

.

そのため、タイプIリークは見つけ次第治すことが肝要です。

.

抗凝固剤を中和し、グラフトをもう一度バルンで再度広げる必要があります。

リーク部分に別の小さなステントグラフトをつけてふたをすることもあります。

.

◆タイプII

 .

一番よくあるパタンで、

約10から25%の患者さんで起こると言われています。

このタイプIIではもとの大動脈の枝から血流が瘤に出入りします。

一番多いのは腰動脈からのリークです。

.

タイプIIリークへの対策はまだ意見が分かれるところです。

30-100%の患者さんでは、そのまま落ち着くと報告されています。

しかしもしもとの瘤が拡張し始めることを発見したら

そのリークは修復する必要があります。

.

またもしそれが6-12か月以上続けば、

それも修復の対象となることがありますが、

もとの瘤のサイズが変化なければリークを修復すべきかどうかは意見が分かれるところです。

.

◆タイプIIIとIV

 .

珍しいタイプです。

タイプIIIはステントグラフトの連結部などの隙間からもとの瘤に血液が漏れるタイプで、追加のステントグラフトが必要となります。

タイプIVはステントグラフト本体から血液が染み出て起こるもので、自然に治ります。

 .

◆ステントグラフト留置後症候群

時に炎症反応がでて発熱や白血球増多、CRP増加あるいはステントグラフト周囲に空気像が見えることがあります。

エンドトキシンやインターロイキン6などが増加することがあります。

これは感染のためではなく何らかの刺激のための炎症と考えられます。

 .

◆ステントグラフトの位置のずれMigration

037位置がずれると追加のステントグラフトが必要になります。

そのままではもとの瘤が拡張したり破裂するからです。

.

位置のずれはステントグラフトの中枢部の大動脈が拡張してグラフトを支えられなくなることで起こります。

130例の紡錘状腹部大動脈瘤の検討で12か月フォローすると

14例で5mmから10mm以上の位置のずれがみつかりました。

 .

そのうち12例で14回の追加ステントグラフトまたは外科手術が行われました。

これらの患者の特徴は治療前の中枢部の長さが22mmと、ずれなかった患者の31mmより短かったのです。

 .

ステントの位置のずれは重要なことなので、慎重にフォローアップすべきです。

 .

こうした合併症を的確に予防し、

あるいは早期発見して対策を立てることで、

ステントグラフト(EVAR、TEVAR)は一層安全で患者さんに優しい治療として進化していくことでしょう。

 .

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腹部大動脈瘤へのEVAR――ホントに良いの?

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EVARforAAA腹部大動脈瘤に対するEVAR(右図)は

従来のお腹を切る手術治療と比べて患者さんに優しいという特長があります。

.

しかしEVAR(ステントグラフト)は万能ではなく、

従来の手術のほうが優れている場合もあります。

.

そこでEVARの特長を活かすためには、

一般論ではなく、

その患者さんにとってベストの選択をすることが大切となります。

 .

◆内外の学会のガイドラインは、

個々の患者さんの年齢やリスクファクターや大動脈などの形や状態、

さらに執刀医の力量などを勘案してその患者さんにベストの選択をするよう勧めています。

 .

従来型の外科手術は、治療法としては瘤をより完璧に治せるため、

若い患者さんに向いています。

AoDissect2また同じ腹部大動脈瘤でも、石灰化が顕著なタイプとか、

慢性大動脈解離(大動脈の壁が内外に裂ける病気です)など

EVARが適しないかたちの腹部大動脈瘤にも外科手術を勧めます。

一方、EVARは外科手術のリスクが高い患者さんで、

かつEVARを入れやすい形や状態の大動脈に向いているのです。

高齢者の方にはなるべくお勧めするようにしています。

 .

◆こうした患者さんではステントグラフトで治療直後の生存率は高くなるのですが、

そのメリットは1-4年で消えます。

.

つまりその時点で外科手術と同程度のメリットとなるのです。

これは2年間の追跡をしたDREAM試験や4年間の調査をしたEVAR1試験などで示されています。

.

EVARが患者さんにやさしい治療であることと、

従来型の外科手術が安定した長期成績をもつことの両方を物語る結果です。

.

これらを勘案してその患者さんにぴったりの治療法を選ぶことが大切なわけです。

 .

◆DREAM試験では345人の腹部大動脈瘤の患者さんを調べました。

皆、直径5cmかそれ以上の瘤サイズのある患者さんでした。

.

その結果、治療直後の死亡率はEVARでは1.2%、

外科手術では4.6%とEVARが優れていました。

それが2年経つとどうでしょうか。

 .

生存率はEVAR 89.7%、外科手術89.6%と差はありません。

大動脈瘤がらみのトラブルを回避する率でもEVAR 83.1%、

外科手術80.6%とすでに有意差はありません。

一方、再治療を要する率は治療後9か月の時点でEVAR 11%、

外科手術4%と外科手術のほうが優れています。

 .

総合的にはEVARの外科手術に対する優位性は1年で消えるともいえるわけです。

DREAM試験だけでなく、同様の2つの研究でも同じ結果が得られています。

 .

Illust1447b◆1252名の患者さんでEVARと外科手術を比較したEVAR-1試験でも

同様の結果が示されています。

治療後30日での死亡率はEVAR 1.8%に対して

外科手術では4.3%と、EVARが優れています。

 .

しかし治療5年後ではどうでしょうか。

両者の間に差はありません。

しかもEVARでは長期間の合併症や再治療率は12.6%と、

外科手術の2.5%より劣っています。

.

そのため費用の点でも長期的には外科手術のほうが優れているつまり安いという結果となりました。

 .

◆米国のMedicareデータベースで2万2830名の患者さんのデータを見てみましょう。

2001年から2004年の間にEVARか外科手術を受けた患者さんです。

治療直後の死亡率ではやはりEVARが優れており1.2%で、

外科手術の4.8%より良好です。

.

しかし3-4年後の死亡率では両群にもはや差は見られませんでした。

さらに、合併症や瘤の再治療の率はEVAR 9.0%、

外科手術1.7%とEVARが劣っていました。

.

ただし外科手術では開腹つまりお腹を開けることによる合併症(たとえば腸閉塞など)は9.7%と、

EVARの4.1%より劣っていました。

 .

◆このようにEVAR(ステントグラフト)外科手術と比較すると、

患者さんに優しい治療ですが、まだ不完全治療という一面が否定できません。

.

年齢や状況によって手術・治療の方法が異なることがあります
そこで外科手術が安全に行える患者さんで、

とくに将来が長い若い方の場合は外科手術のほうが有利なことが多々あるわけです。

 .

こうしたことを実際のデータを患者さん・ご家族と一緒に検討しながら、

そしてもちろん医療チームの側では多角的に検討しながら、

一番ぴったりとした治療法を選ぶことが、誰よりも患者さんのためになるわけです。

 .

なお今後の治療法の進歩により、このデータは年々変化して行くことも考えられます。

そこでつねに最新のデータを加味して勘案することも大切です。

 .

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事例 腹部大動脈瘤へのステントグラフト 2 ―楽に治せます

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腹部大動脈瘤の治療法としてステントグラフト(略称EVAR)が進歩しつつあります。

これまでの手術法もさらに磨きがかかり、

安全性と完成度、長持ち度が増し、皮膚も小さく切るだけになっていますが、

ステントグラフトも進化しています。

 

Preop 患者さんは55歳男性で腹部大動脈瘤が大きくなってきたため、

近くの開業医の先生からのご紹介でハートセンターへ来院されました。

 

拝見しますとこの半年間で直径が42mmから47mmまで大きくなり、

現在はとくに症状がなくてもこのままでは早晩破裂してしまう状況でした。

Postop

従来型の手術でも小さい皮膚切開で安全に治せるのですが、

この患者さんは以前に脳出血を起こされたこともあるとのことで、

できるだけ体への負担が少ない方法が良いという判断で、ステントグラフトで治療することにしました。

 

  右図のようにきれいにステントグラフトが腹部大動脈瘤を閉鎖し安定しました。

患者さんは翌日から普通に食事も再開され、まもなく元気に退院されました。

ステントグラフト手術から2年が経ち、CTにて瘤の消失が認められました。

大変良い経過です。

 

この所見であれば長期的な安定度もよさそうですが、

油断なく、定期健診で安全安心を確保していく予定です。

 

ステントグラフト(EVAR)は通常のリスクより長年月の安定度がまだ不明な面がありますが、

このようにリスクをもった患者さんに役立つ治療法です。

また長期の安定度も改善しつつあり、

今後の研究成果が期待されています。

 

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事例 腹部大動脈瘤へのステントグラフト

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腹部大動脈瘤に対するステントグラフト(略称EVAR)

データの蓄積がある程度でき、

確立した治療法となりました。

といってもまだまだ未知の部分もあり、

これは従来型の手術が有利と判断できるものも少なくありません。

何でも手術とか何でもステントグラフトというのではなく、

内科とも相談してその患者さんに最適のものを選択するようにしています。

 

PreopCT1 PreopCT2 患者さんは57歳男性です。

 

以前から胃潰瘍のため近くの病院に通っておられ、

半年前にフォローアップのCTにて

腹部大動脈瘤(AAA)を指摘されました。

 

そこで手術の相談のため私たちのハートセンターへ来られました。

 

なお20歳のころに虫垂炎の手術、

そして半年余り前に膀胱がんの手術を受けておられます。

CTなどによる精密検査の結果、ステントグラフトの適応と判断しました。

 

PostopCT1 PostopCT2 そこで腹部大動脈の一部と

左右の腸骨動脈の一部を置換する形で

ステントグラフトを取り付けました。

 

術後経過は良好で

すぐ元気に歩行、

食事等ができるようになり、まもなく軽快退院されました。

術後2年が経ち、腹部大動脈瘤は徐々に縮小傾向にあり、良い傾向です。

お元気にしておられます。

 

ステントグラフトの予後は一般に良好と言われていますが、

中には瘤が小さくならないとか、

ときには瘤がまた拡大を始めたなどの報告が見られます。

注意深いフォローアップが大切と考えます。

なおこの患者さんの場合は瘤の血液は完全に閉ざされた形ですので、

予後は良いと考えられます。

 

Ilm11_bc08003-sステントグラフト(EVAR)はこのように患者さんに優しい治療法です。

とくに腹部大動脈瘤や胸部では下行大動脈瘤(TEVAR)がベストの適応になりやすいです。

皮膚もほとんど切らずに治療ができ、

治療後まもなく食事も運動もできます。

今後さらに応用範囲が広がり発展することが期待されています。

 

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ステントグラフトとマルファン症候群について

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ステントグラフト(略称EVAR)は、

折りたたんだ人工血管をカテーテルに乗せて動脈瘤まで持って行き、

そこでポンと人工血管を広げることで内側から動脈瘤が治せる方法です。

.

うまくいけばいわゆる手術が不要となるため20年ほど前に開発され、

次第に完成度が上がり広まりつつあります。

 .

家の基礎が弱いと困るように、大動脈が弱いときはそれが支えるステントグラフトも注意が必要となりますステントグラフトの弱点はいくつかありますが、

そのひとつがこれを取り付ける大動脈の弱さです。

.

ステントグラフトは内側から広げて、大動脈に内張りをつけるようにして設置します。

その取り付け部分の大動脈が拡張し大きくなると、

ステントグラフトははずれてしまうわけです。

 .

Endoleakもうひとつの弱点は取り付け部で隙間が残り、

血液がもれたり、動脈瘤に枝がありそれがステントグラフト取り付け後も生きているばあい、

そこから血液が流れて瘤がいつまでも小さくならないとか、

次第に大きく拡張し破れることがあるのです。

 .

こうした弱点が発生しないように適切な患者さんを選び、適切な方法で取り付ける必要があります。

つまりステントグラフトはどの患者さんにも使える方法とは限らないわけです。

.

マルファン症候群の患者さんの場合は、大動脈が瘤の部分以外も弱いため、ステントグラフトにはやや不向きと言われています。下左図は胸部大動脈に取り付けたステントグラフトです。

今後の研究や改良によっても変化はあるかも知れませんが。

 .

Endo-thoracic-stent-lg

医誠会病院では患者さんにメリットがあると判断できるときにはステントグラフト(EVAR、TEVAR)を積極的に使っています。

マルファン症候群の患者さんの場合、ステントグラフトを支える大動脈が弱いため、工夫をしています。

.

外科手術で大動脈の一部を人工血管に取り換えておけば、その人工血管の内側にステントグラフトを取り付けることは安全性、長期安定性とも良いのです。

.

人工血管は強いため将来広がる恐れがないからです。

.

こうしてマルファン症候群の患者さんにもステントグラフトの恩恵が届き、それだけ手術が小さくなり安全性が高くなります。

.

たとえば大動脈基部から弓部大動脈まで全部が瘤になっている場合、IMG_2423b

できれば大動脈基部再建(なるべく患者さん自身の自己弁を温存するデービッド手術)プラス弓部全置換手術を行います。

.

それが何らかの理由で不利な場合は大動脈基部再建+上行大動脈置換に加えてデブランチつまり3本の枝を再建してからステントグラフトTEVARを上行大動脈の人工血管に取り付けるようにします。下行大動脈がしっかりとした受け皿になるよう工夫しています。

.

同様に胸から腹まで大動脈全体が瘤になっている状態では、全部を手術で人工血管に取り替えるというのも一法ですが、弓部大動脈と腹部大動脈を人工血管で取り替えたのち、その間をステントグラフトでつなぐということもあります。もちろん腹部大動脈の主要な枝を温存しつつ。

.

こうした多角的・総合的な方法で体への負担が少ない、安全性が高い治療をマルファン症候群の大動脈瘤の患者さんにも提供できるようにしています。

 .

●質問:ステントグラフト(EVAR)は、外科で行うのでしょうか?カテーテル検査と同じように内科で行われるのでしょうか?それとも施術は病院ごとで違ってくるのでしょうか?


内科と外科とが協力できる病院、それがベストの病院ですお答え:病院によります。

外科主体でやっているところと内科主体でやっているところがありますが、外科主体のほうが多いです。

腹部の場合は、やや内科が増えます。

胸部の場合は外科がほとんどです。

基本的には外科と内科で協力してやるのが一番いいと思います。

 

外科は、いざという時のバックアップ・救命のノウハウを持っ ていますし、カテーテルの技術は内科の先生がお持ちですから。ハートチームの時代ですね。


(2010年の講演時の質疑応答に、2016.3.加筆いたしました)

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日本マルファン協会での講演と質疑応答 2010年8月 にもどる

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医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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7) 大動脈のハイブリッド治療の実例をしめしてください

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ステントグラフト(略称EVARTEVAR)は比較的あたらしい治療法ですが、近年さまざまな展開があります。

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Ilm01_ba04080-sたとえば手術単独でもステントグラフト単独でも治せない、

あるい は危険性が高すぎる末期重症患者さんとくに胸腹部大動脈瘤 なかでも破裂性のものに対して、

外科手術とステントグラフ ト(EVAR)を組み合わせたハイブリッド治療 を開始しました。前任地にて2004年から開始しています。

当時はあまりにも斬新すぎて学会で発表しても皆さん唖然としておられ、質問も反論さえもでなかったのを覚えています。

認められなくても良い、患者さんが元気になればそれでよいと開き直っていました。

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京大病院時代には6人の絶体絶命、超重症の患者さんをいずれも生還させています。

今後の強力な救命手段になるで しょう(手術事例 3)。

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またハイブリッド治療は胸部大動脈瘤でも活躍することが増え、

たとえば上記のようにエレファントトランクの安定化に活用することもありますし、

胸部大動脈を全部取り替える必要がある患者さんでは体の前からアプ ローチし、

上行大動脈と弓部大動脈を人工血管で治し、

下行大動脈以下はステントグラフト(TEVAR)で治すことで

手術侵襲つまり体への負担を軽くし、安全性を高めることができます。

IMG_2425b.

左図は大動脈基部拡張に対してデービッド手術(自己弁温存式基部再建)を施行したときに、併せて弓部大動脈の3本の枝にバイパスをつけた(デブランチと呼びます)ものです。

マルファン症候群の患者さんなどにこうした方法を用いることで、将来弓部大動脈が悪くなっても簡単にステントグラフト(TEVAR)が追加でき、胸の正中切開が不要となるのです。患者さんのリスクや苦痛を減らし、精神的ストレスを減らすのに役立っています。

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将来のステントグラフトは右図のようなIMG_2423b形で追加でき、それによって弓部大動脈あるいはそれ以遠の大動脈も守りやすくなります。

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このようにハイブリッド治療では外科手術とステントグラフトの特長を活かすようにしています。

弓部大動脈と下行大動脈さらに胸腹部大動脈、腹部大動脈との間にも同様の工夫ができるようになりました。

何度も手術したり、2つ3つ分の大きな手術をするといくらうまくやっても死亡率が多少とも上がります。

あるいは死亡しなくても、脊髄マヒなどの合併症が起こることもあります。

そうしたことをできるだけ避けるため、ハイブリッド治療を進化させているのです。

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ステントグラフト(EVAR)を活用したハイブリッド治療はハートチーム時代にふさわしい優れた方法です。

うまく活用すれば患者さんにとってはメリットが多く、 喜ばれています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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