クアラルンプール・バルブ(弁膜症)サミット印象記 1

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この10月6日から9日まで、マレーシアはクアラルンプールのバルブサミット(弁膜症の国際シンポジウムです)に講演のため行って参りました。例によって学会の印象記は一般の方々にはわかりにくいかも知れませんが熱い雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです。

KLVS1心臓血管外科の手術関係のなかで今一番熱いのは弁膜症ではないかと思います。冠動脈バイパス手術は今なお健在といっても数の上では薬剤溶出ステントDESに代表されるカテーテル治療PCIに押され、大動脈はステントグラフト(EVAR)にある程度置き換わりつつあり、弁膜症が外科らしい心臓外科の最後の砦という感があるからでしょう。しかしながら弁膜症にもカテーテルベースの治療が入りつつあり一層関心が高まっていることも一因と思います。

心臓弁膜症の手術では長年欧米が世界をリードして来ましたが、このところ少し変化が見られます。というのはアジア諸国が力をつけ、近代化を進めた結果、心臓外科も大きく進歩し、弁膜症では弁形成術が難しいリウマチ性のものがアジアではいまだに多いため、おのずと弁形成の技術が磨かれるからと思います。

そういう背景もあって3日間のサミットは熱気に包まれたものでした。地元マレーシアはもちろん、シンガポール、タイ、インドネシア、オーストラリア、インド、中国などからの参加も多く、加えて欧米の実力派の先生が多数参加しておられたことも一因かと思います。

一日目の朝はまず心エコーやMRIなどの画像診断のセッションがありました。そして僧帽弁閉鎖不全症のシンポジウムが行われ、さっそくカテーテル治療であるMitraClipの発表と議論が行われました。まず内科からアメリカのCedars Sinai病院のSaibal Kar先生が、ついで外科からドイツのPerierペリエ先生が解説されました。この治療法はカテーテルで僧帽弁の前尖と後尖をクリップでパチンとはさみ、逆流口を小さくするというもので、EVEREST IIトライアルの結果などをもとに議論が進みました。治療法としてはかなり雑で不十分なことは大方の認めるところですが、何しろ低侵襲であるため高齢者や全身状態の悪い患者さんには使えると思いました。

しかしこれは現在アメリカではFDAによって「さし止め」になっているため、まだまだ課題が多いものと感じました。弁そのものが変化している通常の僧帽弁閉鎖不全症よりも、弁は正常でただ閉じなくなっているだけの機能性僧帽弁閉鎖不全症に好適かという議論もありました。私もそう考え、先日重症の患者さんで時間を短縮するためにこのクリップと同様のAlfieriという心臓手術を行ったところ、全然良くならないので急きょ他の弁形成操作を加えてきれいに治ったという経験があり、単なるクリップでどこまで行けるか、ちょっと疑問があることを提議しました。

それに続いてメルボルンのAlmeida先生はロボットによるミックス手術での僧帽弁形成術を講演されました。以前からよく知っている先生で、ロボットを使わない弁膜症ミックス手術(MICS手術)も多数やっておられるため偏らない議論ができました。その中で、普通のミックス手術で十分小さい創で手術ができても、ロボットを使うことでより発展性のある手術ができるという印象を持ちました。これからの楽しみということでしょうか。

SANY0225早朝セッションが終わったところで開会式がありました。マレーシアの厚生大臣(写真前列の黒髪の男性)が来られ、握手してくれたので私も思わず日本をよろしくなどと言ってしまいました。日本の心臓外科の学会に厚生労働大臣が来られることはまずないため、海外では心臓外科医や循環器内科医、さらには医療者が大切にされているのだなあとうらやましく思いました。

コーヒーブレイクのあと、機能性僧帽弁閉鎖不全症とリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症のシンポジウムがありました。つまり弁形成や手術が難しい僧帽弁閉鎖不全症MRのセッションという位置づけです。

このシンポの目玉商品ともいえるライブ手術を畏友Taweesak Chotivatanapong先生(タイ)が執刀されました。彼のリウマチ性MRへの手術は私もその長期データを検討しながら参考にさせて頂いているため楽しみにしていましたが、なぜかMRはリウマチ性ではなくバーロー症候群のそれでした。たぶんぴったりしたケースがなかったのでしょう。前尖逸脱が主なためゴアテックス人工腱索を数本立てて、大きめのリングで弁輪形成しおよそきれいにまとまりました。それは良かったのですが、皆さんリウマチ性の難手術を議論したかったので少し拍子抜けしてしまいました。しかしまずはGood Job!ということで皆で讃えました。

リウマチ性MR弁形成というタイトルで地元クアラルンプールのAzhari Yakub先生が講演され、自己心膜パッチ形成などを軸にしてこれまでの方針をさらに進め、完成度を上げようという雰囲気でみな勇気づけられたと思います。たしかに数年ぐらい前まではリウマチ性MRはどちらかと言えばあまり無理せずに弁置換するのが患者さんへの親切という印象があったため、時代の変化を感じました。

ここから機能性MRの話題となり、アメリカ・メイヨクリニックのKhandheria先生のいつもの元気いっぱいで親切なエコーの講演がありました。それを受けて、不肖私、米田正始が機能性MRへの新しい手術法であるBileaflet Optimization両弁尖形成法をご紹介しました。京大病院時代に当時の仲間たちと開発したChordal Translocation腱索転位法という方法をさらに発展させたもので、これは現在の共同研究チームである川崎医大循環器内科吉田清教授や尾長谷喜久子先生、斉藤顕先生らのお力により手術と評価検討そしてさらに改良というサイクルがきれいに回ったおかげです。感謝しながらの講演でした。半年前にアメリカ胸部外科学会AATSの前にMitral Conclaveという僧帽弁シンポジウムで発表してから例数も3倍近くになり複数の検討ができたこともあってか、反響は多く、ぜひ使いたい、コツを教えてと言ってくれる先生が多く、光栄なことでした。

ランチオンセミナーではTAVIつまりカテーテルで入れる大動脈弁の発表がいくつかありました。TAVIはどんどん進化し、今後ハイリスクの患者さんはもちろん普通の患者さんにも使えるとする意見もでていました。もちろん普通の患者さんは現在でも安全に手術ができ、TAVIで高率に弁周囲逆流が発生していることや二尖弁その他TAVIが禁忌になっている患者さんも少なくないことから、弁膜症の外科がさらに進化することでできる貢献は多いとも感じました。MICSポートアクセス心臓手術でより小さな創と早い社会復帰が推進できればより貢献度があがると思いました。

午後には心室中隔欠損症VSD+大動脈弁閉鎖不全症ARのライブ手術がYakub先生の執刀で行われました。この病気はアジアに多いため欧米からも問い合わせがあるほどの領域ですが、立派な形成手術でした。私たちの手術方法と共通するところが多いのですが、弁のちょうつがいの部分の扱いが少し違うため質問し、参考になるご意見を戴きました。名古屋でも若い患者さんで大動脈弁形成術を喜んで下さるかたが多く、さらに精進する意欲がわいた一日でした。

それからカテーテルで行う簡単な僧帽弁形成術、さらに同じく左心耳閉鎖のライブがありました。カテーテルでの弁膜症治療が複雑になればなるほど、心臓外科の協力が必要ですし、外科医もこうした低侵襲技術を若手を中心にどんどん学び、老若男女・低高リスクを問わずすべての弁膜症の患者さんが元気に社会復帰できるような、総合循環器科を創る夢がまた膨らみました。循環器内科の先生方の中にもこうした考えに賛同協力して下さるかたが増え、これから積極的に進めたいものです。

毎晩アジアの友人たちに欧米の招待演者の先生らを交えてディナーパーティで楽しく遊ばせていただき、感謝の塊になっていました。

 

(長くなりましたので、次回につづきます)

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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