第5回ハートバルブカンファランスの御礼

Pocket

早いものでこの弁膜症の研究会がスタートして5回目になりました。思えば第一会のときはたまたま同じ日にあの東日本大震災が起こり延期になったという忘れられない想い出がありました。

.
今回は私が当番世話人、学会でいえば会長を仰せつかり、1年前から準備を進めて参りました。
この会の「公式」報告は雑誌「心エコー」に掲載されますので、そちらをご参照ください。
ここでは自分なりに感じたことなどをお書きします。

.
HVC2015この研究会は前回から大阪で開催されていますが、今回も当番の私が奈良ということで大阪開催となりました。パンフレットの阿修羅像は川副先生がデザインして下さったもので、同先生の美的センスに感嘆いたしました。

.
そこで気がついたのですが、阿修羅はもともと仏にお仕えしていたのが、あまりやんちゃが過ぎ戦いに明け暮れ、仏の逆鱗に触れて改心し仏教を守護する神になったという伝説(諸説あり)で、古い大学の体制に嫌気がさして逆らったのを批判され、象牙の塔を出て市中病院で患者さんのために日々汗を流すようになったのとどこか似ていて、これからは大人しくしようとふと思ってしまいました。

.
ともあれ1年かけて代表世話人の川副浩平先生や前回当番の中谷敏先生らと何度もミーティングを持ち、今大切なことは何か、今議論するにふさわしいテーマは何か、今何が面白いか、といったことを念頭にテーマを決めて行きました。

.
出来上がったプログラムを見て多くの世話人の先生方が面白そうで楽しみですという旨のご意見を下さり、安堵したものです。当日は満員御礼に近い状態となり立ち見の方もでるほどで、皆さんに感謝一杯の一日となりました。

.
まずPreconferenceセッション「ハートチームはもっと楽しくなる」から、心臓病センター榊原病院の坂口太一先生と東京大学循環器内科の大門雅夫先生に、より良いハートチームへの努力経験をお話頂きました。いろいろ反省しながら拝聴していたのは私だけではないでしょう。

.
カンファランスの内容は上述の雑誌をご参照頂くとして、まずその骨子を以下にまとめます。

.
まずCase Study1「外科医今昔物語―その2 ”How would you operate?”」。若手をベテランが叱咤激励する恒例の企画です。3名の新進気鋭の心臓外科医、神戸市立医療センター中央市民病院・小山忠明先生、東京ベイ・浦安市川医療センター・田端実先生、済生会中津病院・中桐啓太郎先生に苦労症例を提示していただき、辛口のエキスパートコメントを京都府立医科大学・夜久均先生と東京慈恵会医科大学・橋本和弘先生から頂きました。もちろん座長の川副浩平先生と東京女子医大・芦原京美先生からもご質問とご指導を頂きました。

.
Case Study2「大動脈弁をもっと知ろう」ではまず東邦大学医療センター大橋病院の鈴木真事先生に二尖弁関係のユニークでハイレベルのお話を、ついで心臓血管研究所の國原孝先生が弁形成術で足りないもの、不確かなものについてお話されました。座長の神戸大学・大北裕先生と高の原中央病院・太田剛弘先生にはエキスパートのご指導を頂きました。

.
ランチョンセミナーは少しディベート風に1.桜橋渡辺病院・小山靖史先生の「エコーに負けないCT」と、2.東京ベイ浦安市川医療センター・渡辺弘之先生の「CTを飲み込むエコー」でした。大変勉強になりました。座長の心臓センター榊原病院・吉田清先生の絶妙な司会のもとでよく理解できました。

.
午後のCase Study3は今日的話題の「HOCM+MR 治療の深淵」でした。この道の権威でもある榊原記念病院・高山守正先生が最近の内科的治療とくにカテーテルアブレーションでのSeptal Reduction心室中隔縮小術を供覧されました。それに続いて不肖私、米田正始が近年話題の「Mid-Ventricular Obstructionの手術」で左室の奥深い、これまで手術困難とされて来た深い部位の手術を実際の症例群を提示しながらご紹介しました。HOCMでもハートチームで優れた治療ができればと思います。

.
なおHOCMはトロントでは多数の患者さんがおられました。成人先天性心疾患の有名な外来があったからです。そこで当時トロントこども病院のチーフ心臓外科医であったWilliams先生が毎週、当時私がいたトロント総合病院(TGH)へ手術をしに来られていたのです。ほとんど毎週HOCMがあり、私もちょくちょくその手術に入って勉強させて頂きました。本場の手術を直伝で教えて戴いたことが25年もたった今、ますます役に立っています。

.
このHOCMの手術は視野が悪く、慣れないとおいそれとはできない、たとえできても不完全手術となり再発の原因となるため普及していません。これからこの手術をより発展させ、次世代に伝えていきたく思っています。

.
この手術によって、これまで心不全や発作、二次的な不整脈などのため仕事もできずつらい毎日を送って来られた方々が元気に社会復帰しておられます。ぜひとも多くの患者さんたちにお元気になって頂きたく思い、発表させて頂きました。

.
さらに川副先生が「SAM+MRの変り種」で、最後に大阪大学・中谷敏先生が「病態生理のまとめ」をされました。座長の榊原記念病院・高梨秀一郎先生と三重大学・土肥薫先生には多数の有益なコメントやご質問を頂き、内容の理解を深めていただき、感謝申し上げます。

.
最後のセッションはディベートでCase Study4「曲がり角に来た弁膜症の治療」でした。

.
まず「TAVIはもっと軽症でもよいのでは?」では九州大学・有田武史先生が解剖要件を満たせばもっと積極的にTAVIをやって良いというデータを示され、それに対して岩手医科大学・岡林均先生はTAVIの成績は改善しても医療費が大変高騰して将来成り立たなくなる懸念を示されました。

.
ついで「MitraClipは本当に使えるの?」ではイタリアはシシリー島帰りの東海大学・大野洋平先生がその有用性と限界を示されました。一方、外科からは長崎大学の江石清行先生が多数の僧帽弁形成術症例を提示しつつ、これにどうクリップを使えるのですかという疑問を投げかけられました。
座長のみどり病院・岡田行功先生、天理よろづ相談所病院・泉知里先生、うまくかじ取りしていただき、実りある内容として頂けたこと、感謝申し上げます。

.
最後に川副先生が代表幹事としてのご挨拶と、この研究会が5年の節目を右肩上がり状態で迎え、今後さらに続けて行くという世話人会決定を報告されました。

.
こうして第五回ハートバルブカンファランスは盛況の中に終了しました。蛇足ながら個人的にはかんさいハートセンターを認知していただいたのもありがたいことでした。皆様、来年もまたよろしくお願い申し上げます。

.
米田正始 拝

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

第五回 Heart Valve Conferenceを開催いたします

Pocket

「ケーススタディを通して弁膜症の治療戦略と手術手技を考える」というスタンスで熱いディスカッションが名物になったハートバルブカンファランス、第五回の当番世話人(会長)を仰せつかりました。

この2015年4月11日土曜日に、昨年と同様、グランフロント大阪ナレッジキャピタルにて開催させて頂きます。

詳細はこの会のHPをご参照ください。

今年もさまざまな企画を練り上げました。代表世話人の川副浩平先生、昨年当番の中谷敏先生に感謝申し上げます。

♡ハートチームをもっと実りある楽しい 113719291ものにするために何が求められるのか: ハートチームを大切にしてこられた外科医と内科医にお話頂きます

♡若手の心臓外科医がベテランの愛の鞭でしごかれ成長する外科医今昔物語:今、旬の若手外科医3名が恐ろしいベテランに襲われるなかで得られるものは、、、

♡大動脈弁を理解し形成術を極めるセッション: ちょっと聴けない、スペシャリストならではのハイレベルのお話と何だか味のある座長連とのかけひきは、、、

♡弁膜症におけるエコーとCTの華麗なる競争: この2つの検査法の進化が患者さんに益するものは計り知れません。あえて競争して頂きます

♡HOCMの治療の深淵: 難症例、稀有な症例を含めてここまで治せるというディスカッション、科学的な解析やまとめ付で、、、

♡弁膜症Great Debate:TAVIとMクリップ: いよいよやってくる外科医受難時代?あるいはハートチームとしての大躍進時代?こだわりなく良いものを目指しましょう

これらを幅広い視点から論客をお招きして症例本位つまり患者さん目線で議論します。

不肖私、米田正始はHOCMで最近欧米で話題の左室中部での狭窄を外科手術で治す手術を実例をもとにディスカッションし、皆様のご意見やご指導を頂戴したく思います。川副先生は視点をかえて皆さんをあっと驚かせてくださるかもしれません。

循環器内科、心臓外科はもちろん、広範な医師、 184701458そして弁膜症に関心をおもちの検査技師、ME、ナース諸賢、なかでもこれからステップアップを目指す熱い方々のご参加を希望します。

当日は午前10時からスタートしますが、午前9:30からプレカンファランスセッションもあります。16:30に終了のあと、懇親会もありますので、あとで論客に直接挑んでいただくことも許されます。

学会とは違う面白さ、世界を見据えた内容、そして領域・世代・男女の壁を取り払う楽しい議論、これらを患者目線で行います。4月11日土曜日、大阪。ふるってご参加ください。

 

かんさいハートセンターのページにもどる

 

 患者さんからのお便りのトップページにもどる

Heart_dRR
心臓手術のお問い合わせはこちら

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

Edwards Heart Valve Front Line 2014

Pocket

この7月12日に東京で弁膜症のサミットともいえる研究会が開催されました。

演者として招待されたので行ってまいりました。

メーカー主催とはいえ、内容の充実した、興味深い会でした。出席者は原則部長クラス執刀者レベルで、高水準のディスカッションを目指したものでした。最近は若手向けのセッションが増え、好ましいことと思うのですが、たまにはこうした会も有意義かと拝察していました。

東京ベイ浦安市川医療センター循環器内科の渡辺弘之先生がディレクターを務められ、外科のアドバイザーは神戸大学の大北裕先生、榊原記念病院の高梨秀一郎先生、京都府立医科大学の夜久均先生という充実の顔ぶれでした。

渡辺先生の絶妙かつフレンドリーな司会で和やかに会は進んでいきました。ちょっと珍しいほどのエンターテイナー兼学術モデレーターでした。心エコーの講習会として有名な東京エコーラボが人気を博している理由がわかりました。

まず内科と外科で考える治療戦略というセッションで、岩手医大の岡林均先生と森野禎浩先生がそれぞれ興味深い症例を提示されました。

ついで大北裕先生と田中秀和先生の神戸大学チームから出血性脳梗塞をともなう感染性心内膜炎IEの症例を出されました。同じ脳出血でも危険なものと比較的穏やかなものがあり、皆さんこれまでも悩み苦しみ解決策をなんとか見出す努力をしてきた病態だけに議論が盛り上がりました。MRIによるT2スターは脳出血の検出や評価に有用となる可能性があり、ひとつの解決への方向が見えたのは幸いでした。

さらに羽生道弥先生と有田武史先生の小倉記念病院チーム(註:有田先生は現在九州大学)から低心機能にともなう低圧格差の大動脈弁狭窄症を提示されました。

私の経験ではこうしたケースは術後を乗り切ることができればあとの心機能は格段に改善するため、どのようにして乗り切れるようにするかに焦点を絞り、乗り切れないときに限り内科的に治療するというのが良いと思いました。二尖弁ではカテーテルバルン形成術は危険であるというのはなるほどと納得しました。

さてそこでミックス(MICS)のセッションです。

リスク回避のためのコツを新進気鋭・東京ベイ浦安市川医療センターの田端実先生と老舗慶応大学の岡本一真先生が解説されました。これまでの経験の蓄積を皆で共有できたことは素晴らしいと思いました。

ここでミックスとは低侵襲手術なのか、小切開手術なのかという本質的議論が併せてなされました。皆さん真面目で妥協のない姿勢での議論をされ、感心したのは私だけではないと思います。ただこの領域はまだ一般化できない、一部の先進施設で行う手術という印象が強く、すべては今後の展開次第というところでしょうか。

ついで安全なMICSのための工夫ということで光晴会病院の末永悦郎先生が胸骨部分切開での大動脈弁置換術、そして心臓病センター榊原病院の都津川敏範先生がポートアクセスでのそれを話されました。

そして話はコスメティックなミックスの追及へと進みました。

まず私、米田正始がLSH(Less Satelite Hole)法つまりミックス手術にありがちな副次創を最小限に抑えてきれいな創と少ない出血を達成するオリジナルな方法を解説しました。あとで多くの人たちからきれいな創を褒めて頂きましたが、それを僧帽弁だけでなく大動脈弁なかでも弁形成にまで使えることは驚きであったようです。ここまで国内外の友人たちのお力を借りて、手術を磨いてきた甲斐があったとうれしく、また感謝でいっぱいでした。このLSHに賛同してくれるひとは手術が難しいだろうという先入観からか少なかったのですが、最近シンガポールのグループもSIMICS(単一切開創のMICS)などで本格的に取り組むようになり、他にも同様の動きがでてようやく皆さんの認識が得られたようです。

私は副次創を少なくすることで質の高いミックスを目指していますが、名古屋第一日赤の伊藤敏明先生は内視鏡を活用してメインの創を小さくする方法を発表されました。内視鏡を使うと副次創が増えるため私はやや後ろ向きだったのですが、若手の教育なども加味して考えると今後の方向として、こうした努力も大切と感じました。ともあれこうした高いレベルのMICSにはなかなかついて行けないという空気が感じられ、誰もができる完成度の高い心臓手術と言えるまでにはまだまだ努力が必要と思いました。

次のセッションは複雑症例に対する手術でした。

東京医科歯科大学の荒井裕国先生は昨日までの冠動脈外科学会の会長の大任を立派に果たされた翌日のことで、お疲れかと思いましたが頑張って興味深い症例を提示されました。冠動脈バイパス術後の虚血性僧帽弁閉鎖不全症と大動脈弁狭窄症のケースでした。乳頭筋を前方に吊り上げる方法できれいに治されました。私、米田正始といたしましては、この前方吊り上げ(PHO法など)をこの10年間提唱して来ただけに、仲間が増えたことをうれしく光栄に思いました。荒井先生ありがとう。

葉山ハートセンターの磯村正先生は重症の拡張型心筋症にともなう機能性僧帽弁閉鎖不全症の一例を提示されました。重症なるがゆえに、できるだけ簡略に手術をまとめあげ、見事に救命されたこと、敬意を表したく思いました。なおこうしたケースのために私が開発した大動脈弁越しに両側乳頭筋を吊り上げる方法なら、同じ短時間でもっと心機能が良くなるというデータをもっており、今度同様の患者さんがおられたら是非活用していただければと思いました。

ディスカッションの中で大北先生が、これまでの多くのEBMデータや科学的データをもっと踏まえて手術することを勧められました。まったくその通りで、ぜひ私が提唱する前方吊り上げ(PHO)をと願わずにはおれませんでした。

札幌ハートセンターの道井洋史先生はHOCM(閉塞性肥大型心筋症)の一例を示されました。後尖逸脱による僧帽弁閉鎖不全症を合併していた症例で、普通の僧帽弁形成術ではSAMつまり収縮期の前尖の前方移動が起こってあらたな僧帽弁閉鎖不全症が発生しやすい症例で、道井先生はうまく解決されたと思いました。

ただこれまでこうしたHOCMや僧帽弁形成術を多数こなして来た経験からは、後尖の高さをさらに下げるとSAMは極めて起こりにくいとも思いましたが、こうした治療は高度にケースバイケースなので何にでも対応できる経験と実力が大切と思いました。

この疾患で最近言われている異常筋束についてはなかなか術前診断まではできておらず、今後エコーやCTなどでの一層の研究が待たれます。

宮崎県立宮崎病院の金城玉洋先生は高齢者の大動脈基部拡張大動脈弁閉鎖不全症の一例を示されました。高齢者なるがゆえに、どこまで治すのが最適か、熱いディスカッションがされました。

最後に倉敷中央病院の小宮達彦先生がやや複雑なデービッド手術の一例を提示されました。デービッド手術での大動脈弁形成術は近年進歩がみられますが、弁の付け根を小さくすれば弁は当然余ることになり、余れば下垂するのは理の当然のため、何らかの対策が必要です。そこで弁の縫縮で下垂を治すことがまず考えられますが、やりすぎると弁の他部位や基部とのアンバランスが生じます。これを難症例で示されました。大動脈基部のジオメトリーがかなり実用化して来た印象があり、これからさらにデータ蓄積して僧帽弁レベルになればと思いました。

最後まで熱いディスカッションが続いた充実の一日でした。

この会は渡辺先生のお人柄もあり、ワークショップのように皆で見える成果を造っていくということで、各セッションごとに1センテンスで持ち帰りメッセージを造って行かれたのですが、私が発表させて頂いたミックス部門では「ミックス戦国時代」でした。的を得た表現と思います。HOCMのところでは、高梨先生が上の句「逆流が、止まったあとの」を言われたあとの下の句がなかなか出てこないため、不肖私が「流出路」と発言させて戴きました。なぜか大変受け、会場全体で「オーー」という声とともに拍手頂き、面白いところで評価いただき、不思議な光栄な気分でした。後の懇親会で大北先生が「米田先生が過去20年間発言した中で一番のでき」というご発言でもう一度バカ受けしていました。口の悪い先輩は良いとして、まあ皆さんの酒の肴になれて楽しいひとときでした。

会場のホテルは東京ベイを見渡せる素晴らしいところで、来年もぜひここでという希望が多数出ていました。

渡辺先生、アドバイザーの先生方、エドワーズ社の皆さん、お疲れ様でした。


平成26年7月13日

米田正始 拝

 

ブログのトップページにもどる

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

事例: 二弁置換の術後20年、高度の心不全で再手術を受けた患者さん

Pocket

弁膜症患者さんは機械弁で弁置換を受ければ、元気になります。

しかし10年、20年、30年と時間が経つと、人工弁やその周囲組織に新たな問題が起こることがあります。

日々の健康管理をしっかりする必要があるのです。

この患者さんは53歳男性で、起坐呼吸つまり横になると息苦しくなるという高度の心不全となって来院されました。

20年前に他院で大動脈弁置換術僧帽弁置換術を受け、元気にしておられました。

術前XPところが4年前に糖尿病と心不全のため、赴任地の病院で3回、入院治療が必要となりました。

以後も半年前と1か月前の2回、心不全のため近くの病院に入院を余儀なくされました。

そこで人工弁の機能不全という困った問題を指摘され、米田正始の外来へ来られました。

来院時の胸部X線では心臓が高度に拡張していました(右図、胸の大半が心臓になっています)。

心エコーでも左室拡張末期径73mm、左房前後径67mmといずれもひどく拡張していました。

術前エコーDさらに僧帽弁(機械弁)のむかし縫い付けた場所が裂けて逆流が発生し、肺高血圧も52-57mmHgと高くなし、三尖弁も強く逆流していました(左図、赤白黄青まじりのジェットが逆流です)。

心臓のホルモンであるProBNPも3260と極めて高く、総ビリルビンも2.4と上昇していました。

人工弁周囲の逆流のため赤血球が日々壊れているのです。

これまで重症心不全や肝臓・腎臓・肺などを含めた多臓器不全の患者さんへの治療に取り組んできた経験から、まず入院いただき時間をかけてじっくりと全身状態を改善しました。

その結果、1か月で体重は10kgも減少し体内の余分な水分が取れました。

まだ弁を治す前の段階ですから、左室や左房のサイズはさすがに不変でしたが、左室駆出率も18%から30%へ改善しました。

肺動脈圧も52-57mmHgから33-38mmHg へと軽減し、IVC下大静脈径も31mmから20mmへ改善しました。

術中PVL発見そのタイミングで満を持して心臓再手術を行いました。

人工弁(機械弁)は一部はずれて穴が開いた形になっており(右図、黒い人工弁の右側に見える黒い穴が逆流口です)、

それ以外の部位も今後はずれそうに弱いため、この古い機械弁を切除し、新しいものをしっかりと入れ直しました。

Done新しい機械弁のすわりはしっかりとし、良好でした。

左図は新しい人工弁を示します。

かつて穴が開いていたところもがっちりと補強し、安定をはかりました。

術後経過は、手術前の状態を考えると良好で、出血も少なく心不全も軽く、手術翌朝一般病棟へ戻られました。

術後2日目から歩行練習を開始、10日目に軽快退院されました。

術後XP術後胸部X線写真でも明らかな改善が認められ、ちょっと大げさに言えば人間らしい心臓になりました(右図)。

3年近く経った現在も外来でお元気な姿をみせて下さいます。

これからさらに健康管理し、楽しく元気に暮らして頂ければと思います。

弁膜症のトップページにもどる

再手術のページにもどる

 

Heart_dRR
お問い合わせはこちら

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

 

僧帽弁膜症のリンク

原 因 

閉鎖不全症 

逸脱症

狭窄症

リウマチ性

弁形成術

虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対するもの

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

ミックスによるもの:

心房縮小メ イズ手術 

 

 

5) 再手術(再開心術)

どんな時に必要が?

② とくに弁形成の再手術について

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

お便り82: 3度目の心臓弁膜症手術で

Pocket

弁膜症とくに機械弁つまり金属の人工弁の手術のあとは長年月にわたり、丁寧な治療やフォローアップが必要です。それによって元気で楽しい生活を長期間楽しむこともできます。そうした患者さんの人生をお支えするのも私たちの役目のひとつです。そこでは内科の先生方や開業医の先生方とのチームワークもたいせつです。

 

以下のお便りは東北地方在住の60代女性患者さんからA335_001のものです。

 

若いころ、僧帽弁狭窄症に対して僧帽弁交連切開術を受けられ、いったんお元気になられました。

その効果は20年近く続きましたが、そこで弁がまた狭くなり、カテーテルによる僧帽弁形成術を受けられました。

 

その後経過はまずまず良好でしたが、数年後また僧帽弁が狭くなり、大動脈弁もあわせて狭くなっていたため、ついに僧帽弁置換術と大動脈弁置換術を受けられました。どちらも金属製の、いわゆる機械弁でした。

 

以後も現地の大学病院に通院し、ワーファリンの治療を受けておられました。

 

15年経って、大動脈弁が狭くなって来ました。パンヌスと呼ばれる、患者さんご自身の組織が増殖し、機械弁の動きを妨げるようになったのです。

 

さらに2年たち、いよいよ弁が狭くなって、危険な状態となったため、ネットや本で勉強し決心して私の外来に来られました。遠方にもかかわらず、列車で長時間かけてお越し頂きました。

 

調べてみますと弁がきびしく狭くなり、しかも別の弁も二次的に逆流し、心不全が悪化していました。

 

再々手術はリスクがやや高くなりますが、このままでは永く生きられない危険な状態で、こうした手術に慣れている私たちに任せたいとのご希望のため地元の病院のご推薦も得て手術に踏み切りました。

 

 手術では心臓と周囲組織との間の癒着をはがし、それから大動脈弁とパンヌスを切除し、新しい人工弁を入れ、三尖弁も形成して無事終了しました。

 

術後経過は良好で、翌朝には集中治療室を退室され、術後10日目に元気に退院されました。

 

遠方のため、地元の病院と協力し役割分担しながら、名古屋へは時々健診に来られます。お元気にしておられます。

以下はその患者さんご本人からいただいたお礼のメールです。

 

 ***********患者さんからのお便り*********

(前略)

今私は台所で料理をしたり秋植えした花眺めたり、スーパーで買い物をしたり、また散歩をしていてもこのようにできるのは本当に米田先生に出会えて手術して頂いたからだなと毎日毎日思いながら喜びをかみしめ感謝しております。

三度目の手術が必要とわかった時の不安、ハイリスクであるらしいことなど考えて、いてもたってもいられずいろんな本買って読んだりネットで朝から晩まで調べました。

そして米田先生のページ見つけたのです。

読んでいくと先生の患者に対するあたたかい人間性や考え方とても尊敬できました。

そして米田先生にすべてをかけてお任せしようと決めました。

先生のページすべてネットから印刷しました。

だいぶ厚くなりましたが、何回も何回も読みました

まだ行ったこともない名古屋にはるばる主人と不安抱えながら行って説明聞き手術日まで決めました。

一回の外来ですべて検査できたのも助かりました。

 
手術も苦しいとか痛いとかなく入院もアッという間の夢中の二週間でした。

私は麻酔で何もわかりませんでしたが、さぞかし先生方は大変だったと思います。

外来で米田先生お見受けして思わずお声おかけしても気さくにお話ししてくださり本当にありがたいです。

治して頂いた命大事にしていきます。本当に有難うございます。

感謝

    

患者さんからのお便りのトップページにもどる

Heart_dRR
心臓手術のお問い合 わせはこちら

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

心臓病患者さんのためのノロウィルス対策

Pocket

かなり強い寒波が日本列島のほぼ全域を襲っています。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

この寒波に合わせるかのように、ノロウィルスが流行しています。

病院などでは多数の死亡者がでているところもあり、十分ご注意ください。


Ilm09_ad13001-s症状は下痢や嘔吐が主なようですが、普通の下痢嘔吐よりも激しく、何日か続くため、心臓病の患者さんたちにはとくにご注意戴きたく思います。

というのは強い下痢と嘔吐が発生しますと、まもなく高度の脱水になります。

たとえばいつも手の甲にある静脈が良く見えている方の静脈が見えなくなっているとか、舌が乾いているなどがあれば要注意です。

すると血圧が下がって、血液も粘っこくなり、もともと心臓病がある心臓には一般の健康者以上に大きな負担になりかねません。

また心臓手術後とくに人工弁や不整脈などのためにワーファリンを飲んでおられる方々には、急に強い脱水となれば血栓ができ、そのための二次的な脳梗塞などの恐れが出て来ます。

さらに嘔吐が強くIlm09_af06004-sて、あまり食べられない状態が何日か続けば、日頃ワーファリン(血栓予防のお薬です)を服用しておられる患者さんでは、その効き目が極端に強まることがあります。この場合は脳出血の心配が出て来るのです。毎日の食べ物の中には多少ともビタミンKが入っており、食べるのをいきなり止めてしまうとビタミンKが全然ない状態となって、ワーファリンが強く効きすぎるという事態になりやすいのです。

そういうことで、もし強い下痢や嘔吐に見舞われたとき、まず近くのかかりつけ医に相談し、そのときの状態に合わせて点滴でしっかりと脱水を治すなり、ワーファリンの効き具合がちょうど良いレベルになるようにINR検査を受け、指導してもらったりすることがたいせつです。

それと一層大切なこと、それは予防です。


ノロウィルスは大変伝染力が強く、患者さんの便から他のひとの手につき、そこから感染することが多々あります。またトイレなどで汚物が乾くとウィルスが空気中に放たれ、その空気を吸うと感染します。

Gum06_fr01002-s

そのため、まずは手洗いやうがいの励行がたいせつです。外から帰れば、直ちにやりましょう。

また人ごみはなるべく避けるのが賢明でしょう。

しかしいったん嘔吐や下痢で発症すれば、上記のようにただちにかかりつけ医か病院へ行って下さい。

治せる病気で命を落とすことはぜひとも避けたく思います。

こうしてノロ対策を万全として、楽しいお正月をお迎えください

 

(2012.12.25.記載)

Heart_dRR
心臓手術のお問い合わせはこちら

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

お便り73 リウマチ性連合弁膜症と心房細動をミックス法手術で克服

Pocket

リウマチ性弁膜症は通常の年齢性の弁膜症と比べて弁の変化・変形が強く起こります。そのため弁形成にもそれ相応の経験と戦略が必要となります。

Suzuran患者さんは69歳の女性で、的確な心臓手術をもとめて千葉県から来られました。

リウマチによる僧帽弁膜症のため弁が石のように硬くなり僧帽弁狭窄症と閉鎖不全症の両方をもつタイプでした。こうした硬い弁は形成に適さないのですが、私たちはパッチなどを駆使して形成することが近年増えました。

ただこうした複雑な僧帽弁形成術は時間がかかり、重症患者さんの体への負担が少なくありません。70歳近いご年齢からは、むしろ確実に短時間で完了する生体弁による弁置換が安全で、しかも生体弁の耐久性もこのご年齢なら20年近いため、この点でも生体弁が選択肢と考えられました。むしろ時間的余裕をつくって心房細動に対するメイズ手術等をしっかり行うメリットが大きいと言える状況でした。

さらに高度の変化をともなう三尖弁閉鎖不全症があり、そして強い肺高血圧つまり肺の動脈圧が高く危険な状態で、てきぱきとポイントを押さえたコンパクトな手術が望まれる状況でした。

こうしたことを考慮し、手術は記録にこだわりなく患者さんにもっとも益する手術を行いました。まず生体弁で僧帽弁置換術(MVR)を行い、ついで三尖弁には弁の異常が強く通常の弁輪形成だけでは逆流が残るタイプでしたので、確実に生体弁で弁置換(TVR)しました。せっかく生体弁を使うのですから、何とかワーファリンの不要な生活をと、両心メイズで徹底的に除細動しました。

これらを皮膚切開10㎝の小さい創で、MICS法(ミックス法、小さい切開で患者さんに優しい手術です)にて行いました。

術後経過は良好で、弁機能、心臓の機能とも良好で、手術前の肺高血圧症も治り、リズムも正常化してまもなくワーファリン不要の状態となられました。

以下はその患者さんからの礼状です。大きな手術をよく決意し頑張って下さったと思います。


***********患者さんからのお便り*******

 

先生、その節はありがとうございました!

これまで他では一度も経験したことのない病院のやさしさとあたたかさにはじめは却って戸惑うほどでしたが、いつしか安心とリラックスの中で病院生活をさせていただきました。

本来なら、今ごろはなかったかもしれないいのち、歩くことお茶わんを洗うこと、すべてがいとおしく大切に過させていただいております。

無言で教えていただきました「愛」を私もこれから出会う人や周りの人達に対して実践できたらと思っております。

只、入院中に一度と、退院した日に強いストレスを受けることがございました。そのために治していただいたばかりの身体に何らかのショックを与えたかもしれません。

脈拍が突然はやくなったり、色が突然変わったようにゆっくりになったりということをときどき経験致しております。

自身を持って焦らず治癒する日を待たなければと思っておりました。

先生に出会わせていただけました幸運とともにいのちのあることをかみしめております。
心よりありがとうございました。ありがとうございました。

****
米田正始先生
三月二十八日


患者さんのお母様からも礼状を頂きました。

*********患者さんのお母様からのお手紙******


突然のお手紙で失礼を申し上げます。

私は****の母親でございます。

この度、私の娘****が元気で私の元へ帰って参りました事に先生にお目にかかって御礼申し上げたいと願っても年を取っていてかないません。

 
尊い先生という事も娘から聞き遠くから手を合わせさせて頂いて居ります。

沢山の御礼を申し上げます。

 

その後外来にてお元気なお姿を拝見し、うれしく思っています。

患者さんの会社で発行している新聞に手記を掲載されました。皆様のご参考になるかもと考え、以下に許可をえて掲載します。

 

************ 新聞の手記 ***********


「50歳になる頃には心臓の手術をすることになるでしょう」と子供の頃から言われつづけていたその50歳を越え、更に20年近い歳月が経ちました。

5・6年前から心房細動という発作が起こり初めていたので、5月(23年)になって「心不全です。だから手術が必要」と言われた時も、さして驚くこともなく、3歳から背負ってきた人生にいよいよ決別するときが来たのだと思いました。

 

「本当に奇跡を起こしていたのね。心臓の寿命を予定より20年近くも延ばしたなんて…」Aさんがそう言いました。

そのあと呼吸法の会を催すことになったのです。

みんなで呼吸法や瞑想、そしてアファメーションなどを行って、お互いに気を送り合いました。

宇宙空間にあずけた魂は超然として心底休息をとりました。

心臓の機能が落ちれば苦しい筈ですが、新鮮な酸素をいっぱいに吸って、アファメーションでは「元気だ」と言い聞かせられている身体は、思うほどの症状はなく、会社の仕事をはじめとして、2ケ月に及ぶ、床暖房の修復工事をしたりして、私はすべきことを着々と果たして行きました。

病気がなくても病気の人もいれば、病気はあるけれど元気に暮らしている人もいる。

病気のあるなしに関わらず、最期のときまで元気で生きられるかどうか、それが重要なことだと思うのです。

昔の人たちは神に与えられた生命を自然に全うしました。

 
オムツで世話になり屍のように生かされつづけてしまう、現代特有の長寿を考えるとき、つくづく執着しない自然な“生”でありたいと願うのです。

仮にもし、私がここで死ぬことになれば、ぎりぎりまで元気に生きて、昔の人たちに近い死に方をすることになるのではないか、これから老いる一方である筈の自分の年齢を考えました。

けれども親がいて、何よりも、私にはしたいことが沢山ありました。この期におよんで、“生きたい”という思いが手術への期待感を募らせました。
手術の宣告を受けた同じ23年の11月初旬、私は自転車で出かけて転倒しました。血液さらさらのお薬のせいか出血をして救急車で運ばれました。

4針ばかりの縫合手術をしました。

「病気になってもお転婆が治らない。それでは怪我でもさせて安静にさせようという、神様の計らいだったんだと思う」とTさんは言いました。

 
懐石料理を作ってくれるという人に出会ったのもその頃のことでした。懐石料理のお店を開いていたけれど、彼女はそのお店を閉じざるを得なくなったのです。

初めの日は、鯛の昆布〆や茶わん蒸しなどを作ってくれました。

私は、若いころからずっと食事を作りつづけてきたので、いよいよ作って貰える番がめぐってきたのだと思いました。

名古屋の病院では、先生や看護師さんばかりでなく、事務の方たちやお掃除の方々にいたるまで明るい愛の気が発信されていました。

病院であるにもかかわらず緊張を必要としない、安定感のあるゆるぎないやさしさに少なからず驚きました。

同じことを感じているらしい、付添のTさんは「もともと人格や人柄に素質のある人か採用されているのでしょう。

ただ教育されたのとは違う、包容力のあるやさしさに、ホッとしますね。」と言いました。

“神の手”と呼ばれるK先生からは、少しでも多くの患者さんを治したいという、やむにやまれぬ思いが大きなオーラとなって伝わってきて、伺った私達4人皆が感動をしました。

検査の結果が出たあと、先生の表情はあきらかに曇っていました。「重症です。安静にして、このまま手術の日まで名古屋にとどまって下さい」
けれども、まだ残っている“すべきもの”を果たすために決心をして、-時、市川に戻りました。

病気は、“憎帽弁閉鎖不全症”の上に、いつの間にか狭窄も起こしていて、逆流で行き場を失った血液が三尖弁にまで流れ込み、そこでも血液の逆流を起こし、あふれた血液が肺を水浸し(血浸し)にしているというのです。

昔の人なら正にこれが生き切った状態といえたでしょう。

大学教員で普段は多忙な妹が春休みになり、入院に付き添ってくれることになりました。

病院のベッドで、彼女から名古屋の街の探検話を聞きながら、私は、随分長い間ショッピングをしていないことに気づきました。

元気になって、再び街を歩けるという新たな励みを貰ったのです。

手術当日の朝、K先生を除く先生方と手術室の看護師さんたちが、ストレッチャーをにぎやかに引っ張って病室に迎えに来てくれました。

青空のように明るくてやさしさに満ちていて、大勢で手術室の扉をくぐった時には、私はすでに安心の境地にありました。

安定剤をまったく必要とせず、ぐっすり眠った心身はとても平和で静かでした。

 

手術が終わって起こされた時、眠りとは違う、“虚”というべきか、私は、麻酔というものの不思議な感覚の中にいました。

眠りには、時間の経過の記憶が身体に残っているけれど、麻酔には時間がなく、肉体が、自分から遮断されていたという強烈な感覚がありました。

起こされた時、一挙に肉体が戻ってきたといった実感に少なからずショックを覚えました。

そして私は「いま何時なの?何日なの?」と、今おかれている自分の位置を確認しなければなりませんでした。

 

「5時間半という時間、待っている身には長くて耐え難い時間だった」そういう従兄弟のK君には、子供の頃、お風呂に入れたり遊んだり可愛い思い出がいっぱいあるのです。幼かったそ彼が今は、私の身元引受人となって、忙しい会社経営の仕事の合間に面倒をみてくれました。

そして手術が終わった時、たちまちその成功が身内に知らされたそうです。知らない間に私はみんなに心配をかけていたのです。

覚醒からしばらくして車椅子まで歩きました。手術直後からリハビリが始まっていたのです。

 

静養室に移ってうとうとしているとき、廊下から、誰かが、私に自分の存在を気づかせようとしていることに気づきました。

それは母の弟の叔父でした。

私は「近くに来て頂戴」と無言で頼みました。けれども彼は温かい表情を残したままそれ切り消えてしまったのです。

短い時間だったけど、私は、叔父の姿をみて安心を覚えました。

叔父は後で「面会は病室の外から5分だけと言われたのだよ。私は、あの時バイキンだったからね」と言いました。

妹は、春休み中にすべき仕事をごまんと抱えていて、そのため、手術後3日目の朝には東京に発たなければなりませんでした。

妹がいなくなった後、身体に沢山の管をつけたまま車椅子でナースステーションに移動し、そこで励まされながら食事をしました。

食べることは戦いでした。

そしてすべての管がとれた元気な姿を再び戻った妹に見せることができたのです。

リハビリに励んでいるとき、ひとりの男性が私の前を歩いていました。そのうしろ姿は肩を落としてうなだれ、力をすっかりなくしているように思われました。

昔、刀で切られた人は力を失くして恐れや不安などの感情に支配されただろうと思います。

「心臓の手術は他の臓器の手術とは違うのよ」と言った人がいました。
 

前を歩く人の背中を見ながら、私も、彼と同じであることに気づきました。そうだ。いつものアレをしよう!いつものアレとはと呼吸法のことです。

呼吸法のときの姿勢は満ち足りていてうつくしい。頭のてっぺんを宇宙から吊り下げて、顎を引き、鼻とお臍をまつすぐに結びます。

そして腰椎を立てました。すると自然に胸が出てきます。

健康な姿が出来あがり、次は、鏡の前で思い切り笑顔を作ってみました。

愉快になって来ました。いつもの自分の姿がそこにはありました。

痛みもつらいことも何もないのだから、畢寛、うなだれる理由もないということなのです。
 

私は、いま作ったばかりの姿勢のまま部屋を出て行き、病棟のロビーの椅子にシャンと腰を下ろしました。

かばう姿勢よりも自由になれて自信がもてて、血液の循環にも良いのです。

 

心のことをハートと言い、心臓のこともハートと言う。

ある看護師さんは、心臓はその人の心そのもの、というよりもその人自身だというのです。

「身体を救うために、そのこころに傷をつけなければならない」その言葉を、手術が終わった直後から、私は実感することになりました。

身体は痛みもなく何ともなかったけれど、心を、そして心臓を切られてしまった叫びなのか、かなしみとも違うハッとするような感情が私を支配していました。

日頃の自分の“根っこ”はどこに行ってしまったのか、不安定すぎる自分の心を支え切れず、胎内のような絶対の愛と安心を求めて誰かにハグしてほしいと思いました。

そんなときに、従姉妹のSちゃんが「お姉様、よく頑張ったわね」と言って、しっかりと抱きしめてくれました。涙があふれました。’

支障が生じる人や用事のある人以外には極秘で入院しましたが、場所か名古屋だったおかげで、友達や従姉妹たちや、普段には決して会えない遠い地の人たちにも逢うことができました。

お見舞いにいただいたお花が、傷ついた心身に思ってもみないほど大きな慰めとなりました。

それに、初めてと言ってよいほど沢山のメールをいただき、それにはどんなに励まされたか分かりません。

こうした体験の後だったからこその力づけでした。

 

退院後のお見舞いでは驚かされることがありました。中でも感動したのは、Kさんが夕方訪れて、音楽室の灯りを消し、天井から壁・床に至るまで部屋中にお星様を散りばめて見せてくれたことです。

いつまでも見ていたいと思うほど幻想的で美しい光のページェントでした。

 

彼女は材料を持参してテーブルの上で釜めしを炊いてくれました。

デザートも用意されていて、温かで素朴ですばらしいパーティでした。

釜めしはアツアツでおいしくて彼女のぬくもりそのものでした。

手術の一連がくれたこうした豊かなものを家族共々一生忘れることはないだろうと思います。

 

退院すると、母は、あずけられていた施設から飛ぶように戻ってきました。

会社では大きな仕事が待っていて、私は手術後2ケ月で復帰することになりました。

壊れていない心臓は、私に生まれて初めてと言ってよいほど幸せな日々をもたらしました。

F先生は「腎臓にしても胃袋にしても、普通、その臓器の一部をなくした状態で“治った”と言うことが多いけど、心臓だけは完璧なかたちで治るんですよ」とおっしゃいました。

 
後半の人生に向かって新たな夢がひろがっています。それでいて、“生きること”それが人生の目的なのだと、単純で、かつ当たり前のことを、初めて悟ったような気もしています。

「手術をおえて、いま、どんな気持ち?」

「新しくなった気持ちよ。何でも素敵に見える。今まで見過ごしていたようなことまでみんな素敵に見えるわ」

「ふ-ん。私もどこか切らなくちゃ」…。

 

お見舞いを直接はいただかない方の心も伝わって来ました。

忙しい日々折々の中、ご心配いただいたことを本当に感謝しています。

本格的な始動は9月からです。宜しくお願い致します。  

    

24年7月  

****

患者さんからのお便りのトップページにもどる

Heart_dRR
心臓手術のお問い合わせはこちら

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

お便り58: 弁膜症の再手術を乗り越えた血液透析の患者さん

Pocket

Ilm09_ag07002-s慢性腎不全・血液透析の患者さんは動脈や心臓の弁が壊れやすいことが知られています。

患者さんは以前に大動脈弁置換術を受けられた80歳近い透析患者さんですが、しだいに僧帽弁も壊れ、狭くなり僧帽弁狭窄症を合併されました。

心不全が悪化し透析もやりづらいという困った状況になりました。

 

ご家族が米田正始のホームページを探し当て、連絡を取ってこられました。

岐阜県の山間部からはるばる来院されました。

担当の先生も、患者さんが生きる最後のチャンスと全面的に支援くださり、大変良いチームワークで入院までの連携作業ができました。

 

Ilm17_da05006-sしかし調べてみますと上行大動脈に石灰化があり、しかも肺機能もかなり悪く、年齢も比較的ご高齢のため、あまり本格的な心臓手術にも難があるという厳しい状況でした。

僧帽弁じたいも血液透析の患者さんによく見られる石灰化が高度な病変で、単純には人工弁を取り付けにくい状態でした。

さまざまな工夫をこらして脳梗塞を予防しつつ、僧帽弁にアプローチし、十分な視野を確保してから、超音波破砕法(CUSA、キューサ)などを駆使して石灰化を十分にとり、人工弁を縫い付けました。

石灰を取り去ったあとの組織が大変弱いため、十分な補強をかけてまとめました。

三尖弁も形成術を行い、良い形になりました。

大変ハイリスクな患者さんでしたが、よく頑張って下さり、順調に回復され、翌日には一般病室で運動を始めるほどでした。

以下はその患者さんのご家族からのお礼状です。

 

**********ご家族からのお便り***********

 

米田先生
 

いつもより遅い春の訪れでしたが、飛騨でも山桜が満開になりました。

今年は名古屋と飛騨高山で二度の桜を楽しみ、喜びひとしおの春を迎えさせていただきました。

お便り58この度は父****の入院、手術に関しましてひとかたならぬお世話になりましてお礼の申し上げようもございません。

先生のホームページにメールをさせていただけた事に大変感謝しております。

 

透析患者で二度目、高齢の父の手術は大変なものになりましたが、本人の意志の強さと希望と共に、先生の丁寧なご説明と的確なご判断とご処置のおかげで一命をとどめることができました。

こちらの**病院にて今迄の様に透析治療の為に通院しておりますが、病院のスタッフの方も回復ぶりに驚かれております。

さほど傷の痛みもなく、これからも生かしていただいた命を大切にしてもらいたいと、私達家族も出来る限り協力していくつもりです。

入院中も、廊下でよく声をかけていただき、付添いの母のことも励まして下さって、ありがとうございました。

 

今後も何かの際にはご指導をお願い致します。

お忙しい毎日のことと思われますが、お身体にお気をつけ下さい。

北村先生、深谷先生、佐藤先生、病棟の看護師の皆様にも大変お世話になりました。よろしくお伝え下さい。

書中にて失礼でございますがお礼の言葉とさせていただきます。
かしこ

岐阜県**市**町
****

患者さんからのお便りのページにもどる

弁膜症のトップページへ

Heart_dRR
心臓手術のお問い合わせはこちら

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

クアラルンプール・バルブ(弁膜症)サミット印象記 2

Pocket

弁膜症サミットは一日目から盛り上がり、勉強になるというよりはクラブ活動のような雰囲気でした。僧帽弁を中心にさまざまな観点から検討しました。

二日目は大動脈弁を中心に幅広く討論しました。まずエコーとMRIを中心とした画像診断の最近の成果が講演されました。エコーはKhanderia先生のいつもの親切・丁寧で熱いお話しでした。弁膜症の画像診断は現時点でもほぼ満足できるレベルにあると個人的には思っていますが、さらにその精度やわかりやすさが進歩しそうで楽しみです。

KLVSfaculty診断関係のお話しのあとに、不肖私、米田正始がデービッド手術つまり自己弁を温存する大動脈基部再建の手術を供覧しました。私はデービッド先生がこの手術を開発された1980年代の終わりごろからその手術を直接学び、ある意味、この手術を一番草創期から知っている一人なのですが、弁尖が弱そうなケースも多く、この術式がどれぐらい長持ちする良い術式か、確信がなく、日本に帰ってからはほとんど行っていませんでした。しかしデービッド先生らの遠隔成績が出て、世界のあちこちからそれを支持する報告が相次ぎ、また自信を回復させてこのところ積極的に行っています。患者さんが自己弁での手術を大変喜んで下さり、楽しい手術のひとつになっています。こつこつと遠隔成績を出して下さった先生方に感謝してこの手術をやっています。(写真は海外からの招待講演者のリストです)

ただ手術を供覧するだけでは皆さんに申し訳ないため、新しい日本製の人工血管で、しかもそれを難なくこなすシャープな針をもつ日本製のポロプロピレン糸という組み合わせでできる、いくつかの工夫と成果をご紹介しました。何人もの人たちに私も同じ方法でやってみたい、とお褒めいただき、うれしく思いました。この領域の世界的権威、ジョンスホプキンス大学のCameron先生も評価して下さり、私も使いたいと言って下さるなど、光栄なことでした。

引き続いてライブ手術でペリエ先生(もとはフランス、現在はドイツです)の僧帽弁形成術でした。バーロー症候群の予定でしたが、たまたまぴったりの症例がなかったのか、普通の僧帽弁逸脱・MRへの形成術でした。しかしペリエ先生は弁評価法の基本から掘り起し、系統的に評価する実際を供覧されました。多くの若い先生方の参考になったと思います。こうした教育セッションも今後使えると感心しました。

それからEdwards社の畏友Duhay先生(企業勤務とは言っても立派な心臓外科医です)が縫合しない生体弁AVRを供覧されました。いわばカテーテル弁TAVIを開心術の形で行うもので、いったんなれれば大動脈遮断時間つまり心臓を止める時間はごく短くなり、しかも脳梗塞などはTAVIよりもかなり低く抑えられる可能性があると個人的に期待していたものですが、実際かなり使えるという印象を得ました。こうしたさまざまな選択肢を内科外科の弁膜症の一体化チームで自由自在に選択したり組み合わせたりして最高の成績を上げることができれば素晴らしいと思います。

それからTAVIのセッションでビデオライブなどが供覧され、ちょっと飽きて来た感もありながら、この治療法のさまざまな側面を熟知する良い機会と思いました。ハイブリッド手術室のありかたなどの発表もあり、参考になりました。外科医の姿はこれからダイナミックに変わっていくのでしょう。ランチオンでも同様の議論が行われました。Partnerトライアルの結果が論じられ、有望な結果とともに、脳梗塞がやはり多すぎること、弁周囲の逆流・リークがまだまだ多いこと、TAVIが使えない状況がかなりあること、などなど今後検討すべき課題が多く論じられました。

午後には大動脈弁のシンポジウムで私もModerator、日本でいうコメンテーターで仕事させて頂きました。大御所のDuke Cameron先生のビデオライブはやはり貫禄もので頭の中が整理され勉強になりました。私のDavid手術の発表も何度か引用いただき、光栄なことでした。

それからライブでカテーテルによる腎動脈周囲の神経ブロックが供覧されました。これまで見たことのないカテーテル治療法でなかなか面白いものでした。こうした方法がどんどん実用化するとまた治療成績が向上するでしょう。新しいデバイスや方法がすぐに使えるアジアの友人たちがうらやましいとも思いました。日本は官僚の保身のために、多くの患者さんが犠牲になっているという一面があり、原発事故をきっかけにこうしたこれまでの構造をあらためる機運が生まれると良いのですが。

それから一見、低い圧較差のAS大動脈弁狭窄症の検討がなされました。ASを評価するときに常に念頭におくべき必須の事項でした。つづいて、麻酔をかけずに行うAVR大動脈弁置換術がトルコのOto先生によって紹介されました。硬膜外麻酔をうまく活用する方法で、たしかに患者さんは手術中も話ができるほどの状態で、体外循環・大動脈遮断下にAVRはきちんと行われていました。経済的に必ずしも恵まれない開発途上国のほうがこうした実用的で安価な職人芸が生まれやすい印象があり、大いに参考になりました。

SANY0242それやこれやで一日中大動脈弁の勉強をして二日目は終わり、関係者で中華海鮮のディナーに行きました(写真)。レベルの高い、きわめて美味な店で、舌鼓をうちながらまた勉強の続編をやっていました。

ライブできれいな手術を見せてくださったペリエ先生やヤクブ先生を皆でねぎらいながら、これからの弁膜症外科の在り方を相談しました。

いろいろ馬鹿話をしているなかでひとつ面白いと思ったことがありました。それは北京の安全病院、年間7000例も心臓手術を行う立派な病院ですが、そこの畏友Haibo先生が、弁形成をあまりやれないというのです。どうしたん?と聞きますと、毎日4例も手術する必要があり、一例に十分な時間が確保できないので、複雑な弁形成をやるなら短時間で終わる弁置換になるというわけです。こういう悩みもあるのだと感心してしまいました。いろいろ工夫して打開できると思いますし、ぜひそうしてほしくお願いしておきました。

最後の3日目にも朝から僧帽弁のビデオセッションがあり、十分な時間がとってあるため良い検討や討論ができました。複雑僧帽弁形成術のための、ゴアテックス人工腱索のよりうまい使い方や、リウマチ性僧帽弁閉鎖不全症に対する心膜などを活用した積極的な弁形成、ミックス手術(MICS手術)ポートアクセス手術などによるより低侵襲な手術など、最近の弁膜症治療の進歩が十分反映された楽しいセッションでした。

それからマルファン症候群のシンポジウムがありました。病気のメカニズムから全身各部、さらに心臓血管までの病気の説明から治療や手術、そして例の自己弁を温存する大動脈基部再建手術つまりデービッド手術まで系統的なシンポジウムとなりました。デービッド手術ではCameron先生が講演され、その中でデービッド手術が患者さんにとって福音であること、しかし同時に人工弁を使うベントール手術も素晴らしい長期成績をあげており、これらをうまく活用することが患者さんの幸せにつながることを話されました。私の話も引用して下さったので、お礼に、「かつてデービッド手術ではなくベントール手術を行った患者さんにも胸を張って話できます、先生のおかげです」とお礼を述べたところ、大うけでした。

閉会式で何度か名前を呼んでいただき、光栄なことでした。皆さん、ずいぶん実績と自信をつけ、産業全般と同様、これからはアジアが世界に貢献する時代であることを感じました。

午後はエコーの実践教室や弁膜症心臓手術のウェットラボがあり、私はホテルの部屋で山積している仕事をやっていました。

3日間の弁膜症サミットは楽しく充実した内容で幕を閉じました。皆さんありがとうございました。

Heart_dRR
お問い合わせはこちらまでどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

ブログのトップページにもど る

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

クアラルンプール・バルブ(弁膜症)サミット印象記 1

Pocket

この10月6日から9日まで、マレーシアはクアラルンプールのバルブサミット(弁膜症の国際シンポジウムです)に講演のため行って参りました。例によって学会の印象記は一般の方々にはわかりにくいかも知れませんが熱い雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです。

KLVS1心臓血管外科の手術関係のなかで今一番熱いのは弁膜症ではないかと思います。冠動脈バイパス手術は今なお健在といっても数の上では薬剤溶出ステントDESに代表されるカテーテル治療PCIに押され、大動脈はステントグラフト(EVAR)にある程度置き換わりつつあり、弁膜症が外科らしい心臓外科の最後の砦という感があるからでしょう。しかしながら弁膜症にもカテーテルベースの治療が入りつつあり一層関心が高まっていることも一因と思います。

心臓弁膜症の手術では長年欧米が世界をリードして来ましたが、このところ少し変化が見られます。というのはアジア諸国が力をつけ、近代化を進めた結果、心臓外科も大きく進歩し、弁膜症では弁形成術が難しいリウマチ性のものがアジアではいまだに多いため、おのずと弁形成の技術が磨かれるからと思います。

そういう背景もあって3日間のサミットは熱気に包まれたものでした。地元マレーシアはもちろん、シンガポール、タイ、インドネシア、オーストラリア、インド、中国などからの参加も多く、加えて欧米の実力派の先生が多数参加しておられたことも一因かと思います。

一日目の朝はまず心エコーやMRIなどの画像診断のセッションがありました。そして僧帽弁閉鎖不全症のシンポジウムが行われ、さっそくカテーテル治療であるMitraClipの発表と議論が行われました。まず内科からアメリカのCedars Sinai病院のSaibal Kar先生が、ついで外科からドイツのPerierペリエ先生が解説されました。この治療法はカテーテルで僧帽弁の前尖と後尖をクリップでパチンとはさみ、逆流口を小さくするというもので、EVEREST IIトライアルの結果などをもとに議論が進みました。治療法としてはかなり雑で不十分なことは大方の認めるところですが、何しろ低侵襲であるため高齢者や全身状態の悪い患者さんには使えると思いました。

しかしこれは現在アメリカではFDAによって「さし止め」になっているため、まだまだ課題が多いものと感じました。弁そのものが変化している通常の僧帽弁閉鎖不全症よりも、弁は正常でただ閉じなくなっているだけの機能性僧帽弁閉鎖不全症に好適かという議論もありました。私もそう考え、先日重症の患者さんで時間を短縮するためにこのクリップと同様のAlfieriという心臓手術を行ったところ、全然良くならないので急きょ他の弁形成操作を加えてきれいに治ったという経験があり、単なるクリップでどこまで行けるか、ちょっと疑問があることを提議しました。

それに続いてメルボルンのAlmeida先生はロボットによるミックス手術での僧帽弁形成術を講演されました。以前からよく知っている先生で、ロボットを使わない弁膜症ミックス手術(MICS手術)も多数やっておられるため偏らない議論ができました。その中で、普通のミックス手術で十分小さい創で手術ができても、ロボットを使うことでより発展性のある手術ができるという印象を持ちました。これからの楽しみということでしょうか。

SANY0225早朝セッションが終わったところで開会式がありました。マレーシアの厚生大臣(写真前列の黒髪の男性)が来られ、握手してくれたので私も思わず日本をよろしくなどと言ってしまいました。日本の心臓外科の学会に厚生労働大臣が来られることはまずないため、海外では心臓外科医や循環器内科医、さらには医療者が大切にされているのだなあとうらやましく思いました。

コーヒーブレイクのあと、機能性僧帽弁閉鎖不全症とリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症のシンポジウムがありました。つまり弁形成や手術が難しい僧帽弁閉鎖不全症MRのセッションという位置づけです。

このシンポの目玉商品ともいえるライブ手術を畏友Taweesak Chotivatanapong先生(タイ)が執刀されました。彼のリウマチ性MRへの手術は私もその長期データを検討しながら参考にさせて頂いているため楽しみにしていましたが、なぜかMRはリウマチ性ではなくバーロー症候群のそれでした。たぶんぴったりしたケースがなかったのでしょう。前尖逸脱が主なためゴアテックス人工腱索を数本立てて、大きめのリングで弁輪形成しおよそきれいにまとまりました。それは良かったのですが、皆さんリウマチ性の難手術を議論したかったので少し拍子抜けしてしまいました。しかしまずはGood Job!ということで皆で讃えました。

リウマチ性MR弁形成というタイトルで地元クアラルンプールのAzhari Yakub先生が講演され、自己心膜パッチ形成などを軸にしてこれまでの方針をさらに進め、完成度を上げようという雰囲気でみな勇気づけられたと思います。たしかに数年ぐらい前まではリウマチ性MRはどちらかと言えばあまり無理せずに弁置換するのが患者さんへの親切という印象があったため、時代の変化を感じました。

ここから機能性MRの話題となり、アメリカ・メイヨクリニックのKhandheria先生のいつもの元気いっぱいで親切なエコーの講演がありました。それを受けて、不肖私、米田正始が機能性MRへの新しい手術法であるBileaflet Optimization両弁尖形成法をご紹介しました。京大病院時代に当時の仲間たちと開発したChordal Translocation腱索転位法という方法をさらに発展させたもので、これは現在の共同研究チームである川崎医大循環器内科吉田清教授や尾長谷喜久子先生、斉藤顕先生らのお力により手術と評価検討そしてさらに改良というサイクルがきれいに回ったおかげです。感謝しながらの講演でした。半年前にアメリカ胸部外科学会AATSの前にMitral Conclaveという僧帽弁シンポジウムで発表してから例数も3倍近くになり複数の検討ができたこともあってか、反響は多く、ぜひ使いたい、コツを教えてと言ってくれる先生が多く、光栄なことでした。

ランチオンセミナーではTAVIつまりカテーテルで入れる大動脈弁の発表がいくつかありました。TAVIはどんどん進化し、今後ハイリスクの患者さんはもちろん普通の患者さんにも使えるとする意見もでていました。もちろん普通の患者さんは現在でも安全に手術ができ、TAVIで高率に弁周囲逆流が発生していることや二尖弁その他TAVIが禁忌になっている患者さんも少なくないことから、弁膜症の外科がさらに進化することでできる貢献は多いとも感じました。MICSポートアクセス心臓手術でより小さな創と早い社会復帰が推進できればより貢献度があがると思いました。

午後には心室中隔欠損症VSD+大動脈弁閉鎖不全症ARのライブ手術がYakub先生の執刀で行われました。この病気はアジアに多いため欧米からも問い合わせがあるほどの領域ですが、立派な形成手術でした。私たちの手術方法と共通するところが多いのですが、弁のちょうつがいの部分の扱いが少し違うため質問し、参考になるご意見を戴きました。名古屋でも若い患者さんで大動脈弁形成術を喜んで下さるかたが多く、さらに精進する意欲がわいた一日でした。

それからカテーテルで行う簡単な僧帽弁形成術、さらに同じく左心耳閉鎖のライブがありました。カテーテルでの弁膜症治療が複雑になればなるほど、心臓外科の協力が必要ですし、外科医もこうした低侵襲技術を若手を中心にどんどん学び、老若男女・低高リスクを問わずすべての弁膜症の患者さんが元気に社会復帰できるような、総合循環器科を創る夢がまた膨らみました。循環器内科の先生方の中にもこうした考えに賛同協力して下さるかたが増え、これから積極的に進めたいものです。

毎晩アジアの友人たちに欧米の招待演者の先生らを交えてディナーパーティで楽しく遊ばせていただき、感謝の塊になっていました。

 

(長くなりましたので、次回につづきます)

 

Heart_dRR

 お問い合わせはこちら

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。