複雑な三尖弁形成術も【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月28日

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◾️複雑な三尖弁形成術が必要なときには

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三尖弁形成術はふつうは弁の付け根にリングを取り付ける、三尖弁輪(弁輪)形成術で事足ります。これは心臓外科手術の中でも比較的簡単な手術に入ります。

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しかし三尖弁閉鎖不全症の中にはリングだけでは治せない、重症例が少なからずあります。

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その時に三尖弁置換術つまり人工弁を入れてFotosearch_CCP01048しまうと後が結構大変です。三尖弁への機械弁は僧帽弁のそれより血栓ができやすく、かといって生体弁は長持ちしない傾向が報告されています。

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やはり三尖弁形成術が良いのです。このことは特に、将来が長い若い患者さんに当てはまります。中でも若い女性患者さんにはより重要です。というのは妊娠出産を安全に行うために弁形成は絶対有利だからです。若い男性患者さんの場合もスポーツや仕事に打ち込む時に弁形成は随分有利です。

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三尖弁は右図のように弁尖つまりひらひらと開閉する部分だけでなく腱索つまり弁尖を支える部分と乳頭筋つまり腱索と心室を繋ぐ心筋そして弁輪さらに右室壁までが構成要素で、これらのうちどれが壊れても逆流が起こりやすくなります。逆にこれらのどれも治せることが複雑三尖弁形成術では必要なのです。

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◾️複雑三尖弁形成術で用いるテクニックは

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私たちは一般的なリングを付ける手術以外に、以下のテクニックを駆使して弁形成を完遂するように努力しています。

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1。ゴアテックス糸(体に馴染みます)を用いた人工腱索 弁尖の逸脱はほとんど直せるだけの威力があります。このノウハウを蓄積している施設は希です

2。弁尖のパッチ拡大 弁尖が不足する時に役立ちます。自己心膜やゴアテックスシートなどを用います。

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3。クレフトの修復 これは弁尖の隙間が異常に大きい時などに役立ちます。2。などと併用することもあります

4。乳頭筋の形成 位置を変えたり長さを変えたりして、乳頭筋が良く作動できるようにします。右室拡大が強いケースなどで役立ちます。

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5。その他 エプシュタイン病に対するコーン手術やペースメーカー三尖弁閉鎖不全症などの場合にはそれらにぴったりした方法を用います

これらを使い分けたり併用したりして、ベストの結果を目指すわけです。

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◾️三尖弁形成術で頑張らねばならない時

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三尖弁閉鎖不全症は中等度なら手術なしで経過を見られることもありますが、本物の重症になると、心不全や肝不全、腎不全などが起こり命に関わることさえあります。あるいは運動ですぐ息切れがし、疲れやすく、下肢もむくみやすく、生活の質が低下したり仕事や学業に支障を来たすことがあります。

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弁形成が必要、でもできないから弁置換つまり人工弁と言われた方は広く調べ、相談質問し、弁形成の可能性を探ることをお勧めします。参考:お便り130 大学病院でも三尖弁形成術は無理と言われ、弁置換術しかないと言われた15歳少年からのお便り

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さらにこうした三尖弁形成術の経験の蓄積から、私たちはほとんどの場合、これを傷跡の見えにくい、骨も切らないMICSで行なっています。若い患者さんたちには体の傷だけでなく心の傷まで軽くなると喜ばれています。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り130 地元の大病院でも三尖弁形成術は無理と言われて

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三尖弁形成術は通常は形成用のリングをつけるだけの、心臓手術の中では比較的簡単な部類に入るものですが、弁のあちこちが壊れるとまだまだ形成困難な難しい手術となります。

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しかしお若い患者さんや今後妊娠出産をご希望の方々を始め、弁形成術がこれかIMG_1624らの人生に絶対必要、人工弁では困る、という状況は少なくありません。

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私たちはこれまでの複雑な三尖弁形成術で幾多の修羅場を超えてきた経験から様々な方法を駆使して患者さんたちのご要望にお応えしています。

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こうした技術は恩師デービッド先生直伝のものから、その後難しい状況たとえばペースメーカー三尖弁閉鎖不全症や大怪我の時に発生する外傷性三尖弁閉鎖不全症あるいは感染性やリウマチ性三尖弁閉鎖不全症での三尖弁形成術を行う中で培うことができました。

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以下は九州から来られた10代の患者さんのお母さんからのお便りです。

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感染性心内膜炎(略称IE)のため三尖弁が複雑に壊れ、地元の大学病院でもこれは形成不可能つまり人工弁が必要、でもまだこども年齢で人工弁はこれから幾多の危険と苦労が避けられない、だから当面手術は見合わせようという方針でした。その中で、心不全が悪化し、学校での運動もしづらい状況となり、東京などの病院でも断られて私の外来へ来られました。

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弁形成は私の持つ技術を幾つも駆使して無事完遂できました。またまだ高校生で骨を切るのはかわいそうなのでMICSで痛みも少ない形でできました。傷跡もあまり見えません。すでに学校でスポーツが息切れなくこなせるようになっておられます。

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以下はその患者さんのお母様からの礼状です。複雑弁形成を成功させることが、お母さんたちにとって親子の愛情と信頼をかけた闘いであったことがよくわかります。そしてその闘いに勝ったことはその愛情と信頼が本物であった証と思います。感動してしまいました。こんな素晴らしいことのお手伝いができたことに私は感謝しています。

 

患者さんがこれから元気な青春を送られることを楽しみにしています。また外来でお会いしましょう。

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**************** お便り *****************

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米田 正始 先生

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14日に退院いたしました、****の母です。

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この度の入院・手術に際しまして、米田先生はじめスタッフの皆様には大変お世話になり、
ありがとうございました。
退院翌日に、リハビリと頑張ったご褒美を兼ねてのUSJを満喫し、台風が接近するなか
16日に**に戻って参りました。

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3月に感染性心内膜炎を発症し、2か月程かかって治癒したものの、三尖弁の破壊と逆流が
ひどいため手術が必要であることが分かった時には、息子もひどく動揺し葛藤の日々でした。

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しかし本人なりにいろいろと考え、とまどい、悩んで、ようやく手術を受け入れた息子は、
びっくりするほど前向きで、早く手術を受けて元気になりたいと言うまでになりました。

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しかし大学病院では予定していた手術はキャンセル、症状が出るまで未定となり、手術は
人工弁しかないと言われ、いつまで待てばよいのか、15歳で人工弁でよいのかと、親子で
心配な毎日を過ごしておりました。

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病気や手術のこと、弁置換についても色々と調べ、15歳であれば弁形成がいいのではと
思い始めました。本人も絶対に弁形成がいいとの希望があったのですが、地元にいても
医療の地域差を感じておりましたので、県外の病院も検討し始めました。

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都会にいれば普通に受けられる医療も、地方だからといって諦めていいのだろうか。
親である私たちには、ここで妥協しようとは思えませんでした。
〝大切な我が子を守れるのは親しかいない!〟その思いだけだったように思います。

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インターネットで調べた東京の有名な先生や、他の先生にも相談しましたが、全て断られ
てしまいくじけそうになった時期もありました。

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そんな時に米田先生の心臓外科手術情報WEBを見つけ、隅から隅まで読ませていただき
藁にもすがる思いで相談させていただきました。
お忙しい先生だし今回も断られるかもしれない・・・と思っていた私たちに、米田先生は
「一度、私の外来にお越しください。」
と言ってくださいました。その時の私たち家族の喜びといったら、大変なものでした。

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縁あって米田先生とお会いすることができ、
「15歳であれば弁形成にこだわるべき。難しい形成になると思うができると思います。」
と言っていただけた時には、来てよかったと心から思いました。

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そして、この難しい弁形成を完遂していただけたことは、息子にとって人生の大きな転機と
なりました。

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「大変な手術を乗り越えられたから、これからいろんな事があっても大丈夫だと思う!」
という息子の言葉は本心だと思います。
米田先生に助けていただいた命を大切に、夢に向かって頑張ってくれるはずです。

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米田先生もお忙しいにも関わらず病室に来て下さり、お会いするだけで何故だか私の
方が元気をいただいておりました。今後もたくさんの患者さんや家族の方を元気にして
あげてくださいね。

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お忙しい毎日をお過ごしのことと思いますので、先生もどうぞご自愛ください。
また外来でお会いできるのを、親子共々楽しみにしております。
どうぞ氏家先生、内山先生、楠瀬先生にもよろしくお伝えください。

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ありがとうございました。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
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いい心臓・いい人生 【第九十三号】カナダでも頑張りました

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 いい心臓・いい人生 【第九十三号】カナダでも頑張りました
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           発行:心臓外科手術情報WEB
           https://www.shinzougekashujutsu.com
      編集・執筆: 心臓血管外科専門医・指導医 医学博士 米田正始
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暑い季節になって参りましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。

私は6月22日からしばしカナダのオタワに出張しておりました。
大動脈弁形成術サミットという、心臓血管外科の中でも特化したワンポイントを
深く追求する学会に参加して参りました。前回のメルマガにお書きしました
アメリカ胸部外科学会100周年記念大会から2ヶ月も経っていないため遠慮
しながらの出張でした。

心臓血管外科はもともと専門的領域ですが、その中でもこの大動脈弁形成術と
いう領域はさらに専門的なものです。つまりそれがこなす外科医はごく少数と
いうわけです。

そのため世界の各地でエキスパートが細々と努力を続けているという印象があり、
皆さんのノウハウを結集してレベルを上げようとヨーロッパやアメリカで研究会
が開催されていました。せっかくだから、それを一つにまとめて最高のものをと
いうことで、今回、初めて欧米の専門家が結集して合同の研究会つまりサミット
をオタワで開催することになったのでした。

超専門領域の割には世界中から多数の心臓外科医が参加しました。日本からは
さすがに少なかったようです。

私も大動脈弁形成術に力を入れているため、参加しました。これまでの努力が
評価され、発表の機会をいただけたことも光栄でした。

このサミットでは2日間で合計6例のライブ心臓手術が供覧されました。ベルギー
のクーリー(Khoury)先生やドイツのシェーファーズ(Schaefers)先生、我が恩師
デービッド(David)先生はじめおなじみの顔ぶれで執刀しておられました。

様々な意見交換がされ、大いに参考になりました。自分ならこうする、こうしたら
さらに良くなるというのもあり、楽しく充実したひと時でした。内容的にはデービ
ッド手術や二尖弁への弁形成というおなじみの手術でした。

ライブ手術以外に多数のプレゼンがあり、参考になりました。

弁形成や自己弁温存手術のおかげでスポーツや(女性の場合)妊娠・出産、あるい
は仕事に打ち込む、様々な楽しみを持つ、ということが可能となり、患者さんへの
利点は大きいものがあります。

私自身の経験でも野球やスキューバなどを楽しむためにこの手術を受けて下さった
患者さんがおられ、またこの手術のおかげで妊娠・出産を無事果たしたという方も
あり、そうした方々を想い出しながら勉強できました。

しかしこれだけの充実した内容の中にあって、MICSで大動脈弁形成をやっている
施設はなく、この意味では私たちは一歩先んじているという感を持ちました。これ
からこうした手術をより完成させ、より多くの患者さんたちのお役に立てるように
とも思いました。

サミットの間に恩師デービッド先生や同じく恩師ミラー先生(D Craig Miller)ら
と話し(というより議論)ができ、また心エコーの大家、メイヨクリニックの
サラノ先生とも相談できたことが収穫でした。

こうした交流が次の患者さんの治療に活かされるため、前向きに取り組もうと思い
ました。

このサミットに出席するために、ほぼ同じ時期に地元大阪で開催された関西胸部
外科学会には早引きせざるを得ませんでした。代演を務めたり留守を守って下さ
った医誠会病院心臓血管外科の先生方・関係の皆様に感謝申し上げます。


暑さが本格化し、脱水や熱中症が気になる時節になりました。皆様どうかご自愛
ください。

                           敬具


平成29年6月25日


米田正始 拝

               

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お便り 127 絶望の中から新しい左室形成術で回復された患者さん

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左室形成術はかつて一世を風靡するほどの勢いがありましたが、スティッチ(STICH)トライアルという欧米の研究以後はアメリカなどでは下火となりました。その理由は、この欠陥トライアル研究では左室形成術が不要な軽症の患者さんに左室形成術を行って、明らかな利点がなかったからです。当然の結果ですね。左室形成術が必要な、もっと左室の大きい重症患者さんでデータをとってほしかったですね。

 

ともあれこのことは左室形成術で多数の重症患者さんをお助けしてきた心臓外科医には大変迷惑なことでした。心臓内科の先生の多くは「ああそうか、左室形成術は効果がないんだ」という誤解をされ、内科から患者さんのご紹介が減ったからです。

 

そうなると、心移植が受けられないご高齢や糖尿病、腎不全、膠原病その他多数の患者さんたちを守る術が消えたようになってしまいました。ホームページなどで私たち心臓外科医に到達した人だけが恩恵を受ける、左室形成術はそんな手術になってしまっています。

 

現在日本で本格的な左室形成術を行える病院はごくわずかです。

私たちはその数少ない病院として患者さんの救命に全力を上げています。また科学的データを蓄積し、内科の先生方や社会に発信していく所存です。

 

以下の患者さんも左室形成術の恩恵を受けられたお一人です。

若い頃から弁膜症のため何度も心臓手術を受けられ、心臓がほとんど動かなくなっていました。弁膜症手術をした病院ではもうこれ以上打つ手なし、心移植もだめと言われ、途方にくれて私の外来に来られたものです。まだ40代の若さで何もできないほど心不全と全身の衰弱状態になっておられました。

 

IMG_23372つの弁が人工弁で左室の直径100mm(正常の2倍)、駆出率13%(正常の5分の1)は確かに大変な状態でした。

しかし左室を詳しく調べると、これは私たちの新しい左室形成術で改善するタイプであることがわかりました。

 

手術後、しばらくは全身の疲れが前に出て様々な治療を要しましたが、3週間ほどでかなりお元気になられ、間も無く退院していかれました。現在は外来で徐々に体力のパワーアップを図っているところです。

 

左室の直径は70mmに、駆出率は30%まで回復しています。

 

下記はその患者さんのお母様からのお手紙です。

 

永い間のご苦労が偲ばれます。本当にご苦労様でしたと申し上げたいです。しかし患者さんにはこれからもっと前向きに、もっと楽しく快活な新しい人生を送っていただきたく思います。良くなった心臓を外来でさらに磨きたく思います。一緒に楽しくねばり勝ちしましょう。

 

******** 患者さんのお母様からのお手紙 ********

 

米田先生、皆さん、子供を助けて下さってありがとうございました。

感謝します。

IMG_3816

中学1年の時、子供が胸が苦しいと、旧**病院で診ていただいたのですが、恋の悩みだと言われて、

31歳の時、また胸が苦しいと言って**医院で診ていただいたら、先生がこれはおかしいと言われ、**中央病院を紹介して頂きました。そこでは(外来は)1週間に一回だけ、滋賀県の先生が診て下さるだけなので、すぐ入院をした方がいいと言って下さいました。滋賀県は遠いからと言って京都の病院を紹介して下さいました。

 

(息子は)トラックの運転手をしていましたので無理をしていたと思います。4回目になる今回の手術の時は私たちは諦めておりました。

元気に帰れるとは思いませんでした。

 

先生、皆さんのおかげです。

私が生きている間は忘れる事はないと思います。

 

本当にありがとうございました。感謝します。

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元・京都大学医学部教授
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国立循環器病研究センター

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国立循環器病研究センターは厚生労働省のもと、日本の循環器疾患研究のメッカ的存在です。

心移植でも法律制定後、日本初の症例を行ったことで知られています。

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私たちは民間病院の立場からこの国立循環器病研究センターとコラボレーションしています。

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例えば重症心不全の患者さんで左室形成術を行いお元気になられた患者さんで、年月が経ち、ついに心臓の筋肉が疲れ果て、通常治療の限界に達した時にはこのセンターで補助循環つまり人工心臓さらには心移植をお願いしています。そうすることで患者さんのニーズにお応えし、かつ数少ないドナー心を有効活用できるからです。

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同じ意味で、まだ補助循環に乗るほど悪くない、あるいは患者さんのご希望で補助循環を受けたくない、そう言う時に、このセンターから私たちのところへ左室形成術や心不全外科治療を求めて来られることが少なくありません。そうして当分の間、できれば長期間、お元気に楽しみを持って暮らしていただくこと自体、意味がありますし、その間に、他に選択肢のない患者さんが補助循環や移植を受けられると言うメリットが生じます。

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心移植といえども世界的には10年間で60%がお亡くなりになる、まだまだこれからの医療です。日本ではキメ細かい術後管理で生存率はもう少し良いようですが、それでもこれからますます改善すべき領域であることに変わりはありません。

補助循環も同様に、近年新型ポンプの登場で長期生存率が改善の一途にあります。しかし患者さんのQOLつまり生活の質はまだまだ改善の余地がありますし、医療費の問題も現代の緊縮財政のもとでは大きな課題です。

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こうした現代的諸問題を考える時、先端的医療や研究を進める国立循環器病センターと小回りが効き患者さんのニーズに答えやすい私たち民間病院との間の積極的な協力・コラボレーションや役割分担は、患者さんや社会に大きなメリットをもたらすものと考えるのです。

 

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いい心臓・いい人生 【第九十一号】成果をアメリカで発表して参ります

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いい心臓・いい人生 【第九十一号】成果をアメリカで発表して参ります
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発行:心臓外科手術情報WEB

心臓外科手術情報WEB について――まず正しい情報を得る、すべてはそこから


編集・執筆: 心臓血管外科専門医・指導医 医学博士 米田正始
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あちこちで桜が満開になっています。お花見など楽しんでおられるでしょうか。

 

私は相変わらず仁泉会病院と医誠会病院で患者さんたちと向かい合い、
毎日汗を流しています。

 

さて心臓血管外科さらには胸部外科関係の学会として世界最高峰と言われる
アメリカ胸部外科学会が今年は100周年を迎え、大変な盛り上がりが期待
されています。

 

このアメリカ胸部外科学会では毎年、世界中から主だった人たちが集まり、
英知を結集した発表やディスカッションを行い、それは直ちに患者さんに還元
できるため、私は多少無理をしてでもスケジュールを合わせて参加しています。

この学会の正会員の一人であるため、義務として参加しなければという事情も
あります。

 

そのアメリカ胸部外科学会100周年の総会(5月1日から)で、私たちが
この15年あまりの間、京都大学病院、名古屋ハートセンター、そして高の原
中央病院、仁泉会病院と医誠会病院などで行って来た、機能性僧帽弁閉鎖
不全症に対する乳頭筋前方吊り上げ術が評価を受けて発表できることになり
ました。

 

内容は、これまで予後が悪いと言われて来た機能性僧帽弁閉鎖不全症の患者さん
たちがこの心臓手術で心機能が回復し、長期の生存率が高く、心臓の機能が正常
近くまで回復しお元気になられるケースが多いことが示された、というものです。
SHDカテーテル治療が元気な時代にあって、外科治療が優れているという外科の
心意気を評価されたのかも知れません。

 

この数年間以上、欧米の大きな学会たとえばヨーロッパ心臓胸部外科学会や、
アメリカの僧帽弁学会(Mitral Conclave)あるいはアジア弁膜症アカデミー
などでも発信して来ましたが、アメリカ胸部外科学会総会それも100周年の
会で発表というのは大変光栄なことです。

 

これまでご支援くださった皆様に心から感謝申し上げます。
何よりも、手術を受けそして頑張ってリハビリや外来をこなし、お元気になって
下さった多数の患者さんたちに、あらためて御礼を申し上げます。

 

こうした新しい心臓手術では患者さんがお元気になられ、楽しく暮らして
戴くことは、単にその方だけの喜びで止まらないのです。

 

同じ病気で苦しむ全国の方々にもその恩恵が届く可能性があるのです。また
その成果を受けて、心臓外科仲間でもこの手術を使って下さるというケースが
徐々に増えています。

 

皆様への感謝と、より多くの人たちのお役に立てることを願ってアメリカで
頑張って参ります。皆様、今後もご鞭撻やご指導をお願い申し上げます。

 

敬具

 

平成29年4月7日

 

米田正始 拝

 

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心房細動とは 【2020年最新版】

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最終更新日 2020年2月12日

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◾️心房細動とは

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心房細動とは心臓が打つリズムが不規則になる、それも規則性のない不規則をもつ不整脈です。たとえば4回に1回抜けるとか、1回おきに大きく打つなどの規則性がないaf、バラバラなリズムですね。

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心房細動は心房のなかで電気信号がぐるぐる回るために起こります。多くの場合、肺静脈から左房へ入る付近が悪い電気信号を出すのに関係しているようです。

心房細動は一番多い不整脈の1つで、日本人では70代の5%、80代の10%が心房細動で苦しんでいるというデータもあります。国民病と言っても過言ではないと思います。

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また同じ理由で血液がよどんで血栓ができやすくなります。心房細動では毎年7%の患者さんが脳梗塞を起こします。すごい数ですね。しっかりと対策を立てるのが患者さん個人とご家族、ひいては社会のためです。脳梗塞のリスクファクターとして,リウマチ性弁膜症,甲状腺機能亢進症,高血圧症,糖尿病,左心不全,または脳梗塞などの既往が挙げられます

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◾️心房細動の原因 ——— どんな時に起こる?

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代表的なものとして高血圧症,心筋症,僧帽弁または三尖弁の弁膜症,大動脈弁の弁膜症、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、甲状腺機能亢進症,飲酒が挙げられます。その他の原因としてさまざまな心疾患、肺塞栓症、心膜炎、COPD、などがあります。60歳未満の患者でとくにはっきりとした原因がない心房細動を孤立性心房細動と呼びます。

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◾️心房細動のタイプ ——— 時間経過から

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1)急性心房細動とは,48時間未満に終息する新規発症心房細動です。

2)発作性心房細動(PAF)とは,48時間未満に終息し,正常リズムに自然に戻る再発性心房細動です。

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3)持続性心房細動は1週間以上持続し,正常リズムに復帰するためには治療を必要とします。

4)慢性心房細動は正常リズムに復帰させることができません。心房細動の持続期間が長いほど自然復帰はしづらくなります。これは心房の拡張するためで、除細動はやりにくくなります。ただしカテーテル治療や外科治療では治せることがあります。

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◾️症状と徴候 ——— 知っておくと役立ちますilm09_ad09003-s

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心房細動そのものでは症状はありませんが、脈拍が速くなり140〜160/分に達すれば,動悸や胸部不快感、呼吸苦などが出ます。脳梗塞などを合併すればもちろんその症状が加わります。

脈拍は不規則で、心室拍動が速いときには脈拍欠損(つまり心臓が空打ちする)が見られます。

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◾️診断

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診断は心電図でつきます。不規則なばらばらの間隔でのリズムです。

心エコー検査と甲状腺機能検査が重要です。

心疾患たとえば左房拡大、左室の動き方の異常、弁膜症、心筋症の評価や,脳卒中の他の危険因子たとえば心房うっ血や血栓など)の診断に役立ちます。心房血栓は心耳に好発し経食道心エコー検査によって診断がつきます。

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◾️治療 ——— 重要ポイントを押さえることが大切

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心房細動の治療では、その原因が治療されれば,以下の3つが治療の中心となります。

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1)心拍数のコントロールは通常安静時で80/分未満が目標です。

頻脈たとえば140〜160拍/分の急性発作に対してはβ遮断薬(例,メトプロロール,エスモロールなど)が望ましく、カルシウムチャネル拮抗薬(例,ベラパミル,ジルチアゼムなど)も有効です。これらは経口で長期の心拍数コントロールに使用できます。これらが無効のときには,アミオダロンが必要となります。

心拍数コントロール用の薬物に反応しない患者には,完全房室ブロックを惹起するためにカテーテル治療(房室結節の高周波アブレーション)を行うことがあります。

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2)リズムコントロール:

心不全患者などでは,心拍出量を改善するために正常リズムの回復が必要となります。ただし正常リズムにもどっても長期抗凝固療法が必要な場合があります。

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除細動には,同期式DC(電気ショック)またはお薬が使用できます。心房細動が48時間を超えている場合は抗凝固療法を行います。 ワーファリンを用いた抗凝固療法は,可能な場合,除細動3週間前以前から維持し,心房細動が再発しうるため,無期限に継続します。

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同期式DCは,患者の75〜90%で心房細動を正常洞調律に復帰させますが,再発率は高いです。DCは,持続期間の短い心房細動,孤立性心房細動,または可逆的な原因を伴う心房細動の患者で良く効きます。その一方、左房が拡張しているとき(径50mm超),心房心耳の血流が遅いとき,または顕著な構造的心疾患が基礎にあるときにはあまり効果はありません。

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洞調律に変換するための薬物には,クラスⅠa(ジソピラミドなど),Ⅰc(プロパフェノンなど),およびⅢ(アミオダロン、ソタロールなど)の抗不整脈薬があります。

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3)ほとんどの患者の長期治療中には,血栓塞栓症の予防対策が必須です。

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血栓塞栓症のおそれがある場合、発作性心房細動を繰り返す時や,持続性または永続性心房細動を呈する患者には抗凝固薬を継続すべきです。

アスピリンはワーファリンよりも効果は低いのですが,血栓塞栓症のおそれが少ない患者またはワーファリンが禁忌の患者さんに用います。ワーファリンが使いづらいときにはDOAC(プラザキサ、エリキュースなど)を使う事が増えました。ワーファリンおよび抗血小板薬が絶対禁忌の場合などに左心耳を外科的に結紮やクリップするか,経カテーテル装置を用いて縫合します。

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◾️最後に

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心房細動の治療は、要するに薬でダメならカテーテルアブレーション、それでだめなら心臓手術があるわけです。

カテーテルや手術を恐れて脳梗塞になり、いのちを落としたり半身不随になる(死ぬよりつらいと言われたことがあります)というのは是非とも避けたいことですね。

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国立循環器病研究センター

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愛称「国循」あるいは「循セン」と呼ばれるこの国立施設は1970年代に設立されました。

当時国立がんセンターががん対策で成果を上げ、厚生行政で戦後最大のヒットと言われた経験から、心臓病や血管病でも同様に日本の医療や医学を展開させようという趣旨で設立されたと聞きました。

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著者は学生時代に小児循環器の神谷部長(当時)のもとで見学と実習をさせて戴いたのが国立循環器病研究センターとの出会いでした。

級友と一緒に参加し、その建物から設備雰囲気まで進歩的なことに感心したのを覚えています。カンファランスで心臓外科の曲直部先生の存在感の大きさに学生ながら感嘆したものです。

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いちどこの施設で心臓外科や血管外科の研修を受けたいという気持ちはあったのですが、その後長らく海外で修練することになり、その機会はありませんでした。

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その代わりにその後、循環器センターの先生方には臨床でも研究でも交流をいただき、良くして頂いたことを今でも感謝しています。

たとえば心機能で世界的権威であられる菅先生が当時、センター研究所長を務めておられ、何度もセミナーで呼んでいただき、多くを学ぶことができました。

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あるいは盛先生、永谷先生ら、循環器の再生医療や分子生物学で活躍しておられた先生方と共同研究をやらせていただき、当時の大学院生諸君ともども楽しく充実した時間を過ごすことができました。

北村惣一郎総長(当時)に班研究で大変お世話になったのも懐かしい想い出です。

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当時の京大病院では補助循環(いわゆる人工心臓ですね)が十分ではなかったため、循環器センターの中谷先生にご指導いただいて補助循環を京大でも安全に装着開始できたという想い出もあります。京都大学心臓血管外科同門会関係では大北先生(現、神戸大学)や湊谷先生(現、京都大学)がセンター在籍中に活躍され、交流を持てたのは幸いでした。

当時はまだ医局意識のようなものが全国にあり、妙な緊張感があった時期もあり、もっとざっくばらんに一緒に遊べば良かったという反省をしたこともあります。

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大学を離れ、民間のハートセンターで仕事をするようになってからは、補助循環や心移植の相談でお世話になっています。民間病院でできる貢献を考え、役割分担というスタンスでセンターを盛り上げて行ければうれしいことです。

また移植センターというバックアップがあってこそ、民間の第一線病院は積極的な前向き医療を展開し世の中のお役に立てるとも思います。

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今後も楽しく中身のあるコラボレーションをお願いできればと思います。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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腋窩下部(前腋窩線)MICSとは――より進んだ安全な方法 【2021年最新版】

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最終更新日 2022年2月3日

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◾️ミックス(MICS)の進化

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低侵襲心臓手術(MICS)は主に僧帽弁形成術などの僧帽弁手術を右第四肋間での小開胸で行う形で進歩して来ました。

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その開胸は一般には右前方で行われることが多いです。前側方開胸MICS

写真右は一般的な前側方右開胸MICSによる僧帽弁形成術の傷跡です。

後述のLSH法のため傷の数も最小限で患者さんの満足度は高いです。

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◾️次のステップ、腋窩下部ミックス

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私たちは大動脈弁手術をMICSで行うときに前腋窩(えきか)線の近く、つまり以前よりさらに背中側で体の真横側に近い、腕をおろせば隠れるほどの位置つまり腋窩下部に切開を移動して来ました。

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そうした経験の中で、この腋窩下部アプローチで僧帽弁形成術も十分安全にできることを見出しました。

そうするとASD(心房中隔欠損症)はじめ様々なMICS手術に腋窩下部アプローチが良いという判断になり、現在そのようにしています。

前腋窩線MICS.

写真右はこの前腋窩線アプローチMICSでの弁膜症手術の傷跡です。

より見えにくく、より高機能、といったところでしょうか。

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◾️腋窩下部法、他の方法との比較

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この新しいアプローチと従来のMICSつまり前側方開胸そして胸骨正中切開とを比較してみますと、

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                        腋窩下部アプローチ   従来法(前側方開胸)        胸骨正中切開

大胸筋   まったく切らない   一部切る        まったく切らない

ケロイド  起こりにくい     やや起こりやすい    よく起こる

傷跡    見えにくい      やや見えにくい     よく見える

痛み    軽い         軽い          強い

クルマの運転 退院後すぐに可   退院後すぐに可     退院後2-3か月

僧帽弁手術 可能         可能          可能

大動脈弁手術 可能        困難          可能

追加自己負担 ない        ない          ない

 

およそこういう結果になります。腋窩下部アプローチがぴったり来ない患者さん以外ではできるだけこれを用いる意義がお判りいただけるものと存じます。

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◾️なるべく少ない副次創で

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私たちの弁膜症手術のMICSは腋窩下部(前腋窩線)アプローチで、それも副次創が1つしかないLSH法で、目立たないきれいな傷跡の手術でこころの傷も小さくします。

内視鏡も適宜併用していますが、現時点で完全内視鏡をもちいる利点があまりないと思われるため、まだ補助的な活用にとどめています。

ロボット(ダビンチ)を使うと副次創が多くできるのに加えて多額の追加出費を患者さんにお願いする必要があるのに、患者さんに益するというデータがないためまだ様子見の状態です。

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◾️大切なこと

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こうしてMICSは年々進化しています。

しかし大切なことは心内操作つまり心臓の中での手術操作の質的向上です。

これを一義的に考え、ついで美容や早い職場復帰などを考慮するのが良いと考えています。

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執筆:米田 正始
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心臓外科医のブログ 第46回日本心臓血管外科学会にて

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恒例の日本心臓血管外科学会に行って参りました。

今回は名古屋大学血管外科の古森公浩先生が会長を務められ、同先生のお人柄と名古屋の良さが感じられる学会総会でした。

今回のテーマは「アカデミックサージャンを目指して」というもので、研究マインドを常に持って血管外科を極めてこられた古森先生らしいものでした。

シンポジウム「近未来のCABGはどうあるべきか」ではここまで磨き上げられたCABGとくにオフポンプやスケルトン化された動脈グラフト、左小開胸のMICSなどを軸とした、より完成度の高いCABGと、薬や再生医療の併用などが発表されました。

20年ほど前にトロントで学んだCABGと比べてここまで進化したかという感慨がありましたが、同時に、カテーテルによるPCI治療の躍進ぶりと比較すると小さい進歩の積み重ねを超えず、もっと革新的なブレイクスルーが必要とも感じました。

もっともハートチームとして最良最適な心臓病治療を行うという意味では患者さんがお元気になり、ハートチームの個々のメンバーが張り切って仕事できておればそれで良く、その中で心臓外科医が新たな活躍の道を開拓して行けばという気もしました。

その後に講演されたKappetein先生(EACTS、ヨーロッパ心臓胸部外科の重鎮)の内容も同じ方向性であると感じました。

冠動脈の複雑病変例については新型ステントと比較してもまだまだCABGの優位性は続き心臓外科の貢献度が急に揺らぐことはなさそうですが、ハートチームとしての医療をより充実させていくことが大切なようです。

特別講演はノーベル賞受賞の赤崎勇先生の「青色発光ダイオード(LED)はいかに創られたか」でした。

世界のほとんどの研究者がギブアップしたこの研究を初志貫徹して成功された、その経過の一部を拝見し感動しました。

お話の中で「我ひとり荒野を行く」というくだりがありました。これこそパイオニアの心意気と感じ入っていたところ、口の悪い友人に「お前にそっくりや」と言われて光栄というよりお恥ずかしい限りで、今日頂いたエネルギーを患者さんの治療に向けることでもっと貢献したく思いました。

近年の医療事故の中で大動脈手術時の脳神経系合併症と心臓手術全般における心筋保護の知識の欠如が指摘されている中、この解決へ向けてのセッションがいくつかありました。

特別企画2 心大血管手術の中枢神経保護戦略はその一つで、大変有用なセッションでした。弓部全置換術での脳保護は低体温循環停止+逆行性脳灌流から選択的順行性脳灌流へと変遷し、ある程度の成績改善を見ましたがLeukoaraiosisやシャギー大動脈例などまだまだ課題は残ります。大動脈解離への外科治療も昔と比べれば長足の進歩を遂げた領域ですが、脳の灌流不全はまだ問題で、早期に脳灌流を確保することで一層の改善が見込まれます。rSO2などのモニターで覚醒遅延パタンをより詳細に調べればここでも成績の改善が可能でしょう。胸腹部大動脈の手術で最大の問題ともいえる脊髄対麻痺への対策はこれまで知られている多数の方法、たとえばAK動脈同定と保護、脳脊髄液ドレナージ、MEP、低体温、再建順序とストラテジー、肋間動脈再建や灌流、至適血圧の維持、良好な血行動態の維持などをさらに磨く必要があります。ただ脳脊髄液ドレナージひとつをとっても合併症がゼロではなく、さまざまな注意が必要です。MEPモニター所見に応じて麻酔薬プロポフォールの量を調整すること、MEPが良くても血圧が低いと脊髄麻痺が起こり得ること、脊髄灌流のStealを減らす努力、左心バイパス時に血圧コントロールが容易な閉鎖回路の利点、脳脊髄液ドレナージの押しどころと引きどころ、麻薬の適切な使い方、などなど盛りだくさんの内容でした。

もう一つの問題である心筋保護については、上田裕一先生の理事長講演でも解説がなされ、同先生をはじめ心臓血管外科学会で編集した心筋保護法の教科書が紹介されました。

脳保護にせよ、心筋保護にせよ私たちの世代は多大な時間とエネルギーを割いて研究し勉強したのですが、最近はそうした過去の大切な遺産を知ることなく、合併症を起こすという残念な事例が増えているようで、若い心臓外科医の先生方にはぜひこうした人類の英知を学んで頂きたく思いました。

最近のトピックスのひとつである大動脈弁形成術についてパリのLansac先生が概説されました。STJとAVJがらみのeHの調整、シェーファーバンドなど弁形成おたくの間ではすでに常識化している内容でしたが、完成度をますます上げられているようで、興味深く拝聴しました。

森之宮病院の加藤先生のスタンフォードB型大動脈解離に対するTEVARのお話は大変明快でわかりやすく参考になりました。野崎徳洲会病院でも積極的にTEVARや外科治療を多数行っている領域だけに興味をもって拝聴しました。かつてはB型解離は保存治療と教えられたものですが、その長期成績は悪く、もっと積極的な治療が必要と思って来ました。偽腔が拡大するパタンを知り、早期治療で治してしまえば多くの患者さんたちに福音になると確信しました。

夕方の不整脈外科研究会では名古屋大学の碓氷先生の当番世話人で大動脈弁手術時の心房細動治療について議論が交わされました。

不整脈外科研究会は前半のみ参加させて頂き、後半は自己心膜等による大動脈弁再建術シンポジウムに参加しました。東邦大学大森病院の尾崎重之先生が開発された自己心膜大動脈弁再建法の報告を拝聴し参考になりました。

学会2日目には僧帽弁形成術の正中切開VS MICSのセッションがあり、経験の着実な蓄積を感じました。

弓部大動脈瘤のセッションでは川崎幸病院の多数の外科治療の経験が印象的でした。同時にZone 0や1でのハイブリッド治療の進歩も報告があり、Totalデブランチから部分デブランチまでさまざまなデブランチとTEVAR治療を組み合わせている私たちには大変興味深いセッションでした。なお弓部大動脈手術での低体温の安全性と有用性の発表もあり、昨今の安易な常温虚血への警鐘として良かったと思います。

大動脈弁形成術のUpdateというセッションでも上記Lansac先生のお話と同様、着実な進歩と蓄積が感じられました。大動脈弁輪形成リングもうまく使えば有用と思うのですが、現状ではシェーファーバンドが確実という印象を受けました。しかしリングも使い方や適応によっては利点があり、今後の展開を期待したく思いました。

ニューヨークのDavid Adams先生が僧帽弁形成術の講演をされました。これまで何度もお聴きしていますが、いつも何か得るものがあり今回も拝聴しました。

僧帽弁尖の強度を考えて、交連部のマジックSutureには心膜フェルトを使うべき、というくだりはきめ細かい提示で感心しました。逸脱部の隣の、どちらかと言えば低形成部の処理などもこれまで同様の経験がありなるほどと思いました。

近年の運動負荷エコーの進歩を受けて、ひとつ質問しました。従来の安静時エコーでは問題ない僧帽弁が運動エコーでは狭窄っぽくなるという報告があったため、今後は運動負荷エコーで術後評価し、それに合わせて弁形成も改訂すべきだろうかということをお聴きしました。するとこれは自分だけでは答えられないと、エコーの大家Martin Roberts先生にバトンを渡され、同先生はExcellent Questionと持ち上げながら、症状改善している普通のケースにはそう神経質になる必要はない旨のお答えでした。確かに運動能力の必要度に応じた対応で、アスリートのような患者さんなどに運動負荷エコーを行うので十分なのかも知れません。

私自身の発表は3日目に2つの会長要望演題の中で行いました。

ひとつは低心機能を伴う成人先天性心疾患のセッションで、肥大型閉塞性心筋症HOCM、修正大血管転位症cTGAに伴う三尖弁閉鎖不全症TR、左室緻密化障害、冠動脈ろうについて、ここまでの経験を報告しました。いずれも比較的稀な病態で経験の蓄積が少ない施設が多く、興味をもって聴いていただけたようです。最適なタイミングで手術をし、アフターケアも充実させ、心機能を低下させずに長期予後を改善するという努力を今後も続けたく思いました。

また有益なご質問をいただき、ありがたがく思いました。

今一つは午後の「虚血性心筋症+僧帽弁閉鎖不全症に対するMVPでは弁下組織への手術介入は必要か」のセッションでの発表でした。

私が開発したPHO(乳頭筋最適術)による僧帽弁形成術は生理的で、前尖のみならず後尖のテザリングも改善し、心機能も改善することをデータでお示ししました。

同じ患者さんで乳頭筋の吊り上げ前と後で弁のテザリングが取れ、弁逆流が消えることをお示しし、その意義を見て戴きました。座長の荒井先生も最近は理解が進んで議論がかみ合うようになりましたね、と語っておられたのが印象的でした。

PHOを採用して下さる施設が徐々に増え、世の中に広く貢献できればこれほどうれしいことはありません。そのために確実で効果的なやり方を発信し続けて行ければと思いました。

さまざまなセッションの他に懐かしいあるいは仲良しの先生方と語る機会がいくつもあり、楽しい学会でした。

同時に若手と接する機会をより大切にして皆さんの展開に役立つような努力も続けて行こうと思いました。

会長の古森先生、立派な学会をありがとうございました。

 

2016年2月20日

米田正始

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
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