事例: HOCMと大動脈弁狭窄症とペースメーカー三尖弁閉鎖不全症を根治

Pocket

弁膜症がらみで除脈となりペースメーカーが必要になることはときどきあります。

ペースメーカーは除脈つまり遅い脈には効果抜群の治療法ですが、電気ケーブルを三尖弁ごしに右室へ入れる必要があり、一定の確率で三尖弁閉鎖不全症が起こります。

PreopXP患者さんは77歳女性で労作時の息切れを主訴として紹介来院されました。

もともと大動脈弁狭窄症をわずらっておられましたが、除脈のためペースメーカーを入れてから息切れが悪化したといいます。 PreopCT

左図は術前の胸部レントゲン写真です。大きな心臓です。

写真の左上にペースメーカー本体も見えます。

右図は術前のCT写真です。

ペースメーカーケーブルが三尖弁を横切っているのが見えます。通常はそう問題にはならないのですが、この患者さんの場合は三尖弁を閉じなくしてしまったのです。

PreopEcho調べてみますと、大動脈弁はピーク速度が4m/sに達する強い狭窄がありました。

それに加えて、弁の下、左室流出路(左室の出口近く)に異常心筋のでっぱりがあり(HOCMとかIHSSと呼びます)、弁とあわせて一層狭く危険なレベルに達していました。

それを反映して、右室圧49mmHgと肺高血圧症も合併していました。心臓が悪いため肺にも無理がかかっているのです。

三尖弁はペースメーカーケーブルに押されて高度に逆流し三尖弁閉鎖不全症になっていました。

このままでは心不全や肝不全などが悪化する懸念があり、手術することになりました。

ところが手術前の検査で腹部大動脈瘤も見つかったため、これも注意深く見張りながらまず心臓手術を行うことにしました。

A弁観察手術ではまず硬くなった大動脈弁を切除しました。

大動脈弁口ごしに左室が見やすくなりました。異常心筋が発達し、左室の中が見えなくなっていました。

つまり左室内の血液が大動脈へ駆出しづらいともいえる状態です。

異常心筋切除開始そこでこの異常心筋を切除しました。

左図は切除を開始したところです。

この時点では左室の中はほとんど見えません。

慣れた外科医には短時間で異常心筋切除後完了する手術ですが、経験の少ない外科医には危険な手術です。さまざまな落とし穴があるからです。

左室の中が見えるように なり、血液がスムースに流れる所見となりました。

右図は異常心筋切除後の姿ですが、左室の中にある乳頭筋が良く見えるまでに改善しました。

AVR完成ここで生体弁を大動脈弁の位置に縫い付けました。

十分なサイズの生体弁が入りました。

左図がそれです。

 

つぎに右房 PMケーブルと三尖弁を開けて三尖弁を見てみました。

ペースメーカーケーブルが三尖弁を圧排し弁が閉じにくくなっていました。

そこでこのケーブルを弁の付け根の安全なところに移動し、固定しました。

三尖弁形成術完成そのうえでリングをもちいて三尖弁形成術を行いました。

もう弁はケーブルに邪魔されることなく普通に動けるようになりました。

右図は術中経食エコーで、三術後TRほぼ消失尖弁はきれいに作動するようになりました。

術後経過は良好で、手術当日夜、人工呼吸器を離れ、翌朝、集中治療室を退室できました。

術後2週間目に元気に退院されました。

その後、畑仕事もできるほどに回復されました。

外来で定期健診を受けておられましたが、腹部大動脈瘤が次第に大きくなり50mmに達したため心臓手術から1年6か月後に手術することになりました。

お腹の皮膚を切らずに治せるステントグラフトEVARを第一選択として検討しましたが、腹部大動脈が屈曲し、ステントグラフトを固定するエリアが小さいことなどから、学会委員会の御意見として通常の外科手術による腹部大動脈置換が適切という判断となりました。

そこでお腹の皮膚を約10㎝と小さく切るミックス法でアプローチしました。

腹部大動脈をY型ダクロン人工血管で取り換えました。

術後経過も順調でまもなく元気に退院されました。

それから2年が経ち、外来でお元気なお顔を拝見するのが楽しみになっています。

ここまでの経過を振り返り、なんだか病気が多く、手術手術で申し訳ない気持ちですが、これで一件落着、安定された感があります。

これからさらに楽しく過ごして頂ければと思います。

HOCMのページにもどる

大動脈弁狭窄症のページにもどる

ペースメーカー三尖弁閉鎖不全症のページにもどる

 

Heart_dRR
心臓手術のお問い合わせはこちら

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

事例: 腹部大動脈瘤に安全のため通常手術を行ったケース

Pocket

腹部大動脈瘤の治療では、ややご高齢で全身の体力もそれほどない患者さんではなるべくステントグラフト(EVAR)が低侵襲ゆえ望ましいものです。

もちろん瘤の形や状態がEVARに適していることが条件です。

もしEVARで無理をして瘤が治らず、そのまま破裂すると、外科手術で腹部大動脈瘤の成績がきわめて良好な今日、大きな悔いを残すことになってしまいます。

そこでEVARに無理があるとき、効果が不十分と思われるときには外科手術を前向きに考えることがあります。

 

術前CT患者さんは76歳女性で

6年前に狭心症に対してカテーテル治療PCIを受けておられます。

またCKD(慢性腎機能障害)があります。

 

以前から指摘されていた腹部大動脈瘤が直径5cmを 術前CT側面超え、

瘤の拡張速度も速いため、治療することになりました。

ただし狭心症が再発していたこと、そして冠動脈の状態がカテーテル治療PCIに不向きなことから、オフポンプバイパス手術を行いました。

3本のバイパスグラフトはすべて開存で、患者さんは元気になられました。

そこで腹部大動脈瘤の治療をということになりました。

できればステントグラフトEVARでと考えていましたが、

両側腸骨動脈の状態が悪く、蛇行と石灰化そして狭窄が見られます。

ステントグラフトを下肢の動脈から届けることができない所見でした。

術後CT側面 術後CT正面そこで開腹し、瘤の部分を人工血管で取り換えました。

術後経過は順調で、人工血管は良い状態で安定し、

患者さんはまもなくお元気に退院されました。

術後1年が経ちましたが経過はおおむね良好で安定しておられます。

開腹手術といえども、創はなるべく小さくして患者さんの苦痛が少なくなるようにしました。

こうした患者さん個々の状態を考えてベストの治療を選ぶことが大切と考えています。

 

メモ: 最近の医療界では、大動脈に限らず、どの治療でも、それが「やれるからやる」というレベルを脱却して「患者さんに良いからやる」というレベルが求められるようになりました。

さらに申し上げれば「患者さんにベストだからやる」と科学的データにもとづいて判断するのが正しいと言えましょう。

 

Heart_dRR
血管や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

腹部大動脈瘤の治療ガイドライン

Pocket

Ilm19_ca06026-s腹部大動脈瘤はある程度の大きさになると急に破れやすくなる病気です。

いったん破れてしまうと病院にたどり着くまでに死亡したり、到着しても全身状態が悪化して手術の成績は極めて不良です。

その一方、状態が良いうちにゆうゆうと手術すれば死亡率はほぼゼロまで良くなっています。

こうした状況を考えてガイドラインが作られています。手遅れにならぬように、しかしまだ不要な手術や治療を避けられるように。

 

日本循環器学会のガイドライン、非破裂腹部大動脈瘤手術適応から、抜粋要約します

 

図1bクラスI つまり手術を強く勧められるのは

男性で瘤の最大横径>5.5㎝

女性で瘤の最大横径>5㎝

 

クラスIIa つまり手術を勧められるのは

最大横径>5㎝ か瘤の拡張速度>5mm/6か月か

腹痛・腰痛。背部痛などの有症状あるいは

感染性動脈瘤

 

クラスIIb つまり手術はケースバイケース、よく検討してから、は

最大横径4-5cmで

手術危険度が少なく生命予後が見込める患者で、経過観察のできない患者

 

詳しくは日本循環器学会のホームページなどをご参照ください。

およそ5cmを超えれば注意し、専門家と相談することが安全でしょう。

 

メモ: 腹部大動脈瘤が上記のように大きくなり手術が必要な場合にも、現在は従来型の手術と、お腹を切らずに行えるステントグラフト(略称EVAR)があります。

さらに、手術の場合でも皮膚を小さく切り、苦痛が少なくてすむ方法が使えます。

そこで創よりもいのちを優先することが患者さんにとって、やりやすくなりました。

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

 

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

腹部大動脈瘤―切るべきか待つべきか。EVARの時代に

Pocket

腹部大動脈瘤の治療のなかで、外科手術またはEVAR(ステントグラフト)か、あるいは待つのが良いかを迷う方がおられます。

図1b大切なことはその患者さんの腹部大動脈瘤が破れるかどうか、です。いったん破れてしまえば治療は間に合わず死亡することが多いからです。

.

瘤が小さい患者さんつまり直径 4.5 cm未満では手術のリスクより瘤破裂のリスクが小さいのですが、そうした患者さんでも瘤が大きくなる危険性があることは忘れてはなりません。

そこで瘤のサイズや形に応じたきめ細かい対応がいのちを救うともいえるでしょう。

 .

無症状の小さい瘤、つまり直径3cmから4.5cm未満では判断が微妙です。

.

1.小さい腹部大動脈瘤の患者さんは、それが破れるまでに関連した病気で死亡することが少なくありません

2.直径4-5cmの瘤では、5年以内に手術またはEVAR(ステントグラフト)が必要となる確率は60-65%で、8年では70-75%にもなります

3.手術(またはEVAR)のメリットと手術の死亡リスクとどちらが大きいか、よく検討することが勧められます。

4.無作為割り付けによる臨床研究の結果(アメリカ):無症状の中サイズの腹部大動脈瘤(直径4.0-5.5cm、日本人サイズなら3.5-5.0cm相当でしょう)で、手術してもしなくても5-8年の死亡率は差がありませんでした。

.

Ilm2007_01_0330-sイギリスの小型瘤研究では、直径4.0ー5.5cmの腹部大動脈瘤をもつ1090名の患者さんで、8年間のフォローでは、当初は手術群のほうが死亡率が高いのですが、3年で並び、8年では手術群のほうが低死亡率(4.3%対4.8%)となります。

フォロー中、瘤は年間0.33cmずつ大きくなり、破裂の確率は当初は毎年1.6%、のち毎年3.2%に上がりました。女性のほうが破裂する恐れが男性の4倍もありました。

 .

Ilm2007_01_0603-sこうした大規模臨床研究にもとづいて、2005年にアメリカ循環器学会ACCとアメリカ心臓学会AHAが出した腹部大動脈瘤のガイドラインはつぎのようです。

.

■ 直径4.0-5.4cm(日本人サイズなら3.5-4.9cmに相当でしょう)の腹部大動脈瘤では6-12か月ごとにエコーかCTでフォローすべき

■ 直径3.0-4.0cm(日本人サイズなら2.5-3.5cmに相当でしょう)の腹部大動脈瘤では2-3年ごとにエコーでフォローすべき

■ そして直径5.5cm以上(日本人サイズなら5cm以上に相当でしょう)では外科手術(あるいはEVAR)が勧められています。

■ これらのガイドラインは平均的アメリカ人男性の場合であり、日本人とくに女性ではそれより一回りあるいは二回り小さい瘤でも注意が必要です。

.

なお一般的に正常の大動脈または動脈の直径の2倍を超えるか、6か月で直径が0.5cm以上大きくなれば手術(あるいはEVAR)すべきとも言われています。

 .

メモ: 一般に、症状が強い病気の場合は患者さんも油断なく病院へ来られることが多いため、ある意味むしろ安全なのですが、症状が弱いあるいは無い病気の場合はどうしても油断が生じてしまいます。

腹部大動脈瘤もそのひとつです。

しかしこれまでのデータつまり教訓の蓄積を活かさない手はありません。

どうか油断なきようにお願いします。

.

 

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

大動脈疾患のトップページへもどる

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

腹部大動脈瘤、どんなとき手術やEVARが必要に?

Pocket

腹部大動脈瘤は直径5㎝にまで大きくなるか、6か月で5mm以上拡大すると何らかの手術が必要となります。腹痛や圧痛、背部痛あるいは塞栓症状などの症状があるときも同様です。

しかし心臓血管手術の場合、得られるメリットとよく比較検討することが大切です。欧米での腹部大動脈瘤手術の死亡率は2.7-5.8%と報告されています。日本ではもう少し低く1%程度でしょうか。私たちの経験では1%未満で、待機手術ならほぼゼロです。

手術が緊急になったり、高齢、腎不全、肝硬変、心臓や肺の病気などがあると死亡率は高くなります。

その一方、手術のリスクを下げるため、EVAR(ステントグラフト)は開発されました。

.

欧米の主要な学会からのガイドラインは患者の状態に合わせたオーダーメイドな治療を勧めています。たとえば患者さんの年齢、リスクファクター、瘤の構造やサイズ、手術する外科医の経験量などが大切です。

全体としていえることは

.

Person_0133b1.従来型の外科手術は手術が安全に行える若い患者さんによく勧められています

2.EVAR(ステントグラフト)は外科手術が危険でEVARに適した大動脈や瘤の形があるときに勧められます

3.EVARはそれに適した大動脈や瘤をもち、外科手術はそれほど危険ではないが長期間安定できないときに勧められます

 .

私たちの経験では、腹部大動脈瘤は確実に治せる病気になりました。そこで手遅れになることだけは避けて頂きたく考えています。

.

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちら

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

大動脈疾患のページにもどる

.

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

腹部大動脈瘤はどれくらい破裂しやすいの?【2020年最新版】

Pocket

図1b最終更新日 2020年2月22日

.

◼️どんな腹部大動脈瘤が破れやすいの?

.

腹部大動脈瘤の破裂しやすさは、

その瘤の形やサイズ、その他によって違います。

.

早期に発見し、破れるまでに治療を完成することが、

命と生活を守ることにつながるのです。

.

腹部大動脈瘤が小さい間、

たとえば直径4cm以下ではほとんど破裂することはありません。

.

◼️瘤サイズと破れやすさの関係は

Cock01.

直径4.0cm未満 → 破れる確率は0.5%未満

直径4.0-4.9cm → 毎年0.5-5%

直径5.0-5.9cm → 毎年3-15%

直径6.0-6.9cm → 毎年10-20%

直径7.0-7.9cm → 毎年20-40%

直径が8cm以上   → 毎年30-50%

 .

◼️サイズと同じぐらい大切なこと

.

サイズと同じぐらい大切なのは、瘤が大きくなる速度です。

腹部大動脈瘤は平均でも毎年3-4mmは大きくなるという方向がされています。

瘤が大きくなると加速度的に破裂しやすくなるのです。

.

急速に大きくなる瘤たとえば6か月で5mm以上大きくなる場合は

破れる恐れが強いです。

なかにはサイズが長らく変わらず、

ある時突然大きくなるというやっかいなタイプもあります。

 .

◼️腹部大動脈瘤、破裂の盲点は

.

なお直径5cmを超える大きな腹部大動脈瘤では

女性の方が男性より破裂しやすいのです。

その度合いは女性18%、男性12%です。

こうしたことを考え、腹部大動脈瘤が破裂するまでに外科手術ステントグラフトEVAR)で治しましょう。

.

◼️腹部大動脈瘤の治療は安全か?

.

その危険性は熟練チームならきわめて低く、

そのまま放置する場合よりはるかに安全です。

何しろ腹部大動脈瘤が破裂したら即死に近い状況となりかねませんので。

活気bn1-24d.

それぞれの治療法にはそれぞれの特長があり、

個々の患者さんの年齢や瘤の形、サイズ、性質その他を考えて選ぶことが大切です。

.

とくに患者さんにやさしいステントグラフト(EVAR)ではその利点弱点を熟知して活用することが望ましいのです。

 .

Heart_dRR
心臓血管手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

4b) 腹部大動脈瘤の手術について―もっとも確実な治療法、しかし、、【2020年最新版】

Pocket

最終更新日 2020年2月22日

.

◾️腹部大動脈瘤の手術

.

腹部大動脈瘤(略称AAA)の直径が通常約50mmになれば手術適応となります。

それは、「手術しない場合より、する場合の方が明らかに安全です」という意味です。

 .

これは瘤の直径が50mmを超えれば破れる確率が高くなることと、

腹部大動脈瘤の手術死亡率が1%を大きく下回り、ゼロに近いという安全性を勘案してのことです。

腹部大動脈瘤が破裂してからの死亡率は格段に上昇します。

病院にたどり着いた時にはすでにショック状態になっていたり心臓が止まったりして全身が壊れているからです。

破裂するまでにオペすることが大切なのです。

とくに高齢者の患者さんの場合、これはいっそう大切です。

 .

◾️腹部大動脈瘤の手術手技は

.

腹部大動脈瘤は手術で99%以上治ります。手術できないときはステントグラフトという選択肢もあります。腹部大動脈瘤の手術手技は瘤の両サイドを遮断し、

出血しないようにしておいて、瘤を切開し、

止血ののちサイズが 合致する人工血管を縫合して瘤を人工血管で置き換えます。

 .

手術中には腎動脈が分岐するところより足側の腹部大動脈瘤では、腎動脈の足側を遮断しますが、

瘤がもっと頭側に進展している時には腎動脈の頭側を遮断し、なるべく短時間で吻合して遮断解除するようにしています。

これは腎臓を守るためです。

 .

◾️腹部大動脈瘤の手術、私たちの工夫

.

私たちの腹部大動脈瘤手術の特徴は、普通の瘤だけでなく、以前に他院で腹部手術や瘤手術された患者さんが何年も経って再度悪化した再手術例が多いことです。

こうしたケースではお腹の中が癒着しているため、丁寧に剥離し、それからオペの核心部分へと進むため、手間暇がかかります。

しかし心臓での重症例・再手術例の経験を活かして患者さんの期待に応えるためにがんばっています。

状況によっては後腹膜アプローチといってお腹から瘤に行くのではなく、

斜め後ろから瘤に行く方法をもちいて、お腹の中の剥離なしで治療することもあります。000047m_b

 .

腹部大動脈瘤の人工血管置換手術は安全性も高く、長期間の安定性も良いため現在も重要な標準治療法となっています。

心臓のミックス手術(MICS)の方法を導入し、お腹にも小さい創で手術操作をおこなうようにしています。

 .

◾️腹部大動脈瘤に対するステントグラフト

.

ただし瘤の部位や形態・状況あるいは患者さんの年齢・体力によっては、やや不完全で長期成績が未知数のステントグラフトEVAR)を用いて、

低い侵襲(体への負担)の治療をすることが増えつつあります。

たとえば超高齢者とか全身麻酔も心配なほど肺が悪い患者さんや、

その他体力に懸念があるようなケースですね。

手術事例をご参照ください)

 .

このステントグラフトなら術当日から食事が再開でき、

翌日からはほぼ普通の生活に戻れ、社会復帰もきわめて早くなります。

今後はその進歩によりこちらが標準治療になるかも知れません。

 .

その一方でステントグラフトよりも従来型の外科手術の方が安全と判断される場合はそちらを選択します(手術事例)。

最近の米国の報告では70歳を超えるとステントグラフトよりも従来型手術のほうが生存率が高く、成績が良いという結果がでていて、波紋を呼んでいます。

 .

要は複数の選択肢をもち、個々の患者さんに有利な方法を選ぶのが良いと考えます。

.

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

3.大動脈疾患に戻る

,

 

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。

3b) 腹部大動脈瘤(AAA)―破れれば致命的、しかし本来はすべて治せる病気?【2025年最新版】

Pocket

最終更新日 2025年9月17日

.

◆ 腹部大動脈瘤(AAA)とは?

1b_2.

腹部大動脈瘤(AAA:Abdominal Aortic Aneurysm) とは、
お腹の中を通る大動脈が 動脈硬化や血管壁の弱さ によってこぶ状に拡張した状態を指します。

  • 正常の腹部大動脈の直径:約20mm

  • 直径が30mmを超えると「動脈瘤」と診断されます

.

腹部大動脈瘤は 破裂すれば致死的 ですが、診断さえつけば 手術で根治できる病気 です。

 .

◆ 腹部大動脈瘤の症状は?

.

多くの場合 無症状 で進行します。
そのため「沈黙の病気」とも呼ばれます。

  • おへその周囲に 拍動を伴うこぶ状のしこり を触れることがある

  • 瘤の中で血流がよどみ、血栓ができる

  • 血栓が流れると 下肢の血流障害(痛み・冷感) を起こすことがある

痩せている方では腹部を触診しただけで発見されることもあります。

.

◆ 腹部大動脈瘤が破裂すると?

.

Person_0132b

腹部大動脈瘤破裂 は非常に危険で、放置すれば死亡率は極めて高いです。

  • 背中側に破れる → 強い腰痛

  • お腹側に破れる → 激しい腹痛・腹部膨満

  • その後 → 出血性ショックとなり、救命が困難に

特に 切迫破裂(破れかけ) の段階では激しい痛みを伴い、時間との勝負になります。

.

037_2◆ 腹部大動脈瘤の診断方法

.

診断は比較的容易で、以下の検査で確定します。

  • 腹部エコー:低侵襲で簡便、スクリーニングに有効

  • CTスキャン:正確な大きさや形を把握でき、手術計画に有用

破裂リスクとサイズの関係

  • 直径45mm以上 → 破裂の危険が増す

  • 直径50〜60mm台 → 年間約7%の破裂リスクB_2

  • 直径70mm以上 → 年間約20%に急増

さらに、

  • 1年間で5mm以上拡大する瘤

  • 形がいびつな瘤
    も破裂リスクが高いため注意が必要です。

.

◆ 腹部大動脈瘤の治療法

.

治療の基本は 外科的修復 です。

1. 開腹人工血管置換術

  • 瘤を切除し、人工血管に置き換える標準的な方法

  • あらゆるタイプの瘤に対応可能

  • 長期成績が安定しており「根治が期待できる手術」

.

2. ステントグラフト内挿術(EVAR

  • カテーテルで瘤の中に人工血管を挿入し、内側から補強

  • 開腹不要で傷が小さい

  • 高齢者や合併症の多い患者さんに適する場合がある

  • ただし瘤の形によっては適応外になることもあり、長期成績はまだ評価中

.

◆ まとめ:腹部大動脈瘤は「早期発見・早期治療」で救える病気

.

腹部大動脈瘤(AAA)は 破裂すれば致死的 ですが、

  • 定期的な検診(エコー・CT)

  • 適切な手術(人工血管置換術・EVAR)
    によって 予防・根治可能な病気 です。

破裂前に見つけ、適切な治療を受けることが何より重要です。

.

Heart_dRR
血管手術や心臓手術のお問い合わせはこちらへどうぞ

pen

患者さんからのお便りのページへ

 

3.大動脈疾患に戻る

.

Pocket

----------------------------------------------------------------------
執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
----------------------------------------------------------------------
当サイトはリンクフリーです。ご自由にお張り下さい。