お便り 2 大動脈弁狭窄症

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11_001b2008年10月に開院まもないハートセンターで弁膜症手術(大動脈弁置換術)を受けられた大動脈弁狭窄症の60代男性患者さんからのメールです。

 

開院直後という状況でも私たちを信じて手術を受けて下さった患者さんの信頼にお答えすべく、

何事も多重チェックして慎重にも慎重を期し、スムースに運びました。

 

大動脈弁狭窄症という病気は手術のあとは元気になれるのですが、治療までに突然死するかたもあり、手術前はかなりの注意が必要でした。

 

医学的なことだけでなく、新しい病院の機械類はもちろん酸素や空気の配管のチェックを含めさまざまな確認を専門家とともに自分でも行い、

また手術シュミレーションを何度も行い、

さらに実際の手術の際には豊橋ハートセンターからも数名の応援部隊に来ていただき、余裕を持って手術するようにしました。

 

そうした姿勢を患者さんが喜んでくださったように思えます。信頼関係の大切さを実感します。

 

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名古屋ハートセンター
米田正始先生

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今回は私の手術に関しまして大変お世話になりました。

先生とのご縁を頂き本当に安心して身をお任せすることが出来ました。

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お蔭様で、手術も無事に終わり思った以上に早く退院することが出来ました。
これもひとえに米田先生はじめ皆様のおかげと感謝しております。
助けていただいた命是非今後の人生に大事に使わせていただきます。

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退院後の体調も順調に推移しておりまして今のところ特に異常を感じることはございません。
但し、夜中々熟睡が出来ず頂いた睡眠薬を使わせていただいています。
しかし出来るだけ、減らすようには心がけています。

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痛みもやはり少し残っていはいますが、異常的なものではありません。
全体的なもので少しずつ良くなってきていると思います。

咳をしたり痰(随分少なくなりました)を出すときはやはりまだ辛いですが。
傷も今のところ非常にうまく接合しているように見受けられます。ほとんど瘡蓋も取れました。
退院して家にいるとやはり運動量が随分違うようで、からだの動きも随分スムースになってきました。

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お蔭様で少し机に座ってパソコンを操作することが出来るようになりましたので、
遅ればせながら、御礼と直近の状況報告をさせて頂きました。

北村先生、深谷先生にも宜しくお伝えください。
本当にありがとうございました。

次回外来訪問のときはより元気な姿でお会いできることを楽しみにしております。

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2008年10月*日

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1年後、またメールを戴きました。患者さんご自身が決意し、受けた手術で楽しい毎日を送っておられる、その達成感・充実感が感じられ、うれしい限りです

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米田 正始 先生

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前略、昨年9月ハートセンターで先生ご執刀により
大動脈弁置換手術を受けてから1年経過、

先週定期検査と担当医・深谷先生のご診察の結果、
「経過良好。今後は関係医療情報を連絡した地元医院で適宜受診・
投薬を受け、特段の異常が無ければ1年後に再度ハートセンターで
定期検診を受ければ良い」
こととなりました。

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日頃の失礼をお詫びしつつ、此の機会に改めて心より御礼申し上げます。
先生から頂いた貴重な余生、家族皆々と共に楽しく有意義に送りたいと
思って居ります。

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末筆乍ら先生の今後益々のご活躍と、ご多幸・ご健勝をこころから
お祈り致します。

敬具

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2010年9月20日

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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IHSS(HOCM)の手術事例 2

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患者さんは59歳女性です。息切れを強く訴えておられました。

大動脈弁下狭窄症 (IHSS)(別名HOCM 閉塞性肥大型心筋症)大動脈弁狭窄症のためハートセンターへ紹介・来院されました。

発作性心房細動という頻脈発作をよく起こされ、手術まえにも何度も救急外来へ来られるという状態でした。

この病気はときに肥大型閉塞型心筋症HOCMと紛らわしいことがあります。

1

ともあれこのままでは患者さんは仕事や生活もままらなず、突然死の危険さえあるため手術することになりました。

体外循環・大動脈遮断下にまず左房を開けました。

左房は正常サイズでしたので、冷凍凝固を用いたメイズ手術を施行し(写真左)、左房を閉鎖しました。

写真は僧帽弁輪周囲部を治療しているところで、この部の治療の有無が重要というデータがセントルイスのグループから発表されています。

Aここで上行大動脈を切開しました。

大動脈弁は3尖で硬くなっており(写真左)、弁および石灰を摘除しました。

大動脈弁そのものの狭窄(狭くなること)も手術が必要なレベルでしたが、それ以上に弁の下、つまり左室の出口付近が狭くなっていましたので、異常に張り出した心筋を切除することにしました。

Ihss大動脈弁輪ごしに左室流出路を観察しました。

異常心筋の張り出しが著明でした(写真左)。

写真で左室の出口の大半が異常心筋で覆われ、普通なら見える左室内部がほとんど見えません。

写真で左室の出口の下半分に見えているのは僧帽弁前尖です。

Ihss_2トロントのウィリアムズ先生直伝の方法(モロー手術の変法)で、異常心筋を切除しました。

左室の出口にあった異常心筋の張り出しは、心筋の切除のあとは大きく減り、奥の方に僧帽弁や乳頭筋が見えるまでになりました。

つまりそこではもう狭さくはないわけです。

このIHSS(HOCM)の異常心筋の切除に際しては、刺激伝導系(心臓内の神経)に注意しつつ、そこには触れないよう距離を置きました。

合計10x30x8mmの心筋を切除できました。深い部位の作業でしたが腱索・乳頭筋などへの損傷はありませんでした。

Avr生体弁(ウシ心膜弁)を用いて大動脈弁置換を行いました(写真左)。

人工弁越しに左室がよく見えるようになりました。

また人工弁はこの患者さんのご体格では十分ななサイズを満たしていました。

心拍動下に右房をメイズ切開し、冷凍凝固をもちいて右房Photoメイズ手術を施行しました。(写真左)

手術の後、経食道エコーにて大動脈弁(人工弁)には問題なく、

左室流出路の狭窄は大きく減少し、僧帽弁にも異常なく、血行動態も良好でした。

術後経過は順調で元気に退院されました。

手術前に頻発し患者さんを苦しめた不整脈発作は術後は出なくなり解決しました。

 

このIHSSに対する異常心筋切除術は患者さんの安全やQOL生活の質の向上におおいに役立つのですが、日本ではこの手術の経験が豊富なチームが少なく、遠方からも患者さんが来られます。

IHSSはかなり安全に治せる病気ですのでご相談いただければと思います。

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②大動脈弁狭窄症ではどんな注意を?―高度になると突然死も【2025年最新版】

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大動脈弁は心臓の出口にある重要な弁です

最終更新日 2025年1月3日

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◾️まず大動脈弁狭窄症とは?

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これは大動脈弁が硬くなったり弁尖がくっついて開かなくなり、弁が狭くなる病気です。重症ではポンプである左心室の血液を大動脈に送りにくくなり危険な状態になるのです。以下もう少し詳しく解説します。

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症状は、運動時の息切れや不快感、病気が重くなると息切れや下肢のむくみ、あるいは胸の痛みや失神などが起こります。こうなると命の危険が発生します。

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◾️大動脈弁狭窄症の原因は?

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その原因はかつてはリウマチ性の弁変形、肥厚、硬化、癒合が一番多かったのですが、次第にこれらが減り、代わって動脈硬化性が増えました。

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左が三尖の大動脈弁、右が二尖のそれです

いっぱんの全身の動脈硬化と同じ変化が弁にも起こるわけです。その結果これが硬くなり動かなくなります。中には弁のもとの形、つまり3尖構造がきれいに残っているのに、その内側に硬い石灰のつぶが多数できて弁尖がまったく動かなくなることが珍しくありません。

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その他の原因として二尖弁があります。これは生まれつきの状態であるため、若い患者さんが多いです。その中で大動脈弁狭窄症になるかたと、大動脈弁閉鎖不全症になるかたと、狭窄兼閉鎖不全症(狭く、かつ逆流する状態)になるかたがおられます。

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A301_098ちなみに心疾患の中で少なからぬ数を占めるようになった大動脈弁狭窄症は80歳あたりから急に増え、その多くが上記の動脈硬化性です。

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◾️大動脈弁狭窄症、注意すべきこと

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大動脈弁狭窄症になりますと、左室は高い圧をださねばならないため、それに対応するために左室壁が厚くなり(これが左室肥大です)、そのために左室壁が硬くなり、また不整脈が出やすくなります。

こうした二次的問題も怖いのです。

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もし心停止となり、たとえ救急隊が間に合っても、心マッサージ・心肺蘇生が効かないことでも知られています。

心臓の出口にある大動脈弁が狭いため、胸を押しても血圧がでにくいからです。

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◾️手術は?

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Ilm17_bc03015-s心臓手術を受ければ、そのあとの予後は大きく改善します。

通常、術式は大動脈弁置換術で、60歳以上の患者さんや、60歳未満でも活発な生活を希望される方には生体弁(ウシの心膜材料で作った弁)を選択します。

その危険性そのものも低くなりました。

全国平均でも死亡率 2-3%程度で、私たちのデータではその半分以下です。

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私たちは圧較差が120mmHgを超える、時には200mmHgに達するような高度狭窄の患者さんや90歳を超える高齢患者さんも受け入れています。(高齢者の事例1)

高度狭窄のため危険な状態で来院され、心臓手術で元気になられた患者さんは少なくありません。大動脈弁狭窄症は無理をすると突然死のおそれのある怖い病気です。しかし手術でほとんどの場合、元気に社会復帰可能です

 

事例: 突然死寸前の状態で来院された患者さん

心停止までにオペの決心がついてよかったと思います。

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私たちの経験の中には手遅れと言われて心臓がほとんど動かない状態で手術し、正常まで戻った患者さんや、ショック状態から人工呼吸器補助循環に乗り、それから搬送されてオペし、長期生存を得た高齢者の患者さんもあり、決して見捨てるべきではありません。

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◾️大動脈弁狭窄症、新しい流れ

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大動脈弁狭窄症の手術は折りたたんだ生体弁をカテーテルで心臓まで運んで取り付けるTAVI (タビ、と呼びます)が発展し、高齢者や外科手術が危険な他病をお持ちの患者さんなどに使えるようになりました。

胸を切る必要もありませんし、人工心肺(体外循環)なども不要で、

2018年の時点では高齢や重症の大動脈弁狭窄症のみが保険適応ですが、今後、より多くの患者さんたちにお役に立つようになるでしょう。→→続きを読む

このTAVIは心臓内科と心臓外科が協力して行うハートチームのプロジェクトでもあり、今後の新しい循環器医療の魁と考えています。

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◾️治療での注意点

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また大動脈弁狭窄症のために左心室が動かなくなり、強い心不全になることもあります。

たとえば左室駆出率(正常は60-70%)が10%台とか20%台まで落ち込んだケースですね。

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重症の方は要注意です。でも治療しなければもっと危険です

そうした患者さんも、オペを乗り切れば左室が回復しやすいため、頑張りがいがあります。

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なおこうしたケースでは大動脈弁での圧較差が低くなり、一見軽症の大動脈弁狭窄症に見えることがあります。これは心機能がひどく落ちて、血液をあまり駆出できなくなった結果、圧較差を発生するちからさえなくなったからです。こうしたケースをカテーテル検査の圧較差だけ見て軽症と間違え、患者さんを失うというケースが今なお全国で散見されると言います。

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正しくは心エコーで弁口面積や血液の流速を併せ測定することでこうした不幸を防げます。やはり餅は餅屋、弁膜症は弁膜症の専門家がしっかりと診ることが大切ですね。

高齢と生活習慣病のためさまざまな問題を抱えた患者さんの場合も同様です。

もちろん病気が多ければそれだけ粘り腰で頑張る必要がありますが。
事例: 病気を多くもった患者さん)(事例: 気管支喘息をもった患者さん

事例:肝臓がんと大動脈弁狭窄症)

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◾️もう少し特別なタイプ

IHSS(突発性肥厚性大動脈弁下部狭窄症、別名HOCM 閉塞性肥大型心筋症)などと合併して来院される患者さんもあります。突然死などにも注意を払う必要があります。(事例:IHSSと大動脈弁狭窄とペースメーカー三尖弁閉鎖不全症を根治)

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冠動脈バイパス手術を併用することで長期の安全・安心が確保しやすくなります

事例:大動脈弁狭窄症とIHSSの脊椎後弯女性)

こうしたタイプでは大動脈弁だけ取り替えると、HOCMが悪化することがあります。HOCMの手術が確実にできる病院は少ないため注意が必要です。→→もっと読む

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また冠動脈狭窄症を合併したケースが増えました。

動脈硬化によって大動脈弁も冠動脈もやられやすくなるからです。

冠動脈狭窄つまり狭心症が合併すれば、そのままでは心筋梗塞や突然死などの注意が必要となることがよくあります。

冠動脈バイパス手術によって安全な状態に改善します。

事例: 冠動脈病変を合併したご高齢患者さん

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慢性腎不全・血液透析の患者さんの場合は、冠動脈狭窄症も大動脈弁狭窄症も発生しやすくなり、注意が必要です。

バイパス術後に大動脈弁が硬化で壊れて弁手術が必要になったケースも少なくありません

(事例: バイパス術4年後に大動脈弁狭窄症を発生した透析患者さん)。

しかし大動脈弁置換の有用性はもとより、冠動脈バイパス手術も血液透析の患者さんには特に有用で、カテーテルによるステントより良好な長期成績が知られていますし、患者さんにとって意義が大きい治療法です。

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落とし穴に注意です

 

メモ1: 大動脈弁狭窄症は年齢とともに増える病気です。

たとえば80歳を超えたご高齢者ではこの病気の頻度が加速度的に高くなることが知られています。

逆にそのため生体弁が威力を発揮し、術後は大変お元気になる患者さんが多いのです。

生体弁なら心房細動などを合併しない限り、ワーファリン(血栓予防のためのお薬)も不要です。

 

メモ2: 経皮的大動脈弁植え込み術(TAVI タビ)がご高齢の患者さんや全身状態の悪い方に役立つようになりました。

Figure1写真右は心臓の中で広がった状態を示します。入れるときには折りたたんで操作します。

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TAVIは脳梗塞が多いとか、長期の成績が不明とか、制約や課題が多いのも事実です。まだ不明なことが多い治療法なので、豊富な経験のある施設とのタイアップが安全に貢献すると考えております。近い将来、高い質のそれが提供できるよう、努力しています

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執筆:米田 正始
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