事例:重い僧帽弁狭窄症などの患者さん

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僧帽弁狭窄症が進行すると心房細動、そして巨大左房になり、多量の血栓が左房の中にでき、脳梗塞などの大きな問題がおこります。また心不全や肺合併症のため命を落とす方が長期的に増えて行きます。

そこで僧帽弁だけでなく左房や心房細動三尖弁閉鎖不全症などをしっかりと併せ治すことが肝要です。

患者さんは75歳女性、僧帽弁狭窄症(高度)、肺高血圧症(高度)、三尖弁閉鎖不全症(中等度)、巨大左房、心房細動)のため米田正始の外来へ来られました。

心不全症状が強く心臓も大きくなっており、左房の中に血栓が多量にあるためもあり、手術することになりました。弁膜症の極めつけのような状態でした。

図1心臓手術では体外循環・大動脈遮断下に左房を右側切開しました。

左房は高度に拡張し、左心耳を中心に大きな暗赤色血栓(大型スプーンのサイズ)があり(写真右)、摘除しました(写真左)。

図2左心耳の中に白色血栓があり、上記の大きな新鮮血栓の起源は左心耳であることを示しました。

左房左室を洗浄し、血栓が残らないようにしました。

 

 僧帽弁は肥厚・硬化・ 図3石灰化が著明で(ようするにガチガチに硬く変化していました)、

弁口は中央部にわずかに残る程度となっていました(写真右)。

こうした弁は近年は弁形成するようにしていますが、この頃はまだ弁置換を主体にしていました。それと患者さんのご年齢から生体弁でも20年近く持ち、しかも短時間で確実に完了する意義は大きいため弁置換を行うことにしました。

図4

弁を切除しつつ左室内を観察しますと、弁下組織が短縮し弁葉にまで引き上げられる形になっていました。

左室を守るため基部腱索の一部を残してそれ以外の弁葉・ 図5腱索と乳頭筋先端部を切除しました(写真右、弁から切り離された乳頭筋はすでに正常の位置に戻っています)。

左室破裂予防と術後左室機能改善のため、

ゴアテックス人工腱索を前後乳頭筋先端に1対ずつ立て、

これをそれぞれ僧帽弁輪の10時と6時の方向に吊り上げました

(写真上、後乳頭筋の人工腱索が見えています)。

図6

ここで弁操作を一旦止め、巨大左房を左心耳も併せて私どもの心房縮小メイズ法で縫縮し、

続いて縫縮ラインを冷凍凝固にてアブレーションしました(写真上左)。

その 図7上でMosaicブタ生体弁25mmを縫着しました(写真上右、2つ前の写真と比べますとかなり小さくなりました)。

弁機能が良好であることを確認ののち、左房をさらに縫縮しつつ閉鎖しました。

 

図8心拍動下に右房をメイズ切開しました。

三尖弁そのものは健常ながら弁輪の拡張が見られたため、MC3リング28mmにて三尖弁輪形成術TAPを施行しました(写真左)。

冷凍凝 図9固法で右房メイズ手術をおこない、

さらに心房細動の予防のため峡部をも冷凍凝固し(写真右)、右房を縫縮閉鎖しました。

ANP(心臓ホルモン、大切な利尿作用などがあります)分泌能を残すため右心耳は温存しました。

離脱はカテコラミンなしで容易でした。

写真下左は術後の右房、下右は術前の右房です。

図10 図11

同じ視野でも、術前は拡張した右房しか見えていなかったのですが、

術後は右房が小さく、右室がよく見えるほどになっています。

経食エコーにて僧帽弁(生体弁)・三尖弁や左室・右室の機能が良好であることを確認しました。術前は血圧の80%前後あった重症肺高血圧は手術終了段階で約40%程度にまで改善していました。

こうした高度MS、巨大左房の症例では一般にはメイズ手術の適応にさえならないことが多いのですが、心房縮小メイズ手術にて無事除細動でき、sequential pacingに乗りました。心房の収縮も明瞭にありました。

術前肝うっ血のためか出血傾向が見られましたので、より入念な止血を行ったのち手術を終えました。リズムは心房ペーシングで良い形になりました。

術後経過はしばらく出血傾向が見られたほかは問題なく、手術翌日に抜管しました。

その後の経過も良好で手術後10日で元気に退院されました。

あれから4年が経ちますが、外来でお元気なお顔を見せて下さいます。手術後2年の時点で脈が遅くなってきたため、ペースメーカーを入れておられますが、心房細動はよく取れており、DDDタイプの自然なペースメーカーで安定しておられます。

心臓もすっかり小さくきれいな形を取戻し、しっかりと治すことの意義を感じます。

 

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僧帽弁膜症のリンク

原因 

弁狭窄症

リウマチ性僧帽弁閉鎖不全症

弁形成術

◆ ミックスによるもの

◆ ポートアクセス手術のMICS中での位置づけ

◆ リング

◆ 弁狭窄症に対する僧帽弁交連切開術


虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術

④ 弁置換術

◆ ミックス手術(ポートアクセス法)によるもの  


⑤ 人工弁

    ◆ 機械弁

生体弁 

       ◆ ステントレス僧帽弁: ブログ記事で紹介

心房細動

メイズ手術

心房縮小メイズ手術

ミックスによるもの:

心房縮小メ イズ手術 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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僧帽弁狭窄症の手術ガイドライン―今もよくある病気です、きちんと治しましょう

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アメリカのACC学会とAHA学会の合同ガイドラインが2014年に改訂されました。

より臨床現場の情報を取り入れたものになっています。

以下にそれをご紹介します。

2014AHA-ACC_GL MS

原文はもちろん英語ですが一般の方々にわかりづらいところには日本語訳をつけました。 192757079

僧帽弁狭窄症が重症になれば手術が勧められるのはこれまでどおりですが、あまりに危険性が高い場合たとえば全身の状態が悪いなどのときにはカテーテル治療も検討できるようになっています。内科と外科が協力するハートチームでは当然以前からやっていることですが。

このようにして手遅れも早すぎの治療も回避でき、たとえ手遅れになってから来院された患者さんにも生きるチャンスを最大限提供できるでしょう。


ここでクラスI (いち)とは手術や治療をすべきであるという Ilm09_ag04007-s意味で、

クラスIIa はそれを勧められる、

クラスIIb  はそれをやっても良い場合がある、

クラスIII  はやるメリットがないか、害があり得る

という意味です。

なお以下に以前のガイドラインを参考としてお示しします

 

****** 以前のガイドラインと解説 *****

症状が強い(軽い運動でも症状が出る)僧帽弁狭窄症の治療指針ガイドライン(アメリカACCとAHA学会、2006年)で、手術が勧められるのは

 

■狭窄が中等度かそれ以上(僧帽弁口面積が1.5cm2以下)で、弁の形態がカテーテル治療に適しておらず、開胸手術リスクが高くないとき

 

4valves

比較的軽い症状(強い運動で症状がでる)僧帽弁狭窄症で手術が勧められるのは

■僧帽弁口面積が1.5cm2以下で弁形態がカテーテル治療に適しておらず、肺動脈圧が60mmHgを超えるとき

 

などです。その他の状況でもカテーテル治療や慎重なフォロー(経過観察)が勧められています。

なお日本のガイドライン(日本循環器学会)はこちら (7ページ)をご参照ください。

コンセプトはよく似ています。以下同ページから引用します。

 

なお以下でOMCとは直視下僧帽弁交連切開術つまり心臓を止めて中へ入り、狭いところを形成して切り開き、弁が動きやすくする手術です。

またNYHA分類とは心不全の分類でIII度は軽い運動でも症状がでる、比較的重症で、IV度は安静時にも症状がでる、重症の状態です。

 

表15 僧帽弁狭窄症に対するOMCの推奨

クラスⅠ
(著者註:有効性が証明済み)

1 NYHA心機能分類Ⅲ ~ Ⅳ 度の中等度~ 高度MS

(MVA ≦1.5cm2)の患者で,弁形態が形成術に適しており,

(1)PTMC が実施できない施設の場合

(2) 抗凝固療法を実施しても左房内血栓が存在する場合

2 NYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度の中等度~高度MS患者

で,弁に柔軟性がないか,あるいは弁が石灰化して
おり,OMC かMVR かを術中に決定する場合


クラスⅡa
(著者註:有効である可能性が高い)
1 NYHA心機能分類Ⅰ ~ Ⅱ 度の中等度~ 高度MS
(MVA ≦1.5cm2)の患者で,弁形態が形成術に適し
ており,

(1) PTMC が実施できない施設の場合

(2) 抗凝固療法を実施しても左房内血栓が存在する場

(3) 充分な抗凝固療法にもかかわらず塞栓症を繰り返
す場合

(4) 重症肺高血圧(収縮期肺動脈圧50mmHg以上)
を合併する場合


クラスⅢ
(著者註:有用でなく有害)

1 ごく軽度のMS患者


つぎにMVRつまり僧帽弁置換術(人工弁をもちいて壊れた弁を取り換える手術です)のガイドラインを引用します。

またNYHA分類とは心不全の分類でIII度は軽い運動でも症状がでる、比較的重症で、IV度は安静時にも症状がでる、重症の状態です。

MVAは僧帽弁口面積の意味です。


表16 僧帽弁狭窄症に対するMVRの推奨


クラスⅠ
(著者註:有効性が証明済み)

1 NYHA心機能分類Ⅲ~Ⅳ度で中等度~高度MSの患

者で,

PTMC またはOMC の適応と考えられない場合

2 NYHA心機能分類Ⅰ ~ Ⅱ 度で

高度MS(MVA ≦
1.0cm2)と重症肺高血圧(収縮期肺動脈圧50mmHg
以上)を合併する患者で,

PTMC またはOMC の適応
と考えられない場合

注)MS の弁口面積からみた重症度(表3)を参照

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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①d 僧帽弁狭窄症とは―放置すると危険なことも。弁形成への道が、、

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◾️僧帽弁狭窄症とは

その名のとおり、僧帽弁が開きにくくなり、狭くなる病気です。多くはリウマチによるものです。

 

図 僧帽弁の位置

弁が狭いために血液が弁ごしに流れにくくなり、左房の圧が上がります。

そこからさまざまな問題が起こり、症状が発生します。

 

◾️僧帽弁狭窄症の症状は

まず、肺からきれいになった血液が心臓に戻れなくなり、

肺がうっ血します。

そのために運動時に息切れが起こり、

悪化すれば安静時にまで息苦しくなったり肺に水が溜まります。

 

また高い左心房圧のため左心房が拡張し、次第にその構造が壊れます。

そして心房細動という不規則な不整脈が発生します。

心房細動のため左房の内側での血液の流れがよどみ、

血栓ができ、そのため脳梗塞などの重い病気が二次的に発生します。

心房の拡張による血液のよどみが血栓をさらにできやすくします。

脳梗塞が大きかったりやられた部位が運悪ければ命を落とすことも 僧帽弁狭窄症では左心房圧が高くなり左心房が拡張します。(AllAboutより引用) あります。

 

肺うっ血のため風邪をひきやすくなり、

またこじらせて気管支炎や肺炎を合併しやすくなります。

そのために命を落とす方も少なくありません。

 

高い左心房圧は肺うっ血を介して高い肺動脈圧を引き起こします。

これを肺高血圧症と呼びます。

重くなれば右心不全、両心不全をおこし、さらには肝不全などの原因にもなります。

三尖弁閉鎖不全症の原因は肺高血圧または心室中隔を介しての左室直接作用であることが知られています。

.

◾️僧帽弁狭窄症の治療は

.

僧帽弁狭窄症はいったん重症化あるいは二次的問題が合併すれば予後が悪なる病気です。

 

僧帽弁狭窄症の治療は軽症には内科的、保存的治療つまり減塩や適度の運動、お薬などですが、

いったん狭窄が高度となり症状が悪化したりさまざまな二次的問題が発生すれば手術治療が適応となります。

 

MVR 弁が肥厚硬化しているケースが多いため、

一般には人工弁を用いた僧帽弁置換術MVRが選択枝となります。

その場合、弁を切除するときに乳頭筋を温存すれば、術後の左室破裂や心不全が回避しやすくなり、

しかも術後の心室のパワーアップが図れるため、勧められる方法です。

 

なおたまたま弁葉が柔らかく保たれており、前尖と後尖が交連部で癒合しているだけであれば、

僧帽弁交連切OMC開術という、ある種の僧帽弁形成術が施行されます。

 

さらに近年は20代ー40代の若い患者さんを中心に、弁形成術を希望されることが増えたため、

私たちのチームでは弁葉を患者さん自身のやわらかい組織で置き換えて弁形成を行うケースが増えました。

手術手技の難易度は高いですが術後のQOLつまり生活の質も高く、

社会ニーズにも応えることになり、

今後の展開が期待される手術です。

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◾️不整脈(心房細動)に対しては

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また心房細動に対してはなるべくメイズ手術を併用して除細動に努めています。

僧帽弁狭窄症の患者さんとくに病脳期間が長い場合心房細動をおこしやすいことが知られています。

私たちはメイズ手術の生みの親であるセントルイス大学のコックスCox先生のデータをもとに、

完全メイズ手術を行うことで除細動率を高めて来ました。

さらに左房サイズが除細動率に大変重要であるというEBM(証拠にもとづく医学)情報をもとにして、

2000年代に入ってまもなく、心房を小さくする心房縮小メイズを考案し、

除細動率をさらに高めました。(事例:重い僧帽弁狭窄症などの患者さん

 

これらの努力のおかげもあって、僧帽弁狭窄症に対する治療成績は改善の方向にあります。

さらに僧帽弁狭窄症でも僧帽弁形成術ができるよう、工夫を進めています。

自己心膜や人工腱索(糸)を使用して形成を完遂するのはその一つです。

同じ原因をもつリウマチ性僧帽弁閉鎖不全症への弁形成のノウハウが役に立っています。

今後の展開が期待される領域です。

.

◾️今後の展開

 .

このように僧帽弁狭窄症の患者さんの予後は、QOL(生活の質)とともに、今後さらに改善するものと期待されます。

 .

患者さんには、上記の二次的合併症がおこるまでに弁膜症に詳しい専門医の診察を受けて頂くようお願いしたく思います。

とくに脳梗塞が起こるまでに治療を開始することは大切です。

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メモ1: 僧帽弁狭窄症の治療指針ガイドライン。

ガイドラインをもとにして治療計画を立てることが患者さんにもっとも有利な結果を導きやすいのです。

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執筆:米田 正始
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医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
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