Syntax研究3年の結果と欧州のガイドライン―守られていない?

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Cover 欧米の主要施設が協力して、

重症冠動脈病変(3枝病変や左主幹部病変)に対して

薬剤溶出性ステント(DES)を使用するカテーテル治療(PCI)と

冠動脈バイパス手術

どちらが良いかを検討されています。

 

これが有名なSyntax(シンタックス)トライアル(研究)です。

同じ病気に2つの異なる治療法があるとき、患者さんは迷います。

 

正確なデータが必要ですが、まだまだ不十分です。

また患者さんが最初は循環器内科を受診されるため、

外科の治療(冠動脈バイパス手術)を知らずにPCIを受ける傾向が強いと言われています。

 

そこで欧米の85施設が協力して、

3000人を超える重症狭心症患者さんのデータを調べ、

どういうときにどういう治療法が適切かを調べたのがSyntaxシンタックス研究です。

 

Allcausedeathこの研究が始まってちょうど満3年が経ちました。昨年(2010年)のことです。

少しずつ差が見えてきました。

 

  まず3年の総死亡率は両者で明らかな差はありません。

 

これはがんその他を含めたすべての死亡率で、予想されたことですが

、冠動脈バイパス手術は3年間で6.7%死亡と、

PCIの8.6%死亡よりやや良好な傾向を示しました。

 

もともと短期間の差がでにくい領域のため、もう少し長期のフォローアップが必要と考えられます。

 

MACCE3yrsLow 心血管や脳血管の大きな合併症の発生(略称MACCE)について、

冠動脈病変が比較的単純で軽いケースでは両群に差はありませんでした。

左のグラフです。

 

つまり冠動脈硬化が比較的軽いときは

PCIで良いというわけです。

左のグラフのように、簡単な病変ではPCIは良くこなせるという結果です。

むしろ侵襲(体への負担)が小さい分だけ有利といえます。

 

MACCE3yrsIntermediate ところが、

冠動脈病変が少し複雑になると、様子が一変します。

冠動脈バイパス手術はPCIより合併症がおこりにくく、良好な成績を出しました。

右のグラフです。

やはり複雑な病変では冠動脈の破壊が強く、

傷ついた動脈を金属で広げて使うことの不自然さと弱さを感じます。

冠動脈バイパス手術では冠動脈より動脈硬化が少ない内胸動脈を使うため、

それだけ改善効果が期待できるのです。

 

MACCE3yrsHigh さらに冠動脈病変がうんと複雑になると、

バイパス手術はPCIを大きく上回る成績を見せました。

左のグラフです。

こうした複雑な冠動脈病変をもつ患者さんには

冠動脈バイパス手術が安全上有利であること

があらためて示されたわけです。

 

これは多くの臨床医の印象と合致し、

バイパス手術で動脈硬化が起こりにくい内胸動脈グラフトを使用するおかげと考えられました。

 

そういうことで、まとめとして、

複雑な冠動脈病変をもつ患者さんで3年間のMACCEでは

冠動脈バイパス手術がPCIより優れているというデータです。

GuidelineCABGvsPCI逆に、冠動脈病変が簡単なときは、

両群の差が少なく、

PCIが活躍し得るというわけです。

 

  この結果をうけて、

ヨーロッパ心臓協会(ESC)と

ヨーロッパ心臓胸部外科学会(EACTVS)で

ガイドラインが造られました。

 

もちろん内科と外科が協力してのことです。

左の表で、CABG(冠動脈バイパス手術)のところの多くが1Aです。

表にあるほとんどの状況でバイパス手術が推薦されていました。

たとえば左前下降枝の中枢部の狭窄では

一枝病変でも二枝病変でも冠動脈バイパス手術の適応と謳われています。

その他三枝病変や左主幹部病変でもバイパス手術を勧めると結論しています。

 

GuidelineDM つぎに、さまざまな状況別に検討がされました。

たとえば、糖尿病を背景にもつ患者さんでも

冠動脈バイパス手術が推薦されていることが多かったです。

糖尿病があると、冠動脈は一層悪くなる一方、

内胸動脈はその良好な内膜の状態が維持されやすいため、

両群でよりおおきい差がでるのでしょう。

 

CKD(慢性腎機能不全)を背景にもつ患者さんの場合も同様で、

バイパス手術とくにオフポンプバイパス手術が推奨されることが多くありました。

GuidelineCHF

 

心不全のある患者さんでは

昔から冠動脈バイパス手術が安全と言われてきましたが、

今回の検討でも推奨されています。

 

このように薬剤溶出性ステントを使用するカテーテル治療(PCI)ができても、

重症例・複雑例では冠動脈バイパス手術がガイドラインとして勧められているのが2010年のSyntaxシンタックス研究の結果です。

 

日本ではこうしたデータは顧みられず、

PCIが行われ続けていますが、

今後、学会などでもっと話し合いベストの治療を選ぶ方向性が検討されています。

 

狭心症の患者さんも、ご自身の安全のため、

複数の医師から意見を聴くなどの慎重な姿勢が勧められます。

 

メモ: 2011年にはSyntax研究4年のデータが出ました。外科の冠動脈バイパス手術で患者さんがより長生きできることが示されたのです。こちらをご覧ください。

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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お便り28 (エホバの証人の患者さん)冠動脈バイパス手術でマラソン復帰へ

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Sexmc009-s 信仰はそのひとにとっては命です。

これは私が天理よろづ相談所病院のレジデント(研修医)のころ、

当時院長だった柏原貞夫先生から教わった言葉です。

さらに当時の指導者であった今中孝信先生らから

病気を本当に治すためにはその病気や臓器だけでなく

その患者さんの全体、ひととなり、

さらにそのご家族や社会まで考えることを教えられ、

できるところから実践して来ました。

 

この考えは国内だけでなくその後海外での心臓外科臨床修練の際にも多くの患者さんのお役に立ちました。

 

 

お便り17

にもありますように、エホバの証人の信者さんは、宗教上の理由から輸血を受けられません。

治療するものとしてはこれは大変つらい、困ったこともあります。

輸血さえできればこの患者さんはすぐ元気になれるのに!という状況にはしばしば遭遇します。

しかし技術やくふうでできるだけ患者さんの夢を叶えることができるようにと念じて日々努力して来ました。

 

 

Wor1009-s 下記はお仕事のためシンガポール在住のエホバの証人の患者さんからのお便りです。

シンガポールには畏友CN Lee先生やHS Saw先生はじめ立派な心臓外科医がおられるのですが、

十分な下調べや勉強ののち日本のハートセンターに私を信じて来院して下さったことを光栄に思います。

 

手術は両側内胸動脈と1本の静脈グラフトを用いた4本バイパスで順調に完了しました。

冠動脈バイパス手術のあとはカテーテルによるステントと比べて強い薬も不要で、

スポーツなどにも向いており(お便り22 をご参照ください)、

患者さんの長生きと生活の質の向上の両方に貢献します。

 

重症の狭心症、冠動脈狭窄でしたが、

オフポンプ冠動脈バイパス術にて安全に、かつ問題なく元気に回復され、

シンガポールに戻られました。その患者さんからのお手紙です。

なおその1年半後、天皇陛下もオフポンプ冠動脈バイパス手術を受けられました。それへの感想を2つ目のメールとして戴きました。

それも記載させていただきます。

***************************************

米田正始様、スタッフの皆様、

 

この度は、米田先生を始め、深谷先生、北村先生、小山先生また担当看護師の皆様、本当にありがとうございました。

 

私は、8月3日、妻と共に無事シンガポールに戻ることができました。

冠動脈バイパス術という簡単ではない手術を、私の信仰上の理由から、無輸血という方法で実施していただくことを快く引き受け、無事成功させてくださったことに、言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。

思い返せば、マラソンを完走するため日々トレーニングに励み、健康だと思っていた体に、突然、心臓の血管が詰まっていると知らされたときは愕然としてしまいました。

その後、精密検査を受ける中で、バイパス手術が必要と知らされたときには、言いようもない不安に襲われたことを、今でも鮮明に思い出します。

 

私はエホバの証人で、聖書の教えによって体外からの血液を受け入れないことを信条としており、無輸血手術という条件の下で施術していただくことができる医療機関を探すことも挑戦となりました。

シンガポールの医療機関では、この条件に同意していただくことが難しい状況でしたので、知人の紹介なども受けつつ、インターネットで検索していたときに、偶然、米田先生のHPにたどり着き、私たちの信仰に対する先生のご理解に感銘を受け、早速、失礼ながらE-Mailでコンタクトさせていただきました。

さぞかし多忙を極めておられる先生だろうと思い、返事がすぐに返ってくることは期待せずメールを出したのですが、ものの1時間とかからずに返信メールが届き、私たちのような遠距離の患者に対する対応にも感激し、即座にこの先生にお願いしようと決意しました。

その後何度かのメールでのやり取りの後、実際に先生にお会いして、さらに信頼が深まり、安心してお願いすることができました。また、ご担当いただいた深谷先生、北村先生、小山先生からの回診時の励ましや、看護師さんたちの親身になったお世話により、”医は仁術”ということを実感しました。

現在、私は仕事に復帰し、徐々に運動量を増やしてマラソンに再挑戦する準備もしたいと思っております。

最後になりましたが、ハートセンターが私たちのような信条の患者にも開かれた医療機関として、今後もますます発展されますように祈念しております。

皆様への敬愛と感謝をこめて、

2010年8月8日


***********天皇陛下が冠動脈バイパス手術を受けられることになってメールを下さいました**********

 

米田正始様、

米田先生、いかがお過ごしでしょうか。
大変ご無沙汰いたしております。

先日、1月23日にシンガポールから一時帰国し、ハートセンターで、定期健診を受けました。治療していただいた冠動脈と心臓、血液については問題ないとの診断をいただき、安心しました。

先生にお会いするはずだったのですが、緊急手術のようだったので、お会いできずその点は残念でしたが、代わりに深谷先生とお会いすることができました。

先生に是非お見せしたかったものがあり、持参したのですが、深谷先生に見せました。フルマラソンを完走した証しのTシャツです。

ところで、今日ニュースを見ていますと、天皇陛下も冠動脈バイパス手術をされるとかで、判断の理由となったのは、ご公務を果たし、テニスなどの楽しみも続けられるように、今後の生活の質を維持するためとのことでした。

私も先生から生活の質(仕事や運動量)を維持するためにはバイパス手術が最善というご説明をいただき、フルマラソンを完走できるまでになったことを、本当に感謝しております。

これからもわたしたちのような疾患を抱えたものが一人でも多く助かり、普通の生活に復帰できるように、先生方の益々のご活躍を祈っております。

 

平成24年2月12日

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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4)Q: PCIと比べて心臓手術(冠動脈バイパス手術)の利点は?

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オフポンプ冠動脈バイパス手術の一例を示しますA: 分かりやすく言えば、心臓手術・冠動脈バイパス手術(CABG)のほうが長期成績つまり安定度が良いということです。

血管内に ステントを埋め込むPCIバイパス手術に比べて傷も小さくやさしい治療に見えるでしょうが、

長期的には、生存率などで外科手術のほうが良い成績を収めているのです。つまり、より長生きできるわけです。

 .

2008年1月には多数の血管に病変がある重症例について、バイパス手術の優位性を示すデータが米国の超一流誌 で発表されました。

使用する部位にもよりますが、人間の体にとって「異物」であるステントの埋め込みは一 時的に良くなっても、長期的には厳しいことを心臓血管外科医は経験的に学んでいます。

.

2011年には有名な大規模比較研究であるシンタックス研究の4年のデータがでました。

予想どおり、冠動脈バイパス手術の患者さんはカテーテル治療PCIの患者さんより長生きできるという結果が出ました。

たったの4年でこれだけの差がでたのですから、5年ー10年ではもっと大きな差となるでしょう。(シンタックス研究、5年のデータ

冠動脈病変が複雑な方は、長生きしたければ冠動脈バイパス手術(CABG)を受けるべきという方向がすでに欧米のガイドラインに出ています。

 .

冠動脈ステント例えば、弁膜症の外科手術で用い る機械弁(金属)には40年以上の歴史がありますが、どん なに丁寧に長期ケアをしても脳梗塞が毎年1~2%の割合で起こります。

だから体になじむ弁形成手術生体弁での弁置換を行うことが増えたわけです。

同じ観点から、血行再建療法では、体となじまない異 物であるステント(金属)よりも、自らの生きた血管を用 いる冠動脈バイパス手術のほうが予後や安全性の点で優 れているのです。

まして将来もしものがん手術やけがの場合、出血を増やす薬を飲まずにすむバイパス手術後のほうが安全性は高いのです。

 .

たとえばPCIでこの5年間で主流になった薬剤溶出性ステントでは、その治療後は強力な血栓予防のお薬(抗血小板剤と言います)を延々と使う必要があります。

当初は6カ月間だけと言われていましたが、薬を止めると血栓ができて心筋梗塞で急死する患者さんが出現しました。

そのため薬使用は1年とか2年と言いながら現在は無期限にこの薬を使う方向にあります。

 .

するとさまざまな二次的問題が Ilm09_dd04001-s明らかになってきています。たとえば大腸ファイバーでせっかくポリープ(将来がんになります)を見つけてもそれを大腸ファイバーで他の患者さんのように簡単な切除はしづらいです。

切除のあと出血が止まらなければ命にかかわる大問題になるからです。

大腸ファイバーの先生は薬剤ステントの責任は取りたくありませんし、薬剤ステントを入れた先生は大腸ファイバー治療での責任は取れません。

かといって抗血小板剤を切ってヘパリン点滴などに切り替える場合の安全性は不明です。

 .

こうした問題が発生し相談を受けるようになりました。冠動脈バイパス手術ではこうした問題はほとんどありません。

2012年1月18日の天皇陛下のオフポンプ冠動脈バイパス手術は主治医団の方々がこうした諸点を十分勘案された結果と聞いています。

良い長期結果が期待されています。長生きや長期の安全性、また平素のご多忙な毎日を考えると冠動脈バイパス手術は正解であったと言われています。

 .

ただし、誤解のないように言えば、PCIをはじめとする内科的治療の利点はたくさんあります。

同じPCIで も超一流のセンターや内科医がやれば結果も違ってくる場合もあるかも知れません。

黒か白かではなく、その患者さんにとって最善の策は何かを一緒に考えて決める姿勢が大切と思います。

薬剤ステントは入れた分だけ患者さんが得をするわけではないことや、たとえばがんの心配のある方や将来何かの手術や怪我の心配のある方、のびのび生活や仕事に打ち込みたいひとなどには冠動脈バイパス術が有利なケースもあり得るわけです。

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7. 病院や医師の選び方 (セカンドオピニオンも含めて)にもどる

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2) 冠動脈バイパス手術とは?―効果的な方法です【2020年最新版】

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CABG最終更新日 2020年3月10日

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◾️冠動脈バイパス手術とは?

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狭心症(胸や腕の内側などが締め付けるように痛みます)の患者さんに対して行われる手術で、冠動脈バイパス手術、ACバイパス手術、CABGとも呼ばれます。

 .

これは胸の中にある内胸動脈(ないきょうどうみゃく)やお腹の上端内側にある胃大網動脈(いたいもうどうみゃく)という動脈、あるいは腕にあるとう骨動脈や下肢にある静脈をもちいます。

これらを組み合わせて心臓に血液(酸素や栄養を含みます)を送る冠状動脈にバイパスを作り、心臓に血液を送る手術です。

 .

天皇陛下sankeiビル・クリントン元アメリカ合衆国大統領も2004年にこの冠動脈バイパス手術を受け、元気に復帰しています。
2012年に天皇陛下がこの手術を受けられたことは皆さんご存知のとおりです。
天皇陛下もお元気に仕事復帰され、その後上皇になられてからもお元気です。

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◾️冠動脈バイパス手術の特長は?

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循環器内科のカテーテル治療が進化し薬剤溶出性ステント(略称DES)という優れた治療法が使える現在も、冠動脈バイパス手術の利点はたくさんあります。

一言でいえば治療効果が長持ちし、普通の生活に戻れるということです。カテーテル治療では必ずしもそうはいきません。(心臓手術事例:PCI後、急性心筋梗塞後の冠動脈バイパス手術

有名なSyntax(シンタックス)研究でもたった4年の検討で冠動脈バイパス手術の患者さんはステントの患者さんより長生きできることが示されています。

 .

◾️オフポンプ冠動脈バイパス手術 (略称 OPCAB)

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A301_089冠動脈バイパス手術はこの20年ほどの間に大半が体外循環(人工心肺)を使わない
オフポンプバイパス(OPCABオプキャブ)手術

に進化し、安全性がさらに向上しました。(手術事例 オフポンプバイパス手術)。

体外循環(人工心肺)を使わないため、脳梗塞や出血・輸血などが防ぎやすいという利点があるのです。

 .

◾️冠動脈バイパス手術での動脈グラフトの有用性

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冠動脈バイパス手術にもちいる内胸動脈グラフトはとくに動脈硬化になりにくいため、糖尿病慢性腎不全・血液透析の患者さんの予後を改善するのに役立つことが知られています。

私たちの経験でもたとえば10年以上の血液透析で冠動脈がガチガチに硬化・石灰化していても内胸動脈は柔らかい良い状態であることが確認できています。

(手術事例:現在典型的なオフポンプバイパス手術)

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またこどものころ川崎病を患われた患者さんや冠動脈の生まれつきの病気に見られるような冠動脈瘤などが合併した場合でも冠動脈バイパス術と瘤閉鎖を組み合わせて安全な治療ができるようにしています。

(手術事例 冠動脈瘤)

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Csts058-sメモ: 優れたステントの出現で循環器治療の世界も変化が見られます。

これまでの内科・外科という縦割りではなく、冠動脈科、心不全科、弁膜症科、大動脈科などの臓器別・疾患別の体制ができつつあります。
もちろんそのどれか一つしか治せないチームでは複合した病気に対応できませんから、それぞれへの対応を考えたチーム作りを進めることが大切です。

しかしどの場合でも内科と外科さらに開業医の先生方との協力は重要で意義が深いものです。団体スポーツと似ていますね。

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◾️冠動脈バイパス手術の安全性について

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図 CABG-GEA私たちの手術死亡率は1%を大きく下回ります。

さまざまな工夫を重ね、冠動脈バイパス手術では死亡率ほぼゼロなのです。90歳前後の高齢の方や、いろんな病気、たとえば

慢性腎不全・血液透析
慢性閉そく性肺疾患COPDなどの肺の病気 あるいは
カテーテル治療(PCI)不成功例や再狭窄例
脳卒中
がん

などを持った重症の方、危険な状態で緊急手術を必要とする方や再手術の方も含めて、医学的に手術が必要な方には逃げることなく、どしどし冠動脈バイパス手術(CABG)を行っています。

こうした重症の患者さんを含めても低い死亡率を達成できています。

Family02ただ以前のように7年間死亡ゼロなどという状況から少し変化があり、前任地の京大病院で最後の1-2年で助けられなかった患者さんがあったのは、再生医療しか手がない患者さん(以前から心臓以外の重い病気がありました)や再生医療のため来院され、その再生医療さえ適応にならなかった重症患者さんでした。

その後はこうした特殊な患者さんはうんと侵襲(体への負担のこと)の低い冠動脈バイパス手術や別の治療法を検討して死亡率ゼロを維持するようにしています。

こうした中でオフポンプ冠動脈バイパス手術つまり体外循環を使わない方法は大変役立っています。

重症や高齢の患者さんほど体外循環の害を避ける意味が大きいからです。

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◾️慢性腎不全・血液透析の患者さんへの冠動脈バイパス手術

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A313_123上記のように重症患者さん、とくに慢性腎不全で慢性血液透析を受けている患者さんでも冠動脈バイパス手術CABGの安全性は維持できています。大動脈その他の血管が傷んでいることが多いため、オフポンプ冠動脈バイパスが威力を発揮します。

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手術事例: 透析歴30年の患者さんの手術経験もあり、冠動脈は石灰化でカチカチになっていましたが、内胸動脈グラフトはきれいで、それを工夫して吻合(縫い付ける)し成功しました(写真左)。

その血液透析の患者さんの術中高速エコー所見です。冠動脈(下半分)は石灰化のために光っていますが、内胸動脈グラフト(上半分)はきれいです術中高速エコーで吻合部を見ますと(写真左下)

石灰化で輝度の高い冠動脈と比較的正常の内胸動脈が映っていました。

内胸動脈の出すホルモン(プロスタグランジンやNOなど)が、冠動脈を守る作用があると推論されています。

 

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◾️冠動脈バイパス手術の低い死亡率の原因は

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1. 熟練したプロフェッショナルチーム(ハートチーム)による手術、

2. 人工心肺(人工の心臓と肺で普通の心臓手術で はこれを使います) を使わない オフポンプバイパス手術の積極的かつ正しい使用(虚血性心疾患・手術事例1 オフポンプバイパス手術)、

3.術前、術中、術後の徹底した安全管理。合併症の予防と発生時の早期治療。

などがあげられます。

 .

またこれらのおかげで、がん患者さんなど他治療や他手術が将来必要な患者さんにも手術が安全にしやすくなりました (手術事例 がん患者さんに対するオフポンプバイパス手術

天皇陛下が2012年2月に、このオフポンプ冠動脈バイパス手術を受けられたのも、その安全性や長期安定性だけでなくさまざまながん治療に悪影響を及ぼさないという意味でカテーテルPCIを上回っていたという見方もあるほどです。

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メモ: ステントとくに新型の薬剤溶出ステントと冠動脈バイ Fotosearch_CCP05015パス手術のすみ分けは、その施設や医師によって温度差があります。

動脈の中ほどの普通の狭窄であればステントを選択する先生がほとんどです。

左冠動脈の根っこに近い部分が複雑にあちこち狭くなっているタイプなどではバイパス手術を有利とする先生が増えます。

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最近の欧米の大規模臨床研究(Syntaxシンタックストライアル)でも、重症冠動脈疾患での冠動脈バイパス手術のカテーテル治療(PCI)に対する優位性が示され、ガイドラインでもバイパス手術が第一選択となりました。

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◆患者さんの想い出1:

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冠動脈バイパス手術は心臓手術の中でもいちばん基本的な土台とも呼べる、大切な手術です。

Aさんは60代の女性ですが、他病院でこのバイパス手術と心房細動に対するメイズ手術を受 Ilm18_ba02031-sけました。しかしそのバイパスグラフトが詰まり、心房細動もぶり返しでしまい、元気になれないため米田正始の外来へ来られました。

自分が手術を受けた病院を去ることには勇気が必要だったと思いますが、Aさんはご家族の協力もあって、勉強し敢然と転院の決断をしたそうです。

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診察しますと、このままでは永く生きられないという判断ができたため手術になりました。バイパスの血管が詰まってしまい、さらに心不全のために僧帽弁閉鎖不全症と三尖弁閉鎖不全症までが高度になっていたからです。

前回の心臓手術からあまり月日が経っていなかったため、心臓と周囲組織との癒着は高度でした。これを丁寧に剥離して行きました。

剥離が無事完了し、体外循環・大動脈遮断下にまず僧帽弁形成術を行いました。メイズ手術は完全メイズ手術にて行いました。リングで三尖弁形成術を行い、最後に右内胸動脈を左前 活気bn1-24d下降枝に吻合しました。前回手術の吻合部を活用して新たにつけました。

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術後経過はさすがに術前心不全の分だけゆっくりでしたが、術後1か月で元気に退院されました。この経過はテレビ局が取材し、昼間の番組のなかで「断らない心臓外科医療」として15分もかけて報道して戴きました。その録画ビデオはこちらをどうぞ

Aさんと外来でお会いするたびに、あの苦しい中をよく決断し来てくれましたね、とねぎらいたくなります。これからは元気な生活を楽しんで下さい。

 

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5) オフポンプバイパス手術は心筋に埋もれた冠動脈には弱いと聞きましたがへ進む

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執筆:米田 正始
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