日本胸部外科学会2014にて

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ことしも恒例の胸部外科学会に行ってまいりました。心臓血管外科の関係では国内最高峰に位置づけられる伝統ある学会です。会長 IMG_0586bは九州大学の富永隆治先生で、テーマは「Noblesse Oblige」(高い立場に立つひとほど、責任が重い)でした。

高の原中央病院かんさいハートセンターとしては初めての参加で、シンポジウムその他の発表もあり、かつ懐かしい内外の旧友らとの再会などもあって、心臓手術をしばらく止めて行ってきました。

前日夜の全員懇親会ではジョンスホプキンス大学の Duke Cameron先生とひさしぶりに話ができ、最近たまっていた疑問が相談できて何よりでした。大動脈基部手術を重症例に行うときにちょっとしたヒントを頂けるのはありがたいことです。

一日目のミックスの妥当性というパネルディスカッションでは当科の松濱君が初めてのパネル・シンポ類での発表ということで何度も予行演習や質疑の練習を直前にやりました。

国立循環器病研究センターの藤田知之先生、名古屋第一日赤の前川厚生先生、大阪大学の西宏之先生、東京都立多摩総合医療センターの大塚俊哉先生、慶応大学の岡本一真先生といった当代の売れっ子ともいえる立派な先生方のなかでまあまあの仕事ぶりでした。

MICSの一回目のブームが去っていちど廃れた印象がありましたが、今回の二回目のブームはどうでしょうか。私たちは前回のブームの際にはまだ安全上の懸念があり、通常の心臓手術をもっと磨いてからという気持ちで流行には乗りませんでした。

私たちは今回もべつに流行がどうこうということはなく、ただそれこそ目をつぶってでもできる弁形成弁置換が増えたという中で、手術の質や安全性を確保しながらより苦痛がすくなく、早く仕事復帰ができるという目的が達成できるという読みのなかからやり始めました。4年あまり前のことです。

内外のさまざまな先生方やMEさんらとの交流の中、いつのまにか私たちのMICSは進歩をとげて僧帽弁形成術とくに複雑弁形成や僧帽弁置換術、さらに大動脈弁置換そして大動脈弁形成術あるいはそれら二弁三弁手術までルーチンにこなす稀有なチームになりました。そうした中で各施設の貴重な経験と報告は目新しいものはそれほどなくても細部が参考になりました。

私たちはミックスでのメイズ手術を発表しました。まだそれほど多くの施設で行われていないようで、高い除細動率と心房縮小メイズ手術までできる完成度はあとで多数の先生方からお褒めいただき光栄なことでした。

同時に私たちのように弁膜症手術と同時に行うのではなく、心房細動だけのために、内視鏡をもちいて手術する大塚先生らの経験談はあらためて参考になりました。これからこうした方法も使えるようにしたく思いました。

それから2日目に当科の増山先生がLSH法のポートアクセスによる弁膜症手術について、小澤先生が成人先天性心疾患のニッチ領域について発表しました。

LSH法は大変創がきれいとよく言われますが、さらに磨いて安全性、仕上がりともよりレベルアップしたいものです。成人先天性では欲張ってさまざまな疾患の経験を発表したため、所定時間内にプレゼンするのは結構大変でした。修正大血管転位症と三尖弁閉鎖不全症、HOCM、左室緻密化障害、大動脈二尖弁、冠動脈ろう、その他について内容あるディスカッションができました。ニッチとは言えないほど重要なテーマですねと座長の先生にコメントいただきました。

Northwestern大学の畏友・Pat 223893McCarthy先生は僧帽弁形成術での新たな試みなどをお話されました。よりきれいでながもちし、かつ短時間でできる工夫を拝見しました。かつて、約16年ほど昔に、クリーブランドクリニックにて同先生を訪問し、学んだことが今も役立っていることをお礼とともにお伝えしました。

学会の内容はいつもどおり多岐にわたり、かつ最新のホットな話題が満載で、どのセッションを聴こうか、選択に苦労するほどでした。

心臓リハビリテーション学会とのジョイントシンポも参考になりました。

 

2年前の天皇陛下への冠動脈バイパ 天皇陛下ス術の話題が今回、正式にとりあげられました。執刀医の天野篤先生(順天堂大学)と主治医代表の小野稔先生(東京大学)そして富永会長のトーク(司会は横浜市立大学の益田宗孝先生)が企画されたのです。

複合チームでちからを合わせて頑張ったこと、カテーテルによるPCIか外科によるバイパス手術かの選択に2日もかけて皆で徹底議論されたこと、陛下が元気かつ安全に海外でも国内でも行けるように、そしてきついお薬を飲まずにすむように、また内科そして全体の主治医であった永井先生が定年退官直前であったため、ここで陛下の完全に病気を治して後任の先生方にご迷惑をかけぬような配慮もあって、バイパス手術が選択されたようです。決断したひとも、それを受け容れ協力したひとも立派だったと拝察します。

実際、陛下は手術からわずか1か月後には東北大震災1周年の鎮魂の集まりに参加され、術後3か月でイギリスのエリザベス女王即位60周年の記念式典に出席されるなど、すばらしい成果を上げたバイパス手術でした。

天野先生、小野先生とお話する機会がありましたが晴々した良い顔をしておられ私もハッピーな気持ちになれました。この手術によって冠動脈バイパス術が国民的理解がえられ、患者さんに恩恵が届きやすくなったことは特筆すべき快挙と思いました。


2日目の富永会長の Tominaga講演も心に残るものでした。非拍動流の補助循環の良さを信じて長いあいだ苦労された富永先生の仕事の正当性が今、証明された、うれしい限りです。パイオニアの苦労というのはいつの時代にもあるようです。富永先生お得意の剣道が心臓外科の成績向上に役立つことも理解できました。

 

今回の日本胸部外科学会の中で重症心不全研究会もサテライトとして行われました。世話人会ではデータベースの確立へむけ、これからの研究テーマを検討することができ、いよいよオール日本で心不全の外科治療の研究ができそうで大慶でした。

研究会では国立循環器病研究センターの小林順二郎先生の当番世話人で、同内科の安斉俊久先生が心筋梗塞のあとの炎症反応が左室瘤や左室破裂などの原因となるリモデリングへとつながることをお話され大変勉強になりました。

それに引き続くワークショップでは虚血性僧帽弁閉鎖不全症左室形成術HOCMへの外科治療などが論じられました。それぞれこれまでちからを入れて来た領域ですのでディスカッションに加わらせて頂きました。

かんさいハートセンターは弁膜症や心不全に強い内科チームと、柔軟性に富む病院やセンター、そして熱い外科を含めたハートチームがあるため、これまでより強力に心臓手術や治療を進め、患者さんのお役に立てるとあらためて思いました。

最終日にテキ Michael-J.-Mack-MD
サスのマイケルマック先生が特別講演をされました。2020年の弁膜症治療というSFっぽいタイトルでした。私は他セッションの都合で講演の後半しか聴けませんでしたが、心を打つには十分でした。

40年前の医療を想いだしてみなさい。白血病、弁膜症、股関節、その他さまざまな病気がどれだけ治せたか。ひるがえって現代はどうか。それぞれ治る病気になりつつある。弁膜症でも過去に発表され、多くの患者を助け一時代をつくった術式の多くがすでに過去のものになっている。新しい治療をつねに開発しなければならない。楽をするということで大きな対価を払っていることに気づかねばならない。努力して自分が自分の将来を切り開かねば、誰かが切り開いた道をむりに進まされるようになってしまう。マック先生はこれから弁膜症治療の中で起こるであろう変化予測をしたうえで、一番確実なのは変化自体が必ず起こることだということで話を閉められました。パイオニア精神にあふれるアメリカ人マック先生だから説得力が一段と増すようなお話でした。

講演のあとで久しぶりのご挨拶をしたら、ドクターコメダ、最近どうしてる?とのことでしたので、変化に順応してミックス手術にはまってます、と答えました。満面の笑みを返して下さいました。

オーラスに畏友、トロント時代からの25年 Rao来の友であるVivek Rao先生が臨床研究の話をされました。現代の若手のなかで、これだけのリサーチマインドのあるひとがどれだけいるかなあと他先生らと愚痴ってしまいました。優れた臨床研究をすることで臨床とくに執刀するチャンスが増える(少なくとも欧米では)のだということを会場の若い先生方に知って頂きたかったのですが、ちょうど時間となってしまいました。このブログの場でそれを若い先生方に知って頂ければ幸いです。

あっという間に過ぎた3日間でした。富永先生、九州大学心臓血管外科の先生方、お疲れ様でした。学会の大成功、おめでとうございます。

平成26年10月3日

米田正始

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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第64回日本胸部外科学会総会にて

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この10月9日から12日までの間、名古屋国際会議場にて日本胸部外科学会総会が開催されました。この会は心臓血管外科領域では最高峰に位置する学会ですでに64回を重ねる歴史をもっています。今回の会長は畏友かつ大先輩でもある上田裕一教授(名古屋大学胸部外科)でした。

64JATS2011伝統ある学会であまり斬新なことはやりづらいというのが世の常ですが、上田先生はテーマをProfessionalismプロフェッショナリズム(註:プロの精神やあり方)とされ、学会が単なる勉強の場にとどまらぬ、もっと高い視野で社会貢献や仲間の支援あるいは後進の育成などができる組織になることを願った内容でした。

その哲学と姿勢は上田先生の会長講演に凝縮されていました。プロと呼ばれるに値する外科医とその集まりである学会のなすべきこと、進むべき方向性を示されたと思います。なかでも指導者レベルの胸部外科医に対するリーダーシップ教育、最近話題のnon-surgical skill教育の重要性にも言及されました。アメリカの胸部外科領域の最高峰、指導的位置にあるアメリカ胸部外科学会AATSでもこのテーマが近年積極的に取り入れられ、いかにしてプロにふさわしい外科医になるかの教育が進められています。私もそれに参加して反省と発奮の塊になっていたのを覚えています。日本の学会でもかつての勉強中心の場から脱皮して社会貢献を果たす場になる時が来たように感じます。

Ilm17_ca05007-sこの方向性は元ハーバード大学准教授(天理病院レジデントの同窓生でもあります)の李啓充先生の特別講演とも密にリンクし、理解を深めるのに役立ったと思います。医師や病院が有するある種の権限は、もともと持っている固有のものではなく、社会貢献したおかげで社会から与えられたものであり、正当な貢献ができなくなれば当然権限は減らされていくものです。つまり医師は医師だから偉いのではなく、社会に貢献し、評価され、感謝されてはじめて何らかの権限や尊敬を与えられる。常に謙虚に社会貢献つまり患者への貢献に邁進しなければならないというわけで、100%その通りと感じ入りました。しかし医学にも医師にも完璧医療はなかなか難しいもので、だからこそそれを追及する飽くなき情熱が求められるとも言えましょう。

その時に会場から前向きのご質問があり、公務員制度のもとでどのようにしてプロフェッショナリズムを遂行できようか、もっと構造を改革しなければならないというご意見には皆共鳴されるところがあったものと思います。公務員制度のもとでは勤勉なものは不遇な状態になりがちで、滅私奉公で日々頑張っても9時ー5時の給与待遇しか得られない、頑張れば頑張るほど組合系の人たちに嫌われる、などの問題があり、今後も続くでしょう。こうしたインフラから始まる根底的問題を医師だけのプロフェッショナリズムでどこまで解決できるか、まだまだ考え、努力すべきことは多いようです。当然コメディカルのプロフェッショナリズムも検討されていますが。

話は少し飛躍しますが、民間の病院なら比較的自由度が高いため、プロフェッショナリズムを実践しやすいように感じています。もちろん経営を成り立たせながらという別の課題も背負い込むのですが。民間病院がいくつかの突破口を開けることができれば、それもまた立派な社会貢献かも知れません。ハートセンターで断らない医療、(あまり)待たせない医療、満足度の高い医療、質の高い医療を行うなかで自分たちなりにお役に立てるということを感じています。外来ひとつをとってみても、公的病院では患者さんが何度も往復しないと治療方針が立たないときでも、民間なら一往復で方針がしっかりと立ちますし、手術を例にとっても、公的病院ではがんの患者さんを何か月も待たせたりするのが慣例となっているところもあります。患者中心ではない、プロフェッショナルでないと言われても致し方ない状態です。民間のほうがはるかにプロフェッショナルと言えましょう。

上田先生の会長講演の話にもどりますと、この講演は、これまでの日本の学会にありがちな、会長あるいは教室の業績を披露するレベル(それはそれで聴く側の姿勢によっては大いに有益ではあるのですが)から脱皮し、日本の学会や医療をいかにして社会に役立ち評価されるものにするかという信念に沿って組み立てられたもので、講演のあとも、周囲の先生方から格調高い、立派な内容という声が聞かれました。

余談ながら講演の終わりごろ、人生の転機に指導や支援を下さった恩師の先生方の話になって上田先生が思わず声がつまってしまったのには聴いていた私もジーンとしてしまいました。昨年の胸部外科学会会長の佐野俊二先生の会長講演のときには、その類まれな貢献と仕事を支えたご家族に言及したときに声が詰まってしまい、ちょうどその講演を一緒に拝聴していた上田先生に、「先生、来年は泣かないでくださいね!」と私が余計なことを言ってしまったのがたたっのではないかと反省しきりの一日でした。実際、あとで上田先生から「君のせいだ」と笑いながらのお叱りを頂戴してしまいました。そのあとの田林晄一先生の理事長講演ではこれまで着実に積み重ねて来られた立派なお仕事のサマリーのような、地味でも良心的で内容豊かなものでした。プロフェッショナリズムにも言及されていました。これが展開するのはこれからの努力次第かと感じました。

学術集会そのものは多くの優れた発表や、世界から参集された一流の演者の先生方のおかげで充実したものでした。個々の内容には触れませんが、イブニングビデオの大動脈セッションではHimanshu Patel先生や畏友John Ikonomidis(サウスカロライナ大学教授)らの講演を司会させて頂き、たくさんの有益な質問やコメントを頂き、感謝しております。それ以外のセッションでも時代の流れをくんで、カテーテル弁(TAVI)やステントグラフト(EVAR)、カテーテル冠動脈治療PCIとくに薬剤溶出性ステントDESバイパス手術の位置づけ、弁膜症とくに弁形成手術や自己弁温存手術、低侵襲手術つまりミックス手術(MICS)とくにポートアクセス手術その他のホットトピックスでは活発な議論がなされました。午前7:45分からのクリニカルビデオセッションでは早朝にもかかわらず熱い議論が交わされ、私もつい自分のつらい経験や楽しい経験を知って頂こうといろいろしゃべりすぎたような気がしています。ともあれ良いものに多く触れることができたように思います。

学会の最終日には、グリーンセッションと称して、Johnと仲間とゴルフに行って参りました。私はトロントに留学していた20年ほど昔に下手なゴルフを時々やっていて、2回ばかりJohnと一緒に回ったことがあり、それ以来のラウンドでした。相変わらずジェット機のような球を打つJohnのゴルフに感心しました。遊んでいても、手術や勉強の話でにぎわうあたりは20年前の修業時代と同じで、うれしく思いました。

その前日に招待外国人演者の先生方とのパーティがあり、上記の先生方やAlfieri先生、Woo先生、Taweesak先生、Sundt先生、肺外科・食道外科の先生方はじめ皆さんとゆっくり話できました。海外との交流は年々盛んになっており、大変好ましいことですが、研修の仕組みでは日本が一番立ち遅れています。そこに経験例数の問題があり、そのベースに公務員や組合の問題なども垣間見えます。皆でProfessionalの英知を出し合って解決すべき時期が来ていることをまた痛感しました。

第64回日本胸部外科学会総会は胸部外科の領域に新たな歴史の一ページを刻んだ学会となったように感じます。上田先生、名古屋大学の先生方、胸部外科学会の皆様に一会員として敬意を表したく存じます。ありがとうございました。

平成23年10月19日記

 

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執筆:米田 正始
福田総合病院心臓センター長 仁泉会病院心臓外科部長
医学博士 心臓血管外科専門医 心臓血管外科指導医
元・京都大学医学部教授
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